序Ⅲ~2112年6月15日 side B~
白昼堂々と起きたテロ事件は、発生から四分という
あまりにも早いスピードで鎮圧に至った。
近年数を増すテロ行為に対し地上政府軍の対応は
今回のように早まっているが、
今回のスピード解決はそれだけが要因ではない。
「あーあ…皆殺しだよ。今回暴れてた地下の
テロリスト十二人、全員その場で殺されてる。
一人でも捕まえてりゃ、仲間のことを
吐かせることが出来たかもしれないのに。」
「躊躇なしに殺せるんなら、
そりゃああれだけスピード鎮圧出来るよな。
俺たち警察の身にもなってほしいよ。
たとえテロリストでも、俺たちは人命優先で
動いてるんだからな。」
現場の警官たちの不満は絶えない。
英雄として我が物顔で歩いている兵士たちは、
事件の後始末に回っている警察官たちに一瞥もくれなかった。
人質となった少女の身柄は、
未だに見つかっていない。
警察と軍は謎の男が風車板で飛び去った方角へ
向けて捜索をかけていたが、発見の一報は入ってこなかった。
「例の人質、『からくり』を使った半導体製品を扱う
メーカーんとこの令嬢だろう?政府とは裏でかなりの癒着ってハナシだ。」
「ああ。そうでなくても、今回絶対に身柄を保護しなくちゃいけないことは、変わりないけどな。」
「テロ行為に巻き込まれての死亡」よりも、
「テロの最中に謎の人物に誘拐され消息不明」の方が
何十倍も心証が悪い。
世論の声に最も敏感になっている政府にとって、
この事案は絶対に解決しなければいけない問題なのだ。
「無事でいてくれたらいいがな。なあ、おい?」
「え?あ、はい。そうっすね―――」
一人、謎の人物の心当たりがある若手警官は、
仲間からの呼びかけに言葉を詰まらせてそう返した。
ジェパーニに降り立って最初に立ち塞がった難関は、
どのようにしてフォーテ管理下の西部地方を抜け、一大都市であるクニウミへと向かうかだった。
旅客機の到着する空港は西部地方のはずれにある
海沿いの土地。ここはジェパーニから国外へと向かう、空を経由する唯一の航路である。
面倒ごとを起こすわけにはいかないと意気込んでいた
メイヒだったが、ここでの検問は実質フォーテ国内と
そう変わりなかった。
「長期滞在ね。滞在理由は?
あと、敢行するならツアーガイドは予約してる?」
「あ、いえ…あの、半年前に彼が駐屯兵として派遣されて―――」
「ああ、家族に会いに来たのか。じゃあ通っていいよ。統治区を出るときには必ずツアーガイドを同伴させてね。」
メイヒは肩透かしを食らったような感覚を覚えた。
しかし、降ってわいたその疑問の答えはすぐに見つかった。
ここはあくまで「統治区」であり、国際法としては
原則ジェパーニの国内という位置づけになるのだが、今や西部地方のほとんどが実質フォーテの国土として機能していた。
検問を行っているのはフォーテ人であり、
徹底的なボディチェック・検査を受けているのは、
むしろ帰国したジェパーニの民の方である。
『「フォーテ人」のパスポートを所持している。』
これだけのことで、この検問はほとんど素通りが出来た。
「(けど、それってなんだかすごく変じゃない?)」
ここはジェパーニと海外を繋ぐ唯一の航路。
そう、唯一の航路である。
島国であるジェパーニは、
圧倒的な時間と労力を有する海路以外に、
彼らが異邦の地へと降り立つ術はない。
「…統治区って、うまい言い方を考えたものね。」
メイヒは足早に空港を後にした。
そこからリニアカーを利用して十分もすれば、
フォーテ駐屯兵たちが英気を養う中規模の繁華街が存在する。
この繁華街を中心とし西部地方には十の駐屯基地・支部が存在し、
約三十万人の軍人たちが街の興行を担っていた。
「ジェパーニの総人口は約四千万人で、
その人口の六割超は首都クニウミ近郊に暮らしている。
で、残りの三割は農村地区…つまりは北東の地方にいるのね。
フォーテも大概だけど、ここも人口集中がすごい国なんだ。」
広大な西部地方に住んでいるジェパーニの民は
総人口の一割にも満たない。
国土の三割を占める地方に、たったの一割だ。
「あの、ここからクニウミへ観光へ行こうと思うと、
どうやって行けばいいんですか?」
目についた店に入り、街のガイドに声をかける。
張り付けたような笑顔が特徴的なフロントの女が、
猫なで声で「ありがとうございます」と応対した。
「現地ガイドのご予約はされていらっしゃいますか?」
「ええっと、まだです。
出来れば少人数、ほんとは一人で行きたいんですけど。」
「こちらでご案内の当日/翌日ツアーは、
最大五十名からなるツアーをご案内可能です!」
「あの、少ないほうがいいんですけど。」
「最少人数ですと、四名様からとなっております。
ただ少々割高でして、お客様のなかで
あまりご希望される方はいらっしゃらないんですぅ。」
突破口が見えた。
メイヒはわざとらしくため息をつき、フロントに肘をついた。
「そこまでお金はかけたくないんです。
けど、少数のツアーだとお金がかかるんでしょう?
私、出来ればあんまり予算を使いたくないんです。
だって、ただ街へ向かうだけなのに余分にお金を払うなんて、
すごくバカらしいことだと思いません?」
「ええ、ええ。よぉーくわかりますぅ。
ですから、決してツアーガイドは強制ではございませんよ。」
「ええ?」
想像だにしていなかった返答に、
メイヒは思わず間抜けな声を出してしまった。
のっぺりとした笑顔を崩さぬまま、フロントの女は続けた。
「はい。基本的に何の法律も条令もございませんから。
ご希望とあらばお一人様で
ただ、フォーテのお客様が刊行される際、
フォーテ大使から『原則ツアーガイドを付けるよう案内せよ』
と命ぜられておりますので。」
「ですので、とどのつまり安全上の都合で
奨励しているという状況です、はい。お客様が個人での観光を
お望みでしたら、もちろん私共はそれに合わせた
サービスや情報のご提供を行って参ります!
実際に結構いらっしゃるんですよ。カップルでの
観光を楽しまれたいと、はるばるフォーテ本国から
現地の軍人さんに会いに来られてお二人でとか―――」
「そ…そうなんです。私もこっちに彼がいて。
それで…それで、今日は彼が来られないので。
なので、あの、せっかくなら私一人でも「予習」を、
事前にしておきたいなって思ったんで―――」
先ほどの態度とは些か矛盾する返答だと、
メイヒ本人も思った。ここへ来るまではさておき、
現地の情報に詳しいガイドに乗り切れない嘘は通用すまいと
一人旅の旅行者を装ったが、逆効果だったようだ。
しかし、フロントの女は元の態度を崩さず、
「さようでございましたか」と笑った。
のっぺらぼうの方が幾分かましだと思えるほど、
不気味な表情にメイヒは見えた。
「それでしたら、今日は私共の方から現地への向かい方と
楽しみ方についてご案内させていただいても?」
「あ、は、はい。それで。それでお願いします。」
「かしこまりましたぁ。少々冗長となってしまいますが、
可能な限り簡潔にご説明させていただきますね。」
女は一瞬視線を落とすと、フロントを隔てるガラス板に触れ、
何やら操作をしだした。
ほどなくして、ガラス板に地図が表示された。
「こちら
途中立ち入り禁止区域が多く、お客様の人体に影響を及ぼす危険性もございますので…
端的にいってしまえば、放射能被曝の危険性でございます。
ですので、基本的にクニウミへの道筋は、地下トンネルを介しての移動となります。」
「街の至るところにジェパーニ旧鉄道の
地下入り口がございますので、こちらを下ってメトロステーションの入り口までお越し下さい。
そちらでチケットをご購入いただき、さらに地下の乗車口まで下って参ります。
チケットは紙でも電子でも対応しております。
原始的ですが、紙のチケットをご利用の場合、こちらでお安くご提供しておりますよぉ。」
「地下トンネルを走ります列車は、
地上で運用されております
車内にお手洗いはございますが、車内販売はありませんので事前お食事ご購入をお勧めします。」
「現地へ到着されますと、駅の案内に沿って地上へと
上っていただきます。繋がっている地上はクニウミから少し離れた町となっておりますが、そこからは
リニアカーで十五分ほどの距離ですのでご安心くださぁい。」
「ああ、それと」と女は甘ったるい声のまま
謳うように続けていた説明を区切った。
「おひとつだけ注意事項が。現地到着の際に、
案内の経路とは異なる道筋があり乗車口から地下へ降りることが
出来るのですが、決してそちらへ行かれないようにお願いします。
『黒鉱石』発掘のための旧炭鉱へつながっているのですが、
現在は使われておらず
そうして女はそのまま現地での観光名所について
説明を続けた。適当な相槌を打ちながら、
メイヒは自分の脳みそが少し疲弊しているのを感じた。
到着したそのままの足でクニウミへ向かおうと決めていた
メイヒだったが、結局その日は現地のホテルへ宿泊した。
数年ぶりの、一人で訪れるには初めてとなる異邦の地。
地下の列車には個室やベッドのある車両もあるのだと
ツアーフロントの女が説明していたが、
まずはしっかりと心身を休ませたかった。
緊張や長旅の疲れが出たことは言うまでもない。
しかしそれ以上に彼女を疲弊させたのは、情報量だった。
核心的なことを尋ねてはいない。
異邦の地という
あの女に聞くのはどこか不気味で嫌気がさしたし、
それはなんだか尋ねることが憚られるような話題だった。
「(…放射能被曝の危険って、どういう意味?)」
フォーテの管理する西部地方に立ち入り禁止区域があることは、
学校教育で理解をしていた。かつてのジェパーニ軍の
研究施設や軍事施設が点在しており、危険な研究やウイルスを
外部へと出さない為だと講義で教わった。それが、
放射能被曝と何か関係があるのだろうか。
原子力の実験でもしていて、それが事故になったとか?
疑問はもうひとつあった。
クニウミ近郊にあるという、黒鉱石発掘のための旧炭鉱である。
「…やっぱりだ。黒鉱石の採取が出来るのは、
深海二千メートル以上の深海・海溝でのみ。
それより浅瀬での採掘はもちろん、
陸上や地下で見つかったなんて話はどこにも記載がない――――」
それならば、国の地下に炭鉱を作る必要がどこにあるのだろうか。
ツアーフロントの説明が間違っていたのかと思ったが、
それもあり得ないとすぐに選択肢から外れた。あれほど饒舌に
説明をしていたのだからマニュアルのようなものがあるのだろう。
後ろのデスクの同僚たちも、眉ひとつ動かさずに作業をしていた。
自分が認識していた知識や認識とのずれ。
そこから沸き立ってくる言いようのないうすら寒さが、
メイヒの心身を急速に疲れさせた。
「しっかりしろ。一人でも出来るって思ったから、
ここまでこうやってきたんだろうが。」
一人、自分自身を鼓舞するようにメイヒは呟いた。
結局大した睡眠もとれぬままに、朝になって列車へと向かう。
明け方の街は想像していたよりも静かで、
昨晩街にいた軍人や繁華街の人々の姿は見えない。
商店などは当然閉まっており、
明かりが灯っているのは無人店のみである。
遅れてやってきた眠気に欠伸をしながら
メトロステーションを下っていくと、食らい地下の空間に
いくつもの明かりが見えた。
「イラッシャイマセ。旅ノオ供ニ
オ弁当ノご購入ハ如何デショウカ。」
「サンドイッチを頂戴。」
「アリガトウゴザイマス。」
無人販売機で買い物を済ませると、
昨日ツアーフロントで購入したチケットを改札に通した。
特に資金に困ってはいなかったが、
何も買わずにあの場を出るのは憚られたのである。
車内はとても静かで、乗客はまばらにいるが
どれも作業服を着た男や薄いバッグを持った
時刻は早朝、それに現地にガイドを付けずに向かう観光客は
ほとんどいないというのだから、それも当然だろう。
メイヒは適当な座席に腰掛けると、ふぅっ、と息を吐いた。
「(お父さん、今どこで何をしてるんだろうか…)」
この国に入ってからこびりついている
得体のしれない違和感は拭えていない。
その不安がより一層父の存在を恋しくさせた。
そのままついうとうとと意識を手放す。
地下の真っ暗なトンネルを走り続ける列車に景色などは皆無で、
車窓も何の意味もなく暗闇を映し続けていた。
「う…ん…」
どれだけ時間がたっただろうか。
うつらうつらとしていた意識を覚醒させると、
こちらの様子を窺うようにかがんだ女性の顔が視界をよぎった。
「あ、起こしちゃいマシタカ?Sorry、女性の
ちょっと嬉しくなっちゃいマシタ。」
「あ、いえ…ちょうど、目が覚めただけなので―――」
大あくびをしたメイヒを見て、ブロンド髪の女性は
とびきりのスマイルを顔いっぱいに作った。あのフロントの女とは
百八十度ちがった笑顔だ。
「私、Ivannaといいマス。My friendsはイヴと呼びマス。
どうぞ、よろしくデス!」
「イヴさん、よろしく。私は
けど、最後はほとんど発音しないの。
だから、みんなにはメイヒって呼ばれてます。」
「メイヒチャーン、可愛い名前!
とっても嬉しいデスね!」
イヴはにこにこと笑った。その笑顔を見て、
メイヒの顔も自然とほころんだ。ジェパーニに来てからの緊張が、
ほんの少しだけ緩む。
「イヴさんはどうしてジェパーニに?観光とか?」
「Yes!観光もしたいデスネ!ジェパーニのKarakuri、
とっても興味ありマス!文化も、歴史も、いっぱいべんきょしたい。
メイヒも?」
「え、ええ。そうなの。私海外ってあんまり行ったことなくて。
だから今回が一人旅初挑戦。ガイドとか付けても楽しいんだけど、
ちょっと煩わしくて。」
嘘はついていない。イヴは感嘆の声を上げた。
「Me Too!実は私、ホテル抜け出して来ちゃいマシタ。
仲間タチと来てるんですケド、Solo Tripエンジョイしたくて。」
いたずらを披露するように楽しそうに語る彼女を見て、
またメイヒの表情は緩んだ。
「可愛い人だなぁ」と、きっと年上であろう彼女を見て思った。
クニウミへと向かう道すがらは、
列車に揺られること六時間と少しかかった。
退屈な旅であることを覚悟していたメイヒにとって
イヴという話し相手に出会えたことは幸運で、
彼女たちは余りある時間で自分たちのことについて語り合った。
イヴはメイヒのやってきたフォーテともまた違う、
さらに西側の北欧諸国の出身だという。
透き通った青い瞳と、ブロンドの長い髪は小さいころに
母に買ってもらったビスクドールのようでメイヒは憧れた。
「メイヒのEyesもとってもキレイデスヨ。」
「ありがとう。フォーテ人の中には、血筋によって
黄色っぽい琥珀色の目をした人がいるの。私の目は母さん似ね。」
父から名付けられた名と母から授かった瞳は、メイヒの誇りだ。
自分が憧れたイヴからその言葉をもらえたことが、
さらにメイヒの気分を高揚させた。
「私、北欧へは行ったことないわ。
洋風の神殿や絵画、とっても素敵。いつか行ってみたいな。」
イヴは喜んで案内すると意気込んだ。
フォーテから出たことがほとんどなかったメイヒにとっては、
イヴか語る彼女の故郷や、彼女が見てきたという異邦の地の数々が
幻想的で華やいで感じられた。
退屈で時間ばかりかかると思っていた列車の旅は
あっという間に過ぎていき、社内アナウンスが間もなくの到着を
告げるころには、彼女と別れが名残惜しく感じつつあった。
「イヴさんは、ジェパーニにどれくらい滞在する予定なの?」
イヴは難問を投げかけられたように
眉をひそめて「Umm」とうなった。
「分かりマセン、半年カモしれないし、一年カモ。
もっともっとかかるカモしれませんネ。ジェパーニ、知りたいコト
いっぱいで、たくさん時間かかるカモ思いマス!」
「そっか…」
思えばメイヒは、父の捜索にどれだけの時間がかかるのか、
試算を全くしていなかった。
父が何等かの理由があって行方をくらませている場合
すぐに国へ帰ることは出来ないと踏んで長期滞在を選んだが、
捜索それ自体にかかる時間は、あえて考えないようにしていた。
「メイヒは、どれくらいジェパーニにイマスカ?」
「えっと…私も、決まった日程はないの。
いろいろな理由があってこっちに来たんだけど…
何から手を付けていいのか、よくわからなくて。」
「ワタシ、今日はジェパーニでタイザイ、
するためのHome、探す予定デス。メイヒも、
もしよかったら一緒に探しませんカ?」
願ってもない提案だった。
しかし、「もちろん」と返答を返しそうになったその時
メイヒの脳裏に父の顔が浮ぶ。
今どこで何をしているのか、
この国にいるのかどうかすら推測の域を出ない。
もしかしたらすぐにこの国を経つかもしれないし、
もしも父が見つかったとして、誰かと一緒にいるのはいろいろと
都合が悪い可能性も多い。
何より、メイヒは覚悟と決意をもってこの地に降り立ったのだ。
「ありがとう、イヴさん。けど大丈夫。
私は私で、自分一人の力で出来るようにならなくちゃ。」
メイヒの言った意味をイヴが理解できたのかは分からないが、
彼女はきょとんとした表情ののちすぐに、屈託のない笑みを見せた。
「メイヒ、ソレじゃあ、これ。」
イヴは腕時計からAR映像を出力した。
「連絡先、交換シマショ?私、ジェパーニでも
沢山のオトモダチ、作りたいデス!メイヒは、私のジェパーニでの
初めてのオトモダチ!」
その笑みにつられて三度、メイヒは笑った。
「私、フォーテ人だけどね。」
それから二人はそれぞれに分かれ、
ジェパーニの街を観光することになった。
イヴは当面の拠点となるアパートを探すこと、
メイヒは彼女で自分の拠点や父の手がかりを見つけるなど、
しなければいけないことは山積みだった。
別れの挨拶を告げてイヴと離れた後、
メイヒはわざと少し時間を空けてリニアカーに乗った。
列車を降りた町は西部地方の繁華街と比べると寂れていて、
再び一人になったことと重なってメイヒの心を不安にさせた。
「わあ…!」
しかし、それもすぐに高揚へと変わる。
リニアカーが走りまもなくすると、近未来的と言わんばかりの
建築物が目に飛び込んできたからだ。
「これがジェパーニの首都、クニウミ…!
遠目から見ていても気が付いていたけど、
やっぱり街全体が薄いドームで覆われてるんだ。
けどリニアカーが通れるってことは、
これって物体じゃないよね?空気の膜、みたいな…?
どっちにしてもスゴイ…!」
ビルが立ち並び、空中に敷かれたレーンに沿って
リニアカーが走っている。その付近を飛び回っているのは、
大きな鳥かと思ったがそうではない。
「それから、あれが「
フォーテでも見たことはあるけど、『からくり』製品だからか
やっぱり本場はすごく数が多いんだ。
あ、あの建物も『からくり』で形が変わるのね。
季節や時間で変わる日照をコントロールしてるんだわ…!!」
目に飛び込んでくるもののすべてが新しく、
好奇心を刺激した。メイヒは数時間前まで感じていた
不安をすっかり忘れ、「機械仕掛けの国」に心を奪われた。
そうして首都についたメイヒは、
朝に駅で購入したサンドイッチを食べることにした。
朝食用にと購入していたものだったが、
列車内でイヴがお弁当を披露してくれたので
結局食べるタイミングがなかったのだ。
時刻は正午より少し前。
五時過ぎの始発列車に揺られてここまでやってきて、
既に街中はじりじりと夏の暑さに支配されつつあった。
「ここは…『クニウミ国立公園』ね。
あ、あの噴水も『からくり』の仕掛けがあるんだ、素敵――」
ついつい元の目的を忘れかけ、
景色や建物に目を奪われてしまう。
「ん―――?」
その時、ふと感じる違和感。
はじめ、メイヒはその違和感を言語化することが出来なかった。
公園では家族連れやペットとともに散歩する人々や、
芝に座るカップルたちが談笑をしている。
どこにも不自然な点はないと思っていた矢先、その正体に気づく。
「(見られてる?)」
全員ではない。周囲にいる人の数と比較すれば、
感じる視線はごくごく少数だ。
それでも、公園にいる多くの人々の中から時折、
刺すような視線をこちらに向けられていることに気が付いた。
何よりメイヒを恐怖させたのは、それは好奇や物珍しいものを
観察しようとする野次馬のそれとは明らかに違う、
明確な「敵意」が感じられたからだ。
「何なの、どういうこと―――?」
クニウミに入ってから忘れていた不安や薄ら寒さが
再び身体を走り抜け、メイヒは立ち上がった。
今はとにかくこの場から離れたい。
この視線から逃れたいという一心で早歩きになる。
人ごみをかき分けていく中で、メイヒは低い男の声を聞いた。
「フォーテ人め。」
「っ!?」
反射的に身をすくませ、振り返ってみても
声の主がどこにいるのかはわからなかった。
それでも、刺すような視線は未だに至る箇所から感じている。
そのまま公園の出口に差し掛かった時、
石碑の周囲に座り込んでいた若い男たちが、
メイヒを指さして顔をゆがませた。
「おい、お前フォーテ人だろ。」
「えっ…?」
男たちの表情には、明らかな敵意と憎悪の感情が込められていた。
周囲の人々に変化はない。いや、「それ」を認識しているが、
関わろうとする人はいなかった。
「なんでフォーテの人間が
俺たちから奪ったでけぇ土地があるだろうが。失せろよ。」
「何を―――」
「ていうか、この国から出てけ!ジェパーニの土地は、
陸も海も、全部俺たちジェパーニの民のものなんだよ!!」
「生意気に飯食って出歩きやがって、なあおい!」
どんと突き飛ばされたかと思うと、
抱えていたサンドイッチを落としてしまう。
嘲るような笑い声を浴びせられたが、
男たちの顔を見ることが出来ずメイヒは顔を伏せた。
「おぉら、さっさと失せろ!
これ以上俺たちの国を汚すんじゃねぇ、クズどもが!」
「出ていけ、出ていけ。ジェパーニから出ていけ!」
脇目もふらずにその場を走り去る。
心臓の鼓動が鼓膜まで伝わってきて周囲の音は
聞こえなくなっていたが、男たちの笑い声が
まだ背中から聞こえてくる気がして、メイヒをさらに追い立てた。
息を切らしてしゃがみこむ。
道行く人が怪訝な顔でこちらを見ている視線を感じたが、
さっきと比べればなんて事はないと思った。
『とどのつまり安全上の都合で奨励しているという状況です』
って…フォーテ人がツアーガイドを奨励されてる理由、
肌で感じた気分だわ―――」
事前にある程度調べられていたことだ。
半世紀も前の出来事とはいえ、かつて大戦で敵同士だった上
現在もフォーテは西部地方を実効支配しているのだ。
メイヒも理解しているつもりだった。
しかし、ここまでの黒い感情を向けられているのは、
メイヒの予想の範疇を超えていた。
何より予想外だったのは、それに対する周囲の反応だ。
フォーテは周辺のあらゆる小国を合併・吸収することで
領土を拡大させてきた。そこにはもちろん小国の民がいて、
さらに各地域にはその地に根差す少数民族たちがいた。
メイヒの母もまた、そんな民族の一つの出身である。
ルーツの異なる人々に対する差別は、フォーテでも
珍しいことではなかった。それでも、そのような行為は
後ろ暗いことであると加害者も認識していたし、
だからこそそれは人目のつかない場所、環境で横行していた。
まさか白昼堂々、多数の人々がいる前で行われるとは。
そして、周囲がそれに口を噤んでいたことも、予想外だった。
「ああ…なんか、嫌だな。」
自然とそんな言葉が口から零れる。
メイヒは自分のことを負けん気が強い性格だと自負していたし、
それは事実その通りなのだろう。
しかし一人異邦の地で浴びせられる洗礼は彼女の心を深く抉り、
感じていた不安を大きくするのには十分すぎる材料だった。
時刻は正午過ぎ。
うだるような暑さが肌を刺し、消沈している
メイヒに追い打ちをかけていた。
「っあ!?」
その時、突如乾いた爆発音と硝子の割れる音が響き渡る。
遅れて人々のどよめきと叫び声が重なって聞こえ、
それらは耳鳴りとなって鼓膜を揺らした。
どっと汗が吹き出し、恐怖を感じて身体の先端が震える。
「一体…一体なんなの、この国――――!」
程なくして、機械を経由した雑音交じりの叫びが
再度鼓膜を揺らした。
『俺たちはジェパーニを取り戻す!!
尊厳を、自由をこの手に取り戻す!』
熱を帯びた、怒りに満ちた声。
半歩遅れてメイヒは理解した。これはテロリズムだ。
「こんなまっ昼間から、首都のど真ん中で…!?」
混乱で脳内はサラダボウルのようにごちゃ混ぜになる。
知らない真実、浴びせられた罵声、からくり仕掛けの街…
立ち眩みがして壁に手をついた。何かしらの答えを求めるように、
メイヒはスマートグラスの望遠機能を起動した。
ひゅっ、と空を切る音が聞こえたような気がした。
それは文字通り、「気がした」だけである。
望遠機能を使って覗いている現場の景色は数㎞離れているはずで、
そんな音はメイヒの耳に届くはずもない。
「あっ」
喧噪を横切った白い影が、今しがた空中に投げ飛ばされた
ちいさな人影と重なった。一瞬の
そうすると、その姿は既に視界にはない。
恐怖に色づいていた叫びの中に驚愕や感嘆が混じるのを感じる。
ドミノ倒しのように次々と降りかかる事件や災難に、
立ち眩みはまだ収まっていない。二、三度の深呼吸で
脳に酸素を送り込む。酸素と、血液を。
今自分の身体が何を欲しているか、明確に分かる。
「ふ―――ふぅ――――」
呼吸を整えしゃがみこむと、視界はゆっくりとクリアになった。
どくんどくんと、心臓の音は未だに大きく、
喉から心臓が飛び出してくるような気さえする。
どうしよう。今日はこのまま西部へ引き返して、
改めてガイドを付けてこっちへ来ようか。
しかし、首都(クニウミ)で父を探すとなれば、
遅かれ早かれこの街のどこかに拠点を置かなければならない。
果たして自分は一人で耐え忍んでいけるのだろうか。
メイヒは一人、頭の中で問答を繰り返した。
公園で浴びせられた言葉と、不意に目撃したテロが脳裏をよぎる。
「…!声が聞こえる――――」
うずくまっていたメイヒの耳に、微かに話し声が聞こえてきた。
大通りはまだ今しがたのテロに怯えたり、
野次馬として現場の方角へ向かおうとする声で溢れていたが、
そのどれとも違う、もっと近くで話す声がするのだ。
「…少し遠いけど、さっき大通りに戻れば今なら
警官がいっぱいいるはずさ。パパが君のこと心配しているぞ。」
声のする方向へ、ゆっくりと近づく。
抜き足差し足で十分な距離にまで近づくと、気づかれないようにと
路地の向こうをのぞき込んだ。
「(…!あれって――――)」
そこから先は、先ほどの場面へと繋がった。
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