アフタープレイ

 僅かな浮遊感からワープが完了する。RTAの最中に覚えたファストトラベルと同じ感覚を地球へと戻るのにも味わうのはちょっと不思議な感じだ。そう思いながらも目を開けば、何時も通りの退屈なクラスルームへと戻って来た。


 十字架に括られた担任。


 地球に戻っても融合が解けてないクラスメイト達。


 松明を手に十字架を焼く準備をするクラスメイト達。


 逃げられないように窓を封鎖しているクラスメイト達。


 入ってくる情報の9割異常行動のクラスメイト達じゃないこれ? 黒板前に設置された担任処刑用十字架―――たぶん《錬金術》で金を成型して作ったもんだと思うけど。それに括られた担任が救いを求める視線を俺に向けている。


「やあ! 時枝ユージ君! 先生はね、確かに逃げたかもしれないよ。だけど先生の年齢を考えてくれよ。先生のお尻はね、もうウォッシュレット無しじゃ辛い年齢なの。真っ赤なね、お花咲かせちゃうの。それはそれとして世界新記録おめでとう。君がオンリーにしてナンバーワンだよ! ほら! 記録を記念して先生とハグしよ?」


 先生が腕を動かそうとしても十字架に括られたままだ。


「おやあ? おかしいなあ? 先生とのハグを邪魔する物があるなぁ……そうだ! 時枝! この十字架から先生を外してみないか? そうすればハグが出来るぞ! 所でそのボディの女騎士って何歳? 元の人にとって今の先生って守備範囲に入る?」


「このウォッシュレット燃やそうぜ」


「ああ! 俺達の功労者を何だと思ってやがる……!」


「先生は、先生は割と銀髪は良い文化だと思うよ……! 時枝、先生を助けて時枝……!」


 担任の言葉を聞いて首を傾げてからぷひゅー、と息を吐く。そのまま体から力が抜けて行くのを幼馴染様に確保され、そのまま姫様の肩の上に乗せられる。肩車された所で教室の外へと向かい出す。


「どうしたんだ時枝! 疲れたのか時枝!? 先生も磔になってるのちょっと疲れて来たなあ! 下りられたら最高なんだけどなあ! 贖罪のスパチャもしたし先生許されても良いと思うんだけどなあ! 国近! その松明の上でゆらゆら燃えている炎のように見えて実は炎ではない物は何かな?」


「《 》です」


「先生ちょっと虚無取得したくはないかなあ。なあ! 時枝! 時枝もそう思うよなあ!」


「先生、ユージは予定外のRTAで凄い疲れてしまったんです。本来ならB〇SSエナジーxモン〇ナみたいなカクテルキメながら走る所をノンストップ素面のまま走った影響でもう脳のエネルギー切れなんです。今夜のRTAに向けて休ませないといけないので、今日はここで帰宅します。お疲れさまでした」


「そかぁ、藤野って時枝のマネージャーみたいだよね。もしかしてマージン貰ってる? 貰ってるのは人生のマージンだったりして! はっはっはっはあ待って無言で去らないで先生が悪かったから怒らないで先生を助けてみないかな虚無をこっちに向けないで先生もカクカクしたくないよおおお―――!」



 ―――そんな教室での出来事全てを見届けながら吉田は軽く背筋を伸ばし、机の横からカバンを取るとそれを手に、教室を出た。


「ふぅ……」


 思わず吉田の口から溜息が漏れた。疲れとも、諦めとも取れる溜息を吐いて向かう先は学校の外……ではなく、屋上だった。本来であれば立ち入り禁止の場所だが、世界を救ってきた後ではそんな細かいルールを守る気にはなれなかった。校則を破って屋上に出るとそのまま、屋上のベンチに座る。


「……はあ、日本に帰って来たんだなあ」


 時枝の奴大丈夫かなあ。戸籍どうするんだろ。姫様の事どうするんだろう。そんな考えが吉田の脳内を巡った。だが明確に思考が固まる事はなく、そのまま無駄な時間が過ぎ去って行く。校舎からは担任の甲高い悲鳴が響き、クラスによる制裁が完了したのを理解出来た。


「おや、吉田氏このような所に居たで御座るか」


「ん? 西脇じゃん。お前は時枝を追わないのか?」


「いやあ、拙者グラウンドゼロに近づきたくはないで御座る」


 それもそうだと吉田は頷き、西脇は吉田の横に並ぶように座った。2人そろった空を見上げれば空の色は夕日の色に染まりつつあった。それはちゃんと地球でも時間が流れているという事を証明し、6時間で旅路の全てが終わったという事を示していた。


「終わったんだな」


「6時間で終わったで御座るなあ」


 吉田の心の中にどことない寂しさが満ちていた。RTAが終わった事に対する寂しさか? そんな訳がない。もう二度と異世界召喚なんてされたくはないし、当然関わりたくもない。それでも全てが嫌だったか……と言えば嘘になる。


 たった6時間の冒険だったが、それはそれで十分に楽しかった。その気持ちを吉田は否定しきる事が出来なかった。


「なあ、西脇」


「何で御座るか」


「アイツって何時もこう……?」


「いや、今回が超特殊パターンだけだったで御座るよ。冷静になるで御座る。普通異世界召喚なんてされないし、当然RTAなんてする訳もないで御座る。氏の頭がおかしいだけで御座るよ」


「結構言うなお前……」


 吉田はやっぱり今日の出来事は全体的におかしかったんだな、というのを再確認した。もう二度と行きたくないなとも思っていた。だから吉田は溜息をもう一度吐き、目をそらしていた現実と感情と改めて向き合う事にした。


「俺さ」


「うむ」


「時枝に嫉妬してたんだよ」


 認めてしまえば案外簡単な事だった。


「アイツ、特に凄い事をしてる訳でもないのにさ……藤野さんみたいな綺麗で可愛い幼馴染に甲斐甲斐しく世話されてるのすっげえむかつくじゃん」


「わかる」


「いや、でもやっぱあのビジュアルはつえーって! 誰だって好きになるだろ。優しくて、可愛くて、それで気配り上手で。で、それを時枝が独占してるんだぜ? そりゃあ嫉妬の一つや二つ出てくるのが人間ってもんだよ」


 だけどよ、と吉田が言葉を続けて、止めた。次の言葉が中々に出てこない。その理由も意味も西脇は察している。だから助ける様な事をせずに黙り、


「……でもよ、やっぱ時枝の奴すげーわ。認めるしかねぇよ。馬鹿でもアホでも狂人でもこんな事できねぇだろ。アイツはRTAだって言って走り出した時は絶対にやり遂げるって事を覚悟して走りだしたんだ。それがどんな感情でどんな理由であれ、アイツはそれを完全にやり切ったんだ」


 その事実だけは、


「認めるしかねーわ。時枝、お前は凄い奴だよ」


 2人が屋上から視線を向ければ、道路の方で肩車されたまま運ばれる省エネユージの姿が映った。抵抗する気力も残っていない青年は2人の少女の牽制合戦の合間、何故か姫様によって把握されている家へと向かって帰宅していた。


 男子2人は揃ってアイデアロールに失敗し発狂を回避した。やったね。


「あーあ、初恋だったんだけどなぁ。藤野さん。結構狙ってる奴多いらしいんだぜあの人」


「吉田氏」


 西脇の呼び声に、吉田が黙った。


「吉田氏、ここには拙者と吉田氏しかおらんで御座る。本音を口にするなら今の内で御座るよ」


 西脇の言葉に吉田は黙り、目を瞑り、空を見上げ、答えた。


「―――いやあ、幼馴染の思考動向完全把握してる女はきついっすわ」


「ですよね」


 2人揃ってげらげら笑いだすとそのままベンチから立ち上がり、ケツを払ってフェンスの端まで移動する。


「いやあ、新しい恋を探すわ。次はもうちょっと精神が人間寄りの人な。流石に狐になっても平気な人とか素で思考読める人とか、後合体材料になるタイプ以外で」


「結構範囲広いで御座るよそれ」


「結局普通が一番だよ、普通が。パーティー解散したし、夜の時枝のRTAの大会? みたいなの応援する前に打ち上げって事でカラオケ行かね?」


「お、拙者の美声を披露するターンで御座るかなぁー!?」


 男子2人は笑いながらフェンスを飛び越える、3階はあるであろう校舎の屋上から飛び降り、前転しながら着地し、そのまま学校の外へと出て行く。学校で起きた騒ぎも、異世界での騒ぎも全て置き去りにして日常へと向かって旅立つ。


「いやあ、やっぱキッツいわ」


「キツイキツイ言いすぎで御座るよ。気持ちは解るで御座るが」


「だよな、だよな! いやあ、俺彼女作るならもっと普通のが良いわ。バグらないなら大体受け入れる自信あるよ」


「範囲広いで御座るなぁ」


 笑いながら2人の姿が街の中へと消えて行く。冒険は終わりRTAもタイムを残して終了した。


 だが彼らの旅路の果てに確かに刻まれたものがあった。


 ―――そう、バグの爪痕だ。


 深いバグの爪痕を残し、彼らの長く短い冒険は、ここに完全に終わりを告げた。或いはまた新たに、異世界に召喚でもされない限りは。

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【ANY%】架空原作クラス転移トゥルーEND地球帰還姫様酷使無双チャート【RTA】 @Tenzou_Dogeza

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