帰宅のお時間
光が躍る。風が歌う。大地は弾み、人は走る。
丘から王都にたどり着くと家や店を出た人たちがどことなくそわそわしたり期待するように空を、辺りを見渡している。何か良い予感はするのだがそれが具体的に何なのかが解らないけど、ただ何かが嬉しいというのが理解出来てる感じだろう。
実際は漸く、長い時を経て善神が生まれたのだ。元魔王が神として君臨し続ける限りはこの世界はきっと、そのシステムから不幸になる様な者が生まれる事はもうないだろう。それを知らずとも肌で感じているのか、お祭り騒ぎのように街が盛り上がっている。
その中を俺達は歩いている。事実上の凱旋だが、この街にいる人々はそもそも砦が落ちて平和になったという事さえ理解していないのだろう。全ては6時間の冒険、6時間の夢。世界の平和は誰かがそれを理解する前に成し遂げられた。それで良いんじゃないかと思う。
そのまま大通りを抜けて王城の前まで戻ってくると、門を守る兵士たちが背筋を正し敬礼する。
「元アーディ様及びエリシア様に敬礼!」
「元とか言ってるぅ……」
「元じゃないです。混ざってるので現女騎士&勇者というだけです。実際の所、グラフィックバグなので良く見ると使用された両方のキャラクターパーツがブレンドされているのが解ります」
「割とグロい話題だから止めような? 俺は細かい所考えるのが怖いから」
「はい」
じゃあ止めとくわ。俺もちょっと細かい原理考えるの嫌だし。エンディング中なので割と気分は楽だけど。もう全力疾走する必要もない。ムービーに導かれるがままに王城に入り、玉座の間へと向かう。やるべき事はもうなく、後は帰宅するだけだ。
「それではRTAもほぼ終わり残す所完走した事に対する感想だけになったので、ちょこっと話をしますね」
広間を抜けて階段を上がり、そして玉座の間にばーん! 姫様だけ前に進んで玉座に座った。姿も和風ドレスから姫様のドレスへと変わっている。でも尻尾と耳はそのままなんだよなあ。正直手遅れ感凄いよ。俺が悪いけど。
「結論から言えば今回は凄く良いタイムが出ました。途中で小石を踏んでガバ死した時は思わず死にたくなりましたね。マジで死にましたけど。ゲームと違ってリアル環境は小石踏んでガバる事があるんだなあ、というのは知見になりましたね」
「お前が死んだとき、マジで焦ったんだからな……」
ごめんね。あんなので死ぬとは俺も思ってなかった。
「ですがリカバリーも悪くなく、最終的に女騎士フラグが暴発した事で戦闘力を大幅に格上げ出来た事が非常に喜ばしかったですね。お蔭でタイムを数十分は縮められました。元々後半のボスは全部判定重複で殺すつもりでしたが、攻撃回避しつつ判定を溜めるというのが中々時間がかかり、尚且つ最大のガバポイントでした。ですが女騎士が出てくれたおかげで解決しました。これが再現性のあるバグなら今後のチャート更新が凄い進みますね」
「もしこれが指定できるタイプのフラグ暴発であれば任意のキャラ召喚グリッチとして活用してチャートの大幅な更新が可能で御座るな。そうなると各国の実力者を召喚、それと融合する事で一気に戦力を向上できるから戦闘面がだいぶ楽になるで御座る」
「実際、今回は女騎士アーディに凄いお世話になりました。次回があるならその前にフラグ暴発の仕組みを調べてみたいなあ……とは思います。今回はガバがあった事を含めてまだチャートを更新する余地はあります。努力は続けたいと思います」
「1人のファンとして楽しみにしてるで御座るよ」
「俺の事はもう二度と巻き込まないでくれ。二度とな」
お前のツッコミ無しでどうやってこのRTAを乗り切るというんだ。次回の異世界転移も付き合ってもらうぜ! 本音の話をするならもう二度と転移したくないけどな! 俺も元のマイボディとさよならするハメになったし!
それはそれとして、玉座の間にはクラスメイト達の姿が集まっていた。近くには虚無持ち兵士もいたのでアイテム交換で虚無を交換し、それを別のアイテムと合成する事で無害化してから捨てて消滅させる。これで虚無の処理は完了する。最低限のBugFixは終わりだ。
他の事に関しては魔王に任せよう。
任せたぜ! 魔王!
『それは私の力を超えている』
ま、魔王! もう少し頑張ってくれ魔王! いや、でも2代目カスもバグの前には無力だったしな……魔王もバグやグリッチには勝てないのかもしれない。じゃあなんなんだこの異世界……何で俺バグやグリッチ使えてるんだよ……ノリで完走しちまったじゃんかよ……。
「……あれ? なんか、クラスの人たちの数減ってない?」
「うん……?」
玉座の間に集まる人達を見ると、確かにクラスメイトが元の数と比べると減っている気がする。なんかその代わりにちょくちょく見覚えのないちょっとかわいくなったクラスメイトとか、少しイケメンになったやつとか、どことなくボーイッシュな知らない娘がいる。
「あ、お帰り時枝!」
「完走おめでとう! 流石だったぜ!」
「配信見てたわよ~。いやあ、世界ってこんな風に救えるものなのねー」
クラスメイト達にヨイショされて非常にご満悦。むふー、と息を吐いて胸を張り皆から向けられるヨイショの言葉にテンションを密かに上げる。こうやって褒められまくるとやっぱり気分が良い。こうなったらこの世界をもう1周して救って来ても良いぐらいだ。今からリセットボタン押して再走しよっかなぁー! とか思っていると、
「で」
と、言葉を置かれた。
「時枝、融合グリッチってどうやって解除するんだ」
「出来ませんが」
「ん? 出来ない?」
「はい」
あ、やっぱ融合グリッチ使って遊んでたんだこいつら。そう言えば内容を配信してた上に西脇殿が解説入れてるからバグやグリッチの再現は可能なのか。となると女騎士フラグ暴発もここら辺が原因か? 融合キャラ作成数辺りがフラグの鍵かもしれない……。
検証する時はネームドとモブの融合キャラをとりあえず作成してみてフラグをチェックしてみるか……。
「いやいやいや、待って! 待って時枝くん! 君、かなり躊躇なく姫さんと玉藻の前を融合させてたよね!?」
「必要な犠牲でした」
「君もアーディさんと迷う事無く融合したよね!?」
「必要な犠牲でした」
「私達は!?」
「勝手な犠牲でした」
「そもそも皆の者、バグやグリッチをフリーで使える技術だと勘違いしてないで御座るか? グリッチは仕様の裏を掻いたテクニックで御座る。そしてバグは文字通り仕様外の働きで御座る。RTAに於いてバグやグリッチはメモリを破壊しようが最速でクリアする為に容赦なく活用されてるもので御座るよ? でもそれは通常プレイで決して活用するべきものではないので御座る。不可逆な変化をもたらすバグやグリッチは決して少なくはないで御座る。これもそうで御座るよ」
正論&正論、ド正論。バグやグリッチの悪用は全て自己責任である。その覚悟のない奴がバグやグリッチに手を出してはならないのだ。
「え……じゃあ……私達一生このまま? 元に戻れない感じ?」
「はい。愚かな犠牲でしたね」
「うわああああ、どっちの家に帰れば良いんだあああ―――!!」
「意外と余裕だなコイツ」
冴えわたるジョック君のツッコミを無視して、インベントリからディメンションクリスタルを取り出し、それを使用状態にするとガンガンと愚かなクラスメイト達へと向けて投げて行く。使い方は知っているので行き先である学校の教室をイメージして起動し、投げて発動させる。
ディメンションクリスタルを叩きつけられた愚かな生き物たちがどんどん地球へと送り返されて行く。俺に責任を取れと言われても非常に困るのだ! 勝手にバグっておいて俺は責任を取れないのだ! 良い子の皆もネットやXを見て流れてきたグリッチを簡単に使わないようにね! メモリクラッシュは悲惨だぞ!
クラスメイト達はマインドクラッシュだが。
「愚か者共ー、帰宅の時間よー」
「そんなー」
ぱぱぱぱーん、と容赦なく片っ端からディメンションクリスタルを叩きつけて地球へと送り返して行き、最終的に玉座の間に居たクラスメイト達を全員地球へと送り返した。これで残す所俺達PTメンバーだけになる。
「さて、俺達もこれ以上この世界をバグらせない為にも日本に帰りましょうか。というかさっさと帰って夜のRTAの準備したい」
「RTAが終わったらRTAするのかぁ……」
「それでこそ氏で御座るが……」
西脇殿が玉座に座る姫様を見た。そうだね、姫様とはここでお別れだ。幼馴染も姫様と別れる事に少し寂しくないかなあ、と思って横を見たら良い笑顔をしていた。女の子って怖いなぁ。
「姫様」
「はい、勇者様。いいえ、その先の言葉は不要です。このような身になった事、そうである事に怒りや悲しみを覚える事はありません。私はこのような力を、そして未来を与えられた事に純粋に感謝しています―――ありがとうございます、勇者様。召喚されたのがあなたで良かった」
姫様にサムズアップする。しんみりとした雰囲気にはならなかったが、6時間程度の付き合いだったらまあ、こんなもんか。神の力が込められたディメンションクリスタルを懐から取り出す。これであればPT全員を同時に地球に戻す事が出来る。
転移場所を出発点、学校の教室へとセットした所でディメンションクリスタルを叩き割る。
次元を超える力が発動し、俺達の姿が光の粒子に包まれて行く中。
「あ」
思わず声を零した。姫様がにっこりと笑っている。それを見てジョック君と西脇殿が、幼馴染が俺を見た。
「あ、って何、あって」
「氏、いや、まさか」
「ユージ……?」
はい。
「姫様PTから外すの忘れてた」
これには姫様、ご満悦。そして転移の光を纏う姫様を見て大臣絶叫。最後の最後でガバりながら地球に帰る事になるのはまあ……RTAらしいと言えばRTAらしかったのかもしれない。
そんな事を考えながら今、俺達は、この世界を発った。
それが俺達の6時間の冒険の完全な終わりだった。
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