浅井と沼さんの映画談義・剣闘士映画
根「ねぇねぇ。もうすぐグラディエーター2やるけどサ、やっぱり先に1見た方がいいカンジ?」
浅「根岸…。どこまで俺を失望させれば気が済むんだ…。」
脇「そんなに?」
沼「『グラディエーター』はソード&サンダル映画を現代アップデートして21世紀に蘇らせた傑作、ぜひ見ておくべきですよ。」
根「そーどあんどさんだる?」
野「剣は分かるけど、サンダルって?」
沼「登場人物たちがサンダルを履いている古代や神話を舞台に、肉体と手持ち武器で闘うことを主題とした映画ジャンルをソード&サンダルと総称しているのです。英語圏では、古代ギリシャ式の裾広がりな衣装の呼び名から「ペプラム」とも言いますね。その中でも古代ローマの剣闘士を描いた剣闘士映画というサブジャンルがあり、『グラディエーター』は文字通りそこに位置します。」
浅「良い機会だ。来月11月15日の『グラディエーターⅡ英雄を呼ぶ声』公開に向けて、今のうちに見ておくべき剣闘士映画を教えてやるから、皆で一緒に死にゆく者になろう。」
脇「あっ!センセイ、さてはまた沼さんと映画蘊蓄トークを俺らにひけらかす気だな!」
沼「いいじゃないですか。今日はスポーツの日ですし。」
根「あー、そっか。…いや待って、そうかナ?????」
野「スポーツかなぁ、グラディエーターって。」
『グラディエーター』(2000年/アメリカ)
浅「まずはもちろん、『グラディエーター』一作目。さっき沼さんも言ったように、ソード&サンダルの現代アップデートを果たした名作だ。この映画の成功無しにはウォルフガング・ペーターゼンの『トロイ』も、オリバー・ストーンの『アレキサンダー』も存在しなかっただろう。」
沼「リドリー・スコットが近年微妙な映画を何本作っても許され続けている理由の半分は、この映画を作った功績を世界がまだ忘れていないからでしょう。」
脇「あとの半分は『ブレードランナー』?」
野「『テルマ&ルイーズ』でしょ。」
根「『ブラックホークダウン』は見たことある!メッチャ怖いヤツ。」
浅「『デュエリスト/決闘者』なんだよなぁ。」
沼「…『エイリアン』のつもりでしたが、他にも理由は結構ありますね。失言でした。」
浅「次は、『グラディエーター』に先行する、リドリー・スコットも影響を受けたり受けなかったりした剣闘士映画たちを紹介していこう。」
『スパルタカス』(1960年/アメリカ)
浅「これはもう別格。なにしろキューブリックだからな。」
沼「アメリカの作家ハワード・ファスト原作の歴史小説『スパルタクス』の映画化です。間違ってもソード&サンダル映画には数えられませんが、剣闘士を主題とした映画の代表作です。主演のカーク・ダグラスはこれと『ユリシーズ』(1954年/イタリア)でソード&サンダル隆興の筋道を作ったと言っても過言ではありません。」
浅「ピーター・ユスティノフ演じる剣闘士養成所主の悪辣ながら憎めない絶妙な小悪党っぷりにも注目だ。」
脇「『スパルタンX』(1984年/香港)とは関係ある?」
浅「ない。」
沼「ありません。」
脇「そっか…。」
『ローマ帝国の滅亡』(1964年/アメリカ)
浅「これは厳密には剣闘士映画じゃないが、『グラディエーター』を語る上で無視できない映画だ。」
沼「同時代を舞台にしている分、『スパルタカス』よりもこちらの方が影響は大きいと思われますね。」
根「ローマが滅ぶ時の話なの?」
沼「そういうわけでもありません。」
根「そうなんだ…。滅亡ってタイトルなのに…。」
(※原題は『The Fall of the Roman Empire』)
浅「元々はローマ帝国の歴史書としては超有名なエドワード・ギボンの『ローマ帝国衰亡史』(原題『The History of the Decline and Fall of the Roman Empire』)の映画化としてスタートした企画だから、似たようなタイトルになったんだろうな。」
『ディミトリアスと闘士』(1954年/アメリカ)
沼「ごく真面目なキリスト教徒受難映画『聖衣』(1953年/アメリカ)の、やや真面目さが後退した続編です。」
浅「虎との格闘シーンでクローズアップ時に役者がぬいぐるみ(剥製?)と取っ組み合いながら苦悶の表情を浮かべるソード&サンダル映画でお馴染みのギミックが登場するぞ!」
脇「それおすすめポイントなん?」
沼「動物との絡みは『グラディエーター』でもしっかり踏襲していたソード&サンダルの基本ですから。『グラディエーターⅡ』の予告編にも様々な動物が登場していますし、楽しみですね。」
『クォ・ヴァディス』(1951年/アメリカ)
沼「これもごく真面目なキリスト教徒受難映画で剣闘士映画ではないのですが、怪力のキリスト教徒ウルススがコロシアムで牛と格闘するシークエンスは確実にソード&サンダル映画の文脈です。」
浅「嘘だろ!?ってくらい大量のライオンが出てくる。ピーター・ユスティノフ演じる自惚れ屋の暴君ネロにも注目だ。」
野「なんか、キリスト教徒受難映画ってやつが多いね、1950年代。『ベン・ハー』もこの頃だっけ?」
沼「『ベン・ハー』は1959年ですね。実は、『クォ・ヴァディス』も『ベン・ハー』もプロデューサーはMGMのサム・ジンバリストなんです。『ベン・ハー』は柳の下のドジョウ狙いが見事に成功した例と言えましょう。」
『エンジェル・グラディエーター』
『エンジェル・ウォリアーズ』
『アマゾネス反乱/セックス奴隷の鎖を断て!』
(1973年/アメリカ・イタリア)
根「待って待って、うさんくさいタイトルがいきなり3つ出てきたんだケド、これ全部同じ映画!?」
沼「ロジャー・コーマン率いるニュー・ワールド製作のエクスプロイテーション映画には、よくあることです。原題もイタリア公開版を合わせて3つありますし。」
浅「ニュー・ワールドが当ててた女囚モノの系譜に属する映画でもあり、パム・グリアも当然出てる。トンチキなのに70年代の妙な熱気だけはムンムン漂っている怪作だな。」
『カリギュラⅢ』(1984年/イタリア)
浅「おそらく映画史上最もショボい
根「まずそのナウ何とかってのが分からないんだケド。」
沼「船を使って歴史上の海戦を再現する大規模な剣闘士イベントのことです。」
根「へー。」
野「この映画のは、そんなにショボいの?」
浅「なんかもう、そのへんの貯水池にイカダ浮かべてるだけって感じ。申し訳程度にワニもいるけど。」
沼「予告編を見る限り『グラディエーターⅡ』ではちゃんと迫力あるものが期待できそうですね。」
沼「前述のスタンリー・キューブリック監督カーク・ダグラス主演のものが有名ですが、紀元前72年にローマに反旗を翻した実在の奴隷闘士スパルタクスをテーマにした映像作品は他にもあります。」
『剣闘士スパルタカス』(1953年/イタリア)
沼「緩やかな時代考証、ベリーダンス、動物スタント、ファム・ファタールと、ソード&サンダルのお手本のような映画です。」
浅「ぬいぐるみなどを極力廃して本物のライオンとスタントマンを絡ませてるから外連味は控えめだが、その分本当に誰か喰われてそうで手に汗握るぞ。」
根「ヤダ、そんな緊張感。」
『闘将スパルタカス』(1962年/イタリア)
沼「スパルタカス本人ではなく、架空のキャラである息子が主役です。キューブリック版『スパルタカス』の非公式の続編とも評されていますね。」
浅「『ヘラクレス』『ヘラクレスの逆襲』でソード&サンダルの代表格になった元ボディビルダーの肉体派スター、あのスティーヴ・リーヴス主演だぞ。」
野「すごい知ってる前提で言うじゃん。」
『スパルタカス』(2004年/アメリカ)
沼「キューブリック版と同じ原作小説に基づくTVミニシリーズですね。主演のクロアチア人俳優ゴラン・ヴィシュニックは反乱剣闘士としては少し顔立ちが優しすぎる気もしますが、彼の憂いと苦悩を湛えたグリーンの瞳は作品に深みと奥行きを与えています。」
「戦闘シーンは相当金と人員をかけてるし、HBOのドラマ『ROME[ローマ]』のニュース読み上げおじさんで有名なイアン・マクニースが養成所主役で出てるぞ。」
『スパルタカス』(2010年/アメリカ)
沼「キューブリック版や『グラディエーター』より、むしろザック・スナイダーの『300〈スリーハンドレッド〉』(2006年)に近いエログロ洋ドラです。」
野「ワッキーそういうの好きそうだよね。」
根「ワッキーは絶対好きでショ、そういうの。」
脇「俺、なんだと思われてんの?」
浅「今回の養成所主はジョン・ハナだ。『ハムナプトラ』シリーズとは打って変わって出世欲にまみれた外道ぶりを見せてくれるぞ。」
脇「それにしても、スパルタカスの映画やドラマ多くね?」
沼「スパルタクスが起こした第3次奴隷戦争は、近現代にマルクス史観的なフィルターを通して古代の階級社会におけるプロレタリアート反乱として再評価された経緯があり、左派文化人から人気の主題だったのです。最初期のスパルタカス映画は1920年代のソ連製でしたし、『スパルタカス』の原作者ハワード・ファストはスターリン批判とハンガリー事件を契機に決別するまではアメリカ共産党に属し、『闘将スパルタカス』の監督セルジオ・コルブッチもエクスプロイテーション映画の領域で反権力・アンチーヒーローを描き続けた筋金入りでした。また、覇権国家ローマに抗ったトラキア人指導者としてポスト・コロニアリズムの文脈での読み直しも可能だったでしょう。プロパガンダにおいても、ソード&サンダルにおいても、スパルタカスは権力による不当な搾取に対する抵抗を象徴する英雄だったのです。」
脇「な、なるほど…。」
浅「一方で、ソード&サンダルというジャンルは、その創成期には古代ローマを理想化した右派的な言説とも無縁じゃなかった。イタリアの史劇映画『カビリア』(1914年)は、ソード&サンダルの始祖的存在の一つに数えられるが、その脚本を担当した作家でイタリア・ファシスト運動の先駆でもあるダンヌンツィオは、この映画でいわゆる「ローマ式敬礼」を再発明し、これは現実でムッソリーニやヒトラーによって模倣されたんだ。」
沼「ソード&サンダルやハリウッド史劇大作の量産を可能にしたローマのチネチッタも、ムッソリーニの肝入りによって設立された撮影スタジオです。因縁のようなものを感じないではいられませんね。」
浅「ファシズムが挫折し断罪された戦後にはローマは帝国主義や全体主義の表象として捉え直された。剣闘士や闘技場は 1950年代のハリウッド製作のキリスト教徒受難映画においてキリスト教徒や奴隷を虐げる
沼「マルキストによるスパルタクス偶像化やファシストによる古代ローマの理想化から始まり、イデオロギー色を薄めより
根「おぉ…。珍しく、大学生っポイ…。」
浅「じゃあ、ここから先は別にそこまで見なくていい『グラディエーター』便乗剣闘士映画ラインナップを進めるから。」
根「え…別に見なくていいやつなら別に教えてくれなくていいケド…。」
野「ネギちゃん、諦めな。このモードの沼ちゃんと浅井くんはもう成仏するまで止まらないから。
脇「悪霊かな?」
『ラスト・グラディエーター』(2003年/ドイツ)
浅「ドイツのテレビ映画だから、ゲルマン人剣闘士が主役だ。兄の仇を討つために主人公が特訓する流れは格闘技漫画やカンフー映画みたいな趣きがあるから、ワッキー向きかもな。」
脇「おっ!それは興味出てきた。」
沼「私としては、一番印象に残るのは最初に出てくる着ぐるみの熊ですね。熊が二本足で立ち上がってもまぁ不自然ではないのでアイデアとしては悪くないかと。あの熊が兄の仇として最後まで出てきたらもっと面白かったのですが。」
『ザ・グラディエーター 復讐のコロシアム』(2000年/アメリカ)
沼「ローマから属領に左遷されて不満たらたらな将軍に憂さ晴らしで村を焼かれた娘がアマゾネスになってショボい闘技場でショボい復讐劇を繰り広げる、しょうもない映画です。」
浅(この映画の致命的なマイナス点はストーリーや演技ではなく(それらはもちろん酷い)、「アマゾネスの露出度が低い」というこの手の映画で考えうる限り最も愚かな選択をしていることだが、女子がいる場ではちょっと言いにくいな…。」
根「浅井っち、途中からメッチャ声出てんヨ。」
『アマゾネス・グラディエーター』(2001年/アメリカ・ドイツ)
沼「タイトルが違うだけで『復讐のコロシアム』と同じ映画です。」
浅「それぞれのタイトルでレンタルDVDが別々に存在するから、重複して借りないようくれぐれも注意しろ。」
脇「一生役に立ちそうにない忠告あざっす!」
浅「原題は『Amazons and Gladiators』で、日本語の各サイトではアメリカとドイツの合同製作だが、英語サイトではオーストラリア映画になってる。」
野「なんでそんな情報が錯綜してるの?」
浅「分からない…。そしてそれを調べるほどこの映画に時間を割きたくもない…。」
『ザ・グラディエーターII ローマ帝国への逆襲』(2001年/ロシア・アメリカ)
沼「タイトルは日本の配給会社で勝手につけただけで『復讐のコロシアム』の続編でもなんでもなく、ロジャー・コーマンとロシア人が『グラディエーター』に便乗して作った『エンジェル・グラディエーター』のリメイクです。」
脇「もうわけわかんねぇ。」
浅「『復讐のコロシアム』に比べたら、マシなものを作ろうとしている努力は感じられるが、演出や編集や劇伴がみょうちきりん過ぎて自分が何を見させられているのか不安になってくる。肝心の戦闘シーンにおいては、ヤケクソなクローズアップ、躍動感よりもフラストレーションが溜まる短いカットの重なり、狂犬病みたいに痙攣するカメラワークが見る者の忍耐力を剣闘士のように鍛えてくれることだろう。」
根「なんか情報の洪水で疲れた…。剣闘士とかグラディエーターって単語がゲシュタルト崩壊しそう。」
野「お膝元のイタリアは分かるけど、ドイツとかロシアとか、結構いろんな国が作ってるんだね。」
沼「剣闘士はローマ属州や征服地から集められた戦争捕虜が多かったので、ローマ人から蛮族と見做されていたゲルマン人やスラヴ人にとってもこだわりのある題材なのかもしれません。ただ、こうしてラインナップしてみるとイタリア製の純正ソード&サンダル映画が少なくなってしまいましたね。」
浅「仕方ないよ。日本での視聴方法がない作品が多いし。『剣闘士スパルタカス』だって、アマプラになかったらお手上げだったよ。とにかく、これで『グラディエーターⅡ』に向けた予習はバッチリだな!」
脇「ラインナップの半分くらい見なくても良さげなやつだったじゃねぇか。」
根「あっし、そもそもグロかったり動物が死ぬの見たくなーい。」
野「どうでもいいけど、一作目ってもう24年も前なんだよね。それで二作目くるのって、ちょっと不安じゃない?」
沼「…今回は良い時のリドリー・スコットであることを祈りましょう。」
浅「ぬっ…沼さん…!」
サブスクにない2人 毒蜥蜴 @DokuTokage
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