コウのどうぶつ記

コウのどうぶつ記

 いつもしんみりしたエピソードの多い本作。


 今回は、ゆかいな動物ネタでお送りしたいと思う。


 てなわけで、コウのどうぶつ記、はじまりぃー!




 ▼鳩の恩返し


 まず思い出すのは、鳩の恩返しの話。


 僕の父はなかなかおせっかい焼きだった。


 他人のトラブルに介入し、ややこしくしたり、よけいに相手を怒らせたりはよくあった。


 そこに来て父は、動物にもその食指を伸ばしていたのだ。


 ある日父は、家の裏に大きな鳥籠を作った。


 ベニヤ板で四方を囲んだ物置をベースに、前面に金網をつける形で。――父はそのとき大工だったのだ。


 問題はその鳥籠の中身。その鳥籠には鳩が入っていた。


 鳩は鳥籠の片隅に、しょぼんとたたずんでいた。


 父の言うには、こういうことだった。


 ――家の前で鳩が猫に襲われていた。


 その鳩を、父はおせっかいにも救い出した。


 そして、鳩にマキロンを塗って、治るまでかくまうつもりなのだと。



 その翌日の土曜日、僕ら家族は昼に焼肉を食べに行った。


 一時すぎに家に帰ってきたときのこと。


「おい、鳩がいない!」


 と、父が騒ぎ出した。


 そのとき、僕は頭上の電線の上に鳩の親子を見つけた。


 三羽の鳩が、並んで電線の上に留まり、僕らを見下ろしていたのだ。


 真ん中のひとまわり小さな鳩は、おそらく父がかくまった、子どもの鳩だ。


「あいつら、お礼に来ただな」


 と、父はうんうんと、うなずいていた。


 そんな馬鹿な。


 とはいえ、たしかに鳩はしばらく僕らを見下ろして、なにかを伝えたそうにしているようだった。


 しばらく鳩と僕はアイコンタクトをとっていた。


 不思議と『ありがとう』なんて気持ちが伝わってくる感じがするものだ!


 その魂の交流が十分なされた頃合いに、鳩たちは飛び去った。


 ――その光景は僕の中で『鳩の恩返し』として、いまだに記憶されている。


 鳩は意外と義理堅いのだと。




 ▼蝉の幼虫の奇跡


 僕には鉄板のネタがある。


 これまでの話を総合しても、この話は一番信じ難いかもしれない。


 けれどいま、この話を明かそうと思う。



 ある夏の深夜の一時頃、僕は職場で仕事をしていた。


 エンジニアとして、納期の仕事をヒイヒイと片付けていたのだ。


 そのとき僕は仲間と一緒に、会社のビルの裏手に行った。


 タバコ休憩――当時は僕はタバコを吸っていたのだ。


 ビルの裏手に生えた植樹の近くで一服すると、僕は職場に戻った。



 椅子に座ってキーボードを叩いているとき、となりの席の後輩が騒ぎ出した。


「え? ちょ、ちょっと先輩……」


 その後輩の指先は、僕の右脚の脛のあたりを指していた。


 僕は自分の脚を見た。


 そこで、信じられないものを見た。


 ――なんと、僕の脚に蝉の幼虫がくっついていた。


 そして、幼虫の背中が割れかけていた。


 これから脱皮しようというのだ!


 長い時間を地中で過ごし、いざ羽ばたこうというとき、よりによって木と間違えて、僕の脚に!


 後輩は自分が見ている光景を信じられないのか、目を見開いて口を開けている。


 僕はとりあえず幼虫を手のひらに移して、再びビルの裏手に行った。


 そして、木の幹に蝉の幼虫をくっつけた。うまい具合に、幼虫は幹にひっついてくれた。


 それからしばらく、蝉の幼虫を見守った。


 背中がさらに割れて、徐々に柔らかそうな成虫の体が現れてくる。


 そこから羽を乾かすように、蝉は抜け殻の上で休んでいた。


 そのあたりで僕はまた、職場に戻った。そして、心の中で先ほどの蝉に語りかけた。


(俺も、このプログラムを仕上げて、さっさと帰るぜ! 朝日が登る前によォ!)




 ▼闇ネズミ


 さて、最後はちょっと怖めで不思議な話になる。


 僕は以前、あるマンションの一室に住んでいた。


 ある秋の夜。僕は寝室で上を向いて寝ていた。


 そのとき、妙な夢を見た。


 というより、胸が苦しい感じがして、目覚めたのだ。


 胸の上には、大きな灰色のネズミが載っている。そのネズミが、僕の口元や鼻を、ペロペロと舐めてくるような映像が、とても生々しく感じられたのだ。


 ――どこまでが夢で、どこまでが現実かわからない状態で。


 そこで僕はがばりと体を起こした。


 すると、その大きなネズミは僕の胸から飛び降り、タタタ、と部屋の隅に向かって走り出した。


 そのネズミは、そこでふと振り返ってきて、


『なんでこいつ、俺の姿が見えてるんだ!』


 と、そんなことを考えるような目で僕を見てきた。


 そして、ネズミはまた前を向いて走っていった。


 僕は頭上の電灯をつけたが、その電灯の光と入れ替わるように、ネズミの姿が消えてしまった。


 ――考えてもみてほしいが、握り拳の二つ分はある大きなネズミが、部屋から蒸発するように消える、なんてことがあり得るのか。


 部屋には隠れるところはなかった。


 それなのに、その大きなネズミはすう、と、部屋の中で消えてしまったのだ。


 その日以来、彼は僕の中で『闇ネズミ』とされた。


 闇の世界のネズミが、偶然にして僕の前に現れたのだと……。『薄皮のめくれたふち』から……。


 ってそんなこと、ありえないだろ! と思われるだろう。僕もそう思うし、夢かなにかの延長だと思っている。そうであってほしい。


 けれど、そのネズミはあまりに生々しい存在感を放っていたのだ。





 と、そんな感じで。


 最後は異質だったけれど、今回は動物に関わるエピソードを紹介した。


 生命はかくも力強く、不思議なものなのだ。

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僕の奇妙な冒険 浅里絋太 @kou_sh

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