特にない話
牧瀬実那
信濃という土地
地元の怪談、と聞かれてすぐさま思い浮かぶようなものが無い。
私は北信――長野(信濃)の北の方出身だ。小説なんかではそこそこ因習がどうとかやれミステリーだのの舞台に選ばれがちではあるけれど、実際は因習も無ければ観光名所も無い、本当に特筆することの無い田舎だ。当然怖い話も無いし、思い入れも無い。
北信と言ってしまうのも、地元愛がすごいというワケではなく、単純に長野県が東西南北にやたら広い上にいくつもの他県と隣接している影響もあって、「長野」と十把一絡げにするにはあまりにも場所によって文化が違いすぎるから、というだけのことだ。
実際、進学のために上京してから南信出身の人と話をすることがあるけれども、てんで話が合わないしなんなら新潟の人の方が通じる場合すらある。
怪談に至っては上京してからの方が遭遇している有り様だ。その怪談というのも、本やテレビで取り上げられるくらい有名な心霊スポットが大学から比較的近いところにあり、その隣駅くらいに住んでいた友人が最短一週間くらいで住人が入れ替わるようなアパートに住んでいて、当然友人も心霊現象に悩まされていたのだけど、私が正月に善光寺で買った破魔矢を置いたら減少した、という、怪談なんだか霊験あらたかなのかよくわからない話なので頼りない。(この友人とそのアパートと最寄り駅に関する怪談は掃いて捨てるほどあるのだけれど、今回は地元ということで割愛する。)
そんな「無い無い尽くし」の地元なのだが、たった一度だけ妙な経験をしたことがある。
小学四年生くらいの夏のことだ。
その日は夕方から町内の人が、近所の神社の境内に集まって盆踊りの練習をしていた。今思えば盆踊りに練習も何もない気もするし、この年以外に練習した覚えもないのだけど、御柱の年でもなかったので多分普通にお盆の夏祭りの準備だったのだと思う。(御柱祭は諏訪が一番規模が大きくて有名だけど、実際は長野県内各地でやっている)
神社も、稲荷ほど有名なわけではないけどきちんと日本神話に登場する神様を祀ったごく普通の神社だ。
私や同級生(この日集まった中では一番年上だった)、年下の子供たちもこの練習に強制参加させられていた。けど子供なので早々に飽きて、大人の目の届く範囲でだらっとしたり遊んだりしていたし、大人も咎めなかった。
そうこうしているうちに、私達子供のうちの誰かが、神社の大きな壺の中に奇妙なモノがあることに気が付いた。
粘土ではなく石で作られた壺で、子供ひとりふたりくらいなら
その壺の、ちょうど中心あたりに鳥の骨が落ちていた。
骨だけになっていたけれど鳥だとわかったのは、全身が綺麗に揃っていたからだ。何の鳥かはわからないけど、嘴があったし。
奇妙だと思ったのは、骨が全て妖しい玉虫色に輝いていたからだ。綺麗で艷やかな緑色だった。
私を含め、皆一様に呆気に取られてしまった。誰ひとり口を開かないけど、全員が「これはなんだか良くないものだ」と思っているのは同じようだった。壺がある場所が本殿のすぐ脇という目立つところにあったからかもしれない。夏休みの行事で神社の掃除があるくらいなのに、これまで気付かなかったし、神社の人が片付けてないのも変な感じだった。
だからなのか、同級生が「儀式をしよう」と言い出したとき、その場に居た子供全員が神妙な顔で頷いた。言葉にはしないけれど何かしなければいけないという感覚と、大人に知らせてはいけないという感覚があったので、何の儀式かは誰も聞かなかった。
同級生が音頭を取って、全員で壺を取り囲む。壺の外周は子供全員が並んだのとぴったり同じだった。
それから、時計回り三回、反時計回りに三回、黙ったままゆっくり、ぐるぐると壺の周りを回った。何を考えていたか思い出そうとしてみたが何も出てこなかったので、多分、何も考えないようにしていたんだと思う。
結構時間がかかったような気がするけど、大人達は相変わらず盆踊りの練習をしていてこちらの様子に気付くことはなかったし、実際大した時間はかからなかったのかもしれない。
儀式中、特に何も起こらなかった。回り終わった後、なんとなく手を合わせた。まだ盆踊りの練習は続いていたけどはしゃぐ気分にもならなかったので、そのまま解散した。
それきりである。
翌日も同じ神社に行ったけれど、そのときにはもう無くなっていたので安心したし、それ以来同じことが起きることもなく、今日に至る。
きちんとしたホラーだったら、この後に儀式を提案した同級生の様子がおかしくなるとか、ちゃんとやらなかった誰かが事故に遭うとかありそうなものだけど本当に何も無い、ただ奇妙なだけの話だ。
近所では、お向かいさんの家に車が突っ込むだとか人が死なないだけの物騒な事故が多発していたけどそれはこの出来事より前からそうだったし、今年はお墓の敷地内で巣ごと綺麗に死んでる蜂が居たり、墓地までのアスファルトが踏まないほうが難しいくらいミミズの死骸が落ちてたりしたけど酷暑のせいだろうし、まして関東の親戚の墓に納まってた骨が一人分多かった件に至っては地元が全く関係ない。
もやっとしたヤマもオチも無い話で申し訳ないのだけれど、せっかくなので書いておく。
最後に一応、この話はおおよそ九割九分フィクションで、実在する人物その他とは関係がないことも添えて終わりにしようと思う。
ここまでお付き合いいただき、感謝します。
特にない話 牧瀬実那 @sorazono
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます