Episode.Ⅰ-Ⅰ:Welcome to Underground

「ひとまず、改めて自己紹介。俺ワタルっていうんだ。手荒な真似してここまで連れてきちゃって、ごめん。」


ぼさぼさ髪の少年は自分の名を名乗った後、

頭を掻きながらメイヒに頭を下げた。

びしょびしょになった服を絞りながら、メイヒは肺に入っていた水を咳き込んで吐き出す。


「ご、ごめん。言うの遅かったよな。」


「…いいよ、私の方が助けてもらったんだもの。」


言いたいことや聞きたいことは山ほどあったが、

メイヒはそれを押し殺した。

まずは、命を救われたことに礼を言うべきだ。


「ありがとう、危ないところ、助けてくれて。私はメイヒ。もう知ってると思うけど、フォーテ人よ。」


「え?あ、あはは…まさか、お礼を言われるとは思わなかった。」


「だって、助けてくれたでしょ?」


「そうだけど、あんなに手荒な真似したんだし。何の説明もしてないし、誘拐みたいなもんだろ?」


「まあ、そうなんだけど…とにかく、助けてもらったことはちゃんとお礼を言って返したいの。だから、ありがと。」


ワタルはメイヒの言葉に目を丸くしたが、

すぐに「俺と一緒だ」と言って笑った。


「え?一緒って?」


「何にも。考え方が似てるなってだけ。立ち話もなんだし、乗れよ。ウチまで、街の中を案内するからさ。」


ワタルは再度風車板を起動させると、

ふわりと浮遊しているそれに乗り手を差し伸べた。

メイヒは慣れないその様子に、ちょっと顔をしかめる。


「さっきみたいに速いのは無理…」


「あんな全速力で飛ばないって!」


ワタルの言葉に一瞬足がすくんだが、

その言葉を信じることにしてメイヒは彼の手を取った。

ふわっとした浮遊感が再び体を包み、バランスをとるのが難しくなってワタルのパーカーを掴んだ。


「行くよ?ちゃんと掴まって。」


思っていたよりも優しい風が頬を掠める。

メイヒは改めて、街の様子をゆっくりと見まわした。


「本当にあったんだ、炭鉱跡の地下空間が――――」


「なんだ、知ってたんだ?そう、ここは昔、石を取り出すためにジェパーニが国総出で開発した地下都市なんだ。今では俺たちみたいな住人たちが暮らしてて、ネノクニって呼ばれてる。」


「どうしてこんなところに住んでいるの?」


口にしてから、しまったとメイヒは思った。

仮にもこの場所を住処にしている人間に対し、

「こんなところ」というのはあまりに失礼だ。

しかし、ワタルは特段気にした様子はなかった。


「話すと長いんだけど、地上での永住権を認められていないんだ。いろんないざこざやしがらみがあって、俺たちにはここしか居場所がない。」


また、メイヒの知らない知識だった。

風車板はゆっくりと向きを変えて、街の中心へと入っていく。地上に広がっていた近未来的な風景とは全く違った、異質で薄暗い景色。その中でも、多くの人影が行き来しているのをメイヒはみた。


「ここは地下都市の中でも栄えてる市場だ。地上で捨てられた残飯や規格外品の野菜や果物が流れてくる。腐った家屋を解体して、まだ生きてる木材や部品を売ったりもしてるから、地下ここで暮らしていくには覚えておくといいよ。」


「えっ、私、ここに住む気ないんだけど――――!?」


確かに拠点を探していたのはそうだが、

この劣悪な環境に住もうという気にはなれない。

ワタルには悪いが、自分には不釣り合いだとメイヒは感じてしまう。


「そう?けど…ま、今はいいや。

あ、ほら。地下にもレストランや酒場はある。地上にツテのある連中が、下の人間に商売するためにちらほらいるんだ。」


「ワタルはこの近くに住んでるの?」


「いや、もうちょっとはずれ。同居人がちょっと訳ありでさ。地下ここじゃそれなりに有名なんだけど、あんまり人目につきたくないんだ。」


彼が地上で「目立ちたくない」と言っていたのは、その同居人が関係しているのだろうか。そんなことを思っていると、風車板は旋回し街の中心から離れていく。


「俺、『からくり』技師の見習いをしてるんだ。

メイヒは知ってる?『からくり』のこと。」


「もちろん。ジェパーニで一番有名だもの。」


「そりゃあよかった。最近では愛玩人形ラブドールの方が有名になっちまって、一緒に住んでるハカセはよく国の恥だって嘆いてるよ。」


あえて返事はしなかった。

ジェパーニが高性能な愛玩人形を開発し、

それが世界的に普及し人気を博しているのはメイヒも知識として知っていた。性犯罪減少や戦場の慰安婦問題を解決するのに貢献しているというのだから、立派な話である。


「ハカセって?有名な先生でもいるの?それが、ワタルが『からくり』を教えてもらってる人?」


「いや、ハカセはあだ名だよ。ほかにも何人かで一緒に暮らしてて…あ、もうちょっとだよ。」


いつの間にか、飛行している街並みはどんどんと寂れたものになっていき、ネジや鉄くずを店頭に並べているような、薄汚くボロボロな家屋が立ち並んでいるのが目に留まった。それをさらに抜けていき、どんどんと入り組んだ奥の道へと入り込む。

素直にワタルについて来たことを、メイヒが少し後悔し始めたときだった。


「ついた。ここが我が家。」


「ここが――――?」


風車板が減速し停止したのは、

さきほどのボロボロな家屋たちと似たような、

それよりももっと「家」とは呼び難いような、

錆びた鉄くずや瓦礫の山だった。


ワタルが瓦礫の一部を蹴飛ばして横にやり、

現れたマンホールの蓋をこじ開けるとはしごが現れた。


「大丈夫、変なとこじゃないから。」


「私にとってはここに来てから全部が変なことづくめ。」


メイヒの不安を感じ取ったのかワタルはフォローを入れるが、メイヒの不安はそれで晴れはしなかった。乗り掛かった舟だ。それにこの異邦の地では、彼から離れてどこかに向かうあてもない。


「本当は、ちょっと前に見えた市の中で店を構えてるんだ。我楽多ガラクタ区っていう『からくり』を取り扱うのに必要な部品やジャンク品がそろってる場所。地下通路で繋がってて、その間に俺たちのウチがある。」


はしごを降り切ると、幾つかの地下道が続いていて奥に鉄の扉が見えた。迷いなくずんずんと進んでいくワタルは、軽快な手さばきで扉を開き、メイヒをいざなう。じめじめとしていた地下道は扉をくぐるごとに少し涼しくなった。


「ここが、俺ん部屋だよ。」


はしごを降りてから十分ほど歩いただろうか。

足元の悪いなかキャリーケースを引くメイヒは

すっかりと疲労がたまっていたが、ワタルが不意にそれをひょいっと持ち上げて現れた棚の上に乗せてしまった。


「わっ…なんだか、秘密基地みたい。」


「間違っちゃいないよ。俺らは“隠れつつみ”って呼んでる。アリの巣みたいに通路が分かれてて、途中に倉庫や部屋があるんだ。」


想像していたよりも生活感のある環境に、

メイヒはほっと胸をなでおろしていた。

火急の事態であるがゆえに、ワタルのいう通り今日はここで世話になるしかないかもしれない。メイヒはきょろきょろとあたりを見回した。


「ワタル、ここって誰が管理してるの?大家さん…っていうか、あなたのお父さんとかお母さんとか、いるでしょ?」


「いないよ。俺は捨て子だったから親の顔は知らない。ここの管理人っていや爺ちゃんだ。今は工房に出てる。」


「おじいさんはいるの?捨て子なのに。」


「ちがうちがう。血は繋がってないよ。ここは俺と似たように捨て子やら家のない奴らが何人か寄り集まって暮らしてる。みんな家族みたいなもんなんだ。」


「じゃあ、そのおじいさんに挨拶しないと。」


メイヒが腰も落ちつけぬ間に立ち上がろうとすると、ワタルが「まあまあ」とそれを窘めた。


「ちょっとはゆっくりしていけよ。

今日いろんなことありすぎて、疲れたろ?」


「そうだけど…でも、人の家にお世話になるのに何の挨拶もしないなんて、失礼だわ。」


「大丈夫。俺があとから言っとくからさ。」


「だめ。こういうのは、自分の口でしっかり言わないと!」


「意外と頑固なんだなぁ、メイヒは。」


ワタルは困ったといった表情でため息をついた。

そうしてすぐあとに、「わかった」とメイヒの提案を受け入れる。


「じゃ、カイトに話を通すよ。カイトは家族の一人で、爺ちゃんの唯一血のつながった孫だ。いわばここの副管理人?って感じだから。今工房に顔出すと雑用に付き合わされるから嫌なんだ。」


どうやらワタルが紹介を渋っていたのは、

自分に面倒事が降りかかるのを嫌っていただけらしい。

石造りのベッドの脇に伸びている数本のパイプに

口を近づけると、ワタルがそこに向かって声をかけた。


「カイト、カイト!いま部屋にいる?

お客なんだ。ちょっと挨拶したいから、こっちに来てくれよ!」


シンとして返事はなかったが、ワタルは

やり遂げた顔をしてベッドに腰を下ろし、

備え付けの蔵に手を突っ込み中を物色しだした。


「それにしてもメイヒ、ジェパーニこの国に来るのは初めてか?」


「ううん、二回目。といっても、一回目はもう何年も前、お父さんに連れられてきたっきりだけど。」


ワタルが「なるほどな」といった顔をした。


「やっぱり。だからそんな恰好で地上そとを出歩いてたのか。」


「そ、そんな恰好って…ちゃんと雑誌ファッションKindleにも載ってる、おしゃれなブランドとかも選んでるのよ!」


少なくとも見た目に無頓着なワタルには言われたくないと、心の中でメイヒはむくれた。


「じゃ、フォーテで流行ってるんだ。メイヒの身に着けてる装飾とか、アクセサリとか…ところどころ、フォーテの伝統工芸がルーツになってるだろ?そりゃそんな恰好で外歩いてたら、地上の人間から指さされるさ。」


続けてワタルは自身の瞳を指さした。


「それから、目。メイヒの目、特徴的だろ?」


「ええ、お母さんの遺伝…これってそんなに珍しいの?」


「少なくともジェパーニの民にはいないよ。ま、それにしたって軍人アイツらのやったことが仕方ないなんて、俺は思わないけど。」


そうこう言っていると、扉をどんどんと

叩く音がして、返事をする間もなく扉が開く。

ぼさぼさで黒い髪のワタルとは対照的な、

真っ白い純白の髪をした青年が姿を見せる。


「なんだ、お客ってフォーテ人じゃないか。ワタル、どこで拾ってきたんだ?」


ワタルがメイヒに「なっ?」と目配せした。

確かに自分は、フォーテ人だと一目で認識されるような容姿と恰好をしているらしいとメイヒは実感する。


「ていうかカイト失礼。拾ってきただなんて、犬猫みたいな言い方よせよ。」


「おっとこりゃ失敬。フォーテ人、それもこんないい家の人間が地下街にいるなんて、超レアなことだから驚いちゃって。」


カイトと呼ばれた少年は素直に頭を下げた。

年齢はメイヒも一つか二つほど上だろうか。


「メイヒ、こっちがカイト。さっき説明してた、爺ちゃんの孫ね。メイヒ、コイツがカイト。この工房で、一緒に技師の見習いしてるんだ。齢は十七。」


「見習いってか、俺は雑用みたいなモンだけど。」


カイトは寝起きだったのか、寝ぐせのついた

頭をいじりながら欠伸交じりにそう言った。


「あ、初めまして。私メイヒといいます。」


「よろしく、メイヒ。齢は?」


「えっと、今年で十六――――」


「じゃ、ワタルとおんなじだ。一つしか変わらないから、タメでいいよ。」


「でも――――」


「いいって。ウチにはもっと小さいのもいるけど、俺に敬語使う奴なんてだーれもいないんだから。」


「それじゃ…カイト、改めてよろしく。」


「うん。メイヒはフォーテ現地のひと?」


質問にこくんと頷くと、カイトは「へぇ」と

簡単な相槌を打った。デスクのうえにあった

機材や部品を脇にやると、その上に腰を落ち着けた。


「いまどき観光以外でこの国に来るなんて珍しいな。ワタルが連れてきたってことは、観光客じゃないんだろ?」


「ああ。一人でいるところを、軍人に襲われてた。」


正確には状況が少し異なるが、

概ね合っているのでメイヒは押し黙った。


「災難だったな。軍の連中は、フォーテ人のこと大嫌いだから。」


「どうしてあそこまで憎まれてるの?先の戦争のことだと思ってたんだけど、あまりにも度が過ぎてると思うわ――――」


「まあ―――どう感じてるかは人次第だからな、うん。」


ワタルがわざとらしく会話をそらした。


「だから、そのまま放っておくわけにもいかなくて。そいつらのして、ここまで逃げてきたってわけ。」


「そりゃまた無茶したな。顔見られたんじゃないか?」


「ま、その辺はどーにかなるさ…で、本題。

メイヒはなんで、ジェパーニに来たの?」


当然の疑問・質問だった。

メイヒは言葉に詰まる。自分の目的を、果たして

他人に話してもよいものだろうか。


「別に、言いたくなきゃ言わなくてもいい。

地下ここじゃ訳ありなんて珍しくないしな。」


カイトはそういうが、瞳に好奇心が見え隠れしているのはメイヒにも伝わった。


「(ここに来てから知らないことばかり…さすがに、誰かに頼らないと進展しないわよね。)」


メイヒは意を決して口を開いた。


「…お父さんを探しに来たの。」


そこからはスムーズだった。

自身の生まれと、父との関係。

そこから父の失踪と、書斎に残されていた文献たちを頼りにこの国へ来たこと。ワタルとカイトは途中なんどか口をはさんだが、すべて聞き終わると無言で顔を見合わせた。


「うーん、地上にいるってなると、フォーテ駐留軍の関係者だと思うんだけどな。軍関係意外だと、ツアーにガッチリ守られた観光客くらいしかいないぞ。」


「あとは外交関係者とか…まあ、隠して生きてる連中は結構いると思うけどな。フォーテ人とジェパーニ人、多くの場合は見た目で判別つかないことの方が多いから。」


「さっきの疑問とも重なるんだけど…

ジェパーニって、もっとフォーテ人の多い国だと思ってたんだけど、違うの?West-Jでは沢山のフォーテ人と家族を見かけたけど、首都クニウミに入ってからは全然―――」


「だいたい、今の政府の方針が原因だよ。」


カイトは他人事と言わんばかりにそう答えた。


「今の地上政府は、実質軍の傀儡だ。地上政府軍が実権を握ってフォーテとの対立を煽ってから、もうずっとあの街はそういう状態になってる。」


だからこそ人口は首都クニウミに集中し、

富める者は地上都市を拠点とする。

貧しいものや未だ支配から脱却できない日陰者は、

西部でフォーテ人相手に商いをして生計を立て、

農村地区で奴隷にも似た生活を強いられる。


「ひどい…どうしてそんな―――」


「仕方ないさ。戦争に負けるってのはそういうことだ。」


カイトはそう言い切り、ワタルは缶詰の蓋を開けて果実をメイヒに手渡してきた。メイヒはあまり食欲がわかなかった。


「二人が地下で暮らしてるのも…それも、フォーテ私の国が関係してる?」


「いやぁ、これは全然別問題。フォーテにも、フォーテの人たちにも関係ないよ。」


ワタルは軽快に笑った。その笑顔がこちらに

気を遣わせているようで、胸が痛かった。


「それも、戦争が終わって少ししてから起きた、ずいぶん前のことなんだ。地上の軍はジェパーニをフォーテから取り戻す、って軍事力の再強化を訴えたんだけど、当時戦争に負けたばかりの国民はもう戦争するのがうんざりだ、って人もたくさん居たわけ。」


「そーゆーのをまとめて『非国民』だっつって、権利を奪われて地下に追いやられたのが俺たちや俺たちのじーさんばあさんってこと。」


カイトがそうまとめた。


「間接的に、私たちの国が原因で…」


「だから、それが戦争だって。俺たちにとっちゃ

生まれたときからこの環境だから、幸か不幸かとか、考えたこともそんなにないしな。別にアンタの謝ることじゃない。」


「…もう一つだけ、聞いてもいい?

私も基礎知識は学校で学んだんだけど、一応、本当に念のために聞いてみたくて。」


怖くて仕方のなかった質問を、メイヒは言葉を詰まらせながら投げかけた。


「西部地方の、その…立ち入り禁止区域。私は、フォーテで戦争の影響で…って聞いたんだけど、詳しいことはこの国に来て…あの、まだ聞けてなくて。ガイドの人は、被曝の危険性がとか、よくわからないこと言うし――――」


「ああ、間違ってないよ。あの辺は放射能汚染がひどくて、今でも生身で立ち入ることは許されてないんだ。」


何かを察知したようにワタルの視線が二人の間を泳いだ。が、カイトの口は既に言葉を紡いでいた。


「フォーテの投下した核弾頭の影響でね。汚染のレベルが分からないから、かなりの範囲が禁止区域指定されてるけど。」






ジェパーニの西部地方には

複数の立ち入り禁止区域が存在し、それらは現在

フォーテ軍駐留部隊が現在も管理を続けている。


これらの原因としては、主に二つ。

生物実験・化学実験による危険生物の存在と、

実験により生まれた化学兵器を秘匿し、再開発、

利用を防止するためである。


詳細については、あらゆる機関からの質問にも

フォーテ軍は公式見解を出していない。

当時のジェパーニ軍関係者はそのほとんどが戦時下で

殉職・処刑となって今は残っておらず、それらの

研究が外部に漏れ新たな悲劇を生まぬために半永久的に秘匿するものとしている。


少なくともメイヒは、教科書でそう「教わった」。


「う…嘘よ!さすがにそんなこと、信じられない!!」


自分で思っていたよりも遥かに大きな、絶叫にも似た大声をあげてメイヒは立ち上がっていた。ワタルとカイトはというと、そんなメイヒの様子に心底驚いたように、座った姿勢のままメイヒのことを見上げていた。


「そんな…そんな非人道的なこと、

たとえ敵国であったとしたってするはずない!いくら何でも中傷が過ぎるわ!!」


「そ、そもそも、そんなことが本当に起こっていたんだとしたら、国外の世論はどうなるの!?フォーテだって無事で済むはずがないわ。第一、そんな話一度だって――――」


熱弁している中で、メイヒは二人が困惑したように顔を見合わせているのに気付いた。まただ。また、じんわりと嫌な、不気味な予感が背筋を撫でる。


「なに―――?なんなの?」


「いや…なんていうか、なあ?」


「カイト、これはさ――――」


「な、何かおかしなことがあるなら言ってよ!」


「や、だってさ、メイヒ…」


カイトはバツが悪そうな顔をして答えた。


「フォーテが第四次世界紛争で核弾頭を使った、なんて…たぶん万国共通の常識だぜ?もちろんフォーテも公式に認めてるし…むしろ、何でそんなことでキレてんのか、理解できなくってさ――――」


重苦しい沈黙が続いた。シンと静まり返った部屋の中で最初に動いたのは、それもまたメイヒだった。


「…出ていく。」


「は?おい、メイヒ。何もそんな――――」


「違う。別に、気を悪くしたとかそういうんじゃ…ないから。けど」


言葉を切ったが、そのまま語句を飲み込むことは出来なかった。


「けど、私の知っている常識とあまりにも、何もかも違いすぎて。今の話だけじゃない。この国に来てからずっとそう。少し…少し、一人で考えさせて。」


スーツケースを再び引っ張り出すと、メイヒはそのまま部屋の外へと行ってしまった。立ち去るとき、律儀に二人に頭を下げて。ワタルはため息をついて頭を抱えた。


「…おい、恨めしい目で見るなよ。

まさか一般教養の中に地雷があるなんて思わないだろうがよ。」


「一般教養を受けてない俺たちが言っても説得力ねぇよ―――」


とはいえ予想外だったのはワタルも同様だった。

なし崩し的とはいえここまで彼女を連れてきた手前、

ワタルはバツの悪い面持ちで俯いた。


「お客にフォーテ人が来てるってホントぉ!?」


静まり返った部屋が再び騒がしくなって、

メイヒの出ていった扉から三人が飛び込んできた。


「どこどこ?フォーテ人のお姉ちゃんどこ?」


「オハナうるさい。今さっき出てったよ。」


「えーーー!?なんでーー!?」


「なんだよ仕事抜け出して見に来たのによ~!

ぜってーカイトが余計なこと言ったんだよ!そうに決まってる!」


「他人の逆鱗を触れることは大得意だからな、カイトの奴は。」


「おい。」


三人はこの隠れ堤に住む元孤児たちだった。

ワタルとカイト、工房の「家族」でもある。

祖父を除く家族の一斉集結にカイトは頭を抱えた。


「チムニー、さっさと戻らないと爺さんにどやされるぞ。」


チムニーと呼ばれた少年は「やべっ」と

その頭を引っ込めてどたどたと通路を走っていった。

オハナはわざとらしくむくれて、ベッドに飛び込んでワタルの横に寝そべる。


「ハカセ、フォーテの本国って、第四次世界紛争あの戦争のこと俺たちと違う説明をしてるのか?」


「質問が広すぎてわかんねぇよワタル。」


ハカセは歪んだ眼鏡をくいっと上げてちょっと気取った声を出した。


「あーー、なんていうか。あの戦争は核戦争じゃなかったとか、ウチとフォーテの今の関係とか。」


「は、そんなわけないだろ。核弾頭を落として完全勝利したことは首都で毎年式典までやってんだから、手を引かれてる子供の代まで知ってるよ。」


メイヒのひどく傷つき、狼狽した顔が

ワタルの頭に浮かんだ。嘘を言っているようには見えなかったし、メリットも感じない。


「ねー、ねー!フォーテ人のおねーちゃん、いつ帰ってくんのー?ねーてばねぇ!」


「うるせぇなぁ。何ならもう帰ってこないんじゃねーの?行く当てがあんのか知らないけど。」


「カイト、お前みたいなのをデリカシーがないっていうんだ。」


「見てもねーのに決めつけんなよ。」


「じゃ、違うのか?」


「…」


「ほらみろ、やっぱりお前が余計なこと言ったんじゃないか。」


言い合いが続く中でワタルは身に着けていたゴーグルやグローブ、パーカーをその場で脱ぎ捨てるとベッドから立ち上がった。


「どこ行くんだよ、ワタル。」


「水浴びてくる。汗臭くてたまんねーや。」


カイトとハカセ、オハナの三人はそれぞれ

顔を見合わせた。


「「「昨日浴びたばっかりなのに。」」」

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