果報日和

第6話 人を惹きつける魅惑の匂い

 オレは、ベンチに座りながら空を眺めていた。申し訳ないけど、転がっていた遺体のようにならないでよかったと思う。


「……」


 本当に、よかった。


「怖かったな」


 あの大虐殺から一日が経った。正確には十六時間。病院に来てから十三時間が経った。


 今は朝の九時。少し前に時計を見た。


「……空気が美味しい」


 そう言って買った水を飲む。ここには自動販売機のようなものがあり、ここに来た時貰ったカードをかざす事で買える。一本百ポイント。日本のより安いなと思いながら、オレはそれを飲み切る。


 ふと遠くの空を見た。


 何かが飛んで来ていた。


 気づくと同時に病院の外壁が崩れる。何かがぶつかったのだ。


 瓦礫が擦れた時の煙が少しずつ無くなっていき、その女は現れた。


小鳥遊たかなしさん……?」


 現れたのは小鳥遊優依たかなしゆい。オレは急いで病院の中に入る。どうやらもう人が集まっているらしく、小鳥遊さんが不時着した三階にオレが着いた頃にはもう、院長含めた数々の人がいた。


遅儺野ちなの院長」


「ああ、未穏みおだか。この子は?」


「多分、ここにいる誰よりも強い子です」


「そうか、治せそうか?」


 遅儺野院長は小鳥遊さんを見る。どうやら眠っているようだった。


 残念ながら吸収したエネルギーは全て稲那いななさんに捧げたのでもうない。


「ごめんなさい」


「謝らなくてもいいさ、ならば我々で見よう。薄俚はくりさん、綴林つづりさん、お願い」


 頷く二人。院長と共にどこかへ消えた。


 昨日の夜、オレは院長含めた三人の医師と話した。これからの事と、自己紹介を。


「ということだ。君にはここにいてもらい、緊急の場合に治療してもらうことになる。能力の仕様上、そのエネルギーの回収というやつは自己負担でやっておいてくれ」


「はい」


 ということで、まずエネルギーをあの黒いやつ以外からも吸い取れるのか確認しなければならない。だが怖くてできそうにない。


 余談だが、院長からお小遣い千ポイント貰った。


 遅儺野ちなの院長がこう続ける。


「私の自己紹介は済んでいるが、他四人だまだだったな。一人は外出中、一人は引きこもり中だから連れてこられなかったが、残り二人は連れてこれた。働き者だから顔は覚えておいたほうがいいぞ」


 そう言って紹介されたのは男と女。


 まずは男性の方から挨拶してくれた。


「こんにちは、私は薄俚新兎はくりしんと。よろしく」


 そう言ってオレに握手を求めてきたのは、オレの医者のイメージとは違い、大きな筋肉が付いた男だった。髪は短く切っており、刈り上げもしてある。多分毎日筋トレしているであろうその筋肉に、男心をくすぐられる。


 筋肉の付け方教えてもらおうかな、と思いながら握手した。


「うさぎ君だ、仲良くしてやってくれ」


 薄俚はくりさんは照れたように頬を赤らめ、焦ったようにこう返す。


「なんですかそのあだ名!?」


 次は女性の方が挨拶してくれた。


「こんにちは、未穏鈴斗みおだりんとくん。うちは綴林夢奏つづりゆめかな。好きなものは辛いもの。カップ焼きそばの激辛バージョンとかめっちゃ好きだよ」


 辛いーと言ってそうに舌を出す綴林つづりさん。


 髪型はボブ、色は茶色な気がする。いや黒かも。どちらかわからない、強いて言えば黒に近い茶色。ピアスの穴が空いているのに気づけた。他の二人とは違い、ニットを着ている。その上に白衣を着ているので、暑そうだ。体は結構デカい。色々デカい。スレンダーな遅儺野ちなの院長とは真逆だ。どちらかといえば薄俚はくりさんの方が近い。鍛えていない薄俚さんって感じだ。だがこれはこれでいいのかもしれない。子どもたちに好かれそうな性格も合わさって凄まじい母性を感じた。


「よろしくお願いします」


(回想終わり)


 とまあ、こんな事が昨日の夜にあった。


 オレは汚れた制服から薄俚はくりさんが着なくなった服に着替えている。


 そんなこともあり、心機一転していたのだ。


(……なんというか、穏やかだな)


 それからしばらくベンチに座って空を眺めた。稲那いななさんの部屋に行こうとも思ったが、佐々木ささきさんと稲那さんの二人だけの空気を壊したくないと思いやめている。


 時刻はもう昼。


 眠くなり、瞼が少しづつ落ちてきた頃、オレの頬に冷たい何かが当たった。


 横に座る女の存在。オレはすぐさま誰だかわかった。匂いで思い出す。


 彼女の名は。


「おはよう、小鳥遊たかなしさん」


「ん!」


 お茶を飲みながらそう答える彼女の顔や体を流し見して、オレは言った。


「怪我はない?」


「無し。ピンピンだよ」


「よかった」


「それはこっちのセリフ。治してくれたんでしょ?」


「え……」


 もちろんオレは治していない。


「多分、院長たちが治したんじゃないかな……」


「……え、君なら私のこと治してくれると思ってた」


 その言葉にどこか引っ掛かりを覚えたオレはこう問う。


「なんでオレなんかに、そんなに期待するの?」


 予想外の質問だったのか、彼女の答えが遅れる。普通に失礼だったと気づいたのは、言った後だった。


「……なんでだろ? なんか、君はもう仲間って認識だった」


「……オレも」


「だよね」


 オレは空を眺める。なんだろう、この虚無感。何もやる気が起きない。一日で一年間で使う分のエネルギーを全部使い切ったみたいな感覚だ。


 小鳥遊さんは独り言のようにこう言う。


「治してくれなかったのか……」


 残念そうにそう言う彼女に、オレはこう答える。独り言を聞くのは、今度はオレの番だ。


「オレの力は、外部からエネルギーを取り込む必要があって、情けないことに怖くて取り込めずにいる。だからガス欠で回復させられなかった」


 その言葉を聞き、小鳥遊さんは微笑む。


「そういう理由か。よかった、モヤモヤが晴れたよ」


「もやもや?」


「うん」


 小鳥遊さんはお茶を飲む。その後こう言った。


「力に関しては気に病まないでいいよ。私も私の力についてよくわかってないし」


「……なるほど」


 オレは小鳥遊さんと初めて会った時のことを思い出す。


「そういえばさ、なんでこんな事が起こるって知ってたの?」


 彼女は、オレの横にお茶を置く。そして立ち上がった。


 その横顔は凛々しくも幼さを感じる。日に当たる彼女の体は、まるで地球に祝福されているかなようだった。


「それはね……」


 小鳥遊さんの独白どくはくが始まる。オレは、それを肩の力を抜いて聴こうと思う。


 なぜだろうか、彼女の姿に惹かれるのだ。この感覚は比織ひおり以来、初めてのこと。聴きたいと思う、そう思わせるほどの何かがある。


 そうだな、言うなれば……カリスマかな。


 知りたいと、思うんだ。


 オレは、彼女の動く唇を尻目に、目を見つめた。その奥にあるものを、知るために。


「声が聞こえたの。王様がなんちゃらって、戦いが始まるぞって」


「声?」


「そう、声」


「……かっこいい声だった?」


「無機質な声だった」


 無機質な声だったようだ。オレは笑顔でこう答える。


「なんか聞いたことあるかも!」


「ふふふ、じゃあ仲間だね」


「だねだね」


「だねだね」


 その後もオレ達は飽きるまで「だねだね」と言い続けた。もはや何かの鳴き声である。


 しばらくして、オレは昼ごはんを食べることとなる。


 運良く出会った薄俚はくりさんが奢ってくれたのだ。


「ありがとうございます」


「全然、君には期待しているからね」


「期待に応えれる気はしないですけど、出来る限り頑張ります」


「ありがとう」


 オレは奢ってくれた唐揚げ定食を食べる。この病院にも食堂はあり、そこで食べているのだ。


 オレはふと気になり薄俚さんにこうく。


薄俚はくりさんって、何のお医者さんなんですか?」


「私かい? 私は内科医さ。ちなみに言うと、綴林つづりさんは小児科医、医院長は外科医かな」


「今はいない残りの二人は?」


「産婦人科医と救急科医さ」


「なるほど」


 オレは唐揚げを頬張りながらそう言った。医者は凄い、高校生のオレでも今から医者になるのはちと遅いと思わされるほど勉強をしてきた人達だ。尊敬に値する。そんな人に奢られてしまうと、どうにも自分が凄い人になった気がしてしまう。


 オレの目の前で焼き魚定食を食べている薄俚はくりさんはこう言った。


「君は私たちと同じ働きができるからね、期待せざるおえないよ」


 そう、オレはこの人達の努力と運で並んでしまったのだ。申し訳ないと思う反面、ラッキーだとも思っていた。


 嫌なやつだオレは。


 他にもたくさん会話をした、そんな食事が終わり、オレは再び一人になる。暇だったので散歩を始めた。


 そして思考にふける。


 医師が少なく不安だったが、どうやら患者も少ないらしく何とかなっているようだった。


「……あ」


 この安全地帯の中には、病院と他に広い緑がある。芝生が生い茂っている場所の一角に、公園がある。そんな公園のブランコに乗っている女学生がいた。彼女は青い入院服を着ていた。


 そしてその子のことは知っている。オレは声を出して彼女を呼んだ。


稲那いななさん!」


「……鈴斗りんと! お散歩中?」


「いえす!」


 足音が聞こえた。草を踏む音だ。振り返るとそこには佐々木ささきさんがいた。


未穏みおだじゃん、仕事は終わったの?」


 オレはそのずっと考えていた二人と出会ってしまい、不思議と笑顔が湧いてしまう。


「今日は仕事なかったんだよね」


 佐々木さんはオレに近づいて、拳でコツンとオレの胸を叩いた。


「じゃあ暇つぶしに来なよ。待ってたんだよ」


「待っててくれたんだ」


「うん。ね、稲那」


 稲那さんは楽しそうに言う。


「そーなのです」


 オレは内心ほっとした。そうか行ってもよかったのかと知ってしまう。


「じゃあ明日は行くよ。暇になったら」


「やったー!」


 キラキラと輝く平和な会話。日常とはこういうものなのだろう。昨日人が死にまくっただなんて、オレはもう気にしなくなっていた。


 色々会話をする。今まで話さなかったぶん。なんで今まで友達ではなかったんだろうかなどという疑問まで浮かぶほど、オレ達は楽しんでお話した。


「そういえば……佐々木ささきさん、あの後能力使えた?」


「いやそれが使えなくて」


 彼女は愚痴を言い始める。オレと稲那いななさんは直感的にそう思った。


 だがそれを遮るようにアナウンスが鳴る。そう、頭の中で鳴ったのだ。


「あー、あー。王及びその従者よ、よくぞ生き残った。これから君たちに試練を与える。だ。知っての通りこの世界に散りばめられた君たちが安全地帯と呼んでいる場所、その中にいる人をチームとして、他の安全地帯にいる人と戦ってもらいます。ルールは簡単。相手チームの安全地帯にあるフラッグを取ってもらいます。そうすることでその安全地帯は自分達のものに、もちろん元々その安全地帯にいた人達は死にます。相手は自由に選んで結構、欲しいスポットと戦ってください。以上」


 アナウンスが終わる。


 オレ達三人は顔を合わせた。


 そう、殺し合いが始まる。その緊張感がオレ達を襲った。


 そして同時に気づいた事がある。オレ達の病院はレアなため、狙われてしまうと言うことに。


 オレはそれにより恐怖を感じた。


 狙われる、その瞳が、オレを襲った。


 日常が乖離する。再びオレ達は非日常へ落とされた。

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王の晩餐 加鳥このえ @guutaraEX

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