トゥルーED

「流石で御座るよ氏ー! バグやグリッチで時間を短縮する事のみならず、余計な時間がかかったとしてもスーパープレイで視聴者に魅せるのは本番を意識したプレイで御座るよ! 流石で御座るなあ!」


「リアル環境で披露する事になるとは思いませんでしたが、全体的にリン〇フィットRTAよりはマシかなぁ、という感想が出てきます。あのRTAを去年走った時はその後で入院しましたからね。筋肉の断裂で」


「お前、学校を休んでたと思ったら……」


 いえいいえーい。西脇、ジョック君、幼馴染、ミンチ姫、ミンチ陛下とハイタッチする。ミンチハイタッチしたから手がぬちょぉーってしてるんですけど? そろそろ起こしてくんない?


 RTA走者は視聴者のヨイショをパワーにして立ち上がる。正直表面上は余裕を保っているが、魔王戦はワンミスから死までがかなり近いので割と緊張していた。ここに来るまでガバはあったとはいえ、ほぼ良いペースで来れているだけにミスはしたくなかった。


 だがこれで漸くトゥルーENDを迎えられる。


 振り返れば大地に剣を突き差して膝を折り、荒く息を吐いている魔王の姿が見える。歩いて近づくと魔族たちから悲鳴が上がり、動き出そうとする姿が見える。だがそれらの動きを魔王が一喝した。


「愚か者ッ! 正々堂々とした戦いで負けたのだ……俺に恥をかかせるな!」


「う、ぐっ、魔王様……!」


 魔王の一喝によって魔族の動きが止まる為、特に阻まれる事もなく魔王の前まで戻ってくる事が出来た。剣を杖にする魔王様は限界と言った様子だが、正直ここから逆転するぐらいはできるだろうなあ……と思っている。設定上、この程度の人物ではないし。


「ふ、勇者……流石だ。強くなればなるほど好敵手に恵まれない人生だった。だがこうやって最後に、敗北を知る事が出来て俺個人としては満足だ……悔いが残る事があるとすれば民の事だけだ。だが―――」


「それも帝国皇帝を見て心配する必要はないと魔王は思っています。実際の所、魔王が死亡して残された魔族は一部反発しますが、最終的に数百年かけて融和させる事に帝国は成功しています。長期的にみると魔王の選択肢は間違っていません」


「……成程、ならば本当に何も心配する必要はなさそうだな」


 ふ、と笑う魔王を見下ろした。


「魔王はそもそも最初から勝つ気なんてありませんでした。自分が原因で起きた戦争、その責任を果たす為―――」


「勇者よ、死体蹴りは止めてくれ。俺にも羞恥心はある。淡々と解説するのは止めてくれ。止めてくれ」


「うす」


 魔王様にそう言われちゃあ仕方がないなあ……解説するのはRTAの基本でもあるのだが。それでも本人に止めてくれと言われたら止めるしかない。俺は心はないけど空気は読める男。静かに魔王様の解説は止めておくぜ。


 その代わりに。


「では、果たしてここで魔王を討ったとして本当に幸せな未来が訪れるか否かという話をします」


「……勇者?」


「ほう、続けたまえ」


 ミンチ皇帝が半ミンチぐらいまで再生してるぅ……。もっと、こう、さっぱり蘇生させられない? 出来る? 出来た! ありがとう。


「確かに魔王討伐ENDで帝国に魔族は保護されます。クリちゃん陛下も苦心しながら融和政策を打ち出し、その結果が明確に出るのは数百年先の未来です。将来的には救われるでしょう。ですが今は? そして根本的に世界そのものが救われません」


「……」


 そう、魔王を討伐した所で優しいハッピーな結末にはならないのだ。


「ここで思い返してください。恵みの消えた西方大陸を(行ってない)。新たに妖怪が生まれてこない東国を(行ったけどそんな事実知らない)。広がる大砂漠を(行ってない)。少しずつ氷に閉ざされて行く滅びの北方を(行ってない)。そして、魔界化の進むはずれの孤島を(行ってない)」


「おかしいなあ、欠片もそんなもん記憶にないぞぉ。さては全部飛ばしたなぁ?」


 ジョック君は賢いなあ。


「カンの良いプレイヤーの皆様なら既にご理解頂けているでしょうが、1代目カスは比較的にこの世界を気に入ったので魔界を実験場にして、そこに失敗作を捨ててました。ですが2代目カスは1代目の作った全てが嫌いだったので魔界も人界も滅ぼそうとしてました」


 手段が超他力本願だっただけで。


「実際、この試みはだいぶ成功していて魔族と人類は殺し合っていますし、何かあって正気に戻ったとしても緩やかに世界は滅ぶように仕組まれているので……まあ……ここで魔王が死んだとしても最終的には世界が魔界と同じ状態になります。意味ないネ」


「は、はは……は、そうか、俺の覚悟も努力も徒労だったという訳だな」


「いいえ、そんな事はありません」


 魔王は恐らくこの世界最大の被害者で、最大の努力家だ。魔王は洗脳されながらもずっとそれに抗っていた。ずっと民の事を考え、苦しみ、戦い、それでもどうやって幸福に導けるかを考えていた。この男が大体のルートで死亡しなくてならないのは純粋な悲劇だろう。


 敗北必須の運命でどうすれば少しでもいいから、自分の民が1人でも多く救われるのかを考えていた男だ。


「魔王は、恐らくこの世界で最も高潔な人物です。強く、優しく、そして気高い。単純なスペックで比較しうる存在はいません。失敗を知り、正すべき事を知り、そして誰よりも反面教師の存在を理解しているであろうから、最もふさわしい存在だと言えます」


 そう言って俺はインベントリからとあるアイテムを取り出した。


「そ、れは―――」


 光り輝く結晶。それは元は神の中にあったもの。即ち神のコア、神の心、神の力の元、神を神たる存在にするもの。


「これがトゥルーENDへと至る為の最後の一手です。新たな神を擁立し、世界を新生させます」


 これを使えるのはプレイヤーか、魔王だけだ。そして魔王に使う事の出来るタイミングはここだけになる。何故なら他のルートやタイミングでは魔王を殺してしまうからだ。この死にたがりは責任を取る為に死のうとするのだ。


 だから魔王を敗北させたら殺さずに、神のコアを使う必要がある。これをプレイヤーに使えばプレイヤーが次の神だが、必然的に世界の管理の為に地球に帰れなくなるので永住ENDになってしまう。だからこそこの世界を想い、行動できるこの世界の人物に神になって貰わないとならない。


 それがトゥルーENDだ。新たな神を擁立し、これまでの不完全な世界から新生させる。これで少しずつ衰弱して行く世界を生き返らせるのだ。


「待て、勇者。それは俺には相応しくな―――」


「タイム短縮のために言い訳しそうなのを無視して叩き込みます」


「あが―――!」


 魔王の口の中に神のコアを叩き込んでやれば魔王がそれをごっくんしてしまった。


「ま、魔王様!?」


 魔王の体から光が溢れだす。眩しいなあ、と思っていると幼馴染がサングラスをかけてくれた。サンキュ幼馴染、やっぱ幼馴染の存在はTier1だよ。お前無しでどうやって生きていけば良いんだ? 飯も勉強も生活も両親の心も全部お前に掴まれてるじゃん。


「そのままで良いと思うよ」


 はい。


 サングラス越しに魔王を眺めていると光を放つ魔王の姿が少しずつ変わって行く―――もっと神々しく、黒い肌はそのまま、神話の絵画で描かれていそうなそんな姿へと変化する。もはや次元違いとでも言うべき力はこの場にいる誰でも打倒す事は出来ないだろう。


 ゲーム的な話をすると戦闘データが存在しないので勝てないっぴ……。


「勇者……どうして少しは待ってくれなかったんだ。俺にも覚悟の時間は必要だったと思うのだが」


 てへぺろサムズアップで返答する。


「それはタイムよりも大切なものですか……?」


 魔王は俺の疑問に対して腕を組んで空を見上げながらこれが俺に勝ったのかぁ……とか呟いてから苦笑した。


「あい、解った。負けだ、負け。全てにおいて負けた。貴殿の勝ちだ勇者。常に最良の未来を最速で駆け抜けてきた異邦の勇者。貴殿の勝ちだ」


 もうお手上げという様子で魔王は笑い、腕を組んで空を見上げた。


「我が敗者の矜持を持って誓おう。我が存在ある限りこの世界の平穏と幸福の為にこの力の全てを使い、常に戦い続ける事を。我が民、そしてこの世界に生きるあらゆる生命を祝福する為に我が神としての力はある事を誓おう」


 トゥルーEDへと至る為の言葉を聞いて頷いて、振り返って幼馴染の背中を叩いた。正面には西脇殿、ジョック君、陛下、狐姫様がいる。


「お疲れさまでした。これにてトゥルーEDです。後はもうお城に帰って終わりです。奇跡を見届けながら帰りましょうか」


 漸く肩の荷が下りたなあ、と思いながら皆の横を抜けて歩くと、走ってジョック君が追いかけて来る。苦笑しながら西脇殿や他の民が並んで合流し、まだ一部の魔族に混乱が残る中で、神の力が放たれた。


 魔王だった神から放たれた力の波動は一瞬で世界に広がって行く。波紋のように広がる力の波動は足元を駆け抜けるのと同時に、荒れ果てた戦場の大地に草花を一斉に咲かせ始める。空に煌めく星々が浮かび上がり、魔界の空で見かける紋様が空に描かれる。


「お、おい、時枝、何が起きてるんだこれ? 何か起きてるんだよなこれ!?」


「創生です。神の権能で魔界と人界を今魔王が融合させて、それで世界を新生させてます。まあ、帰宅までのルートは良い感じに魔王が繋げてくれるでしょう。ほら」


 皆で一歩を踏み出せば何時の間にか戦場の反対側に到着していた。陣地にいきなり現れた俺達の姿に兵士たちが困惑しているが、陛下が軽く手を振った。


「勇者、卿と出会た事は私の人生の中でも最も面白い出来事だった。願わくばこのような出会いがまたある事を」


「ばいばい陛下。お世話になりました。チャート的な意味で」


「ふ、元の世界に帰っても息災でな」


 陛下に手を振って歩き出せば景色が切り替わり、帝都の大通りへと切り替わる。ジョック君が割と周りの景色の移り変わりにビビりながらも、少し楽しそうに辺りを見渡している。帝国の人々も空の様子の変化などに驚いている。


「時枝! これからこの世界どうなるんだ!?」


「変わりますよ」


 踏み出せば商業連合の都市の一つに居た。ここでもまた人々は空を見上げながら変化して行く世界の様子に驚き、戸惑っている。今では都市部の影響は少ないが、この外では地形が変わる程の変化が起きているのだろう。まあ、そういうEDだし。


「どういう風に?」


「魔界と人界が融合します。根本的にリソース不足だった環境が改善されてちゃんと世界の中で力が循環するようになります。今までは神が一方的に吸い上げて魔界を通して全部零れ落ちてたので、世界が漸く繁栄する方向へと向けて成長できるようになります」


「……と、公式がXで呟いてたで御座る。後公式設定集で御座るな」


「へえ、帰ったらちょっと調べてみるかな」


 景色が切り替わる。国境沿いの砦はぼろぼろになっていたが、その表面を草花が覆っている。その正面にある森へと向かって歩けば、何時の間にか花畑に囲まれている。足を止める事無く5人で歩いていると、やがて見下ろせるような丘の上に到着し、そこから広がる景色を眺めた。


「6時間かぁ、長いようで短かったなあ」


「十分長いで御座るよ、十分に。4時間切らないと競技としては中々キツイで御座るし」


「それでもこの旅ももう終わりだよ」


「勇者様に体をぐちゃぐちゃにされた旅でしたね」


 丘の上からは王国の城下が、王城が眺められた。絶景と言わんばかりの景色に全員が足を止める中、俺だけ振り返る。


「それじゃあここら辺でエンドロールで」


「台無しだよ」


 風によって舞い上がる花びらの中、6時間のRTAを終えて俺達は丘を下り、漸くエンディングを迎えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る