6話 琴崎と俺の夢
「ライブ、やっと始まるな?」
「(……ごくり)」
会場に入ると、琴崎はいつものクールな面持ちではなく緊張の色を浮かべた。
会場には多くのあやりんオタクが集まっており、プラチナブロンドの髪をしたヘソ出しギャルの琴崎は若干浮いているようにも思えた。
「(ねえ、洸太)」
会場の興奮と喧騒で耳打ちが聞こえづらいのを気にしてるのか、0距離ASMRくらいの距離感で琴崎は俺の耳に囁く。
「(興奮……してきちゃった)」
その言い方がどこかエロティックに思えて、俺は違う意味で興奮しそうになる。
琴崎の声でそのセリフはただのエロASMRだからやめて欲しい。
「(洸太は?)」
「お、俺?」
「(興奮、してないの?)」
「そりゃ……興奮してるけど」
もちろん推しに対してだ。
別に、琴崎の声がエロいとかじゃない。
「(あやりんと会えるの、楽しみにしてた。あやりんを生で観れるの、公開録音の時以来だから)」
公開録音とは、あやりんがメインパーソナリティを務める【向日葵あやりのラジオであやりんりん】というラジオ番組の生放送が先月渋谷で行われた時のことを言っているのだろう。
琴崎もあの場所に来てたのか。
「……じゃあ、俺なんかを気にしないで楽しめばいいよ。コーレスも恥ずかしがる必要はないからさ」
「(……洸太)」
そんな話をしていたら、ライブの時間になって会場が一気に暗転する。
そして——
『みんなーっ! おっ待たせー!』
俺たちの推し、向日葵あやりが目の前のステージに姿を現した。
細い手足に少し日焼けした肌。
お転婆な見た目にマッチしたポニーテールで、衣装にはあやりんの名前にもある向日葵がいっぱいあしらわれていた。
『あーやりん、あーやりんっ?』
あやりんはマイクを俺たち《オタク》の方に向けて来る。
これはいつものあやりんが『あーやりん、あーやりん』と言って、オタクたちに「あやりんりんっ!!!」と言わせるコーレス。
琴崎は……どうするんだ?
「あっ……あ、あやりんりんっ!」
琴崎は恥ずかしそうに目をきゅっと瞑りながら、今にも途切れそうな声でコーレスをしていた。
頑張って声を出す琴崎はどこか初々しい感じがして、可愛らしかった。
そう、それでいい。
ここには推しである声優の向日葵あやりを好きな人間しかいない。
みんな、あやりんが好きだからここに集まってるし、羞恥心なんて必要ないんだ。
ライブはあやりんが担当したアニソンの人気曲はもちろん、サプライズの新曲や、同じ事務所の先輩が歌う名曲のカバーなどもした。
曲の合間に、琴崎は俺の耳元に顔を近づけて「(やばい、尊死しそう)」と感動を口にしていた。
クラスではクールで無口なギャルだった琴崎舞音が、まさかここまで俺たちと同じ世界の人間だったとは。
「……俺もある意味、尊死しそうだよ」
「(?)」
「ほら、次の曲始まるから」
俺はステージを指差す。
その後のライブも、最高という言葉じゃ足りないくらいに感動した。
あやりんのことをもっと好きになる、そんなライブだった。
✳︎✳︎
ライブが終わると、余韻に浸りながら会場を出た。
二人で駅に向かって歩いていたが、琴崎も感動しすぎて放心状態だった。
「すげぇ、良かったよな?」
「(……うん)」
「琴崎も声優とか、目指さないのか?」
「(は? わたしが? ないない。そもそも声優になる理由がないし)」
「推しのあやりんと一緒の作品に出る、とかでもいいと思うし。琴崎の声なら、俺はなれると思うよ」
「(わたしの……声なら)」
琴崎はそのたわわな胸元に手を当てて、ギュッと唇を噛んだ。
「(き、キミは……煽てるのが上手なんだね)」
「煽ててるわけじゃないって! 俺は本気で——」
そう言いかけた時、琴崎は人差し指で俺の唇に触れた。
「(でも……ちょっとだけ、目指してみたくなったかも)」
「琴崎……」
推しが一緒だった俺たち。
奇跡的な出会いを果たして、一つの夢が生まれた。
これは——オタクな俺と無口ギャルの琴崎が出会って夢を追いかける物語。
【G'sこえけん短編コンテスト読者特別賞受賞】クラスメイトの無口ギャルは今日も俺の耳元でだけ囁く。 星野星野@電撃文庫より2月7日新作発売! @seiyahoshino
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