隻眼

めへ

隻眼

京都の大学に通うK君は、夏休みに友人五人と滋賀へキャンプに行った事がある。


昼間は琵琶湖の畔でバーベキューをし、日が暮れると花火をしようという話になった。

K君たちが滞在していたのは守山のキャンプ場なのだが、せっかくだから余呉湖まで足をのばしてみよう、という事になり五人で車を走らせた。


夜の余呉湖は夜釣り客がチラホラいるだけで、人けが無く静かだった。その中でも釣りの客もいない場所を見つけ、そこで花火を始めた。


皆で花火をやりながら盛り上がっている最中、K君はふと湖の反対側、道路に目をやり、そこに誰かがいる事に気付いた。

釣りの客には見えない、花火の灯りに照らされたその人は、黒い髪に着物姿の女性のようである。

その女性はじっと、こちらを見ている。


――こんな時間に、それも今時着物姿。珍しいな


と、あまり気に留めなかったのだが、すぐ傍にいた友人がボソッと


「なあ…あの人って…」


顔色を悪くしながら心配そうに声をかけてきて、その女性のいる方へ目をやった。

他の友人たちを見ると、心なしか湖と逆方向、女性のいる側へ目を向けぬように、そしてやや気不味そうに見える。

皆、わざと明るく振る舞っている風に見えた。そうする事で、その女性を寄り付かせないようにしている風にK君には思えたという。


しばらくして、花火から顔を上げたK君はぎょっとした。前方数メートル先に、着物姿の女性が佇んでいるのだ。


――移動したのか?!


そう思って道路側を見ると、そこには未だ着物姿の女性がいる。二人に増えたのだ。

いや、ひょっとしたら自分の背後にも…そう思うとゾッとした。


急に花火の火がフッと消え、辺りが暗く静まりかえる。恐怖のあまり、K君も友人たちもパニック状態で必死に花火に火を点けようとするが、全く火が点かない。


そして気付けば二人どころか、何人いるのか分からない程、着物姿の女性が増えてK君たちを囲むようにして佇んでいる。

女性たちはK君たちとの距離を縮めてくるのだが、歩いている様子、つまり足を動かしている様子が全く無い。


女性たちは皆、夜目にも分かる白い着物姿で、目が片方潰れて血を流していた。そしてニタニタ笑みを浮かべながら近づいてくる。


「うわあああああああああああああ!」


K君たちは叫び声をあげながら、パニック状態で逃げ出した。

どうやって逃げたのか曖昧にしか覚えていないそうだが、駐車場に着き車に乗り込むと急いで発進したという。


余呉湖を離れ、車通りの多い道まで来た時、メンバーの一人がいない事に気付いた。

しかし再び戻る気にはなれず、かと言って捨て置いたままにもできないので、警察に通報して来てもらった。


警察を伴い、改めて余呉湖に来てみると、そこには女性たちもいなくなった友人の一人もいない。



「柳田國男の何かの著作を思い出したんですけどね…」


話終えたK君はこんな事を言った。


「そこに書かれてたんですけど…あの辺りでは隻眼の娘を毎年、人身御供にしていたそうです。

産まれつき隻眼の者なんて、そういるもんじゃないし、人工的に作ってたんでしょうね。」


あの時見た女性たちは、人身御供にされた娘たちだったのかもしれない。


行方不明になった友人は数日後、余呉湖付近であっさり見つかった。

片目が潰れた状態で、死因は心臓発作だったという。



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