2話 琴崎舞音の秘密02
電車を乗り継いで俺は向日葵あやりのソロライブへ向かった。
「あやりんのライブ……クッソ楽しみだ」
俺の推し声優の向日葵あやり。20歳。
元々歌の方で業界に入って、アニソンをメインに歌っていたが、最近急に声優業が本業ってくらいメインキャラの担当が増えた伸び盛りの声優。
今回のライブも初めてのソロライブということもあり、絶対に空席を作りたくなかったからSNSで連絡をくれたKさんには感謝しないといけない。
そういえばKさんは男性なのだろうか、女性なのだろうか。
俺は電車の中でSNSを開き、Kさんの呟きを今一度遡ってみる。
『うはぁ、あやりんのえちえちボイスASMR買ったけど、マジシコい』とか『あやりんの脇舐めたい』とか『あやりんのマイクを舐……』いや、これ以上遡るのはやめよう。
こんな感じでセクハラ紛いの結構マズイこと呟いてるし、まず間違いなく男のオタクだろうな……。
チケットの席は連番だから一緒に行く流れになると思うが、キモオタと一緒に行くのか……。
ちょっと気が引けるが、あやりんを推す気持ちは同じなんだから、分かり合えるはず。多分、きっと、おそらく。
豊洲駅に着くと、出入り口の近くにある名物の中途半端な左曲がりレールをボーッと眺めながらKさんを待つ。
俺の服装とかは伝えてるから、大丈——っ。
つんつん、と俺は背中をつつかれる。
「あ、もしかしてKさ……ん?」
振り向いた時、背後からよく知ってる女性モノの甘い香水の匂いがする。
これ……いつも教室で……って。
「え……っ」
プラチナブロンドのストレートヘアが風に靡く。
特徴的な目元の濃いギャルメイクに青いネイル。
そこにいたのは俺と同じくらいの高身長の女性で——。
「お、おまっ……」
そこにいたは、無口ギャルの
足の細さを強調する黒のスキニーパンツと、あやりんLOVEというTシャツを着ており、Tシャツの裾を結んでいるので、ヘソが丸見えになっている。
えっろ……じゃなくて! 一見ギャルっぽいファッションだが、しっかりあやりんへの愛が込められている。
「……っ⁈」
無言だが琴崎も俺に気づいて驚いているようだった。
嘘だ……ろ。
「琴崎が……け、K、さんなの?」
琴崎は小さく頷いた。
こんなこと、あんのか?
クラスの無口ギャルで、学園では美少女として男女問わずガチ恋勢がいるあの琴崎舞音だぞ。
推す側じゃなくて推される側の人間だ。
「…………」
琴崎は何か言いたげな様子で俺の方に手を差し伸べる。
な、なんだなんだ?
「えと、琴崎、さん?」
「…………」
どうしたらいいのか分からずに、俺がオロオロしていると、琴崎は俺の耳元にその小さな顔を近づけた。
こ、琴崎の顔が、ち、近いっ!
「(キミも……あやりんこと、好きなの?)」
高くもなく、低くもない。
琴崎の透明感のある声が俺の耳に届く。
琴崎ってこんな声、だったのか……。
——拝啓、安原。
熱でぶっ倒れて大変だと思うけど、同志のお前のおかげで俺は運命的な出会いをした。
お前がいつも夢見てたみたいに、オタクに優しい"オタギャル"は存在したんだ。
存在……したんだが。
「(……このこと他人に喋ったら、キミのことぶち殺すから)」
ただしちょっと怖かった。
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