24筋:神の糸

「だめ……」


 折角再会することが出来たメグリトが、やっとのことで大地に這い上がってきたと言っていた彼が……。また奈落の底へと落ちてしまうだなんて……そんなこと、許せるはずがない。


「だめよ……!」


 思いが高ぶると、左手の小指がまた熱くなってきた。


「あ……熱い……!」


 ううん、違う。十本の指先すべてが、摩擦したように熱を持ち始めてくる。

 目の奥がチカチカしたかと思うと、突然すべての景色が鮮明に見え始めてきた。

 全身の血がたぎるように感じ、家を取り囲んでいた神の糸を視たとき以上に、感覚が鋭くなっていく。


「コヨリちゃん……?」


 私の様子の変化に、トバリが怯んだらしい。

 彼が手を止めた隙に、私は拘束されてふらつく身体に鞭をうち、彼を正面に捉える。


「やっと、視えたわ……!」


 トバリにがんじがらめに絡みつく紺色の糸、彼の指先から弧を描くように放たれた紺色の糸……。


「これが神の糸……」


 これまで視たくても視えなかった、目の前の神の糸を目の当たりにした私は、指先を軽く捻り、身体に絡みつく糸を何本か切り取った。

 すると、私を捉えていた糸が簡単に解けていく。


「え……っ。コヨリちゃん、どうして……」

「私に神の糸が切れることを、教えてくれたひとがいるのよ」


 私が強い眼差しでトバリを射抜くと、彼はびくりと肩を震わせた。

 すがるような眼差しを見ていると、幼かった頃のトバリがよみがえったように思えてしまった。

 彼は都市のひとたちを巻き込んで奈落に突き落としたというのに、私の胸に罪悪感がこみあげて来る。


 けれども今は、メグリトが奈落に落ちる前に助けなければ。


「メグリト、今切るわ!」


 振り返った直後、私は思わず絶句してしまう。


「……なに、それ……」


 メグリトに絡みついていた糸は、トバリの放った糸の色だけではなかった。


「はは、視えちまったか。言ったろ、撚代になったんだって」


 メグリトもまた、朱色の糸に身体中を捕らわれている。

 けれどもそれは、トバリに絡みついていた紺色の糸と違い、不思議と安心感と懐かしさを覚える、暖かな朱色の糸だった。


「これ……切るとどうなるのよ」

「ヒトヒラとの繋がりは、あんま切られたくねえな。……地味に命に関わる」

「っ! 分かったわ」


 私は慎重に紺色の糸だけを切り落としていった。

 何とかメグリトの身体を自由にすることが出来ると、背後からぽつりとトバリの声が聞こえてきた。


「いやだ……コヨリちゃん、逃げないで……」

「何言ってるのよ。トバリをひとりにして、私だけ逃げたりなんかしないわよ」

「うそだ! コヨリちゃんは、ぼくよりもメグ君が良いんだ……。そんなの、分かってた……」

「そんなこと……」


 ないとは言い切れなかった。

 どちらが好きかと言われると、私はふたりとも大好きだった。

 トバリは随分と変わってしまったけれども、それでも私が好きな幼なじみであることには変わりはない。

 けれども、トバリの嘆きからは、一番に思って欲しいと願う気持ちが充分に伝わってくる。

 だから私には答えられなくなってしまった。


「分かってたけど……ぼくは、ぼくはコヨリちゃんが好きだから……」


 トバリが手を振りかざした。

 私の眼には今度こそ、彼が糸を引いている姿が視えた。


「ぼくにはこうすることしか、もう出来ないんだ……!」

「だめよ、トバリ!! もうこんなことをするのはだめ!」


 止めようと駆けだした瞬間、トバリが腕を引き切った。

 ピンと伸び切った糸が、大地からズルズルと引き抜かれていく。

 支えを失ったように地面が鳴動し始める。


「うそ、こんなはずじゃ……!」


 揺れが最高潮に達したとき、トバリの足元の大地が裂けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る