第5話 恨みを注ぐ男
「死ね!」
ふと、昔の記憶が蘇る。
「あの子嫌い。死んでほしい」
「そんな簡単に死ねとか言わない方がいいよ……」
オレと比織はそんな会話をする。
比織は不貞腐れてこう呟く。
「しねぇ」
オレは焦って「ダメだよ」と言う。
なんでかな、今はただ彼女の事を考えたい。
ずっと、一緒にいたかった。
音を立てて、地面に突き刺さる一本の剣。オレはそれを見た。
武器はあった方がいいと思い、それを手に取る。誰かのものかもわからない剣が、今は不思議と手に馴染む。
「……」
恨みを忘れることはない。
(殺してやる)
オレは剣を振った。意外に重かったが、振れないことはない。多分明日は筋肉痛に襲われるだろう。
油断していたのか、
プリンかと思った。または豆腐。本当に生き物を切ったのかと思うほどに、柔らかい。
この剣の切れ味に、オレは驚いた。
同時に、オレの手が怪異の黒いエネルギーを吸い取っていることに気づいた。
「もしかして」
傷を治してみようと思うが、気絶が怖かったのでまだやらない。
今はただ、コイツを殺したい。
剣は重いので振る時以外はずっと地面につけている。その剣を足で蹴り、胸の前で構えた。
怪異も刀を構える。
一触即発の構え。この勝負を制したのは……。
「え」
オレの胴体が切れる。何故か剣は消えていた。
「……あ」
オレは両足で立ち、怪異を見る。
痛みはある。だが生きてはいる。
理解した、オレの異能力。多分、オレの回復のエネルギーは外部から摂取するもの。怪異の黒いエネルギーを吸い取っていたから間違いない。枯渇した状態で使おうとすると気絶する。
ここまで分かれば上出来。
勝てる。
「……」
なんの勝算もない。幼児的万能感のように、オレは浮かれていた。なんでもできると思ってしまう。
突然生えてきた異能力。それが回復能力であったため、
その目は怪異へ。
「……!」
殴るために近づこうとした瞬間、突風が舞い踊る。
「……小鳥遊さん!?」
横からすっ飛んで来て、オレの目の前にいた怪異にドロップキックをくらわせる。そして流れるように踏み潰した。
そんな小鳥遊さんはオレを見て怒ったようにこう言った。
「治療は!?」
「エネルギー切れて」
「了解。ごめん、守るって言っときながら
小鳥遊さんはオレの頭に触れてこう言う。
「この怪異は倒した。残党は少し。君は助かるよ」
オレは頷く。小鳥遊さんはすぐにどこかへ飛んでしまった。
「……そうだ、オレは戦う人じゃないんだ。って! 佐々木さん!」
立ち上がっている佐々木さん。オレはそんな佐々木さんに声をかけた。
「佐々木さん!」
少し遠くから声をかけたが反応は無い。佐々木さんは自分の手を見つめ続けていた。
そんな佐々木さんに触れられる距離まで移動したら、佐々木さんはオレにこう言った。
「体が、人形みたいにバラバラになる」
「……え?」
混乱しているのか、言いたいことの整理ができていない様子。
「バラバラで、血も出てなくて、それぞれ動けて、それで生きてて、えっと、その……」
オレは佐々木さんの手を握る。そしてこう言った。
「それが、佐々木さんの力なんだよ」
オレは自分の傷を治して見せる。
「これが、私の力……」
佐々木さんは自分の手を近くに落ちていた
「痛い!」
血が出てきた。オレはそれを治す。
「大丈夫?」
「痛みは残るんだね」
どうやらまだ力を制御できていないらしい。
本当に怪異の数は少なくなった。小鳥遊さんが
死体が転がる中、オレたちは走った。道中、同じ高校の子がいたがあまり考えないようにした。
今は
しばらくすると、緑が広がっている場所に来た。
あまりにも異質。ビル群の中に割って入ったように、サークル状に広がる緑の草。遠くに見えるのは病院。おそらく中央にあるのだろう。そして他にも、舗装された道やブランコといったものなどがある。
これがアナウンスで言っていた安全な場所なのだと勘で理解できた。
オレたちはそこに入る。途端にロボットが出てくる。白を基調に、緑の線がところどころ入っており、全身がモニターなのか、白い部分に緑の顔文字などが浮かんでいる。
その子はオレたちにカードを渡す。
触れるようにとジェスチャーで教えられたので触れてみた。
そのカードがプロジェクターになり、空中に映像が現れる。
そこには顔写真とEランクという文字があった。
「いー?」
そう言う佐々木さん。オレは頷いた。
白いロボットの体に可愛らしいポップな字体で文字が現れる。
オレはそれを読んだ。
「頑張ってランクを上げよう?」
「敵を倒してってことかな?」
そう言う佐々木さんに、オレは頷く。
そんな佐々木さんは驚いたようにこう言った。
「そうだ!
ロボットにいるよという文字が浮かぶ。オレたちは微笑んだ。
そしてロボットについていく。
着いた場所は暗い部屋だった。
「これは?」
「いやっ」
泣き始める佐々木さん。オレは、目の前で寝かされている稲那さんを見ていた。
ここは、どう考えても霊安室。
気が滅入りそうだ。
オレは、どうしようもない怒りに襲われながらロボットを見る。
そんなロボットにこんな文字が浮かび上がった。
まだ死んでないよ。ここの院長の力で死までの時間を遅らせているんだ。だからみんな、ここで最後の別れを済ます。
その後現れる笑っている顔文字。
「はははっ」
オレがこの力を持っていなかったら殴っていただろう。
「治せそうなら治してもいい?」
ロボットに文字が浮かぶ。
いいよ、もう死ぬ寸前だし、院長が助けられなかったからもう終わりだしね。
オレは稲那さんに触る。
もう、嫌だった。
傷ついている子を見るのも、その傷口に触るのも。
本当に、本当に、気が滅入る。
ストレスが溜まる。
血なんて見慣れてないし、臓器なんてもってのほか。
でも、それでも、助けたい人はいるから。
「
自分の手を握り、祈る佐々木さん。オレはただ、自分の全てを捧げる勢いでエネルギーを流し込んだ。
「……」
光が見える。この光は人工的な光。太陽ではない。
「気絶してた?」
「そうだ」
高圧的な女性がいた。彼女はカフェオレを飲んでいる。しかもあれはとんでもなく甘いタイプのやつ。
髪は赤暗く、腰あたりまである。白衣を着ており、中には黒いシャツのようなものを着ている。
「……助けてくれたんですか?」
「いや、それはこっちのセリフだ。知っているか? 回復能力は希少なものだ」
「……そうなんですか?」
「ああ。力は潜在的な想いに答える。他人まで直せるとなると、相当優しいやつじゃないと発現しない」
「なるほど」
女医さんは回転椅子に座っており、くるりと回って引き出しからチョコレートを取り出す。それを食べてからオレにこう言った。
「ここで働いてくれないか?」
「え」
「専門的なことはしなくていい。それは私含めた五人の医師がなんとかする。君は異能力を使って人を治してくれればいい」
「……時給は何円くらいですか?」
「時給換算は難しいな。歩合制でいこうと思っている」
歩合制ってなんだろう。オレはそう思ったが、聞けるような雰囲気じゃなかったので聞き流す。
「一回につき五万は出す」
なるほど歩合制とはそういうものなのだな。
「五万円ですか?」
「五万ポイントだ。日本円だけではない。アメリカドルも欧州のユーロももう機能しないだろう」
「株とかやってる人は大変なことになってるっぽいですね」
「株だけではない。ほぼ全てのインフラも止まっている。この空間だけだ。安全なのは」
「……ここ以外にもあるんですか?」
「ああ、日本だけでも数千。だが病院は数十だな」
「……少ないですね」
「ああ。だからこそ多くの人を短時間で捌かなければならない。君の力はどんな傷なら治せる? 病気もいけるか? 切り傷のような外傷だけが?」
オレは焦ったようにこう言った。
「あ、多分外科医みたいなことしかできません」
「そうか。それでもいい。今は人が必要だ」
怠そうに椅子の背もたれ部分に腕をかける女医さんはこう言った。
「やってくれるか?」
正直言って、血は見たくない。でもこの世界で生きていくには何かしらの役割がないといけない気がする。ここで働かない選択肢を取ると、多分戦わされる。それは嫌だ。だから、オレは、ただこう答えた。
「やります」
「ありがとう。私は
「私は
「ああ」
立ち上がる遅儺野さん。オレも立つと、彼女がこう言ってきた。
「そうだ、君が助けた女の子だけど」
オレは目を大きく開ける。彼女は微笑んでこう伝えてくれた。
「三階の313の部屋で待ってるってさ」
「わかりました。ありがとうございます!」
「じゃあな、ぼうや」
オレは313の部屋へ向かう。
着くとすぐさまその扉を開ける。その先にいる女学生は、病院で入院する時に着る青い服を着ており、今はメイクをしていないはずなのに美しさを感じる、全力で人生を楽しもうとしている子だ。意外と優しく、時々こうして甘やかしてもらってる。
一緒に飲み物を飲んだ女の子。
彼女の皮膚についていた火傷の後は消えていた。
涙は出なかった。でも胸は躍る。
自然と口角が上がった。
「怪我はない?
彼女は満面の笑みを浮かべて、人差し指と中指を立てた。
「元気!」
近くにいた佐々木さんは微笑んでこう言う。
「
稲那さんは言った。
「うん。ありがとう」
手をこちらに向ける稲那さん。オレはその手を取った。
「本当に助かった。
「え」
オレはその手を握りながら、空いてる方の手で自分の頭を触る。そして気持ちの悪いくらい体をうねうねと全身を波のように
「大好きって、そんなー。嬉しいなー」
佐々木は稲那を見た。稲那はこう呟く。
「恋愛的な意味じゃないんだけどね」
その声は未穏には聞こえていなかった。
「王を探さないと」
王とはなんなんだろう。
未穏にとってそれはどうでもいいこと。ただ、彼は生きていく。
信念もなく、夢もなく、ただ、息をする。
こんな状況でも、今までの日常でもそれは同じ。
その空っぽの心に注がれるものは何もない。
彼はただ、生きていく。
頑張って、必死に生きていく。
プロローグは、チュートリアルは、体験は、ここで終わる。ここからが、始まりなのである。
「ええー」
照れる未穏。彼は、心の端っこで
まるで時が動き出したかのように風が吹く。
何かが変わっている。この
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