そして僕はいなくなった。

あまたろう

本編


「タケル、今帰り? 一緒に帰ろうよ」


 そう言ってくるのは美玲だ。

 少し赤みがかっている髪を本人は嫌がっているが、個人的には似合っていると思っている。

 生まれつきではなく、小学校のうちに少しずつ黒から今の色に変わってきたようだ、とのことだったが、僕にはもはや黒だったという記憶がない。

 それよりも特徴的なのは、時折白く光っているように見えるその瞳だ。

 普段はエメラルドを深く重ねたような緑色だが、本人には瞳が白くなっている自覚はないという。そもそも瞳が白くなってしまっては視力が保てないはずなので、僕の見間違いである可能性も高い。

 だが、見間違いと言ってしまうには回数が多いのだ。


「そんなに見たことがあるのならそうなんだろうね」


 自分がそうなっているのは鏡でも写真でも見たことないけどね、と美玲は言っているが、そこまで疑っているそぶりは見せない。


「でもね、たまに視界が反転するような感覚はあるんだ」

「反転?」

「そう。ネガ・ポジ反転って聞いたことない? 白黒が反転したような景色を見ることがあるんだ」


 反転した景色はとても見づらいらしく、しかも数秒ほどで元の景色に戻るとのことだ。

 でも、元に戻った時には必ずどこかに違和感があるという。


「反転しているときに見えてたと思う人影や身体の部分の変化が、元に戻った時には普通になるんだよ」

「逆に、反転しているときだけ見えないものはないの?」

「反転するのはそんなに頻繁に起こらないからなあ。毎回そんなに身構えてるわけじゃないから、わかんないんだよね」

「なるほど」

「ただ反転しちゃったらその時の景色が頭の中にしばらく残るから、重ね合わせの間違い探しみたいな感じで消えるものはわかるんだよ」


 不意に起こるので、反転する直前の情報はそこまで覚えていないという。

 反転する現象はだいたい3日から5日に1回、しかも数秒のことらしいから、確かにそういうものなのかもしれない。


「あと、私が一人でいる時には起こったことがないんだ」

「特定の人がいるときに、ってこと?」

「特定じゃない。全然知らない人が視界に入ってるときもあるし、タケルがいる時にもあったし」

「僕といる時にもあったの?」

「うん。特に報告することでもないと思ってその時は言わなかったけどね」

「その時は何が見えたの?」


 聞かない方がいいかもよ、と前置きはしていたが、ここまで言っておいて聞かないという選択肢はない。


「その時は、タケルの左手の小指がなくなってた」

「えっ、じゃあそれが起こったのは……」

「そう、タケルが左手の小指を骨折する前の日」


 ゾッとした。


「……あっ」

「えっ」


 一瞬、美玲の瞳が白くなった気がしたと同時に、美玲が声を上げたのだ。

 そして、心なしか美玲の髪の赤みが増したような気がする。


「……いま、美玲の瞳が白くなったんだけど」

「……そっか、やっぱりそういうことなんだ」

「反転したってこと?」

「うん」

「違和感はあったの?」

「……うん」


 喉の奥がゴクリと鳴った。こんなベタなことになるなんて。


「タケルの、頭の、後ろ半分がなくなってた」


(おわり)

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