Super Play

 度重なるバグの悪用。


 横行するハメ。


 修正直後から開発される新たなグリッチ。


 仕様の穴vs正規の仕様。


 開発vsプレイヤーの構図はバージョンアップの度に行われてきた。それで開発はついに真理にたどり着いた。こいつら、反省する気はないし修正する度に穴を探すから潰す事は不可能だ、という事実に。それ故に開発はゲームに対して対策を施した。


 その影響を最も強く受けたのが魔王だった。


 元を辿れば即死が通り、ハメ殺せる程度のボスでしかなかった。玉藻とPCを融合させれば掌握をラストにも持ち込める為、掌握で行動キャンセルして容易くハメ殺せるようになった1.2.0や1.2.1環境は本当に地獄だった。間違いなく問題があるとすればプレイヤー側だっただけにバグの修正には誰も文句を言えなかった。


 だけど流石にラスボスアップデートにはお便りが連打された。


 これまでそこまで難易度の高くなかったトゥルーENDの難易度が劇的に上昇し、バグを利用していないプレイヤーが死ぬほど辛い目を見る事になったからだ。これは1.2.3でのアップデートで改善され、ラスト魔王戦に限り無限コンティニュー可能という仕様にする事で解決した。


 つまり忍耐力さえあれば死にながらも無限コンティニューで立ち上がってHPを削り続ける事が出来るという事だ。まあ、単純なゾンビ戦法がラストで解禁されたというだけの話だ。超が付くほどカッコ悪いし、情けないだろうが勝利は勝利だ。これである程度のライト層は納得した。


 実質的な難易度緩和にはなった。だがラスボスである覚醒魔王そのものに対するナーフは一切なかった。ライトちゃんへの配慮として無限コンティニューは実装されたが、それはそれとしてバグやグリッチを悪用するカスを絶対に殺すという殺意は残ったのだ。


 そう、覚醒魔王は極限まで凝縮された開発の殺意だ。徹底したバグやグリッチを殺す為の仕様、そして普通はムリと思える難易度。ラストだけは無限コンティニューを使っても良いんやで? という開発の囁き。


 俺達はキレた。


 やってやろうじゃねーかボケが!! かかって来いよ開発! ノーコンでラスボスなんぞぶち殺してやるわ!


 が、当然そう簡単には行かない。


「魔王は全攻撃がステート攻撃です。攻撃判定は見た目とエフェクト通りなので物理的に回避は可能ですが、スラキャン等で回避に甘えると容易く無敵を貫通して死にます。ですので魔王戦は極限までPSが求められる戦闘になります」


 戦闘開始と同時に真っすぐ魔王へと向かって突進スキルで接近し、《バレットタイム》でスローモーション展開し、フレーム単位で動作を確認しながら魔王から放たれる高速の一撃をスライディングで回避する。


 スラキャンではない通常のスライディングだ。ここは前転と組み合わせる事で移動速度と距離を増やしている。全攻撃がステート攻撃であるという特性上、グリッチを使った抜けは全て通用しないというカスみたいな仕様をしている。


 まあ、延々と逃げながら引き打ちしてくるカスみたいな獣よりはマシなのかもしれない。


「ふ、消極的に見えて勝利を見据えているな……それでこそだ!」


「魔王は非常に強力なボスです。ノーミスで倒すのは難しく、度々ガバの起きやすいフェーズでもあります。ですが根本の部分ではPS次第ではレベル1でも勝利する事の出来る設計になっています。簡単に言えばジェラルドの超上位互換とも言える性能をしてます」


 ジェラルドはスラキャンで抜けてカウンターしてれば死ぬ。


 魔王はそうも行かない。


 故に間合い、速度、フレームを自分の目と感覚で見極めて回避する。パターンは全て脳内叩き込んである。後はそれに自分の体が反応できるか否か、というだけの勝負だ。


 斬撃、振り下ろしの後に隙が見えるように見えてそのまま直ぐに薙ぎ払いと突進のコンボが来る。


 まだだ。攻撃をしない。硬直のように見えてここで攻撃を入れればそこからカウンターが飛んでくる。相手はプレイヤーのモーションやスキルによる挙動を把握した上でAIを組まれている。確実に攻撃が通せるタイミング、パターン、それを誘導しない事にはまずは勝ち目がない。


 だから避ける。これまでの無敵抜けではなく自分のモーションの全てと相手の攻撃範囲の全てを脳内で計算し、数千数万と繰り返してきたトライアルを思い出して行動する。


「解るぞ勇者。貴殿の逃げは勝ちへと向かう為のものだ。勝てる刹那を求めてずっと回避し続けている。たった1点、そこを付きとおせば勝てるという確信から来る動きだ。その眼には勝利が映っているのか?」


 斬撃、刺突、払い、突進払い、振りむきざまにハーフカット―――フィールド半分を薙ぎ払う攻撃だ。これだ、これがあるから離れて戦うという選択肢が存在しない。魔王は距離が開くとフィールド半分ほどの範囲攻撃を繰り出してくる。これが非常に厄介で、距離が開いているとまず避けられないのだ。


「なので魔王相手にはひたすらインファイトを挑みます。グルムと違ってバックステップを誘っても乗ってこない為、ひたすら耐え続けます」


 戦闘開始40秒。魔王の猛攻が続く。迫ってくる刃をサイドステップで事前に回避し、その次に来る攻撃を全部先行入力で回避する。モーションの全てをたたきこむのはRTAプレイヤーとして当然の行いだ。俺達の脳味噌は人生に必要のない情報で埋まってる。


 そんな灰色の脳細胞を今、全力で活用する。


 たった一つの勝機を求めて。左に弓を、右に矢を。前転で刃の下を潜り抜けながら魔王の脚に矢を突き差して転がり、回避する。続いて踏みつけが来るのをジャンプして回避、空中で前転スライディングでモーションを無理矢理変更して次の連撃を回避する。


 最後に来るインパクトは範囲攻撃だ、後ろに下がるとその余波でHPが消し飛ぶから魔王の背後へと向かって回避し、すれ違いざまに《投げる》コマンドで10万硬貨を叩きつける。


「《投げる》によって投げる事の出来る金額上限は10万です。値段=ダメージとなる銭投げですが、モーションが早く、武器の切り替えも不要なので威力の低さを飲み込めば素早い起点攻撃として非常に優秀です」


 20万消費。魔王の斬撃が加速する。放たれる攻撃は僅かな事前動作から一瞬で最速に達して殺しに来ている。ギアが上がって来た事で攻撃の精度も増している。だが知っている動きだ。このゲームにおいて、俺の知らない事はない。知らないのは女騎士のフラグ暴発の事ぐらいだ。


 魔王の強さも、モーションも、その圧力も良く知っている。


 何せ、何度も何度も負けてリトライして覚えたのだから。


 ぱぁん、ぱんぱんぱぁん、と硬貨の弾ける音がする。片手で弓を握ったままもう片手で硬貨を指ではじく。僅かに存在する攻撃を差し込める瞬間、硬貨を弾く。


「覚醒魔王戦の結論だけを語りましょう」


 60万消費。魔王の動きが更に強化される。此方が攻撃モーションに入るのを感知するとガードや素早く回避するようになる。動きの質がAIからPvPの反応に近いものになる。読み合い、刺し合い、そして互いに次の一手を誘導するように動きが変化する。


 ここら辺の動きの変化もプレイヤーの動きに対する反応と対応によって生まれるものだ。ライト層やミッド層に関してはここまでAIレベルが上がらない。AIレベルにもトリガーがあり、自分の様なプレイヤーにのみ反応するようにトリガーが仕込まれている。


「覚醒魔王をちまちまと削りつつ回復や被弾が入るとAIレベルが下がります。逆に一定時間無傷で逃げ続けながらダメージを蓄積すると上位AIが適応されます。今、掠りそうになったのが解るように既に上位AIが導入されています。走者でも舐めると一瞬で死亡するレベルの強さです」


 でーすーのーでー、と言葉を置く。消費硬貨100万。魔王が更にパワーアップ。より強くなる。攻撃範囲が広がり、此方の動きを予想して起き攻めや復帰狩り、偏差攻撃を繰り出すようになる。斬撃の設置も行う様になり、逃げ場を潰しての追撃も入ってくる。


 200万消費完了、AIの完全起動を確認。これで形見リサイクルによる金策で稼いだ額を全て消費完了した。ここまで来るともうほぼ人間と戦っているのと変わらない。それもプロゲーマーレベルの強さだろう。そこまでバグやグリッチを悪用する俺らが憎いか? せやろな……。


 ただ、まあ、この段階には一つ問題があり、


「PvPベースの挙動って結局はヒューマンエラーが発生しやすいって事なんですよね。つまりAIレベルを上げて動作をより人間的にした方が対戦畑の人間からすると100倍読みやすいです」


「―――」


 疾走斬撃。設置。範囲攻撃。そしてスタン等を狙った牽制攻撃。全てがハイレベルで、全てが必殺クラスに驚異的だ。だがAIレベルが最高になると行動予測が入ってくる分、これまでの動きを参考に予測データを組み立てるので、戦闘起動をこれまでとは別軸に切り替える事でAIエラーを誘導する事が出来る。


 つまり、これまで全ての攻撃を回避してきた動作を停止する。


 真っ正面から牽制用に放った攻撃をライフで受ける。当然、HPは0になる。牽制は誘導し、追い込む為の動きであり、次へと移行する前提の動きでもある。だから魔王はここからコンボの起点を作ろうとするのだろう。


 だがここで攻撃を受けられ、0になった場合、これから追い込むはずの動きや起点とする動きの前提が崩れる。当然、此方は食いしばりとリレイズを残している。


 食いしばりは2代目カス戦で消費してからの時間経過でまだ戻ってはいない。だがリレイズは無消費であるがゆえに、まだ残っている。1撃でHPが0になった瞬間魔王の動きが少し戸惑い、そのままノータイムでリレイズで復帰しゼロ距離で弓を向けられた瞬間、魔王の表情が歪んだ。


「―――」


「結論、覚醒魔王はワンコンでフィニッシュするのが最も有効です。2度目のチャンスは死ぬほど面倒なので存在しないと思いましょう」


 甘えた牽制したのが死因だよ。格ゲーあるある。


「打ち上げます。打ち上げ直後に復帰しようとするので復帰狩りして復帰チャンスを潰し、そのまま基本空中コンボを繰り出します。この最後の段をスラキャンでモーションキャンセルして空中ループします。3ループ目はバースト抜けされるので背面に移動して空中コンボ2で追撃して更に打ち上げます」


 説明しながらコンボループで空に上げて行く。1コンボ目で5メートル、2コンボ目で10メートル、そして3コンボ目で15メートルまで上昇する。見てるか? これがエタルカ版ジョインジョインだぞ。テストに出るからちゃんと覚えておけ。


「ここまでくると対策されてても止める手段がないのでバグやグリッチを解禁します。見てるか公式ぃー! 今お前の希望の魔王ちゃんをグリッチで攻略しまぁーす!!」


 人の心ないんか? コールが聞こえた気がする。まあ、まだないです。レベルアップでは生えないそうなので。


 だからモーションキャンセル、打ち上げ、そして接射。吹き飛ばしながら残留エフェクトで攻撃を設置する。吹き飛ばした先で裏回りしながらゼロ距離で同じ方向へと吹き飛びながら射撃、ライダーキックを空へと向かって放つ事で斜め上へと向かって魔王共々上昇。


 上空30メートルまで上昇。


 空中コンボ4、空中コンボ5と繋げて50メートルラインまで上昇する。ここで魔王の頭上に来るように位置取りをし、インベントリを通して姫様から武器を回収する。そう、姫様が死ぬことも計算に込みだ。姫様が死んだ結果、彼女が使わない武器がインベントリ経由で回収できる。


 こうする事で、俺が剣装備になる。


「上空50メートル、HP調整は完了してます。この高度なら殺しきれます―――」


 剣を構え、《初級》スキルを使う。単純な斬撃が魔王を捉え、次に習得する初級スキルを使う。それが命中したら次に覚えるものを、それから次に覚えるものを―――さらに次に覚えるものを。


 落下しながら順番に一つとして同じスキルを使用せずに《剣術》の初級から最上級まで順番に覚えるスキルをモーションキャンセルで硬直を殺しながら加速して使って行く。流星のように空から地上へと向かって、多数のエフェクトを煌めかせながら落ちて行く。


 1撃1撃で魔王のHPを削り、抉り、反撃も復帰も計算込みで落として行く。


 そして最後、地上へと着地するように《剣術》最上級最終スキルを放つ、ジャストでHPを0にする。言葉もなく魔王の姿が大地に叩きつけられて沈黙する。その直ぐ横に剣を叩きつけるように突き刺す。


「凄腕とは相手を破壊しつくすまで地上に落とさないらしいっすよ中尉。最後の難関突破です、お疲れさまでした」


 ふぅー、と息を吐きながら額の汗を拭う。覚醒魔王もこれで攻略完了だ。


 これにて全戦闘終了―――残すはトゥルーENDの為の選択肢を選ぶだけだ。

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