第63話

 ギルドマスターが放った手配書を、カレン達が横から身を乗り出して凝視している。


 似顔絵が大きく描かれて、その下に罪状と賞金額が書かれているそれに、まず驚きの声を発したのはアークだった。


「お、女の人なんですか!?」


「しかもかなり美人ね……」


 カレンが小さな声で「敵も美人とか流石ファンタジー」とか続けて呟いたのが、辛うじて俺の耳にだけ届いていた。


「あん? 美人だから犯罪なんて手を染める訳がないとでも思ってんのか?」


 ギルドマスターが主にアークの方を見ながら、呆れたように言った。


「い、いえ……」


「引き受けよう」


 戸惑いを隠し切れないアークにちらりと視線をやりながら、俺は手配書をコートの内ポケットに仕舞う。


「手配の方は任せて良いんだろうな?」


「慣れてるな、お前。いつも通りだよ」


「了解した。普段はカレンの護衛兼家庭教師として魔法学院に居るから、進展があったらカレン充てに学院に問い合わせてくれ」


「分かった。助かるぜ」


 俺の話した内容に揃って怪訝そうな顔をする他三人が下手な事を口にする前に、俺は半ば強引に話を切り上げ、三人を引き連れて部屋を後にした。


 興味深げに俺達を見てくる他の冒険者達の中を突っ切ってギルドの外へ出て、街の外の方へ向かいながら、何を話したらいいのか分からないと言った風のカレン達に向けて俺から話しかける。


「何が聞きたいんだ?」


 三人はそれぞれに、暗黙の相談のような、互いにけん制し合うような顔で見合わせた後、エミリアが最初に口を開く。


「カレンさんの護衛兼家庭教師ってどういう事ですか?」


「ちょっと事情があってな、俺の本名は秘密で学院に通ってるんだ。ギルドに登録してる名前で問い合わせても、俺には辿り着かないから、カレンに窓口になってもらうしかない」


 俺の、それ以上この件に関しては聞くなという意思を感じ取ったエミリアは納得したようだ。アークは特に気にしていない、というよりも、何かもっと気になる事があるようで、難しい顔で黙ったまま考え込んでいる様子だったが。


「今すぐ討伐に行かないみたいだけど、何でかしら?」


「この賞金首がどこに居るかも分からないのに、どうしろってんだ」


 賞金首が堂々とどこかの宿屋にでも泊まってとでも思っているのか?


 裏街道に潜んでいるのは間違いないだろうし、呑気に一か所に留まっている訳もないだろう。


 通常、賞金首の討伐とは、まずはその調査から始まる。賞金にはその費用も込みで設定されているので、一般の冒険者にとって全く割に合わないという事にはならないが、賞金首討伐が人気が無い理由の一つだな。


 ギルドが直接名指しで依頼をする場合、その調査はギルドが負ってくれる。俺がするのは最後の最後、戦闘の段階になってからだ。


 だからと言って、賞金が割り引かれたりはしない。ちゃんと満額貰える。指名の賞金首討伐とは、俺にとっては極めて割のいい仕事だ。


「あの……討伐って事は殺すんですか……?」


「無論だな」


 アークが控え目な声で聞いてきたので、俺は特に考えず、正直に答えた。


「でも、女の人なのに……」


 そう言えば、亡くなった祖父から、女は守るものだとか教育されて、頑なにそれを信じてるんだったな、こいつ。


「女なら殺人も見逃してやれとでも?」


 俺の冷たい声に、アークは声を詰まらせて怯んだ様子を見せる。


「罪状は明らかで、しかもかなりの凶悪犯だぞ、こいつは」


 この賞金首は、男ばかりの冒険者パーティーにその美貌を駆使し、愛想よく近づいて加入し、パーティーの男達を皆殺しにして財産を奪い取っていたらしい。


 数回は上手く行ってしまったらしいが、その賞金首の女が加入したパーティーの死亡率やらに不審を抱いたギルドが調査して発覚したとのこと。まず冤罪もあり得ない。


 俺がそれを告げても、アークは完全に納得した様子はない。


「でも、反省してるかもしれないし、取り合えず捕まえてから……何か事情があったのかもしれないですし!」


 俺は足を止めて振り返り、感情を殺した顔でアークを見下ろす。


 反射的に立ち止まったアークは、俺の顔を見てはっと目を見開く。


「なるほど、彼女には何か事情があるのかもしれないな。病気の母親を治療するために莫大な金が必要なのかもしれないし、かつて男に非道な目にあわされて、男全体を憎むようになったのかもしれない」


 アークが何か口を開こうとするが、その前に俺の声が遮る。


「だから何だというんだ?」


「え……?」


「この女は複数の街で複数のパーティーに同様の事をしている。ひとグループくらいなら、何かしらの復讐という線もあるだろうが、今回に関してそれはあり得ない。男という、彼女からしてみれば死んで当然の種族に対する復讐でそうしているのか知らんが、たとえそれが真実だったとして、それが許されるとでも?」


 俺のあまりにも強い、詰問とも述べるべき様子に、アークは何とか反論しようと何度も口を開きかけているが、それが出来ずにいる。


「反省してたから何だ? 彼女に殺された被害者の家族の前に彼女を突き出して、彼女も反省してるから許してやってくれと白々しくお願いしろとでも? 許す遺族なんか居る訳がないだろうが」


 反省が見られるから懲役刑で許してやれという感覚は俺にも理解できなくはない。地球の先進国じゃ一般的な感覚だろう。


 だが、ランク持ちの冒険者という、その身一つで強力な武力を誇る人間にそれは、少なくとも今のこの世界の技術力では望めない。


 そもそもこの賞金首の女は、日本でだって死刑になって当然なだけの罪状が余りある。


「その『女は特別』という感覚は決して優しさとは言わない。それはただの男女差別だ。その感覚は早く捨てた方がいいぞ、アーク。あんたの善良なところは気に入っているが、それとこれとは話が別だ」


「…………」


 俯いてしまっているアークと、気まずそうに俺達の様子をうかがっているエミリアが居たが、カレンは案外冷静な声で提案する。


「今日は帰りましょう。アークもこの調子でモンスターと戦っても、怪我するだけでしょ」


 幸い、アークから反論は出なかった。










 別に俺は怒った訳でもなかったのだが、アークの方は学院に着くまで終始落ち込んでいた。落ち込むと言うより、悩んでいる感じか。


 みんなと別れて寮に戻ろうとすると、何やら話があるのか、カレンがさり気なく俺について来た。


「怒ってるの?」


「いや? 何でだ?」


「結構きつい言い方だったから」


「そこら辺は個人の主義主張だからどうでもいい。ただ、俺が殺すと決めた相手まで、女だったら庇いそうだったから、遠回しに忠告しただけだ」


「もし、本当にそんな事になったら……どうするのかしら?」


「まずアークから無力化する」


「説得しようとは思わないのね」


「説得して意見を変えるタマか、あれが?」


「そうよねぇ……あの子、本当に主人公気質だし」


 はぁ、と重い溜息を吐くカレン。


「お願いだから、意見が衝突したからって、殺したりしないでよ」


「そこは心配する必要は無いが……あれはああいう人間なのか?」


「そうね。原作通りよ」


「難儀な事だ。悪いが、俺は女だろうが、殺すと決めたら確実に殺す。そこに関して譲るつもりは無い」


「する意味が無いでしょ。原作には、本当に殺されるべき女性が登場し……いえ、あなたなら殺していたかもしれないけど、辛うじて情状酌量の余地が無い訳でもなかった気がしないでもない相手だけよ」


 どれだけギリギリの罪状だったんだ、そいつは。しかも許してしまうのか、アークは。


「その仕事にはアークを連れて行くのかしら?」


「する訳がないだろう、面倒くさい」


 本当に敵対されてはたまったものじゃないぞ。


「というか、俺一人でやる。あんたも関わらせるつもりは無い」


「足手纏いかしら?」


「市街戦になったら邪魔だな、ハッキリ言って」


「ハッキリ言い過ぎよ」


 カレンは苦笑するものの、反論する気は無い様子だった。


「人を殺すのは、あたしにはまだ無理だと思うし、止めておくわ」


「それでいい。貴族としては元より、冒険者として生きて行くのにだって、人を殺す必要なんて必ずしも無いんだ」


「なのに何で、あなたは進んでするのかしら?」


「理不尽に殺された被害者の遺族の嘆きを目にした事がある。俺にはそれを見て見ぬ振りなんて出来なかった」


「そう……」


 カレンは悲しそうに、小声で「優しいのね」と口にしたが、俺は俺を優しいとは思わない。思った事など無い。


「気を付けてね」


「俺を誰だと思っている?」


「それでもよ」


「そうか。ん、気を付ける」


 カレンの笑みを見て、こうして心配されるのも悪くはないと思った。

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悪役転生(ただし本人に原作知識は無い物とする) @Georges

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