浅井と沼さんの映画談義・幻に終わった映画たちと、対話型AI生成映画の可能性 前編
キャンパスの学食での昼食後、午後の講義までの休み時間をダラダラと過ごす学生らしい時間が、
これは、そんなありふれた日常の1コマである。
根「沼っち、野々っち、今週『DUNE』見にいこーヨ『DUNE』パート2。」
沼「いいですよ。
根「ぶっちゃけティモシー・シャラメとオースティン・バトラー目当て。」
野「続編やるならデヴィッド・リンチ版の方見ちゃったの失敗だったかもね。パート2見る前に先の展開分かっちゃったし。しかもすごいダイジェストで。」
沼さん・根岸さん・
夏以来の坊主頭をポリポリと掻きながら、脇谷ことワッキーはパート1の内容を思い出そうとしていた。
脇「世界観がよく分かんねんだわ。なんかスパイスきめて超能力使うんだったよな?」
浅「リンチ版をTV放映用に再編集した長尺版だと最初に紙芝居みたいなプロローグで説明されるんだけど、大昔にAI(作中用語では
そんなふうにとりとめのない話をしながら、春休みを平和に過ごしていた時のことだった。
根岸さんが突如、ドデカい爆弾を投下したのは。
根「そうそう、沼っち知ってる?もうすぐAIが映画作る時代になるんだってサ。」
奇しくも地雷系コーデで決めていた根岸さんがその言葉を発した時、たぶんネットニュースで生成型AIの記事でも見た記憶が浅井の語った『DUNE』前日譚から想起されて、特に深く考えず口に出してみただけのことだったのだろう。
しかし、沼さんの反応はすこぶる鋭く、白いチュニックのタートルネックに乗っかっている顔の表情もたちまち「めんどくさい映画オタクモード」に移行したのが見てとれた。
沼「生成AIによって作られる「映画」は何の前後の文脈も無いヴィジュアル・イメージの羅列をナレーションで無理やり関連付けしているだけに過ぎず、「映画」と呼ぶにはとても値しません。はっきり言って、映画という芸術様式に何の理解もない人々の戯言でしかありませんね。進歩の速さは認めるにやぶさかではありませんが、それでも人間の想像力や創造性を完全に置き換えられるのは、まだずっと先の未来のことでしょう。それまでは、表層的な言葉遊びに過ぎない「AI映画」など断固として認めない所存です!!」
根「うわァー!沼っちがめっちゃ早口かつ辛辣に!」
野「あー、こりゃ沼ちゃんの地雷踏んだねぇ。」
大げさにリアクションする根岸さんと対照的に、肩出しのニットセーターを当たり前に着こなす野々村さんには呆れ半分面白半分に受け流す余裕がある。
たまに沼さんがこんな風に映画絡みでめんどくさくなってしまわれると、根岸さんが常備している飴ちゃんをお供えしたり野々村さんがなだめすかしてお怒りを鎮めてもらうのが常なのだが、この時は火に油を注ぐ不届きな輩が現れた。
浅井である。
沼さんの高らかな反AI映画宣言に、そろそろ散髪に行こうと思ってる癖っ毛頭を激しく振り回しながら賛意を表明したのであった。
浅「沼さんの言うとおり!どんなに映像や合成音声のクオリティが向上しようとも、我々が求める「映画」とは人間の想像力、創造性、美学、
脇「なんかこっちにもめんどくさそうなのが出てきちまったぞ。」
根「ゴメンよー。沼っち、浅井っちー。そんなマジにならないでェー。」
AI、とここでざっくり呼ばれているのはオープンソースの対話型・機械学習ソフトウェアを指す。
プロンプトと呼ばれるユーザーからの指示に対して、機械学習によってインターネットなどから得た膨大な情報を元に新たな画像や動画が生成させられるこの生成AIをどのように映像制作に活かすか、AIのみで創作活動がどこまで可能なのか、今この時まさに日進月歩の技術的進歩と共に模索されている真っ最中である。
実のところ、ツールとしての機械学習モデルはすでに映画製作の現場に投入されている。
根岸さんが見に行きたがっている『DUNE 砂の惑星PART2』では、劇中メランジと呼ばれるスパイスの影響で青く染まっている設定の登場人物たちの瞳の色を1000カットにもわたって変えるために、一作目の映像から学習したアルゴリズムを用いてマット処理を行ったそうだ。
しかし、沼さんや浅井が想定している「AI映画」とはそういった制作現場でのツールとしての活用とは異なり、もっと根本的な、ドラえもんの「雑誌作りセット」の映画版のようなものである。
適当に「クリストファー・ノーランの新作」とでも入力したら、プロットや絵コンテ、CGIアニメーションからアフレコまで全てクリストファー・ノーランの作風を模倣したAIが行い、それっぽいブロックバスター風映像が出力される──これが沼さんや浅井のようなめんどくさい映画オタクがどうしようもなく反感や拒絶感を抱く「AI映画」という概念だ。
さて、食堂長テーブルの上に身を乗り出して鼻息荒く沼さんに同意した浅井だったが、さっきまで闘争心でパンパンに膨らんでいたライトダウンからみるみると空気が抜けていくように丸椅子の上へと戻っていった。
浅「…しかし映画というものは元来、一つ一つでは意味をなさない映像の断片を編集で繋げる事で完成する芸術なのも、また確かだ。既存作品からの引用やアイデアの借用も、珍しくことではない。その点でまだ発展途上であるAIを非難するのはフェアではないだろう。」
脇「お、なんだよ、センセイ。全否定派みたいなこと言ってたのに、早速日和り始めたな。」
根「ホラホラ、裏切り者だヨ、沼っち。」
浅「だまらっしゃい!」
野「お、横山三国志。」
浅「俺が言いたいのはだな、既存のヴィジョンを組み合わせて再構成するには現行でもAIは十分に活用できるツールだってことだ。そこで…これだ!」
そう言って浅井がバッグから取り出したのは、竹書房から出ている『幻に終わった傑作映画たち 映画史を変えたかもしれない作品は、何故完成しなかったのか?』(サイモン・ブラウンド[編])だった。
世の中にはさまざまな事情で企画倒れになったり、撮影はされてもお蔵入りに終わった映画がごまんとあるが、その中でも著名な監督や俳優たちが関わっていた、もし完成して公開されていたら傑作として映画史にその名を刻んでいた「かもしれない」作品たち──キューブリックの『ナポレオン』、セルジオ・レオーネの『レニングラードの900日』、制作の顛末を追ったドキュメンタリー映画が有名なホドロフスキーの『DUNE』などなど──が紹介されている書籍である。
脇「浅井センセイ、ただでさえサブスクにないマイナーな映画ばっか見てんのに、この上さらにこの世に存在しない映画まで極めるつもりなのかよ。」
野「ていうかそのデカくて分厚い本、常にバッグに入れて持ち歩いてんの?」
浅「え…いや、今日はたまたまだけど…。」
言われてみるとやけに都合がいいが、そんな些事にいちいち拘っていては話が進まない。
浅「と、とにかく!脚本やシノプシスがすでに存在し、キャラクターのデザインも完成しているとしたら、それらを活用してAIで実現することが可能になるんじゃないか?というわけだ。」
沼「…なるほど。」
顎に人差し指を当て、アンダーリム眼鏡の奥の瞳を光らせながら、沼さんも話に加わった。
沼「対話型AIに入力するプロンプトとして、制作に至らなかった幻の映画企画を再利用する。それは興味深い発想です。」
好意的な反応に勇気づけられて、浅井はさらに自説を展開していった。
浅「もちろん、それだけで映画がまるまる一本完成するとは思ってないけどね。でも、たとえば有名な監督が関わっていた未製作企画であれば、イメージを補完するためにその監督の前後の作品を学習データとして利用するのも、Googleからランダムに拾うより映画制作としてずっとフェアだと思うんだ。もちろん、権利者と交渉して利用許可を得られる前提で。」
沼「そこまで具体的におっしゃるからには、浅井君がAIで実現したい未製作映画はもうすでに決まってるのですね?」
浅井は黙って意味深に頷いてみせた。
映画オタクとしての矜持を曲げてまで、あえてAI映画を肯定するのである。
やるからには、世界中の映画オタクを、特にこの目の前の沼さんを納得させられるものでなければならない。
そして、その切り札とは…。
浅「ずばり、レイ・ハリーハウゼンの『宇宙戦争』!」
沼「おお!」
歓声を上げてくれたのは沼さんだけだった。
1949年、『猿人ジョー・ヤング』で憧れのウィリス・オブライエン監修の元に初めて長編映画デビューを飾った、
H・G・ウェルズのこの古典的宇宙侵略SF小説は1938年にはオーソン・ウェルズによってラジオドラマ化され聴衆にパニックを引き起こしたという都市伝説を生んでいたが、まだ実写映画化を実現した者はいなかったのだ──この時点では。
この企画は結局買い手がつかず、ハリーハウゼンはのちにウェルズの別の著作『月世界最初の人間』の映画化『H・G・ウェルズのSF月世界探検』(1964年)のラストで『宇宙戦争』のオチを引用しリベンジを果たしたのだった──アイデアを思いついたのは脚本家のナイジェル・ニールではあったが。
そんな因縁深いハリーハウゼンと『宇宙戦争』だが、沼さんと浅井以外にはピンとこない様子である。
脇「スピルバーグのやつはテレビでやってたの見たことある。」
根「あっしも。」
野「わたしは原作読んだことあるよ。」
脇「マジかよ。インテリじゃん。」
根「タコみたいな火星人が攻めてくるやつだよね?面白い?」
野「うーん。読んだの小学生の頃だから、あんまり細かく覚えてないんだよね。火星人より、お腹空かせた主人公が犬を殺して食べようとするところが一番印象に残ってるかな。」
根「えっ。一生読まん。そんなの。」
そう堅く決意した犬派の根岸さんのことはおいといて、浅井は本に掲載されたハリーハウゼンのドローイングを指し示しながら話を続けた。
浅「ハリーハウゼンはかなりこの企画に熱心で、まだ従軍時代の1942年から44年にかけてコツコツ書き溜めていた
沼「この火星人の顔のデザインは『地球へ2千万マイル』(1957年/米)のイーマ竜や『タイタンの戦い』(1981年/米)のクラーケンとしてハリーハウゼン自身が流用していますから、それらの表情のアニメーションもある程度参考になりますね。
「それに加えて、ジョージ・パルの『宇宙戦争』(1953年/米)からもちょっと拝借しよう。パルは自分の映画化企画をパラマウントに売り込むためにハリーハウゼンから借りてた企画資料を断り無しに利用していたんだから、それくらいの協力はあって然るべきだね。」
実際、ジョージ・パル版『宇宙戦争』(監督はバイロン・ハスキン)劇中でカリフォルニア郊外に墜落した物体(正体は火星人の宇宙船)の上部からシリンダー上のハッチがネジのように回転しながらせり上がってくるシークエンスは、ハリーハウゼンのテストリールそっくりなのである。
脇「なんか完全に2人の世界だな…。」
根「まーた浅井っちが沼っち独り占めしてるゥー。」
野「ていうか、二人はそもそもAIそこまで使いこなせるの?」
浅「いや?」
沼「全て、こういう事が出来たらいいなぁ、という妄想です。」
技術的問題に加え、著作権的な問題も全て最高に都合良く事が進んだという前提での妄想である。
沼「映像化の最大の難関は、トライポッドですね。」
浅井の企画が抱える問題点を的確に指摘する沼さんはさすがであった。
浅「そう、問題はそこなんだ…。ハリーハウゼンはトライポッドのテストリールは残してないし、3本脚のうち前を2本にするべきか1本にするべきか、最後まで決められずにいた。
御大が手がけたアニメーションは多くが恐竜や伝説上の怪物といったクリーチャー中心で、メカ系で参考になりそうなのは数えるほどしかない。ボディの方は『空飛ぶ円盤地球を襲撃す』の円盤でいいとしても、御大がアニメートしたであろう3本脚の機械的な動きをどうやって「再現」するか…。」
小説では
前述のジョージ・パル版では、脚ではなく磁力で浮遊するUFOに近いチョウチンアンコウのようなデザインで描かれていた。(原作へのオマージュとして、三本の緑の光線が機体下部から伸びているシーンがある)
2005年のスティーヴン・スピルバーグ監督版では、VFXによって前が2本、後ろに1本のトライポッドがトム・クルーズ以外のニュージャージー市民を灰に変えていく。
沼「メカ系のストップモーションといえはフィル・ティペットです。いっそのこと、彼が『STAR WARS』シリーズで手がけたAT-ATやAT-ST、『ロボコップ』のED-209の動きを学習させた方がいいのではないでしょうか。」
浅「でっ、でもそれじゃ、『ハリーハウゼンの宇宙戦争』にならないよ!」
沼「しかし純粋にメカの演出を追求するのならば、ティペットを選ぶのがベストです。」
浅「それでも!!」
脇「いや、AIに作らせんだから、厳密にはそのどっちにもならないんじゃねぇの。」
脇谷の第三者的ツッコミに、ヒートアップしていた映画オタクたちはようやく冷静になった。
浅「そうなんだよな…。ハリーハウゼンの映画はハリーハウゼン自身の職人芸が売り物なんだから、いくらAIが進歩してストップ・モーションっぽい動きを再現できても、そこにハリーハウゼンの魂は宿ってないんだよな…。」
沼「確かに…。アニメートとは文字通り
ハリーハウゼンのダイナメーションどころか、ストップモーションそのものさえ使わないのならば、この映画を作る意味は失われるだろう。
こうして、『レイ・ハリーハウゼンの宇宙戦争』は再び、永遠に幻となったのだった。
根「…え?これ結論?今の今まで盛り上がってたのはなんだったの!?」
脇「アレすかねぇ、お二人だけが分かる領域でイチャイチャしたかっただけなんすかねぇ?」
野「まぁまぁ。」
このグループでは一番オトナな野々村さんが、白けた場の雰囲気を緩和させる。
野「沼ちゃんはないの?制作されなかったけど、AIで作れるなら見てみたい映画って。」
そう話を振られて、沼さんも待ってましたとばかりに瞳を輝かせたのが、眼鏡越しでもはっきりと分かるのだった。
後編へ続く
https://kakuyomu.jp/works/16817330662194818989/episodes/16818093074707832972
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