浅井と沼さんの映画談義・幻に終わった映画たちと、対話型AI生成映画の可能性 後編
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前篇よりの続き
生成AIを使って、幻に終わった映画企画を復活させる。
AIなどろくに理解していない文系映画オタクの拙い妄想に過ぎないが、そんな妄想話に花を咲かせるに十分なほど彼らは暇な大学生なのであった。
「実は私もたまたま、このような本を持ってきていました。」
そう言いながら沼さんがカバンから取り出したのは、『「ゴジラ」東宝特撮未発表資料アーカイヴ プロデューサー・田中友幸とその時代』(木原浩勝, 清水俊文, 中村哲 [編]/東宝株式会社, 株式会社東宝映画[監修])であった。
タイトルと話の流れから察せられるように、『ゴジラ』(1984年)や『ゴジラvsビオランテ』(1989年)の製作過程で準備された企画案や検討稿、昭和30年以来未製作に終わったゴジラ・東宝特撮映画の脚本などを収録した、東宝特撮ファンなら読んで損無しの読み応えある資料である。
野「こりゃまた、ちょうど今の話題にピンポイントだねぇ。」
根「そんな都合のいいたまたまってある!?」
脇「AIでももうちょっと自然な流れの筋書き作れそうだぜ。」
ご都合主義の極致だが、そんな些事にいちいち拘っていては話が進まない。
沼「私がこの本からチョイスするのは、『ゴジラの花嫁?』です。」
そう言って、沼さんは
『森 岩雄先生に謹んで此の一篇を献じます。』
という献辞──
ちなみにタイトルの『?』はシナリオが書かれた原稿用紙に実際に残っており、仮のタイトルであったのだろう。
根「ゴジラって結婚とかすんの!?」
野「まぁ、子供いるみたいだしそういう事もあるんじゃない?」
浅「こ、これかぁ…。」
脇「なんだよ、浅井センセイレベルでもどうかと思うようなキワモノなのか?」
浅「いやまぁ、その、正直意外なチョイスだな、とは思う。」
東宝の大部屋俳優であり、『美女と液体人間』(1958年)の原作者としても知られる
「神の創り給ふ前生期動物」ゴジラに対抗すべく「二十世紀の現代科学」が産み出した怪獣サイズの巨大な裸像の人工美女である「ゴジラの花嫁」が登場する、ほとんど珍妙奇天烈としか言い表しようがないシナリオだ。
自分であれば、この本からならもっと分かりやすい活劇調の『ゴジラ伝説 アスカの要塞』をチョイスしていただろう、と浅井は考えていた。
沼「浅井君の疑問もごもっとも。シリーズのごく初期に書かれたこのシナリオの内容は、後世の目から見ればかなり違和感があり、その結末も納得しがたいものです。私はこの映画が作られなかったことを、シリーズにとっての損失であったとは考えません。ただ、そこかしこに散りばめられたアイデアやヴィジュアル・イメージにはとても惹かれるものがある、というのが選んだ理由です。」
ゴジラシリーズの生みの親の一人である田中友幸プロデューサーもそう思ったのであろう。
シナリオ自体を採用することはなかったが、「吸血鬼」と呼ばれるゴジラやアンギラスについている
このシナリオに登場する怪獣やクリーチャーは、やたらに多い。
主役のゴジラにアンギラス、オリジナル怪獣の「カメレオン」(ゴジラの半分くらいの大きさ)、前述の「吸血鬼」、「始祖鳥」(蜥蜴と鳥のキメラ)、「海蛇」、「大蛸」、そして田中プロデューサーが気に入ったのかこれ以降の没脚本にも登場する「人魚」(ラメインテインなる学名は一体どこから湧いたのか?)たち…。
沼「浅井君と同じく、私も前提としてゴジラシリーズや東宝特撮作品のライブラリー映像を機械学習用データとして活用できるという
ライブラリー映像の流用は、長期展開している特撮シリーズでは見慣れた光景であるが、過去作品だけでなくシナリオが書かれた時代より未来の作品まで引用できる点が特殊である。
沼「『ゴジラの花嫁?』は『ゴジラの逆襲』の続編として書かれた脚本ですから、怪獣のデザインは逆襲ゴジと初代アンギラスに準拠、始祖鳥はラドンに置き換えてもいいですが、『南海の大決闘』から大コンドルを持ってくる手もあります。坑道のシークエンスは『空の大怪獣ラドン』がおおいに参考になるでしょう。」
浅「カメレオンと人魚は?」
沼「カットします。」
浅「ええ!?」
沼「この際シナリオにある要素を全て盛り込む必要もないでしょうし。」
『ハリーハウゼンの宇宙戦争』のメカ描写にフィル・ティペットを引用しようとしたり、
根「なんか沼っち、本物の映画プロデューサーみたい。」
野「だね。監督や脚本家を泣かせてる様子が目に浮かぶよ。」
浅「でも、さすがに「花嫁」や他の人工人間はカットしないよね?」
沼「もちろんです。そこを外しては企画が根本から破綻しますから。」
この脚本には「花嫁」であるゴジラと同サイズの巨大人工人間に加えて、本物の人間そっくりな人工人間「里子」、三尺(およそ90cm)の顔だけの人工頭脳「イヴ」、そして彼女たち人工人間たちのモデルであり、開発者志田博士の元恋人である「柳井里子」と一人四役のヒロインたちが登場する。
沼「日本の特撮作品を引用することに拘るのなら、巨大化美女のイメージとして『ウルトラマン』のフジ隊員や『シン・ウルトラマン』の浅見弘子、機械的美女ならば『メカゴジラの逆襲』の真船桂を引用するべきでしょうが、生成AIにおける肖像権侵害のリスクを軽視することはできません。なにしろ、シナリオでは「花嫁」は「裸像」として創造されるのですから。」
アメリカではすでにスカーレット・ヨハンソンやトム・ハンクスが自身の姿や声をAIによって無断で使用された映像が出回っていると訴えた事例がある。
ましてやヌードでゴジラと取っ組み合いをさせられる映像に許諾を得るのは、とんでもなくハードルが高いだろう。
沼「かといって、無個性なAIタレントの裸を使う気もありません。「花嫁」のボディは、あえて女性型人造人間であることを強調したメカニカルなデザインにしたいと思っています。」
浅「それには、何か具体的なモチーフが?」
沼「はい。」
聞いて驚け、とでも言いたそうに悪戯めいた表情を浮かべながら、沼さんは答えを明かした。
沼「『メトロポリス』(1927年/独)の「アンドロイド・マリア」です。」
浅「おお!?」
驚いたのは浅井だけであった。
野「手塚治虫の方の『メトロポリス』(2001年/日本)なら見たことあるかな。」
根「全然わからン。」
脇「あー知ってる知ってる。『ロボフォース 鉄甲無敵マリア』(1988年/香港)だろ?」
SF映画史においてもはや神話的存在ともいえるこのフリッツ・ラング監督映画と、ゴジラの没シナリオとは、また予想外の組み合わせだ。
「アンドロイド・マリア」は映画史上最も美しいロボットとも語られるエポックメイキングな存在であり、『STARWARS』のC-3POの元ネタである事はあまりに有名である。
『メトロポリス』を見たことが無くても、「アンドロイド・マリア」が光輪に包まれている有名なシーンの動画や写真は見たことがある人は多いだろう。
沼「理由は二つあります。一つ目は、「花嫁」のイメージの源泉は「アンドロイド・マリア」だと考えているからです。キャラクターとしての人物造形はまるで異なっていますが、『メトロポリス』の狂気の発明家ロトワングと『ゴジラの花嫁?』の志田博士とは、かつて恋焦がれながらも別の男性と結ばれた女性の似姿である人造人間を身近に置こうとしているところに共通点があります。三尺の巨大な顔をした電子頭脳「イヴ」のヴィジュアル・イメージも、ロトワングが自らの研究所に安置している女性の顔を模った巨大な彫像を乗せた墓石にそっくりです。それぞれの作品での役回りはまるで違いますが、「アンドロイド・マリア」こそ「花嫁」をはじめとした人工人間たちの原型であるという仮説は、無理がないものと私は考えます。」
浅「な、なるほど…。言われてみると確かに…。」
海上日出男は1912年生まれ、『メトロポリス』の日本公開が2年遅れの1929年だから、彼がこの映画を見たとしたら17歳の頃、影響を受けるのに十分な年ごろではある。
沼「もう一つの理由は、昨年2023年1月をもってこの映画はアメリカでパブリックドメインとなり、二次使用が可能となっているからです。但し製作国ドイツをはじめとしてEU圏内ではフリッツ・ラングの死後70年後にあたる2046年までは著作権が発生しますが。」
浅「…ということは、もしこの映画が本当に実現したら、北米市場では公開・上映できる可能性がある…!」
脇「マジでプロデューサー目線じゃねえか。」
根「沼っち悪どーい。」
野「ついさっきまでは反AI映画運動の急先鋒だったのに、自分が作るとなればシェアユースを遠慮なくフル活用するねぇ、沼ちゃん。」
著作権の切れた児童文学の愛すべきキャラクターたちでホラー映画が量産されてしまう世の中である。
生成AIによる著作権や肖像権の侵害リスクを回避するのに、パブリックドメインとの組み合わせは有効な手段の一つになりえそうだ。
それにしても、怪獣サイズに巨大化した「アンドロイド・マリア」風裸女がアンギラスの口を引き裂いたり──これも後年『ゴジラ対メカゴジラ』で映像化された──、ゴジラと格闘したり、地底世界で
地底の話になったついでだが、巨大女性型ロボットばかりが取り沙汰されがちなこのシナリオには、他にも特撮的見どころがあるので紹介したい。
物語中盤、九州の炭鉱坑道の底が抜けて、天然原子炉の太陽によって照らされ、人魚の家族が滝で戯れ、アンギラスやゴジラをはじめとした古生物の生き残りたちが生息している広大な地底世界が登場するのである。
もしこの映画が実際に作られていたら、レジェンダリーのモンスターバースよりはるか以前、『地底探検』(1959年/米』)や『地底王国』(1976年/英米)よりも前に
だが、どんなに妄想は膨らんでも、沼さんのこの企画にはある限界がある。
映画オタク同志として、浅井はそれを指摘しなければならなかった。
浅「でも、沼さん。どんなに豊富なライブラリー映像をAIに学習させたとしても、それが生成されたものである限り、やっぱりそれは昭和ゴジラにはならないよ。」
スーツアクションでないゴジラは、昭和ゴジラシリーズとは全く異質なものにならざるをえない。
いかにドラスティックにこの企画を推し進めようと、この一点で全てがオジャンになってしまうのだ。
沼さん自身も、この矛盾点は重々承知していたのだろう。
無念そうに、頷いた。
沼「…おっしゃるとおりです。中島春雄氏をはじめとしたスーツアクターたちの時に荒削り、時に洗練されたぬいぐるみ演技を生成AIで再現しようとしても、彼らが銀幕へと刻み込んできた「魂」がそこに宿ることは決してないでしょう。それならば『シン・ゴジラ』や『ゴジラ-1.0』のように初めからCGアニメーターやモーションアクターが独自の想像力と創造性を発揮するべきなのです。」
浅「つまり、この企画も…。」
沼「えぇ…。残念ながら…。」
こうして、「幻の映画を生成AIで再現する」という思考実験は、創作上の限界を露呈し、またしても破綻をきたしたのであった。
根「…て、結局さっきと同じオチじゃン!」
脇「AIだと絶対再現できないプラクティカル・エフェクトが売りの企画ばっかり選んでるのも、絶対この結論にもってくるためだろ…。めんどくせぇ…。」
野「あー、AIにかこつけてめんどくさい映画オタクトークを堪能したかったわけだ。」
浅「いやいや、本当にAIを完全否定するつもりはないよ?ただ、使い方次第ってだけで。」
沼「右に同じです。私の『ゴジラの花嫁?』も浅井くんの『ハリーハウゼンの宇宙戦争』も、その映画が企画された時代性やその背景にある
しかしそんなものに拘らなければ、AIで実現可能な未製作映画企画はいくらでもあります。
それに、今は既視感に頼ったパロディや無味乾燥なシミュレーションばかりでも、ストップモーションにはストップモーション独自の持ち味が、CGI にはCGIだけが持つ映像の可能性があるように、AIでしか出来ない、AIならではの映像表現がいつかは誕生することでしょう。
いえ、進歩のスピードを見れば、それはすでに世界のどこかで生まれていても不思議ではありません。」
それがどんなものになるのか、浅井のようなただの文系大学生には想像もできない。
願わくば、既存の映画では見ることが出来なかった、想像力の地平の向こう側を見せて欲しいものだ。
今はただAIを憂うよりは、今回妄想したように己の映画愛のために利用してみせてこそ、映画オタクとしての気概と矜持を示し方であろう、などと浅井は思ったのだった。
根「あー!もうAIの話はいい!それより『DUNE』だヨ『DUNE』!」
野「はいはい。じゃあ午後の講義終わった後、いつものTOHOシネマズね。あ、浅井くんとワッキーも来る?」
脇「行く行くー。って、これ2時間46分もあんのかよ。俺、基礎教養が昔の香港映画だから3時間近くあるの慣れねぇんだよなぁ。」
沼「かつては長尺の映画にはインターミッションという休憩時間が挟まっていたそうです。そういった映画のDVDではインターミッションを含めて収録されているものも多いですね。」
浅「166分か…。『SF第7惑星の謎』が83分だから、ぴったり2回見れる尺だな…。」
脇「いや、なんすかセンセイ、その謎の計算法。」
沼「『メカゴジラの逆襲』もぴったり2回見れます。」
根「うん、沼っちも乗らなくていいから。」
暇を持て余す映画オタクたちの、平和な午後のひと時であった。
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