第62話
今日はカレンだけでなく、アークとエミリアも連れて城下町までやって来ている。以前に約束した通り、アークにモンスター討伐の実戦をさせてやるためだ。
エミリアの補助魔法を受けての訓練はまだ始まったばかりだが、これは気長にやって行くしかないからな。現状は、流石に天才アークだけあって悪くないが、俺から言わせればまだまだ荒い技術が、補助魔法を受けている間は更に荒くなってしまっているだけだ。
単純な威力や速度は上がっているので、最低限のパワーを得られなければ話にならない強敵を相手にするならばエミリアの補助魔法を受けない選択肢はないのだが、総合的な戦闘力は俺から言わせれば差し引きでトントンだろう。
まあ、慣れればいいだけの話だがな。地力を伸ばすよりは手っ取り早いのも間違いない。
もっとも、補助魔法を受けた状態を前提にしていると、エミリアの助力無しで戦う際に、自分の本来の戦力とのギャップからとんでもないミスをしでかしかねないので、アークには今でも基礎トレーニングや補助魔法無しでの模擬戦を多くやらせている。
それはさておき、冒険者ギルドまでやって来て、アークとエミリアの冒険者カードの作成を受付嬢にお願いして待っていると、受付の奥から大分年かさの男が出て来て、周囲の冒険者たちの間から微かに動揺を含んだ気配がする。
「マスター?」
受付嬢が冒険者たちの様子に気付いて訝しげに振り返り、その人物の役職名を呼んだ。
「お前はそのまま続けろ。俺はこっちに用がある」
「かしこまりました……」
受付越しに相対し、俺に視線を向けながらマスターが言うと、受付嬢は僅かに怯んだ声で答え、マスターは俺とアークを見比べながら、最終的に俺に視線を固定した。
「お前がリンドロックだな? 話がある。奥まで来てくれないか?」
「仕事か?」
「まあな」
「分かった」
俺達は短いやり取りで意思疎通を図り、カレン達にはこの場で待つように言ってギルドマスターについて行こうとしたのだが、アークが自分も一緒に行きたいとごねたので、トラブルを起こしやすい性格で初心者のアークを放っておくと、先日俺に絡んで来た新人のような輩が居たら面倒くさい事になるかと思い、ギルドマスターに視線で語りかけると、無言で頷いてくれたので、一緒に連れて行く事にした。
応接室に入り、指定された席に座り、互いに向かい合う。
「それで、誰を始末して欲しいんだ?」
俺が単刀直入に聞くと、その内容にカレン達が息を呑んだのが見なくても分かる。
「話が早いな。やっぱ、こういうの多いのか、お前?」
「どこに行っても便利な殺し屋扱いされれば、嫌でも慣れる」
「殺し屋ってのは言い過ぎだろう。精々始末屋じゃないか?」
その両者のどこに違いがあるんだ?
「ちょ、ちょっと待ってください。殺し屋とか始末屋とか、どういう意味ですか!?」
俺との付き合いが多少深いカレンは何となく察したようだが、アークの方は聞き捨てならないと大声を上げた。
「新人には関係ない話なんだがな」
「こいつの実力なら、仕事に専念すればすぐにブロンズまで上がる。教えておいても良いだろう」
「それは俺から説明してやってくれという催促か?」
ギルドマスターが苦笑しながら応じて、アークの方を向く。
「冒険者登録をしている一般人の犯罪者は、基本的にギルド側で対処しなければならない。それは知ってるか?」
「いえ……僕なんにも知らなくって」
「なら、そういう事になっていると知ってくれ」
「はい」
「要するに賞金首になるんだが、これを進んで行おうとする冒険者は非常に少ない」
ギルドマスターは人差し指を立てながら、少し困ったような顔で言った。
「なぜですか?」
「モンスター討伐と賞金首討伐は全く違う。モンスター討伐にイレギュラーは少ない。対して賞金首の討伐は、本人に自覚があるから、様々な対策をしている事が多い。なぜモンスター討伐ならイレギュラーが少ないのか、と言いたげだな。それも説明してやる」
モンスターとは基本的に、そのモンスターの生態から外れる事は無い。群れ単位で生息するモンスターは多いが、その群れの規模が10匹だと思って行ったら、実は100匹居ましたというケースはまずありえないからだ。
そもそも、モンスターが群れを作っても二桁に達するケースすら稀だ。
これは餌の問題である。
肉食……というか、『魔力食』と言うべきだろうか? 結果的に肉食と考えても差し支えない生態をしているが、本質は全くの別物だ。モンスターにとって魔力を持たない存在は餌にならない。直接的に魔力を持たない草花はモンスターにとって食料とはなり得ないのだ。
そうなると、モンスターにとって餌とは人間を含めた魔力を持つ存在に限定されるのだが、その中にはモンスターも含まれる。
人間のような生産性も無く、争わずにある程度の食料を確保できる草食性も無いそんな連中が100匹単位で活動しようものなら、すぐに餌が枯渇する。よって、徒党を組んでも精々が二桁未満で、同じ種族同士で縄張り争いだってする。ここら辺の生態は地球の肉食動物に近い。
種族によっては群れを形成する生態を持たないモンスターも多い。先日のヒポグリフもそうだったが、基本的には大型種に多い傾向だな。生命維持のためにより多くの餌が必要なせいだろう。たまに生態系が崩れてしまい、大物が人里まで餌を求めてやってくるケースがある。それがレイドボスだ。
よって、5匹程度のオークの討伐のつもりで現場に向かって、実際は100匹居ました、なんて誤算はまず生じない。あっても7匹でした、くらいだ。
そのオークの討伐中に新たなモンスターに襲われてしまった、というケースはそこそこあるがな。他のモンスターからしてみりゃ、オークも人間も自分達にとっては餌という点で変わりは無い。
では、討伐対象が人間の場合はどうだろうか?
犯罪者の拠点に向かったら、冒険者くずれのならず者達の配下が大勢居ました、なんて珍しくもない。下手をすると、同病相憐れむとばかりに、賞金首同士で手を組んでいたりするケースだって少なくない。
ヒポグリフやドラゴンのように、群れを形成する事がまずありえなかったり、弱いからこそ群れを形成する下級のモンスターなんて一匹増えた程度なら大した事はないが、人間は違う。ちょっと使える元冒険者が一人増えれば、最低でも下級モンスターの群れがひとグループ増えるようなものだ。
「しかも、賞金首討伐は金にはなるが、冒険者としての実績にはあまり影響してくれないのもある」
ギルドマスターが難しい顔で言うと、アークだけでなくカレンやエミリアまで驚いた顔をする。
「犯罪者の討伐は大切じゃないんですか?」
「大切ですよ、ファルネシア嬢。ですけどね、冒険者の本分はモンスターの討伐です。強力なモンスターの討伐には力が……強力な攻撃力が絶対に欠かせません。ですが、どんなに強い人間だろうと、極端な話、寝ているところならナイフ一本で子供でも殺せます。両者に必要とされる力は質が違うんです。もちろん、人間相手なら不意打ちの暗殺が基本というわけじゃなくって、今のは極端な例ですがね」
「賞金首相手に暗殺だけ繰り返した冒険者が、その功績でランクを上げても、そう常にある訳でもない賞金首の討伐しか出来ないようじゃ、冒険者としては価値が無い。俺が冒険者としては微妙と自分を評価しているのはこれが理由だ」
だからドレッドのような対モンスター戦特化のマジックウォーリアーでも、冒険者としては特に問題は無いのだ。騎士団への就職を考えているなら通用しないがな。
「それは謙遜が過ぎるだろ。ギルド主導の討伐戦を一人で片付けてしまうような規格外の功績なら話は別だ。それにお前はドラゴン級でも一人でやってる。モンスター相手でも立派にゴールド級だろ。まあ確かに、人間相手ならもっと評価されて然るべき成績だがな。間違いなく近衛騎士団長クラスの対人戦闘力の持ち主、とお前の登録情報に書かれていた。そんな人間がこのタイミングで居てくれたのは幸いだったぜ」
近衛騎士団のお膝元である王都に、そんなに強力な賞金首が居るのか? ギルドが恥を忍んで国に投げたら即座に終わるぞ。それが理解できないほど馬鹿なのか?
という俺の表情をギルドマスターはしっかり読み取ったらしいな。
「王都の冒険者レベルじゃ対処できないだけで、お前が苦戦する相手じゃないだろ」
側に置いてあったファイルから一枚の紙を抜き出して、ぴっと俺の方に放ってきた。
カレン達が反射的に身を乗り出してその紙を覗き見る。
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応募期間はしっかりやろうと頑張っていたせいで、終わったら気が抜けて遅くなりましたm(__)m
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