23筋:撚代たちの対峙

 彼らは、まるで仇敵を前にしたかのように、鋭い眼差しで睨み合っている。

 仲良しだった幼なじみに対して向ける態度ではない。


「戻ってきちゃったんだね、メグ君ヒトヒラ

「お前は歓迎してくれねえの? トバリトワ

「え……?」


 ふたりの発言も、到底受け入れることが出来ない相手を前にしたものにも感じ取れる。

 けれどもそれ以上に、彼らの向こう側にいる誰かへと呼びかけ合うような口ぶりが、とても不思議で仕方がない。


「感謝はしているよ。あのとき、コヨリちゃんを助けてくれたから。でもごめんね? 歓迎は出来ないんだよ。この土地には、ぼくとコヨリちゃんだけが居ればいいから……」


 トバリが苦笑すると、右手を振りかざした。りん……と鈴の音が鳴り響く。


「他には何もいらないんだよ」

「え?」


 何かが空中でキラキラと煌めいたかと思うと、メグリトが私を抱えてその場を離れる。

 直後、先ほどまで立っていた場所が糸を引くように崩れ落ちた。


「あぶねえな! トバリ! コヨリを巻き込む気か!?」

「メグ君が邪魔をしなければ大丈夫だよ。だから早くコヨリちゃんを解放して?」

「お前が凶行に走らなければ、解放しても構わないんだがな!!」


 都市内を逃げるメグリトに小脇抱えられながら、私は混乱していた。


「トバリ、何をしたの!?」

「チッ。コヨリ、視えないのか?」

「み、視えないわ! メグリトは視えるの!?」

「視える!」


 トバリが手を振りかざすたびに地面が揺れ、そしてまるで地面に縫われていた糸が抜き取られたように、大地が裂けていく。

 糸と大地……。思い当たるのは、神の糸で作られた大地しかない。

 彼が操っているのは、きっと神の糸だ。

 それをメグリトが視えているということは……。


「どうしてメグリトに視えるの……?」

「お前に言ってなかったが、俺も神の力を借りている」

「もしかして、拾之神様の!? 撚代になったの!?」


 まさかメグリトもトバリのようになってしまうのかと身を固くしたとき、左手の小指が再び熱を持った。


「いいや。いち之神、ヒトヒラだ」

「壱之神様……? 別の都市の神様ってこと? どうして別の神様が……」

「俺は撚代にならざるを得なかったんだ。そうしなければ、お前の織った糸を掴むことも、ここまで這い上がってくることもできなかった」

「神様がメグリトを助けてくれたの?」

「ああ。コヨリとヒトヒラは俺の命の恩人だ」


 メグリトは私を地面に下ろす。背を向けて腰に下げていた刀を抜くと、それを構えた。


「メグリト!?」

「コヨリ、お前は逃げろ。拾之都市はもう崩壊寸前だ。このままここにいたら、お前はトバリから……トワから逃げられなくなる」

「でも私は、トバリを放っておくわけには……。それに、メグリトだってどうする気なのよ!」

「俺も、お前を放って置けねえんだよ!」


 トバリが怒鳴りながら糸を振るう仕草をすると、やはり空中が煌めく。

 それはきっと糸の残像なのだろう。

 正確には捉えられていないけれども、私には糸が視えかけている。

 もっと視ることが出来たら、トバリを止めることが出来るかもしれないのに……!

 メグリトが刀で煌めきを切り裂く動作をすると、大地はこれまでと異なり少しだけ揺れ、綻びも起きなかった。


「早く逃げろ!」

「でもっ!!」

トバリトワはお前の力を蓄えていた影響で、ヒトヒラより力がある!」

「私の力……? もしかして……私の織物!?」

「モノはなんだか知らねえが、俺はあいつを止めるので精一杯なんだ!」


 メグリトの言葉通り、彼が切り漏らした糸が輝くと、大地が崩れていく。

 けれども、都市が崩壊しかけているのに、私だけ逃げるなんて出来ない!

 このままだと、メグリトもトバリも、奈落に落ちてしまうかもしれないというのに……!


「心配するな、あいつの糸は今の俺には切れねえ! やってみて分かった!!」

「さっきの、刀で切ってたんじゃないの!?」

「無理! 受け流しただけだ!!」


 トバリと神様の糸を切ったら、撚代ではなくなるのではないか……私がそういった言葉を思い出したのだろう。

 けれども、いま心配しているのはそこじゃない。


「メグリトが心配なのに、おいて行けるわけがないじゃないの!」


 私がそう叫んだ瞬間、メグリトはピタリと動きを止めた。


「クソったれが……」


 よく見てみると悪態をつく彼の周りには、キラキラと煌めくものが視えた。

 メグリトはトバリに捉えられてしまったのだろう。


「そうだね。ぼくトワ様の糸は、メグ君ヒトヒラには切れないよ」

「ぐっ……」


 苦しそうに悶えているメグリトを前に、私は二人の間に入り、トバリを静止した。


「コヨリちゃん、邪魔しちゃだめだよ?」

「トバリ、メグリトをどうするのよ!?」

「ぼくとコヨリちゃんが二人きりだったときに、戻るだけだよ」

「え……」


 聞き捨てならない台詞に私がトバリを睨みつける。

 彼が私の顎を指先で掴むと、彼の目と合った。


「もうすぐ終わるよ。この都市は崩落して、ぼくとコヨリちゃんが暮らす土地だけが残り続けるからね」


 寂しさと、悲しみと、怒りと、愛おしさと……複雑な感情が混じりあった眼差しを向けられて、それでも私は彼の感情を受け止めることが出来なくて目を背けようとする。

 身体を動かしてトバリを止めようとしたけれども、身体中に糸を張り巡らされたように手足が動かなくなってしまった。


「やめて……」


 このままではメグリトがまた奈落に落とされてしまう。

 そんなのは絶対にいやだ……!


「だからメグ君は大人しく……また奈落に戻ってね?」


 私もメグリトも動けないでいる間に、トバリが手を振りかざした……!

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