第60話 SIDEカレン

 決闘の日。あたしはエミリアやアークと一緒に、コロシアムまで応援に来ていた。


 アークとの決闘の時とは違い、あのジャスティンっていう二年生が盛大に宣伝してくれたみたいで、あたし達以外にも大勢の観客がコロシアムが詰めかけている。


 社交界でも何度か聞いたけど、この世界の貴族の男性って本当に決闘が大好きらしいのよね。魔法学院には回復魔法を専門とする教師が常駐しているし、そうでなくても貴族なら回復魔法で治療を受けるのが難しくないから、試合感覚で気楽に決闘が出来てしまうって事らしい。


 中には命を落とすケースも当然あるらしいんだけど……本当にロックはどうするつもりなんだろう?


「ロックさんが本気で戦うところ、一度ちゃんと見てみたかったんだよね」


 アークが朗らかにそう言った。心配は全然していないらしい。


「心配じゃないの?」


 そう言うエミリア自身も、そこまで不安そうな様子じゃないけどね。


「うーん……」


 ロック程じゃないけど、ジャスティンもイケメンなのは間違いないし、二年生では人気なのかしらね。女子生徒達の黄色い声がちらほらと聞こえる中、アークが自分でも不思議そうに首を傾げながら、先にコロシアムの舞台の上に現れて、観客に向かって得意そうに手を振ってアピールしているジャスティンを見つめる。


「マクレガー先生とかロックさんって、普通にしてても、正面から向かい合うと本当に怖いんだよね。でもあの人には全然そんな感じはしないから、大丈夫だと思う」


「貴様の感覚は正しい。その直感は大事にしろ」


 あたし達の背後から聞こえて来た知った声が、アークの言葉を肯定してみせた。


「マクレガー先生?」


 マクレガー先生はあたしの隣りに腰を下ろすと、常のクールな表情の中に少しだけ呆れた様子を含ませながら、優雅に足を組んで、大きな胸を支えるようにして更に腕も組む。


「あの男に喧嘩を売れる時点で、相手の実力も見抜けない三流だと自ら証明しているようなものなのだがな」


「あのジャスティンって人は二年生の六位だって聞きましたけど、そんなに弱いんですか?」


「まあ、今の貴様が挑めば多少は苦戦するだろうが、おそらく勝てる。六位と言っても、学年別の三位未満など、大概は団子だ。年度にもよるが、一位か二位辺りまでが別格で、後は十把一絡げというのが通例だな。今年の一学年はメリスター生徒を筆頭に、お嬢様やドレッド生徒、アッシュ生徒と、例年なら首席級の生徒が大勢居るが、これは極めて稀な例外だろう。その中でもメリスター生徒は図抜けている。心配するだけ無駄だな」


 マクレガー先生は目を細めながら、声のトーンを少しだけ落とす。


「むしろ心配するべきは、メリスター生徒があの二年生をどうする気なのか、という部分だ」


 と、マクレガー先生がそこまで言った時、遅れてロックがコロシアムに現れて、歓声が少しだけ大きくなった。


 特に女子生徒の黄色い声が更に大きくなっている。


「あれ? ロックって意外と人気なのかしら?」


「ロックさんって一年生の間では女子生徒人気凄いですよ? 顔は文句無しにカッコいいですし、ちょっと怖くて近寄り難い感じですけど、そこがクールで素敵って、クラスメイトの女子もよく噂してますね。多分一年生の女子人気は一番だと思います」


「そうだったの!?」


 どうしよう、ロックってやっぱりモテるんだ。


「そんなに心配しなくても、一年生の女子じゃダントツのカレンさんが恋人なんですから、誰も手出ししませんよ」


 え? あたしってダントツなの?


 ってそう言えば、あたしって侯爵令嬢で学院長令嬢だったわ。家柄的にも他に並び立つ生徒なんて居ないくらい圧倒的で、魔法の実力も一年生の女子じゃ圧倒的で、しかも美人だったわ。どうしても前世の庶民的な感覚が抜けきらないのよね。


「始まるよ」


 アークが少しだけ緊張感を含ませた声で言った瞬間、ジャスティンの魔力が高まるのを感じる。


 放たれた炎の魔法はなかなかの熟練度だった。けれども、あたしとの初めての腕試しでそうだったように、その魔法はロックに届く前に、途中で消滅してしまった。


 見た事の無い現象に、魔法を放ったジャスティン本人だけじゃなく、観客達も大きく動揺している。


「なるほどな……しかし、どうやった……?」


 マクレガー先生は今の攻防で何かを得たらしく、低い声で呟くように言った。


「今ロックさんが何をしたか分かるんですか?」


「火が燃焼するには酸素が必要だというくらい分かるだろう? メリスター生徒は周囲の酸素を消滅させたんだ。相手の二年生どころか、私以外は教師も含めて、誰も理解出来ていないだろうがな。しかし、その方法は私にも分からない。あの実習の時の魔法もそうだった。あの時は注意して観察していなかったせいかと思ったが……」


 面白くなさそうに、そして唸るように言った。


「通常、エレメント系の魔法というのは、自分の魔力によって生み出した魔法を、自分の体から放出する必要がある。手からである必要性は必ずしも無いが、しかし必ずその軌跡というのが生まれなければならないというのに、今の魔法にはそれが一切無く、いきなり両者の中間点一帯の酸素が消滅している。これは水や地属性で水や大地を操る際に見られる現象だ」


 ロックが得意とする属性がまさにそれなのよね。


「しかも、使用された魔力量が少なすぎる。少なすぎて、何の属性の魔法を使ったのか、私にも判断がつかないほど、些細な魔力しかメリスター生徒は使っていない。これが自在に出来るなら、メリスター生徒を相手に火属性魔法は一切通用しない上に、魔力比べに持ち込む事すらできず、メリスター生徒の敵は圧倒的スピードで魔力切れを起こす羽目になる。コスパが良すぎるな。しかし、本当にどうやったんだ?」


 ちらっとあたしに向かって視線をくれるマクレガー先生に、あたしは冷や汗しながらも、何とか無視しきった。


「ふん……しかし今ので、メリスター生徒の狙いは大体理解出来たな」


「狙いですか?」


「酸素を消滅させられるなら、とっととあの二年生の周囲の酸素を消滅させればいい。人間ならそれでおしまいだ」


 そうなのだ。ロックの真似する訳じゃないけど、使用可能な魔法力の差が戦力の決定的な差じゃない。それは身体強化だけじゃなく、ロックの戦闘全般において言える事でもあるのだ。


 その上で、ロックの全力の魔法力がどれだけなのかはあたしにもまだ分からない。正攻法でも強くって、こうした小技にも長けている。それがロックの真骨頂なのよ。


「あんな微小な魔法力で事を成せてしまう以上、およそこの世のエレメンタリストでは誰もメリスター生徒には対抗できない。メリスター生徒の魔法の展開速度を上回るスピードで動けるマジックウォーリアー以外は敵になる事すら出来ないだろう。なのにメリスター生徒には、速攻で終わらせる気は無いようだ」


 つまり……


「嬲る気だな、あの男」


 マクレガー先生が冷ややかな声で告げた。

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