25筋:神の糸を織る乙女

 狙っていたのとは異なる場所に大地の綻びが出来たのだろうか、トバリは絶句する。


「きっと、罰があたったんだ……」


 彼には大地に編み込まれた神の糸を抜き取る力がある。

 それならば、足元の大地を固定する力もあるはずなのに……彼は諦めたように地面に項垂れてしまった。


「だからコヨリちゃんにも見向きもされなくて、メグ君も戻ってきちゃって……それで……」


 呆然としてぶつぶつと呟くトバリの足元が、ボロボロと崩れて始めようとしていた。


「ごめんなさい、トワ様。ぼく失敗しちゃった……」


 今ならまだ間に合う。そう思ってトバリの元へと駆け出そうとした私を、メグリトが引き止める。


「コヨリ、巻き込まれるぞ!」

「でも!」


 バキバキと地面が割れて、彼の足元が崩れた。


「トバリ!!」

「メグ君とは違って、ぼくは見捨てられるのかな……? そんなの……」


 諦めた眼差しでいるけれども、本心では助かりたいと願っているのだろう。

 彼は崩れかけた大地を掴んでいる。

 それでも力なく項垂れている様子から、長くはもたないことが目に見えていた。


「っ! 私は見捨てないわ!!」


 トバリが引き抜いた大地の糸を手繰り寄せて、縄状に編み上げた。

 太く、長く……あの時とは違って、今度こそ、私の大事な幼なじみを救い上げることが出来るように……強固な糸を!!


 即座に糸を編み上げて、トバリが落ちかけた綻びへと糸を投じる。


「トバリ! その糸を掴んで!!」


 彼は虚ろな瞳で糸を見つめたあと、その視線をこちらに向ける。


「……コヨリちゃんは、ぼくを助けてくれるの?」

「またそんなバカなことを言って!!」

「あんなに沢山のひとを奈落に落としたぼくを、掬ってくれるの?」

「当たり前でしょう! トバリは私の、大事な幼なじみなのだから!!」

「あ……ぼくは……」


 トバリは一瞬、私の編んだ糸に触れようとして躊躇した。

 助かりたいのに、助かって良いのかと引け目を感じているようにも見える。

 だから私は、強硬手段に出ることにした。


「トバリがその気なら、無理矢理にでも助けるから!!」

「へ……?」


 私が出来ることは、糸を織って編み上げることだけじゃない。

 糸を自由自在に操ることができる……だから!

 私は垂らした糸を操ってトバリを拘束すると、糸ごと彼を引き上げた。


「うわっ!?」


 トバリが宙を舞った後に地面に叩きつけられてしまったのは、私の制御不足もあるかもしれない。

 けれども、奈落に落ちようとしていたトバリを、なんとか救うことが出来て、私は胸をなでおろした。


「トバリ、ごめん……大丈夫?」

「……うん。た、助けてくれて、ありがとう……」

「良かった……! トバリが無事で……!!」

「コヨリちゃん……」


 身体中を打ち付けられて痛そうにしているトバリに問いかけると、彼は申し訳なさそうに答えてくれた。


「もう大地の綻びを作ろうだなんて、危ないことはしないでよ……!」

「……約束は出来ないよ」

「もうこんなことしないように、ちゃんと見張ってるからね」


 反省はしているようだが後悔はしていない素振りを見せるトバリに、私は手のかかる弟分を見るような眼差しを向けた。


「コヨリちゃんは優しいけれども……。ずるいよね」

「そう……かしら……?」

「ぼくの手を取ってくれないのに……救おうとするんだ。だからぼくは期待してしまって……。ううっ……うああ……!!」


 大人になってから泣いたところを見たことがなかったトバリが、泣き出してしまった。

 幼かった頃を思い出した私は、思わず彼を抱きしめようとして手を伸ばしたけれども、メグリトに手で静止される。

 メグリトがトバリの頭をくしゃくしゃと乱暴に撫でた。


「しゃあないやつだな」

「っ……。ごめんね……メグ君……!」


 するとトバリは、兄貴分の着ていた着物を握り締めて、大きな声で泣きじゃくり始めた。

「優しいけれどずるい」と言われてしまった手前、私に彼を抱きしめる資格はなかったかもしれない。


 私は久しぶりに揃った幼なじみを、懐かしさを込めた眼差しで見守った。

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