26筋:左手の小指に絡みついた、神の撚代の糸
神の糸がきちんと見えるようになってから、気がついた。
私の左手の小指に絡みついていたのは、幼い頃に世界の果てで視た朱色の神の糸だった。
私が触れたあの時から、朱色の神の糸が、私をそばで見守ってくれていたのだろう。
そして、朱色の糸が繋がる先は……。
視線で糸を辿ると、トバリを背負ったメグリトが歩いてきた。
「コヨリ。準備は出来たか?」
「準備も何も、そんなに荷物もないわ。荷物と言えば……これ。メグリトのために編んだのよ」
私は彼に、朱色の糸で編んだ組紐を渡す。
メグリトは一度トバリを片手で背負い直すと、もう片方の手で受け取ってくれた。
けれども、どこに着けるか迷ったらしく、少し考えて着物の懐にしまい込んでしまう。
「俺が戻ってくるなんて確証なかったろ。なのに、作ってくれたのか?」
「確証なんて、どうでも良かったのよ。私はメグリトに戻ってきて欲しかったの」
「……そっか」
「トバリの分を編んで、それで三人分作ろうって自然に思ったのよ」
少し照れくさそうにしているので、私まで嬉しくなる。
私はメグリトが背負っていたトバリの様子を覗き見た。
「トバリは……寝てるのね? 泣き疲れちゃったのかしら?」
「それもあるだろうが、トワの力を相当使ったらしいから、相当疲労が溜まってんだろうな」
「メグリトもそうでしょう? 平気なの?」
「俺は問題ねえよ。ったく。こうして寝てる顔は、ガキの頃のまんまなんだけどなあ」
「そうよね。……起きたら悪さしないように気を付けないと」
「コヨリがちゃんと見張っていたら、トバリも大人しくするだろうな」
すやすやと寝息を立てるトバリに、私たちふたりは苦笑する。
「これで、拾之都市の大地の綻びは当分収まりそうだな」
私たちは振り返り、拾之都市の大地を眺めた。
綻びだらけになってしまい、残っている土地も多くはない。
無事に落ち着いたとは言い難いけれども、これ以上
「これから拾之都市を出発するんでしょう?」
「ああ。各地の大地の綻びを止めねえとな。……なあコヨリ。本当に俺について来てくれんのか?」
申し訳なさそうに口にするメグリトに、私は頷いた。
「綻びを止めることが、
「トバリを相手にしたときに見たろ。神の力が相手となると、俺じゃ歯が立たねえんだ。神の糸を操れるお前が着いて来てくれれば、心強い。……まあ単純に、旅の道連れが欲しいってのもあるが」
「途中で置いて行ったりしないでよね?」
「ああ。心配すんなよ。俺はお前を置いて行かない。ガキんときみたいに、世界の果てだって一緒に行くさ。突き落とされでもしない限りはな」
「もう! バカなこと言わないでよ!」
冗談のつもりで言ったのだろうけれども、実例があるだけに笑えない冗談だった。
怒って頬を膨らませていると、「悪い悪い」と軽く受け流されてしまう。
「で、どうすんだ?」
「もちろん、メグリトに着いて行くわ。神の糸がどうとか言う前に、せっかくメグリトと再会できたもの。それに、トバリのためにも拾之都市にいるのは良くない気がするのよね」
「それもそうだな」
私の他人との糸は、もう消えてしまった。
名残惜しく感じることはもうないけれども、かつて縁があった家族たちへ、心の中で別れを告げる。
左腕に絡みついていたトバリからの紺色の糸も、気づけばきれいさっぱり視えなくなってしまった。
私たち以外の人同士の繋がりはまだ視えているから、神の糸が視えるようになった影響ではないと思う。
本当に、薄れて消えてしまったんだろう。
けれども今は、私の十本の指のうち二本に……メグリトからの
私と繋がっているのは、神の撚代たちから紡ぎ出された神糸だけ。
糸が結ばれた左手の指を
「じゃあ、行くか。コヨリ」
「うん!」
左手の小指に絡みついた朱色の神糸を撫でた。
私たちのこの縁が、ずっと続きますように……。
そう願いながら、私たちは故郷の拾之都市を後にした。
~完~
※ご覧頂きまして、有難うございます。
本作は中編コンテスト用作品につき、これにて一旦完結と致します。
※近況ノートにシナリオ形式SS載せましたので、宜しけばご覧ください!
https://kakuyomu.jp/users/koutounokarin/news/16817330666409796015
十指神様の糸檻姫 ~糸の乙女は、神のヨリシロたる少年と共に大陸を紡ぐ~ 江東乃かりん(旧:江東のかりん) @koutounokarin
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