第59話 SIDEカレン

 ある日の事。


 一人で廊下を歩いていると、他の貴族クラスの男子生徒から呼び止められた。ネクタイの色を見ると、一つ上の上級生ね。


「カレンさん」


「……どなたですか?」


 よく観察してみると、あたしと同じ金髪を短く刈った、爽やかなイケメンだった。その後ろに更に二人、彼の同級生を引き連れている。


「二年生のジャスティン・ベルメル。気軽にジャスティンと呼んでくれたまえ」


「はあ、そうですか。……それで、ベルメル先輩、どういったご用件でしょう?」


 あたしが敢えて家名の方で呼ぶと、ジャスティン何某は一瞬目元をピクリとさせたけど、平静を保って話を続ける。


「カレンさんは」


「失礼ですけど、初対面でしたよね?」


 あたしの意思を理解しなかった訳じゃないでしょうけど、どうやら無視するつもりのようなので、名前で呼び合うような仲だった覚えはないわよ、と暗に告げたのに、今度のジャスティンはあからさまにむっとした様子を見せ、訂正する気も見せずに続ける。


「以前に社交界で挨拶した事があるんだけど、覚えてないかな?」


「覚えてません」


 実は覚えてる。顔は良かったからね。でも、その時も感じが悪くて、すぐに恋愛対象外になった男なのよね、こいつ。


 ジャスティンの顔つきが更に険悪になる。


「キミはロック・メリスターとかいう田舎者と付き合っていると聞いたんだが、それは本当かい?」


 ロックの出自は遠方の小国の貴族という事にしてあるので、ジャスティンの認識は間違っている訳じゃないんだけど、こうも揶揄するように言われると、あたしも面白くはなかった。


 だからハッキリと言ってやる事にする。


「付き合ってますよ」


「侯爵家であり、学院長のご令嬢ともあろう方が、いささか遊びが過ぎるんじゃないかな?」


「あなたなら相応しいとでも言いたげですね」


「僕はベルメル家だよ?」


 それで全ての説明が済むと言いたいんでしょうけど、地位とか別にどうでもいいわ。


 ベルメル家ねぇ。あたしと同じシルベスタリオン王国の伯爵家で、あたしの家より爵位は低いけど、元々は他の公爵家から分家した家で、普通の伯爵家よりは少し上に扱われる家柄なのよね。


「知りませんよ。あたしは彼が好きなんです。放って置いて下さい」


「ふむ。ではその彼に直接話をつけようか」


 正気?


 とあたしが疑ってしまったのも仕方ないと思う。


 いや、別に珍しい話でもないんでしょうけど、相手はあのロックなのよ?


 入学早々の実習で驚異的な魔法を見せつけたロックは、あまり口数が多い訳でもない上に、黙っていると近寄り難い雰囲気が物凄いので、一種のアンタッチャブルな存在として認識されている。ロックが他の女の子から言い寄られたりしないのはありがたいけどね。


 でもそのせいで、ロックと仲が良いあたしも、割と他の同級生達から避けられてしまっているという現実があったりする。


 以前は友達よりも原作、と涙ながらに諦めていたんだけど、原作が崩壊した今、友達も作りたいなと思っても、この数ヵ月に友人グループもすっかり出来上がっていて、そんなにコミュ強な訳でもないあたしは、中々入っていけずにいる。


 ああ……でもそれって、一年生の間でだけなのかも。下級生の実習の内容をわざわざ調べようとする人も普通は居ないわよね。


 ロックって基本的に荒々しさは無いし、余計な波風を立てないように、表向きの立場的に目上の相手には相応に対応するから、中身を知らないと、そんなに危険な人物には見えないのよね。


 どうしようかしら?


 ここであたしが全力で抵抗しても良いんだけど……こういう時にロックがどう対応するのかも見てみたい気がする。


 いや、お姫様気分を味わいたいとかじゃなくって、純粋に今後のためにも、こういうトラブルの対処方法を知っておきたいのよね。あたしも見た目は抜群に良い自信があるから、こういうトラブルって今後も絶えないだろうし。


「……じゃあ、お好きになさって下さい」










 そうして、あたしが連れ出したロックと、ジャスティンを中心とした三人の二年生男子達が、校舎裏で向かい合う事となったんだけど、ロックは全く相手にしなかった。


「何かと思えば、馬鹿々々しい。カレン、行くぞ」


「待ちたまえ!」


 と声を上げたのはお供の二人の片割れだった。


「こちらはベルメル伯爵家の嫡男にして、二学年の学年成績6位であるジャスティン様だぞ」


「お前のような田舎貴族を相手に、こうして丁寧に分際を教えてくれているというのに、その態度は何だ!」


 お供の二人が代わる代わるにジャスティンの価値を大声で主張し、それに満足そうに満面の、しかし歪んだ優越感に満たされた笑みになるジャスティン本人。


「ではジャスティン様。あたなの出る幕ではないので、黙って引いて下さい」


 ロックが張り付けたような笑顔で、言葉だけは丁寧にそう告げると、ジャスティンは瞬時に凶悪な顔つきになる。


「そこまで言うなら、カレンさんを賭けて決闘だ。よもや否とは言うまいね?」


「言いますが」


 貴族って本当に決闘が大好きなのよね。特に一人の女性を賭けての決闘とか、実は学院内でも割と頻繁に起こっている。


 ロックが全く興味を示さないので、あたしも観戦に行った事は無いけど。


 だけどロックにそのつもりは一切無いらしく、あっさりと断ってしまった。


「ふっ、臆病者め。カレンさん、こんな男はキミに相応しくないとは思わないかい?」


「俺の恋人ですが、俺の所有物じゃないし、そもそも物じゃない。当然あなたの物でもない。何で彼女を、勝手に賭けの対象に出来るんですか?」


 あ、とあたしも思わされた。


 女性を賭けて決闘とか、割と古来からのお約束としてあたしもあまり深く考えてなかったけど、確かにそうよね。


 逆ハーよろしく、二人の男の間で揺れ動く自分、って感じにシチュエーションに酔えちゃう女なら喜ぶかもしれないけど、そう考えると、何気にありえないわ。


「そんな事を言って、怖いんだろう? 正直に言いたまえ。今この場で地面に頭を擦り付けて今までの無礼を謝罪し、今後はカレンさんに近づかないと誓うなら」


「雑魚が、あまり粋がるなよ。誰が受けないと言った?」


「あ……?」


 ロックが丁寧な対応を捨て去ると、ジャスティンが凶悪な顔つきで固まった。


「やってやると言っている。賭けの対象は学院からの退学。それでいいだろ?」










「ねえ、本当に退学を賭けて決闘するの?」


 ジャスティン達が満足そうな顔をしながら居なくなった後、その場に残ったあたしは、ロックにそう問いかけていた。


「まさか、俺が負けるとでも思うのか?」


「それは思わないけど……意外だなって思って」


 言葉にする内容だけは物凄く危ないくせに、基本的に平和志向なロックらしくないと、あたしは思う。


「中国にシャーイージンパイということわざがある」


「しゃーいーじんぱい?」


 どういう意味だろう。中国語なら漢字なんだろうから、文字を見れたら少しくらいは想像もつくかもしれないけど、音だけだと全然想像つかないわね。


「あんたの美貌じゃ、今後もこの手の輩は出てきそうだからな。せっかく生贄になりたいと自ら望んでくれたんだ、この機会に面倒の芽は根こそぎ潰させてもらおう」


 冷ややかな眼差しでジャスティン達が去って行った方を見ながら言われたセリフで、何となく想像がついてしまった。


「ねえ、その言葉の意味って……」


「殺一警百と書いてシャーイージンパイと読む。意味は」


「字面で充分理解できちゃったわよ!」


 ぶっちゃけ、想像以上に物騒な意味だった。


 まさか、本当に殺す気じゃないでしょうね……?

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