シュークリーム

川詩夕

ぱむっ、ぱちゅ、ぷす

 学生の特権でもある夏休みを利用し、地元の中でも比較的田舎の方にある有名な心霊スポットへ辿り着いた。

 目的はこれと言ってないのだけれど、要は好きだからだ。

 霊が見たい訳でもなく、霊が好きな訳でもない。

 現代人が強制的に死に追いやられた場所に立ち、直前にその眼が捉えたであろう景色を見つめ、その状況を簡易に再現し、絶命する寸前の心情を想像する事に快感を感じる為だ。

 他人からすれば反吐が出る程のくだらない趣味と思われるだろう。

 私の中では有意義な時間潰しにもなる。


 今、私が立っているここが正にその現場だった。

 霊園の近くにあるキャンプ場で背の高い木々が多く生い茂り、すぐ近くには大きくて緩やかに流れる川が見える。

 気が触れた三十二歳の男が十五歳の男子中学生をなたで切り刻んで殺害した。

 動機は男子中学生と目が合った際に笑われたからとの事だった。

 男は自分の容姿を嘲笑されたと思い込み、即座に殺意が沸き、かばんに仕舞い込んでいた鉈を取り出して腹へと突き刺し、命乞いをする男子中学生の全身を鉈で切り刻んだ。

 しかし、この心霊スポットで現れると噂される霊は殺された男子中学生ではなく、殺した方の男の方らしい。

 男は男子中学生を殺した後、三日後警察に逮捕された。

 その後、警察立ち合いの元で現場検証を行った際、男は警察官の目を盗み、現場のすぐ側にある高さ二十メートル程の崖から勢い良く飛び降りて、首の骨を折り全身を強打して死亡した。

 この心霊スポットでは、飛び降り自殺した男の霊が現れるとネット上で囁かれていた。


 私は男子中学生が絶命したと言われる場所に腰を下ろし、小さなクーラーボックスからペットボトルの冷えたお茶を取り出して喉の渇きを潤した。

 周囲へ目をやると、萎びた花束とペットボトル飲料が置かれているのが見える、恐らく男子中学生に対するお供え物だろう。

 私は小腹が空いた為、冷えたクーラーボックスの中から六個入りになっている一口サイズのシュークリームが入ったパックを取り出した。

 一つ、また一つと冷えたシュークリームを口の中へと放り込んで食べた。

 糖分を摂取せっしゅしたい欲があったけれど、シュークリームを三つ食べると食欲が失せてきた。


「ここで死んじゃったんだね、男子中学生よ、何もなくてつまんないだろう、可哀想に」


 辺りを見回していると、ふと視線の先にお地蔵さんが三体並んでいる事に気が付いた。

 手元にはパックに入っている冷えたシュークリームが三個あった。


「お地蔵さんが三体に、シュークリームが三個」


 私はそう呟いてパックの中からシュークリームを一つ手に取った。

 そして、おおきく振りかぶって一体目のお地蔵さんへ目掛けてシュークリームを投げた。


 放物線を描かずに真っ直ぐに飛んだシュークリームは一体目のお地蔵さんの顔面へ当たり、ぱむっ、と音を立てて、お地蔵さんの足元へと落下した。

 続いて二個目のシュークリームを手に取り、二体目のお地蔵さん目掛けて投げ付けた。

 シュークリームは、二体目のお地蔵さんの顔面へ当たり、ぱちゅ、と音を立てて再び足元へと落下した。

 三個目のシュークリームを手に取り、先程と同じ様にして、お地蔵さんの顔面目掛けて投げ付けた。

 シュークリームは、ぷす、と音を立ててお地蔵さんの右目にべっとりとへばり付いていた。


「甘い物です、食べてください」


 私は仲良く並んでいる三体のお地蔵さんへ向かって語りかけながら合掌した。


「良きかな良きかな」


 私は男子中学生が殺された場所まで歩き、再び腰を下ろした。

 男子中学生が最後に見たであろう景色を眺めていると心地良い風が吹いた。

 誰かが近くに居る気配がし、振り返ると知らない男が立っていた。

 男は死んだ魚の様な目で私を無言で見つめている。

 薄汚い服装に締まりの無い顔の表情、だらりと下げられた日に焼けた手には、刃の部分が錆びた鉈が握られていた。


「あっ」


 声を発した瞬間、男は私の顔に向けて鉈を大きく振りかざした。

 咄嗟に左手で顔を庇うと、衝撃と共に鋭い痛みが迸った。

 左手の甲から錆びた鉈の先端が突き出ているのが見える。

 どうやら男の振りかざした鉈が私の左手を貫通したみたいだ。

 私はその場で尻餅をつき、ジンジンと左手が燃える様な痛みに声を上げた。

 男は勢い良く私の左手から錆びた鉈を引き抜き、その動作と同時に私の左手から生温かい鮮血が周囲へ飛び散った。

 男は血走った目を見開き、黄ばんだ歯を食いしばりながら大きく腕を振り上げた。

 どうやら私の頭部を力任せにるつもりらしい。

 私は両腕を盾の様にして顔面と頭部を守る体勢を取った。


「うっ」


 うめき声が目の前で聞こえた。

 恐る恐る両腕の間から前方を見ると、目に前で幼い少年が身体をブルブル震わせている姿が見えた。

 私は呆気あっけに取られて少年の後ろに立っている男に視線を移した。

 男が振り下ろした錆びた鉈が少年の小さな背中に突き刺さっている事に気づいた。


「逃げて」


 少年は涙とよだれを垂らしながら私に懇願こんがんした。

 男は少年の背中から錆びた鉈を引き抜いて思い切り蹴り飛ばした。

 少年が地面に倒れ込み、男はさらに追い討ちを掛けるかの様に少年の頭や身体を踏み付けていた。

 やがて少年はピクリとも動かなくなり、男の視線は私へと向けられた。

 錆び付いた鉈の刃が血に染まっているのが見えた。

 私は不意に自分の死を想像した。

 恐らく此処で理不尽に殺害されるのだろうと思った。

 まぁ、それも悪くないかも。

 そう思っていると何処からか二人の幼い少年が現れ、男の両足へ一人ずつ左右に別れてしがみ付いた。


「逃げて」

「早く」


 少年は私に向かって声を発した。

 私は二人の少年に促されるまま慌てて立ち上がり、荷物を放置したままキャンプ場の入り口を目指して走り出した。

 一度も後ろを振りかえらなかったから、二人の少年がどうなったか分からない。

 恐らく、二人とも男の持つ錆びた鉈の餌食えじきとなったであろうと容易に想像できる。


 私は無我夢中で走り続けた。

 キャンプ場の入り口まで無事に辿り着き、私はある事に気付いた。


 私を窮地きゅうちから救ってくれた三人の少年たちは、あのお地蔵さんだったのだろうと。


 シュークリームをお供えした為、その見返りとしての行為だったのであろうと。


 くだらない趣味の所為せいで、むごたらしい結果を招いてしまった。


 私は自分の行いを青空をあおいで悔やんだ。


「だったらもっと早くに助けろよクソガキ共が」


 一言そう吐き捨て、左手に滴る血を何度か振り払った。

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シュークリーム 川詩夕 @kawashiyu

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