ビルの屋上は銀河

わたくし

走る列車は……

 独立した私が、この古いビルを仕事場に選んだのは理由があった。


 理由1:線路が見える

 鉄道マニアな私はいつの日にか、線路沿いに住んでみたいと考えてた。

 孤独な作業の合間に、走る列車を窓から眺めていたいとも思っていた。

 このビルは大幹線の線路に沿って建っていた。

 当然、私の仕事場は線路に面している。


 理由2:地下駐車場が有る

 私の愛車は古いオープンカーなので屋根付きの車庫が必要だった。

 このビルには地下ガレージが有り、窃盗やイタズラなどの心配が無かった。

 割り当てられた区画は結構広く、電源も有り工具やタイヤなどを置いても良かった。

 仕事に行き詰った時は、ここで愛車の整備をして気分転換にドライブへ出かける。


 理由3:環境が良い

 このビルは都会の喧騒から離れていて、静かな郊外に建っていた。

 夜間は線路を走る列車の音しか聞こえなかった。

 少し車を走らせれば、腕試しに丁度良い峠道も有った。

 ビルの周りは低い山に囲まれていて、都会の光を遮っていた。


 理由4:屋上に出れる

 前もってオーナーに言えば、屋上の鍵を貸してくれた。

 屋上に出れれば、趣味の天体写真が撮れる。

 地上から低い位置の星は山で見えないが、それ以外は殆どの星が観察できた。


 理由5:家賃が安い

 独立して暫らくは出費が嵩むので、なるべく安く借りられる所を探していた。

 最初は事務所兼作業場として借り、住居は別にする予定だった。

 しかしこのビルの立地が余りにも良かったので、ここに住むことにした。

 外見や内装は古いが、私には問題が無かった。

 このビルを建てた人は、かなりの趣味人であったと思う。



 今夜は事務所開きのお祝いに、独りで屋上に出て祝杯を挙げる。

 ドアを開け、外へ出る。

 ビルの屋上は銀河の星々が瞬いていた。

 時々、流星が流れる。

 私はビールを掲げ、流星に事業の成功を願う。

 眼下の線路には貨物列車が行き交っている。

 機関車の前照灯が流星のように流れていく。

 私は貨物列車にも願いを込める。


 突然、大きな流星が銀河の星々の中を横切った。

 私はこの先の人生が、成功する確信を持った。

 ビルの真下で列車の走行音が響き、『銀河』の名を持つ夜行急行が走っていた。

 客車の窓明かりはまるで大彗星のような光の帯を描き、消えていった……

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