Skill Fusion

「この初手の掌握警戒の動き方! 間違いなく1.2.2以降のボスアップデートの動き方で御座るなッッ!!」


「西脇! 明らかに聞かれたそうな顔してるから聞くけどよ……1.2.2ボスアップデートってなんだ?」


 ふ、と西脇は眼鏡をクイクイクイと無駄に三度上げた。眼鏡のブリッジが目に突き刺さって痛そうにしながら喋り出す。


「1.2.0時代はバググリッチ悪用の暗黒時代だったで御座る」


「今よりも?」


「今よりも」


 マジかよという吉田の声を無視して西脇は続ける。


「1.2.0で東国が追加され、多数の新要素と共にバグも当然増えた。そしてプレイヤーたちは当然それを悪用した。その結果これまでの戦闘バランスが崩壊してしまった……そう、掌握を実装してしまったのが全ての原因だったで御座る……」


 うんうん、と吉田は唸る。


「今ではRP玉藻がナーフされた事でプレイヤーの手に渡る掌握もだいぶ弱体化されたで御座る。だが暗黒時代では掌握を使って全ボスハメ殺すどころか掌握から自殺させる事まで出来る世紀末っぷりだったで御座るよ。自分でバグを出しておいて開発はついにキレて1.2.2でボス強化アップデートを導入したで御座る」


「自分で用意しておいてキレるのちょっと良く解らないなあ……」


「まあ、背水関係のコードって戦闘システムの根幹部分に食い込んでる上に、そこを担当したのが初期の開発メンバーで、その開発担当もやらかした後で退職したせいで誰も手が出せなくなったとか言う噂が御座ってェ……」


 現代怪談。


「その結果がボスアップデート。一部の高難易度コンテンツのボスAIや行動ルーチン、特定のスキルや動きに対する対抗行動の大幅追加アップデートで御座ったよ。特に初期のころの覚醒魔王戦は即死するわ、ハメ殺せるわで凄い弱かったで御座る」


「へぇ、今は違うんだ」


 西脇は静かに頷いた。


 戦闘フィールドの中では魔王が真っ先に掌握で抑え込まれ、そして2:2の戦闘をRTA狂人とスーパー帝国人が迷う事無く形成した。それを見て西脇が静かに続ける。


「これはまだ前半戦……本番は後半からで御座るよ。そしてそれがこのRTAにおける最大の見せ場で御座る」



《center》♦《/center》



「はい、魔王が抑え込めたので2:2で状況を抑え込みます。陛下にシェナを任せれば乱数考慮しても100%押しきってくれます。魔型エネミーに対する陛下はほぼ無敵なので気にする必要すらありません。此方は此方で即座にグルムを処理しましょう」


「侮るなよ、勇者!」


 踏み込みから拳のインパクトまでの時間は凡そ5F、即ち5フレーム。つまり余裕があるという事だ。グルムは連撃速攻型のインファイター、それも拳を使ったタイプのだ。グラップラータイプのキャラクターは防御破壊と固める事を得意としており、相手を追い込んでからスタンを叩き込んでラッシュするというのは王道のスタイルだ。


 だが悲しいかなぁ。


「グルムにはステート攻撃が実装されてないのでスラキャンで抜けられます。突進技が猶予5Fなので先行入力で攻撃を抜けましょう。攻撃は早く、正確ですが小さいです。正直シェナ程怖くないのでスラキャンで攻撃を抜けてカウンターを叩き込んで行きましょう」


「くっ、攻撃が当たらないっ……!」


 スラキャンで拳を見切ったらすり抜けざまに出の速い射撃スキルを使って数発グルムに叩き込む。当然ながら魔王戦に出てくる同伴エネミーなのでHPも耐久力も相当高い。と言うより下手なボスよりも普通に強いので、この程度では落ちない。


 それに反応も早い。AIが優秀な証だ。


「予見されている? 予知か? 確定予測か? なら面で制圧するッッ!! 我が名はグルム! 魔王軍幹部が1人、魔王様の障害を砕く者……!」


「フレーム回避ができるとAIのランクが上がります。攻撃が激化し、アーマーが強化されます。剥がすのに必要なヒット数が20から40へと上昇します。これを誘います」


 システム内部でプレイヤースキルに対する警戒度が上がるという訳だ。同時にフレーム回避なんて失敗して当然の事をやるのだから、当然グリッチか或いは神クラスプレイヤーがヤってんだろ? という開発側からのチェックでもある。まあ、ヤってますが。バグ。


「るぅぁ―――!」


 拳。拳拳拳―――拳。連打と乱打、あえて詳細なターゲットを設定しないランダム範囲攻撃は実際に賢い選択肢だ。何故なら動きのパターンが固定化されない為、避け辛く、受け辛い動きとなるからだ。


「これも回避します。スラキャンで回避しつつカウンター、そしてカウンター。距離を開けずにインファイトに対してインファイトで対応します」


「おぉぉ! 砕くは我が拳! 立ちはだかる障害を……!」


 震脚。軽く跳躍して回避すれば回避した瞬間を狙って拳が飛んでくるので、空中でスラキャンして滞空、そのまま前転回避から頭上を取って《ネメシスバスター》を頭上からエア摺り足で3連打、背面に着地するのと同時に後ろ回し蹴りが飛んでくる。


「読めてるので死亡チョン避けグレイズ回避します。読めます」


「やはり動きが完全に読まれている……これではまるで戦った事があるかのような―――」


 後ろ回し蹴りからのグレイズ回避にカウンターを叩き込めば、衝撃を殺す為にグルムが距離を作る為に僅かに後ろへと向かって1歩、或いは2歩分のバックステップを取る。猶予で言えば3フレームほどだろう。


「はい、AIの誘導完了です。確定でりました」


 3フレーム、事前に来ると解っていれば余裕で行動が差し込める。何せ、此方は修羅の国で1フレームの神の当身を見てきているのだ。3フレームは欠伸が出る程長すぎる。ジョインジョインはもう聞きたくないよぉ。1ミスから死まで繋がるのゲームバランスとして崩壊してるだろクソがよ。でも好き。俺もジョインジョインするのぉ。


「という訳でジョインジョインしていきますね」


「しま―――」


 摺り足、スキル選定、先行入力、モーションキャンセル、スキル多重同時発動。スキルとスキルを疑似的に融合するグリッチ、実用性は正直そこまで高くはない。どっちかと言うと派手になったエフェクトや好きなスキルにエフェクトをくっつけたりして遊ぶためのグリッチだ。


 何せ、純粋な破壊力は摺り足とか攻撃判定多重化の方が遥かに効率が良いのだから。


 だけど複数のスキルを使い分けながら同時に使用したいなら、これが輝く。


「《バレットタイム》+《ゼロインチショット》で突進スローモーにし、摺り足接射コズミックイェーガーで攻撃回数を一気に稼ぎましょう。いやあ、女騎士のおかげで戦闘がほんと楽になりましたね。本来ならここ、肉壁を犠牲にして攻撃回数重複させる予定でしたからね」


 喋る間にも40ヒット到達。戦闘判断の上位AIになった事で回避、防御、対策に対する判断能力が大幅に向上する。それを利用する事でバックステップなどの動作を呼び出す事が可能だ。


 そしてバックステップ中は僅かに浮く。この浮く状態が肝だ。


 出始め無敵、しかし着地前の瞬間に無敵が切れるので着地する寸前、着地する前にアーマーを削り切れば抵抗の出来ない木偶人形が出来上がる。だから突進、誘因、引き上げ、打ち上げ、打ち下げ、ワンバウンドしてから蹴り上げて射撃。


 吹き飛ばしながら矢を投げつけて突き刺し、繋がった鎖を引っ張って引き寄せる。もう1度射撃して上空へと吹き飛ばしながら突進スキルで追撃する。


「1度拘束を取ってしまえばフィニッシュです。陛下ー」


「承知した」


 陛下の方は特に心配してなかったが、視線を一瞬だけ向ければシェナのアーマーを破壊して既に態勢を崩しているのが見える。此方とのアイコンタクトでやりたい事は一瞬で伝わる。かかと落としでグルムを大地にワンバウンドして叩きつければ、片手で大地を叩いて体を跳ね飛ばす。


「復帰読み、崩し」


「全てを、上回って―――」


 復帰の為に体を横へと飛ばそうとした瞬間に復帰狩り。アーマーを剥いで接射で吹き飛ばす。同時に吹き飛んできたシェナにグルムが衝突する。


 攻撃の線が、点へと集約された。RTAやらソロプレイの時はAI任せにするか素早くキャラを切り替えながらポーズを連打して調整する様な所だが、陛下が花丸賢い人でとても助かった。


「纏めた所で最高火力を連射します」


「さらば、魔族の姫君よ」


 言葉を残させずにそのまま《ネメシスバスター》と陛下による《エクスカリバー》の連射が始まる。2人の姿が地面にぶつかる前に粉々のミンチになった所で攻撃をやめる。びちゃあ、とミンチ魔族がぶちまけられた所でミンチ回収班が素早くミンチを回収してフィールド外で蘇生作業を開始する。


 陛下と肩を並べて膝をつく魔王へと視線を向ける。魔王は膝をつきながらも抗う様に小刻みに体が揺れている。姫様の方も魔王を抑えるのが相当ギリギリなのか額に汗を浮かべている。もしかしてリアル環境故にレジストし始めているのかもしれない……こわぁー。


 マイボディの融合相手の女騎士であれば“動けない相手を攻撃するのは卑怯”だと言うかもしれないが、ここはまだ前哨戦―――本番はこの次の後半戦なのだ。必死にレジストしている魔王に向けて迷わず弓を向けた。


「掌握を破られる前にHPを削り切ります」


「……思う所はある。だがそれはそれとして、卿をこのまま復帰させて戦おうとすれば勝てる図が私には見えないからな」


 魔王様、現時点でまだエンジンフル回転じゃないからな。エンジンが温まる前に勝負を決めるのが前半戦の肝。


 故に迷いなく射撃する。陛下もやっぱり欠片も容赦がないのでちゃんと攻撃してくれる。流石帝国人だぜ! 口では色々言っていても体は素直だ!


 たっぷり5秒、オーバーキルとも取れる攻撃を叩き込めば最後の衝撃と共に魔王の姿がフィールドの反対側まで吹き飛び、その姿が地面に倒れ込む。HPは確かにゼロになった。これで勝ち、と言う訳ではない。


 ここからが本番だ。


 悲鳴と怒号が一瞬で周囲に満ちる。怒りを押さえつけようとする感情をあちらこちらから感じる。一瞬で沸き立ちそうになる魔軍を、しかし抑え込んだのは魔王本人から放たれる威圧感だった。


「漸く……愚神から解き放たれて漸くだ」


 剣を大地に突き差してぼろぼろの姿で魔王が立ち上がった。


「漸く、調子が戻ってきたな」


 静かに魔王が剣の切っ先を正面へと向け、半身を後ろへと下げるように構えた瞬間、陛下が前に出て大剣を交差させるように庇いに出た。同時に姫様が陛下の前に立って手を伸ばす。


「掌握」


 チート級に最強スキル、バグで引っ張りだされた究極とも呼べる攻略手段。それを前に魔王は動じることなく受けきり、そしてにやりと笑みを浮かべた。


「慣れた」


「全力で勇者を庇え姫ッッ!」


「解っていま―――」


 掌握が通じないと理解した瞬間には姫様も防御に入っている。だがその全てを無視するように魔王が剣で切り払った。当然のように姫様が、陛下が纏めて両断されてミンチになった姿が横を吹き飛んで行く。凄まじい衝撃が体を通り抜ける―――これは演出なのでHPは実際には減らないが。


「待たせたな、勇者。俺が不甲斐ないせいでどうやら待たせた様だ」


 魔王の言葉に頷く。


「時間がもったいないのでサクッと始めてサクッと終わらせましょう」


 あらゆる物語がそうやってエンディングを迎えるように。


「我らの戦いもまた、王道の寝物語のように勇者と魔王の戦いで締めくくろう」


 無論、


「物語と違い勝つのは俺だ……!」


 さあ、エタルカ最強のラスボス。ゲーム初期、そのあまりの弱さに魔王(笑)とさえネタにされてバカにされて、その後開発の寵愛を受けてオーバースペック級の強化を受けて名実ともに最強のボスへと進化してしまった魔王戦である。


 今、最後の戦いが始まる。

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