時代ごとの当たり前、それ故の狂気

 世の中には「普通」とか、「当たり前」などと呼ばれている目に見えない縛りが沢山あって、それは時、場所、人物などのいくつかの条件を変えるだけで大きな変容を遂げてしまいます。

 ところ変われば食人行為が禁忌で無かったように。そして、東京の街中で食人が行われれば、それを行った誰かを問答無用で排除すべき悪、許されないもの側にカテゴライズするように。

 人々は己の理解が及ばないものを生来の性質からくる衝動で拒絶するものです。

 同様、この小説においては「恋」というものを排除すべきもの、共通の敵としてみるのが当たり前の世界が舞台です。

 登場人物は基本的にそれを「肯定すべきでない」「受け入れられない」ものとして取り扱いますし、天秤で言うと真っ先に投げ捨てられる重りのような立ち位置にあります。

 そんな中、主人公は幼馴染が自己保身よりも恋に重きをおくのを見てしまう。今の我々が戦時下に蔓延していた思想を邪悪と見なすのと同じように、彼はその現実を明白な異常と認識するわけですね。

 しかし同時に、その光景は読者である我々の目に狂気と映る訳です。

 それは、違う世界観を生きる我々にとってどうしようもないことだし、同時に似たような事例は大小あれど所謂カルチャー・ショックと呼ばれる事例として何度も繰り返されてきたことでもあります。

 この話はそういった時代ごとのギャップがどう作用するかを上手に書いたタイプの秀逸な短編だと感じました。

 以上、拙い読書感想文でした。