第4話 人を呪わば穴二つの穴って墓穴のことらしいよ

 オレはもう笑っていた。


 大量の敵を前に、オレは、何もできずに、ただ笑う。


 だがこれを小鳥遊優依たかなしゆいは否定する。


「私が君を守る。だから動いて!」


 小鳥遊さんはオレにそう言って、怪異を殴る。


 オレは何が何だか分からず呆然としていたが、それでも時は動くもので、ただオレだけが時間を無駄にしていた。


 そんな時、オレなんかに発破はっぱをかけてくれた女の子がいる。


 動かないといけない。違う、動きたい。


 この子についていきたいと思うから。


未穏鈴斗みおだりんと! 君には君の役割がある。見たよ、その手を治したところ。それが君の力なんでしょ。だったらみんなも治せるはず。怪我人はいっぱい。敵もいっぱい」


 小鳥遊さんは怪異数人を相手にしながらそう叫ぶ。


「私は戦う、だから! 君は君にできることを」


 その命令はオレの体を操るように、脳内に直接入り込んでくる。


「うん」


 きっとこの先、普通に生きてたら感じなかった想い。


 オレは、彼女の想いに応えたい。


「ああ、頑張る!」


 オレは尻餅から立ち上がり、走る。


「……っあ!」


 誰でもいいから、生きてる人がいればいいから。


「大丈夫ですか!?」


 オレは怪我人の男性に近寄る。そして傷口に触れた。


 治し方など分からない。力の使い方などわからない。だが今は、ただ、哀れに思った。


「……」


 傷が治る。オレと言う注射器から何かを注入している感覚だった。


「次」


 オレは次々と人を治す。


「ありがとう」と何度も言われた。


 嬉しかったけど、もうその人の顔も覚えていない。でもいいんだ、オレはオレの役割をこなせていれば。


「大丈夫で」


 ドバッと、勢いよく大量の血が鼻から飛び出す。視界が揺れた。体から力が抜ける。


 やはり何かを消耗していたようだ。


 オレは倒れる。


 ここに動ける人はいない。オレが治した人はもう避難している。


 オレは死にかけの人と共に倒れていた。


「……」


 だが呪いのように、小鳥遊さんの顔が思い浮かぶ。


「一人でも」


 オレは女学生に触れる。そこで意識は途絶えた。


「みお……、みおだ……」


 光が見える。ほのかに暖かか柔らかい何かがあった。俺はそれに触れており、まるで寝ているようにぐったりとしていた。


未穏みおだ!」


「…々!」


 目が覚める。思考が回り始め、オレは飛び起きるように上体を起こした。


「あぐっ」


 そして頭に広がる瞬間的な痛み。どうやら何かにぶつかったようで、その正体はもう一つの頭だった。


 目の前にいるのは女学生。それも知り合い。稲那いななさんの友達である、確か名前は佐々木笹乃ささきささの。ウェーブかかった髪の毛を肩あたりまで伸ばしており、稲那とは違い制服はきちんと着ている根は真面目な女。


「なんでここに?」


 そういえばいたことを思い出す。


「生きててよかった」


 そういえば、オレはついさっきまで人を治していたことを思い出す。同時に倒れたことも思い出す。


「なんで生きてるんだ?」


 オレは、状況を整理し、その結論に至る。


「佐々木さんが助けてくれたの?」


「あんた、一人でめっちゃ喋るね。そういうタイプだったんだ」


 上目遣いでそういう彼女。お互い座っているので、オレの方が足が短いのだろう。


 周囲を見回すと、ここは路地裏のようで、薄暗かった。


「……!?」


 佐々木さんの手がオレの手と重なる。


「何?」


 俺がそう言うと、佐々木さんはこう答えた。


「助けてくれてありがとう。あんたを助けたのは恩返し」


「そうなのね」


 俺はそう答える。そして状況を完璧に理解した。


「そうだった、もっとみんなを治さなきゃ」


「移動するの?」


「うん」


 そう言ってオレは立ち上がる。そんなオレの手を引く佐々木さん。彼女は座っているので転びそうになった。


「危ないよ。人がいっぱい死んでるんだよ」


「……」


 気づかなかった。よくよく見ると、佐々木さんの瞳が不規則に動いている。さらに体も震えている。


 オレもそれに当てられ、なんだか怖くなってきた。


「……それでも、逃げなきゃ」


 オレの脳裏に過ぎるトラウマが、背を押す。


「今のオレなら、稲那さんを治せるかもしれない。だから」


 その名を聞き、ゆっくりと立ち上がる佐々木さん。彼女は立ち上がった後、オレにもたれかかってきた。


「私も菜奈ななに会いたい」


 そしてぼろぼろと流れる感情。優しさと誠実さから出てきているそれを、彼女はオレの服に垂らす。


 オレは自分のことを考えていた。


 なんであの時意識が途絶えた。やはりオレの力は何かを使用しているのか。体力とかか。そもそも体力ってなんだ。……わかるのは、使いすぎると倒れるってことだ。


 オレはふと自分の体に擦り傷があるのが見えた。


 それを治そうと意識を集中させた。


「あ……、生きてた」


 目の前にいるのはオレの顔を上から見つめる佐々木さん。彼女は涙を浮かべ、オレに語りかける。


「おはよう」


 それで悟ったオレはこうく。


「気絶してた?」


「うん。十五分くらい。怖かった」


「……オレも」


 どうやら、オレの回復能力はもう使えないらしい。


 認識を改める。体力のように寝て回復できるものが原料ではなかったようだ。さすれば回復の元となっているエネルギーとは。回復手段がわからない。


「……とりあえず、オレの力はもう使えない」


 そう言うと、佐々木さんが「菜奈は?」と言った。オレは「試行錯誤かな」と答える。


「……?」


「とりあえず、これからどうするかっ」


 爆発の音が響いた。それはとても近く、やつが来たことを意味する。


「逃げよう」


「うん」


 オレは佐々木さんの手をとって、この場からゆっくり、音が出ないように去った。


 途中、オレが治した人の死体があった。


「佐々木さん」


「うん」


 ついにくるところまで来た。歩いて五分。目の前には怪異が。どうやら囲まれているようだ。逃げ場はない。


未穏みおだくん。菜奈なな、死んでないよね?」


 オレは頷く。


 同時に、脳内に直接アナウンスが流れる。


「設定完了。怪異が入ってこれない箇所を作った。そこまで逃げて」


 その声は無情にも終わる。佐々木さんは「場所は?」と呟く。


 オレは、どうにか力を覚醒させてそこまで逃げろと言っているんだと勝手に理解する。


「……」


 力の覚醒条件はわからない。


「……」


 もう、そんなことどうでもいいかもしれない。もう回復はできない。


 死にかけたら、本当に死ぬ。


「……」


 心臓の鼓動が速くなる。佐々木さんに聞こえるほどの心拍音。


 ひとえに怖かった。


 オレはもう、動けないかもしれない。


「……」


 そんなオレの手を引いてくれる佐々木さん。


「今度は私の番。一緒に行こう。私がいる」


 笑顔でそう言う彼女。オレは、微笑んだ。


「……」


 手に重さを感じる。


 突然、鉄アレイを持たされたような重さ。


「あっ、ああ」


 佐々木さんの下半身は倒れ、オレは手を離してしまう。


「あ、ああ……」


 二つに分かれた佐々木さんを見て、オレは思考を放棄する。


 彼女の上半身と下半身は別れていた。それはもう切断されたように綺麗に。血が飛び散り見たくないものが出てくる。今まで生きてたものが物に変わる。


「うっ」


 嘔吐感を堪えるオレに、やつはこう言った。


「この体は知識が豊富で、よく動く」


 手を刀に変化させた怪異は、オレにこう伝える。


「貴様は誰だ? 王の匂いを感じる。お前からではない。お前に残る残り。お前の王は誰だ?」


「……」


 今はただ、怒りがオレを飲み込む。いや、何が違う。これは怒りとは違う。


 一言で表すと『怨恨』。


 オレはただ、こいつを恨んでいた。


「死ねよ」


「……ん?」


「死ねよ。死ねよ。お前だけ惨たらしく、切断されて哀れに死ね。一人で死ね」


 オレは、怪異を見つめる。


「……お主」


 未穏鈴斗みおだりんとから放たれるそれは、殺意というにはあまりにも違う物であった。もっとドロドロした、想い。ジメジメしたヘドロ。


 この怪異がそれを感じたのは、初めてである。


「死ね!」


 この時、彼は運命から見放される。


 人を呪わば穴二つ。


 天から、黒い剣が舞い降りた。


 佐々木笹乃ささきささのの指が、ピクリと動いた。

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