髪を引っ張る藁人形
丁山 因
髪を引っ張る藁人形
俺の名前はササキ。職業はカメラマンだ。と言ってもそんな大層な者じゃ無い。芸術作品を撮ったり、芸能人を撮ったりみたいな一流どころとは住んでいる世界が違う。企業に頼まれてカレンダー用の風景写真を撮ったり、チラシに載せる商品写真を撮ったりと、まあ地味な仕事だ。たまに雑誌社から依頼されて、記事用の写真を撮ったりもする。
かなり前の話だけど、廃墟ブームってのがあった。全国各地の廃ホテルや廃遊技場、廃屋なんかを探検する。当然危険だし、法的にも問題だらけ。トラブルが頻発して取り締まりが強化されたこともあり、ブームは自然と下火になったが、一時期は写真集が発売されるほど廃墟は注目されていた。
俺がとある雑誌社から撮影依頼を受けたのもそんな頃だ。
「廃墟写真?俺一人で?」
「そうそう。ウチでリサーチした廃墟をね、ササキさんに撮影してもらいたいんです。もちろん許可取りは全部終わってるんで」
依頼内容は廃墟写真の撮影。関西地方の廃墟を巡り、写真に収めて来いとのことだ。掲載するのはオカルトからエログロまで何でもありの月刊誌。内容はゲスの極みでもなかなかの人気雑誌で、コンビニを二~三店回ればほぼ手に入る。
担当編集者のナカヤマに指定された廃墟は七件。兵庫二件、大阪三件、和歌山・京都が各一件って割合だ。これを四泊五日のスケジュールで回る。
どの廃墟も趣があり、廃墟好きの好奇心を刺激する好物件だった。ただ、記事内容は廃墟そのものより、それにまつわる曰く因縁、心霊スポット的な部分に焦点が当てられているため、朽ちた建造物が持つ退廃的な美観より、おどろおどろしさが求められている。
回った物件はどれも記事に相応しく、ジメジメとした陰鬱な雰囲気に満ちあふれていた。そんな廃墟の中で『アレ』を見つけたのは、兵庫県にある山中の民家。ここは京都との県境に近く、築百年は余裕で経っている古民家だった。
「おじゃましま~す」
当然ながら人はいない。それでも俺は玄関から入り、深々と頭を下げた。どんな被写体でも敬意を持つ。これは俺に写真を教えてくれた師匠が、口うるさく言っていたことだ。
梅雨時だったってせいもあるんだろうけど、中はべっとりと貼り付くような湿気に満ちていた。雨漏りの修繕もされていないから、所々に水たまりが出来ていて、腐敗臭が充満している。どの部屋にも家具やよくわからない粗大ゴミが散乱し、足の踏み場もろくに確保出来ない。それでも俺はファインダーを覗き、かつて誰かが暮らしていた場所の滅び行く姿を写真に収めていた。
「なんだ……あれ?」
奥の仏間に、いくつもの桐箱が乱雑に重なった状態で放置されている。形状や大きさから見て着物の箱で間違いない。どの箱もカビがビッシリ付いて黒ずんでいる。普段なら触りたくも無いが、これは仕事だ。俺は軍手をはめていくつか箱を開けてみる。もしかしたら記事のネタに使えそうなモノが撮れるんじゃ無いかと淡い期待を込めて。
──が、ほとんどが空で、中身があっても保護紙の切れ端程度。
「まあ、そんなもんだよな……」
自分を納得させるようにつぶやく。こんな廃墟にめぼしいモノなんてあるはずが無い。撮影はあらかた済んだし、そろそろ引き揚げようかと立ち上がった瞬間、桐箱の山が崩れ、湿った畳の上に散らばった。
「あーあ…………ん?」
桐箱の山に隠れて見えてなかったが、一番下に明らかに異質な箱がある。杉の木箱で大きさは衣装ケースくらい。蓋には書き付けがあったけど、何と書いてあるかはまったく読めなかった。
「何だこれ?」
何の躊躇も無く蓋を開ける。
「うおっ!!」
箱の中にあったのは巨大な藁人形だった。大きさは七〇㎝くらい。藁が真っ黒に変色した人形には何本も五寸釘が刺さっていて、持ち主の恨みの深さが窺える。さらに不気味だったのは、箱の底に長い髪の毛が敷き詰められ、人形にも編み込まれていたことだ。
「うーわっ、これアタリだ」
格好のネタを見つけた俺は、迷うことなくシャッターを切り続けた。
「ササキさん、これ凄いっすね。仕込みじゃ無いんでしょ?」
「ガチだよガチ!見つけたときは超ビビったよ!」
取材から帰った俺は早速ナカヤマに写真を見せる。俺は興奮しながら撮影時の様子を細かく語った。
「この写真、表紙に使えるんじゃ無いっすか?別冊にも」
そう言いながらナカヤマが嬉々として編集長に写真を見せた。編集長はしばらく写真に見入っていたが、おもむろに口を開く。
「ササキ君さぁ、これってガチなんだよね?」
「もちろんです。廃屋で偶然見つけましたから」
「うーん、せっかく撮ってもらって悪いんだけどさ、これボツ。本には載せない」
突然の決定に俺とナカヤマは強めに理由を訊ねたが、明確な回答は無い。人毛が映ってるのはマズいとか、あまりにも出来すぎでヤラセっぽく思われるとか、到底納得は行かなかったけど、決定は覆らなかった。まあ、外注の俺と下っ端のナカヤマが言ったところで、どうにもならないことは分かっている。編集長は最後に一言、「この写真、ネガもひっくるめて早めに処分した方がいいよ」と言ってくれたのに、俺は気にもとめなかった。
「あーあ、せっかくの写真だったのによー!」
「そっすね、俺も残念です」
その日、憂さ晴らしのためにナカヤマと行きつけのスナックで飲んだ。
「おまけに処分しろって、もったいねーよなー」
「でも、上からの指示ですからねー」
依頼を受けて撮影した写真だから、全ての権利は編集部に帰属している。この写真は世に出せずお蔵入りだ。あらためて撮影に行って別の雑誌に持ち込む手もあるが、外注として仕事をもらっている以上、仁義に外れるマネは出来ない。結局飲み屋で愚痴をこぼすのが関の山だ。
「何よササキさん、随分荒れてるけど、私にもその写真見せてよ」
この店のチーママが話に割り込んできた。俺は彼女に経緯を説明しながら写真を見せる。
「えっ!?すっごーい!これ本物?」
「本物だよ。俺が現地で見つけたんだもん」
「こんな凄いの、なんで雑誌に載せないの?」
「さあね。リアル過ぎるのはダメなんじゃない?」
そう吐き捨てるように言った俺に彼女は随分同情し、一杯おごってくれた。せっかく撮った写真なのに、残念ながらこの程度の使い道しか残ってない。
その日の夜、自宅で寝ていた俺は、ふとしたことで目を覚ました。
「……ん、なんだ?」
なぜ起きたのか分からない。が、そのまま再び眠りにつき、何事も無く翌朝を迎えた。それから毎晩、同じ現象に見舞われたが、夜中一瞬起きるだけだから、特に気にせず過ごしていた。
そんなある日、ナカヤマから話を聞いた数名の編集部員が、写真を見せてほしいと俺に接触してきた。特に隠すことでも無いから、飲み代をおごらせるのを条件に写真を見せ、経緯を話す。彼らも俺に同情し、気前よくおごってくれた。
その日の夜も、就寝中に目を覚ます。
「えっ!?」
今までとは違う。今度はハッキリと原因が分かった。
「誰だ?」
誰かに髪を引っ張られた……気がする。一人暮らしだから部屋には俺しかいない。でも誰かに髪を引っ張られた。思えば連日起こされていたのも、髪を引っ張られたのが原因かも知れない。なぜそれが分かったのか。それは昨日より引っ張る力が強かったから。今まではひとつまみ程度の髪だったのに、今日は五つまみ分くらい引っ張られた。だから気が付いた。と、言っても現象はそれだけ。確かに不気味だけど、それ以外の実害は無いし、対策のしようも無い。結局放置してそのままにした。ただ、深夜に一度だけ髪を引っ張られて起きる。それだけだ。
お盆近く、俺は意外な人物に声を掛けられる。それはオカルト系ライターのヒロタ氏で、ナカヤマから話を聞いたと言っていた。用件は例の写真だ。
「こんど仲間内で怪談会をやるんですよ。そこでササキさんに例の写真を披露してもらいたいんです」
「あ、別にかまいませんよ。出席します」
ギャラも出るとのことで、俺は喜んで怪談会に参加し、十数名に写真を披露した。
その日の夜、俺は震え上がる。
「いだだっ!!」
髪全体が恐ろしい力で引っ張られた。
「……何なんだよマジで」
もう自分をごまかせる段階じゃ無い。窮した俺は、ヒロタ氏に相談することにした。
「ササキ君、大丈夫か?顔色が悪いけど」
待ち合わせたのは例の編集部。たまたますれ違った編集長に随分と心配された。
「はぁ、なんとか大丈夫です」
俺は生気のない返事をする。
「例の写真さ、アレちゃんと処分した?」
編集長の言葉にハッとした。間抜けな話だが、俺は深夜の怪現象と例の写真をまったく結びつけていなかったのだ。
その日の相談でヒロタ氏にお寺を紹介してもらい、例の写真とネガを持ち込んでお焚き上げしてもらった。もうこれで大丈夫。俺の悩みは解決する。と、その時は安堵していた。
が、その日の夜も同じように引っ張られる。
困り果てた俺は再度住職に相談してみたが、お経を上げてくれるだけで何も解決しない。結局自分でどうにかするしかないのだ。
意を決した俺は頭髪を全て剃った。
それから例の怪現象は一切起こっていない。周囲にはかなり驚かれたが、おかげで俺は安眠を手に入れることが出来た。
これはもうかなり前の出来事だ。それ以来一度も髪を伸ばしていない。きっと俺は死ぬまでスキンヘッドでいるだろう。
髪を引っ張る藁人形 丁山 因 @hiyamachinamu
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