第61話 SIDEドレッド

 あの野郎が決闘するって聞いても、最初は興味ないフリして行く気は無かったし、アッシュに誘われても一度は意地張って拒否したが、本当は俺だって見たかったのが本音だったから、アッシュがしつこく誘って来たので、渋々と折れたフリして観戦に来た。


 そして始まった決闘で、野郎はいきなりやらかしてくれた。


「相手の魔法を無効化する魔法かな……そんなのあり?」


 ジャスティンって二年生が放った火属性の魔法が消滅して、会場中が大きな動揺で揺らぐ中、アッシュが呆然とした顔でそう言った。


「……多分、違うだろ」


 俺はアッシュの言葉を否定した。


「まだチートだとか言うつもりかい?」


「違ぇよ。だがどう考えても、この世界の魔法で、相手の魔力に直接干渉するような魔法はありえねぇと思う。何か種はあるはずだ。発動前の魔力を感じ取れる奴ならもっと詳しく分かるのかもしれねぇがな」


 そういう奴が居るのは知ってる。本来、強力なエレメンタリストを相手にする場合は必須だって言われてる能力だ。魔法の発動前にぶちのめしちまえば良いと考えていた俺は訓練してこなかったし、原作を知らず、持ち前のファンタジー知識で何となく訓練してきたっていうアッシュも出来ねぇようだがな。


「発動後の魔力は俺だって感じ取れる。あの野郎の魔力が発動してるのは分かるが、小さすぎて、ジャスティンって野郎の魔力に紛れちまって全然判別つかねぇな」


「ふむ……しかし、気の毒になるね、あの二年生君は」


 舞台の上では、意地になって何度も火属性魔法をあの野郎……ロックに放っているジャスティンの姿が目に出来るが、全て二人の中間まで達すると尽く消滅してやがる。


 ロックは涼しげな顔で、開始位置から一歩も動いてない。完全に相手にされてねぇな。


 いい加減、火属性じゃどうにもならないと思ったのか、攻撃魔法の種類を雷属性に変えて放ったジャスティン。


 あれが全力だとしたら、今まで使おうとしなかったのは熟練度の問題だろうな。火属性に比べてお粗末すぎる。あれじゃ、俺なら避ける必要もねぇな。普通にしててもダメージにはならねぇ。


 なら、あのロックにとってだって同じはずだ。あの野郎の身体強化や身体硬化の熟練度は俺と同等のはずだからな。


 だが、ロックの野郎はその雷属性魔法を放置はせずに、何か透明な膜のような物を目の前に張ると、その透明な膜が雷撃を完全にシャットアウトしていた。


 ロックが一瞬で消してしまったが、ゆらゆらと揺蕩うように光を反射していた透明な壁の正体は、俺にも何となく分かった。


「水……か?」


「分かるのかい?」


「火属性魔法を消してたのより、倍以上の魔法力が込められてるからな、ジャスティンの雷属性の熟練度が低いおかげで判別し易いし、流石に分かる。発動された魔法もそれを証明してるしな」


「しかし水か……」


 ジャスティンがまた意地になって何度も雷撃を放つが、その全てが、やはり尽く透明な水の壁によってシャットアウトされてやがる。


 それを眺めながら、呟くように言って、何やら考え込んでいるアッシュだったが、はっと何かを思いついたらしい。


「そうか、純水だ!」


「何だそりゃ?」


「水が電気を通すのは水分子の他にイオンが含まれるからで、完全な水分子は本来、ほぼ絶縁体に近い。科学で習わなかったのかい?」


「……勉強は苦手だった」


「馬鹿にするつもりは無かったんだよ。そうふてくされないでくれたまえ」


 ちっ、別にふてくされてねぇよ。


「しかしそうなると、ロック・メリスターには雷属性もほぼ効かないという事になるね。相手の魔法力よりも遥かに小さな魔法力で防げてしまう以上、発動速度的にロック・メリスターに当てるのはほぼ不可能という事になってしまう。どうやって無効化したのか分からない火属性魔法も同様だ。だが、分かった事もある」


「何だ?」


「火属性魔法を無効化したのと、雷属性魔法を無効化した方法が別な以上、問答無用で魔法を無効化してしまうような能力ではない、という事さ。火属性魔法を無効化したのもおそらく、何か別の科学的な理由によるものだと考えるのが自然だろう」


 それが分かったところで、対策のしようが無いんじゃ意味ねぇがな。


 純水で防御してるってのが正しいなら、ロックの野郎がやってる事は至ってシンプルだ。シンプルが故に、対抗策は無い。何せ雷属性なら威力なんざ関係なしに問答無用なんだからな。他の属性で対抗するしかねぇ。


 だが、エレメンタリストってのは基本的に、強属性とされる火、雷、光の三つのどれかは最低限使えなきゃ、まともにエレメンタリストとして扱ってもらえねぇ。


 特に弱属性とされる水と地は、それしか適性がなかったら、どんなに膨大な魔力を秘めていようが、冒険者は諦めろって言われるくらいだ。だから、殆どの人間は熟練度を上げようとはしない。結果的に、強力な水属性使いや地属性使いは存在しないという事になる。


 つまりエレメンタリストってのは、厳密には火、雷、光属性使いを指す。そのどれかが使える上で、更に補助的に風を使える、くらいは多いな。ちなみに風は、威力は大した事ねぇが、発動速度と使用領域が優れている事で、強属性と弱属性の中間属性として世間では扱われてる。


 少なくとも強属性の内の二つは、ロックの野郎には意味がねぇってのは反則だぜ。


「これで光属性まで無効化できるようなら、エレメンタリスト泣かせだねぇ……」


 光属性特化のアッシュにとっては死活問題だろうな、顔が引きつってるぜ。


「既にジャスティンの野郎は涙目だがな」


「最初は顔を真っ赤にしていたけど、ここまで何も出来ないんじゃね、完全にピエロじゃないか、そりゃ泣きたくもなるだろう。いっそ、とっとと倒してくれた方が、本人にとってはありがたいんじゃないかな」


「それが野郎の狙いだろ。あの野郎はお人好しだから、敵をボロボロにして恐怖心で警告するより、徹底的に恥をかかせて警告にするつもりなんだろ」


 代り映えのしない光景が続き、観客達が飽きてしまい、ところどころブーイングすら出始めた頃、妨害自体は無いおかげで自由に魔法を連発出来ていたジャスティンの魔力が遂に底をついたようで、奴は肩で息をしながら苦渋の顔で腰の剣を抜いた。


 ここまで近接戦を選ばなかった以上、おそらくジャスティンに身体強化属性は無いはずだ。じゃなきゃとっくに近接戦に切り替えていただろうからな。


 対して、ロックの野郎は丸腰だが……


「まあ、そうなるな」


 指一本で全ての剣を受け切ってみせるロック。


「ジャスティンは一度も攻撃を受けていないけど、これじゃ完全に嬲り者だね。キミの予想は正しいようだ」


「決闘で定められた決着がつかねぇ以上、審判も勝手に止められねぇからな。ジャスティン自身が負けを認めるまで、ジャスティンは永遠に恥をかき続ける事になる」


「審判も気の毒に、どうしたらいいのか迷っているみたいだね」


 元々、身体強化属性保持者でもなく、剣を持っていたのも貴族的なパフォーマンス程度の意味しかなかっただろうジャスティンは、すぐに腕が上がらなくなったようで、両手に持つ剣を垂れ下げて、がっくりと項垂れながら、呼吸を荒らげている。


 対照的にロックの方は、このコロシアムに現れた時から一切変わらず、涼しげな顔で、黙ってジャスティンを見ているだけだ。付け加えて言うなら、野郎は開始位置から一歩も動いてない。


 ここまでくると、種類の違う公開処刑だな。


「絶対に自分から攻撃するつもりは無いようだね」


「野郎に決闘を挑んだら、攻略法がない限り、こうやって延々と恥をかかされ続けるわけだ。名誉を重んじる貴族からしてみりゃ、これ以上の恐怖はねぇだろうな」


 もう決着をつけてやれという声すら観客達の間から聞こえるようになっても、ロックの野郎は無視して何もしようとはしなかった。


 最後は、ジャスティンが泣きながら敗北を認めた事で決着となったが、それは更に30分後の事で、あまりにも容赦の無いロックの仕業に、貴族の男子達は一様に恐怖心を募らせた顔をしていたし、最初は野郎に黄色い声を上げていた女子達も顔を引き攣らせていて、普通なら盛り上がって歓声が聞こえるタイミングだろうに、会場はお通夜かと思わせるくらいに静かなものだった。


「圧倒的な実力差を見せるにも、色々と方法があるもんだね……」


 趣味の悪い事だと思うがな、俺は。さっさと勝ってやった方がよっぽど親切だったろう。いっそ拷問紛いに文字通りの嬲り者にしてやった方が、ジャスティンは同情を買えてまだマシだったはずだ。この決闘の結果は奴に生涯付き纏うだろう。貴族としては致命的だな。下手すると自殺するんじゃねーか?


 最後まで表情一つ動かさずに全てを終えて、無言で会場を去るロックと、舞台の上で恥も外聞も無く、膝をついたまま地面に俯いて嗚咽を零し続けるジャスティンという対照的な姿を見ながら、俺はずいぶんとロックの野郎に気を遣われていたらしいなと実感した。





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昨日は更新間に合いませんでした。申し訳ないです。

ついでに告知ですが、応募した以上、審査期間は毎日更新をするのが礼儀だろうと頑張っていましたが、ちょうど審査期間も終了するので、今後は無理せず2,3日に一回にしていきます。

こっちのお話は今後も更新を続けるつもりですが、他にも書いてみたいお話がありますしね。完結する前に他に手を出すのもなんですけど、想定通りに進む場合、このお話は完結するまで長いので、気分転換も欲しいので。

打ち切るつもりは無いので、今後もご覧いただけると幸いですm(__)m

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