消えてしまった私の恋。
青冬夏
瓶墜簪折──私の恋は儚いものだった。──
プロローグ
20〇〇年 春
あるウイルスが世界から消えた年。
戦争を終えたばかりの某国において確認された感染者を最後に、数週間後にWHOが終息宣言を出した。
その結果、世界中からマスク姿の人が消えた。
終息宣言が出る一年前、ウイルスが最終的なフェーズへと入り、これまでに類を見ない変異の仕方、そして拡がり方により、犠牲者の数は今までのコロナ禍以上に劇的に増加していったが、それがとうとう終わりを告げた。
そして、その年のある日。
桜が舞い散る春。
巴たちは山の中の墓地に集まっていた。
「遅いぞー」と克彦。
愛之助が巴たちの元へ走ってくる。
「ごめんごめん。家で少しドタバタしちゃって」
克彦がゼーゼーと言いながら話す。
「もうー、ほんっと慌てん坊なんだから~。行くよ」
舞子がそう言うと、巴たちはとある人の墓場まで歩き出す。
「もうこんな季節か……」
克彦が遠くで咲いている桜を見て言う。
「ああ、確かにな。最近までマスクをしていたのが嘘のように感じられるぜ」
愛之助が同じく桜を見て言うと、巴が「おーい」と二人を呼ぶ。
二人は巴と舞子の元へ駆け寄り、ある人――、それは皆にとって大切な、大切な同級生の墓場だった。
各々が墓に花を置き、巴がコップに柄杓を使って水を注ぐ。
ちょろちょろ……。
ちょろちょろ……。
コップから溢れそうになるぐらいまで水を注ぎ、巴は中央の凹み部分に水が零れないように慎重に置く。
「……よし」巴は一歩下がり、皆と同じ位置に並ぶ。
そして、皆で手を合わせる。
鳥がチュンチュンと鳴く声。
滝が流れる音。
森林が微かな風によってすれる音。
それらが、自然の音が巴の鼓膜に優しく響かせた。
「……よし、帰るか」
愛之助のその声が合図となり、皆がその場から立ち去る。
皆が歩いていると、克彦が話し出す。
「あいつ、今頃何してんのかなぁ」
「そうだな。今頃、コロナ禍で出来なかった事を沢山してんじゃねーか?」と愛之助。
「そうだね。ああ、あと、私との思い出にも浸っているのかも」と巴。
「うん。とにかく、〝あの世〟でも良い思い出をつくっていれば良いね」
舞子がそう言うと、皆が頷く。
皆が(コロナ禍が終わる直前に免許を取って数日前に買ったという)愛之助の愛車に乗り、「みんなー、準備は良いかー?」と運転席に座る愛之助が言う。
水素自動車の為なのか、エンジン音が静かだった。
山々の景色から、都会の装いをした景色に変わる。
移り変わっていく景色を、後部座席に座る巴はあの頃について思い返していた。
「……雅くん」
2019年4月7日
一
桜が舞い散る校門。
そこに、桜丘高等学校という名前が記されており、その前でこれから充実した高校生活を送ろうとしていた女子高生が写真を撮っていた。
「はい、チーズ」
巴の母――邑井麻由美が巴の真新しい制服姿を写真に収める。
「いよいよ高校生だな」
巴の父――邑井一郎が、巴が三年間通う校舎を見上げながら期待して言う。
「三年間、頑張れよ」
一郎が巴の肩を叩いて言うと、「うん、頑張る」と彼女が言う。
桜丘高等学校。巴が通う学校で、西東京市で上位を争う程の名門私立学校。理事長は最近脱税容疑で逮捕され、そのせいか一時期桜丘高等学校の悪い噂が飛び交った。両親や中学の先生が一時期反対したこともあったが、巴はそれでも桜丘高等学校を目指し、こうして入学式という晴れやかな日を送ることが出来ているという。
「おぉ~、さすが名門校。校舎が綺麗かつ、設備が整っておる」
一郎がお爺ちゃんのような台詞を口にしているのを巴は横目で見る。そして、彼らはこれから入学式が行われる体育館へ歩いて行った。
「入学式、頑張って!」
麻由美が声を張りきって言うと、巴は大きく頷く。
巴は体育館に入り、受付に向かう。
「邑井巴です」
緊張して声が強ばっているのを感じながら、自分の名前を言う。
「邑井巴さん。事前にクラスがお手元の資料に記されていると思われますので、そちらを見ながら自分のお名前が記された椅子に着席するようお願いします」
受付の方が慇懃に言い、頭を下げる。
巴も同じく頭を下げ、『一年四組』と書かれたプラカードを探す。
──みんな、もう友達が出来てる。内気な私でも、出来るかなぁ。
巴は会場内で既に出来ている話の輪を不安に思いながら、ビニールで出来た緑色の絨毯を踏み、前に進む。
──ここか。
『一年四組』と書かれたプラカードを一瞥した後、彼女は自分の名前が記された椅子に腰を下ろす。
──緊張する……。
周囲を忙しなく見ていると、「こんにちは」と横から声を掛けられる。
「あ、はい!」
思わず声を上ずって出してしまう。緊張して。
「一年四組はここで合ってますか?」
ショートカットで、鼻筋がよく通り、少し背丈が巴より高い女性が言う。
「ああ、はい」
「良かった。あなたも1年4組?」
女性が座りながら言うと、私も同じような動作をして女性の方に顔を向ける。
「そうです」
「そうなんだ! 私、岩元舞子って言うの。岩に元で、舞うに子どもの子。よろしくね」
「こちらこそ。私、邑井巴って言います。おおざとと書いて、井戸の井。巴戦の巴。よろしくです」
「巴さん。漢字ってどう書くの?」
舞子がそう疑問に付すと、巴は空中に筆を下ろして自分の名前を書いた。
「へぇ~、そう書くんだ」
「人からはよく珍しいねって言われます」
巴は少し恥ずかしがって言うと、舞子は「確かにね」と言う。
「巴さんは部活動入るの?」
「うーん、入る予定ではあるけど、まだ決めてないかな」
眉間に皺を寄せながら彼女がそう答えると、舞子は「そうなんだ。私だったらもう決めているかな」と空を見上げて言う。
「どういう部活に入るんですか?」
「女子ソフトボール部。私、小さい時からソフトボールをずーっとやってて。それだから、この高校にソフトボール部があると分かって、すぐに入りたいと思ってこの高校に入ったの。この高校のソフトボール部、かなり大会歴があるみたいだし」
「そうなんですね」
「タメで良いよ。お互い同級生なんだし」
「ああ、じゃあタメで」
「あとさ、なんと呼べば良いの?」
「うーん。よく中学の同級生からは、〝巴ちゃん〟って呼ばれてたかなぁ」
「そうなんだ! じゃあ、巴ちゃんってこれから呼ばせて貰うね!」
「うん! 舞子さんはなんて呼べば?」
「私は〝舞子〟ってただ呼び捨てして貰えれば良いよ。小学校、中学校でそう呼ばれ続けていたし」
「じゃあ、遠慮無く呼び捨てでいきます」
「じゃあ、よろしくね! 巴ちゃん!」
「うん! よろしくね! 舞子!」
彼女らはお互い笑顔で見つめ合って、その後も何気ない会話を過ごした。
二
一時間で入学式は終わり、巴は入学祝いで買って貰った携帯を使って両親に連絡をする。
「あ、もしもし? 入学式終わったよー。これからホームルームに行ってきます」
『うん。じゃあ、終わったら言ってね』
電話の中で麻由美がそう言い、「それじゃ」と巴は電話を切る。
真新しい鞄を持ち、出入り口に向かう。
ローファーに履き替え、外に出た時、巴の心がドクンと波打った。
──え? なにこの、感情。
彼女が目にした景色――ある男の背中が彼女の瞳の中で眩しく輝いていた。
「かっこいい……」
(まるで少女漫画に出てきそうな顔つき……。鼻が高くて、目がキリっと。そして、長髪……)
巴が独り言のように呟く。
キーン。
コーン。
カーン。
コーン。
「あいっけね‼」
巴は急いで駆け出し、履き慣れていないローファーに痛みを感じながらある男を追い抜いていき、自分のクラスの教室へ急いだ。
「……?」
その男――星野雅は鞄を肩に掛けながら、追い抜かれた巴の背中を見て不思議に思った。
(……何だったんだろ。まあ、気にすることはないか。――にしても、可愛かったなぁ……)
雅は友達に呼ばれ、止めていた足を友達に向けて動かした。
巴はギリギリ何とか間に合い、自分の教室に入って席に座る。
(間に合った……)
息を整えて机に伏せていると、扉の開く音が教室に響く。
巴は教室に入ってきた坊主頭のスーツの男性を見る。
「体育系の先生か……」
気分を落ち込ませていると、坊主頭の男――担任だと言うーーが黒板に自分の名前を書いて教卓に手を置く。
「わぁたくしの名前は近藤宏と言いますぅ。俺はこの君たちのクラス担任だぁ。よろしくお願いしまぁあす‼」
(意外と癖がある先生だった‼)
歌舞伎の真似事をしている宏を巴は内心ツッコんでいると、コホンと宏は空咳をする。
「ええ、おふざけはここまでにしといて。これから一年間、一年四組の担任を務めることになった近藤宏だ。みんなと一緒に最高のクラスにしていこうなっ!」
元気を込めて宏が厚い胸板をバンッと叩く。そのせいか、教室には低い音が空気を伝って響いた。
「よし、まずは……、初めての学級通信を配っていく。配られたら後ろに回すようにー」
宏がプリントを配りながら言う。
巴は配られたプリントを前から受け取り、一枚取って後ろに流す。一番上に『学級通信』とでかくプリントアウトされているプリントを一瞥しながら、内容を見る。ごくごく普通の内容で、入学をお祝いしているような感じだった。
「よし。次は一年間、いや三年間共に過ごしていく仲間と話そう。それじゃあ、まずは近くの人達と固まってお互い自己紹介をしてくれ」
そう言い、宏は皆に向かって会話を促す。
各々が近くの人と話をしている中、巴もまた隣のひ弱な男と話していた。
「名前は? なんて言うの?」と巴。
「……えーっと。吉田真樹と言います。吉田に、真面目の真、樹木の樹」
「正樹くんね。私、邑井巴。漢字はこう書くの」
そう言い、彼女は空中に筆を走らせた。
「……ふむふむ。というと、巴さんの漢字ってこんな漢字?」
正樹はさっき走り書きをしたメモ帳を巴に見せる。そこに、ちゃんと『邑井巴』と書かれていた。
「そうそう! 〝巴ちゃん〟って呼んでも良いよ」
「じゃあ……、巴ちゃんで。僕は普通に正樹って呼び捨てで良いです」
「うん。でも、何だか正樹を見ていると、あだ名をつけたいなぁ」
「あだ名?」と正樹が首を傾げる。
「そう。君のような、目がクリッとしている男を見るとあだ名をつけたいんだよねぇ~」
「えぇ~、そうかな」
「そうだよ~」
恥ずかしそうに正樹が視線を泳がせながら言うと、巴がその反応を見ながらはにかむ。
「例えばさ、僕だったらどんなあだ名が付けられるの?」
そう言われ、巴は正樹をじっと見つめる。
(目のクリクリ。童顔。マッシュルームのような髪型。小さな手。長い脚)
脳裏に浮かぶ数々のあだ名の候補を選び、巴はそれを口に出す。
「マッシュルーム!」
「失礼な!」
二人でゲラゲラと笑い合っていると、担任の宏が皆に向かって「そろそろ良いかー?」と言う。
「時間だね」
「うん。後でLINEでも交換しない?」
「そうしよ。じゃっ、また後で」
そう言い、巴は自分の座席に戻った。すると、担任が教壇でパンパンと手を叩いて視線を自分に集める。
「楽しい会話を遮って悪いが、時間が押してきているので、今度はこの学校について軽く説明をする」
担任が低い声で教室に響かせると、クラスの雰囲気がさっきの明るい雰囲気からうって変わって、一気に重くなる。
「そうだな……。最初は校則の話をしよう。うちの学校、桜丘高等学校はここの地域では有名な私立の名門校だ。そのため、校則が他の学校と比べて厳しいところがある」
「それってどんな校則なんですかー?」
丁度真ん中に位置するクラスメートが挙手をして言う。
「それはだな……」宏が言葉を一旦切ると、皆が固唾を呑んで見守る。
「〝普通に生きる〟ことだ!」
宏が力強く言うと、あまりにも抽象的な内容に皆がシーンと静まりかえる。
(……〝普通に生きる〟ことってなに? どういうこと?)
誰でも思っていそうなことを巴は心の内で言っていると、宏がせき払いをする。
「だろうな。お前達なら、そう反応すると思ったよ。実はな、この学校が出来た頃は戦時中だったんだ。その時はみんなの知っている通り、〝普通に〟生きられない時代。どこからか焼夷弾が降ってくるかも知れなかったし、いつ空襲警報が鳴っても助かるようにあちこちに防空壕があったんだ。勿論、その跡形がこの学校にもある。そして、戦争が終わって戦後になってすぐに〝普通に〟生きられるかと思いきや、すぐにアメリカとソ連の大国どうしで睨み合いが始まって、キューバ危機という人類の終焉が差し迫った出来事が起きたり、国内だとオウム真理教による地下鉄サリン事件が起きたりと、あまりにも現実とはかけ離れた出来事が続いたものだから、当時の校長は〝普通に〟生きることを願って欲しい、そう言う思いがあってこの校則が出来たんだ。だから、君たちには〝普通に生きる〟ことを常に意識してこの学校での高校生活を楽しく営んで欲しい」
そう言い、宏が口を閉ざす。
(……何だか、普通に良い校則)
巴が少し感慨深く思っていると、宏が「以上で担任の話は終わる」と言って「起立!」と声を上げる。
その合図と共に皆が一斉に立ち上がり、ピシッと姿勢を整える。
「これから一年……」と担任である宏がそう言ったのち、息を吸う。
「よろしくお願いしますっ‼」
宏がクラスに響かせると、皆も「よろしくお願いします」と担任と同じような声量でクラスに放たせる。
晴れやかな気分が、巴のこれからの人生を明るくさせた。
そして、教室に差し込む日光が巴の横顔を照らした。
校門前。巴は携帯をいじりながら両親を待つ。
(良いなぁ~。みんなは入学式当日から一緒に友達と帰れて)
道端で遊びながら帰る、同じ学校の人達を羨ましいと思いながら巴は見る。
「お待たせ」
そう声がした先にいたのは、巴が一目惚れをした男だった。
(かっこいい……)
目を輝かせながら、友達と話しながら帰る男を見ていると、「よっ」と後ろから声が掛かる。
そこに居たのは、巴の両親だった。
「なに見てるの? あ、まさか、一目惚れ?」
少し頬を赤らめている巴を見て、一郎がおどけて見せる。
「ち、違うって」
「あ~、その反応は~」
「違うってば‼」
恥ずかしがりながら反論をする巴に、一郎はクックックと笑みをこぼす。
「まあ、良いじゃない。巴に初恋の人が出来たんだから」
「お母さんまで!」
巴が耳を赤く染めていると、一郎が「ところで、友達は出来たか?」と言う。
「ああ、うん。出来た」
頬をまだ赤らめた状態で巴は言う。
「どんな人だ?」
「うーん。今のところ二人友達が出来たんだけど、一人は女子で、もう一人は男子かな」
〝男子〟という言葉に一郎の眉がピクリと動く。
「男子? その人はどういう人なんだ?」
一郎が低い声で言う。
「んー。全体的に大人しいって感じの子? 眼鏡っ子で真面目そうな人だった」
「そうなんだ」と一郎が興味なさげに答える。
(警戒してんだろうな……)
巴は一郎に対して内心愚痴をこぼしつつ、話を続けた。
「あと一人の女子なんだけど、その子は入学式の会場で会ったんだよね。あっちから話しかけてくれて、話を進むにつれて段々と意気投合しちゃって。それで、既にLINEもゲットしちゃってる。ついでに言うと、さっき言った男の子もね」
そう言うと、またもや「は? LINE?」と一郎が驚いて言う。
「そうだけど、それが?」
巴が首を傾げる。
「いや、何でも無い」
そう言い、一人で一郎は歩き始めた。
すると、麻由美が巴に近づいて静かに話す。
「お父さん、ああ見えて心配性だから気にしないで」
そう言って、麻由美は一郎の側に駆け寄る。
(やれやれ……。世間のお父さんっていつも……)
呆れながらも、巴は二人を追った。
2019年7月10日
一
コップのカツンという乾いた音が店内に響く。
巴の目の前に座る男――星野雅は物静かで、大人しそうに見える。だが、何か物音だったり外で何か聞こえたりすると忙しなく目線を動かす。
なぜ巴と雅が二人きりになったかと言うと、巴が一人で帰路についた頃にまで遡る。
その日、巴が一人で帰り道を歩いていると、舞子が後ろから声を掛けた。
「どうしたの?」と巴。
「一緒に帰らない?」
舞子がそう話すと、巴は彼女の隣にいた男に目線を移す。
その男とは、入学式の時巴が一目惚れをした人だった。
心臓がドクンと脈打ってから、巴は「ああ、うん」と頷く。
「良かった。実はね、この人がどうしても私の友達を紹介して欲しいって言うから」
そう言い、彼女は男の背中をわざとらしくポン、と叩く。
「初めまして」と巴は隣の背の高い男に、緊張しながら言う。
「……初めまして」
「私、邑井巴です」
「……僕、星野雅。よろしく」
と雅は辺りをキョロキョロと目線を忙しなくしながら、巴に自己紹介をする。
「それじゃ、駅前のカフェに行くとするか」
そう言い、舞子は一人先導を切って歩いていった。
学校から歩いて十数分経ったところで、駅前のカフェに到着した。
どこにでもありそうな、いわゆるチェーン店のような装いをしたカフェだったが、巴たち三人が中に入ると、まるで日本じゃないような異世界を漂わせる内装が施されていた。
カフェスタッフによって窓際のテーブル席に案内され、巴と舞子は互いに向き合って窓側、雅は巴の隣に座って通路側に座った。
巴と雅は互いに緊張して何も話しかけていなかったが、舞子が先に話し始めることによって互いのことを知り始める第一歩となった。
「そう言えばさ、二人はどういう風に友達になったの?」
巴がストローでカフェラテを吸いながら言う。
「うーん。先に私から雅に声を掛けて、それで友達になったって感じ? 入学式の日、教室でただポツンと座っていたから、私が話しかけたんだよね」
「ということはさ、同じクラスってこと?」
巴が少し驚いた口調で言うと、舞子が「そうそう」と頷く。
「雅くんってさ、趣味とかある?」と巴。
「……趣味、かぁ。うーん、強いて言えば読書かなぁ」
「読書? どんなジャンルを読んだりするの?」
「主はファンタジーものかなぁ。後は時々ミステリものだったり、恋愛ものだったりを読むかなぁ」
「そうなんだ~。私、あんまり本は読まないかなぁ」
「そうなんだ」
「あ、じゃあ、私ちょっとお手洗いに行ってくるよ」
そう言い、舞子は席を立ってカフェの奥へと消える。
舞子がお手洗いに行ってから、数分。
巴と雅は静かに、話しかけることなく時間が過ぎていく。
沈黙。
巴は時々窓の向こうの景色を見るが、雅は落ち着きなく視線を彷徨わせる。
先に口を開いたのは、巴だった。
「ねぇね」
「ん」
「……こんなこと、聞いてあれだと思うんだけど」
「……」
「雅くんって、好きな人、いる?」
巴が緊張しながら、耳を赤くしながら言う。
「……」
「……いたら、いたらで別に話さなくても良い……」
「いる」
雅が巴の言葉を遮って、小さく蚊の鳴くような声で呟く。
「……え?」
「いる」
巴は雅のことをじっと見つめると、雅は巴に顔を向ける。
「……君のことが、好き」
そう言った彼の顔は、どこか恥ずかしげだった。
「……ありがと」
巴が少し目線を下げて言い、言葉を続けた。
「……付き合う?」
そして、彼は「うん」と小さく頷く。
「少し、抱きついても良いかな」と巴。
「うん」
雅がそう言うと、巴は彼の背中に手を回し、顔を彼の胸に沈める。
彼はどこか恥ずかしげに、だけど、どこか嬉しげに、巴の頭をそっと撫でた。
「ありがと」
巴が顔を沈めたまま言うと、雅は「うん。こちらこそ」と彼女の耳元で囁く。
そんな光景が、窓から差す夕日が優しく照らした。
また。
「全く……、私のいないところで……」
と、舞子はお手洗いのところから、その光景を口の端を上げながら優しく見守っていた。
2019年7月14日
「お待たせ~」
巴がショッピングモールの入り口で待つ雅の元へ歩み寄る。
「ああ、うん」
雅が携帯をチェック柄のウェストポーチにしまいながら言う。
「待った?」
「ううん、全然」
彼が笑顔で応えると、巴が「じゃ、行こ」と彼の腕を軽く握る。
二人が訪れている場所は駅からバスで数分のところにある、ショッピングモールだった。地域で一番の商業施設の面積を誇るこの施設は、休日になると多くの家族連れで賑わう。また、施設内に水族館が併設されていることから、特に子どもたちに人気だという。
「ねね、どこ行く?」
巴がエスカレーターの横に設置されているフロアマップを見て言う。
ショッピングモールは全部で四階。一階には主にフードコートが敷かれており、二階三階はファッションに関するお店が敷かれていた。そして、四階にはアミューズメントに関する店舗が敷かれており、中には映画館やゲームセンターなどがあった。
「服とか見る?」と雅。
「服ねぇ~。どっしよかなぁ~」
人差し指に顎を添えて巴は唸ると、「決めた!」と言って二階のあるお店を指す。
「ここ行こ!」
巴が指した場所、そこは『ヴィレッジ・ヴァンガーデン』という輸入洋服店だった。店のロゴがどことなく外国を匂わせるような、そんな感じのロゴだった。
彼女は雅の腕を引っ張り、エスカレーターを使って二階へと上がった。
二階もまた家族連れが多かった。ただ、一階とは違い、男女で歩く組の方が家族連れより少しばかり多いと、二人は感じていた。
肩がぶつからないように慎重に歩き、エスカレーターから少し離れたところに二人が目指していた店があった。
「何だか、外国に来た気分だね」
巴がそう言うと、雅が「そうだね」と頷く。
周辺のお店は白を基調とした外装が特徴だが、二人が訪れたお店は青を基調とした外装が特徴的であり、外国に飛び込んだ、そのような気持ちにさせた。
そんなお店に入ると、絶賛セール中なのか、商品が置いてある棚や天井には『セール中!』と大きくプリントされたものが貼られていたり、吊されていたりしていた。
「ちょっと、これ物が多いような……」
中は広々としていそうなのに、商品が多くて狭く感じる店内を二人は歩く。
輸入専門をお店だろうか、お洒落なデザインがされた洋服が沢山置いてあるが、その分値段が高くなっていた。
「高いねぇ」と巴。
「うん。輸入品だから仕方ないよ。――どうかした?」
雅は上目遣いをする巴に首を傾げる。
「……」
「……いや、どうかした?」
「……え?」
「え?」
「え?」
互いに言い合っていると、巴が痺れを切らしたのか、頬を膨らませる。
「いやさ、こういうときは男が率先して『じゃあ僕がお金を出すよ~』とかじゃないの~?」
雅のモノマネをしながら巴が言う。
「ああ、そのこと。……ううーん、今月ちょっとお金がたりな……うわっ」
雅が持っていた二つ折りの財布を巴が奪い、その中身を彼女が見る。
「……ケチ」
「え?」
彼女が小声でボソッと呟く。
「あるじゃん。沢山」
「あるけどさ、節約? しなくちゃいけないなぁって」
「あんたは主婦か!」
「痛っ」
巴が雅の背中を叩く。
「わーかったよ。お金出すからさ」
雅が納得したような口調で言うと、巴が「やったー!」と喜ぶ。
「……お嬢ちゃんかよ」
「何か言った?」
彼女がニコッと笑うと、雅は首を振って「ううん。何でも無い」と額に汗を掻きながら言う。
(……危ない。ここでまた余計なことを言ったら隣にいる〝暴力女〟に何されるかたまってもんじゃない……)
「何か言った?」
巴が顔を覗くように言う。
「ああああああああ、いいいいいいいいいいい、いやややややややややや、なんでもないよ」
「あ、そう? 何だか額の汗が凄かったからさ」
「ギクッ」
小声で雅が呟くと、巴が店の奥へと歩く。
雅も彼女の背中を追って歩くと、そこには日本ではあり得なさそうな奇抜なデザインの服が置かれていた。ポップな店内音楽のように、色とりどりの奇抜なデザインの服を見ると踊りたくなる、そんな感じだった。
暫し商品棚から服を取り出してはしまい、取り出してはしまいを繰り返して服を見ていると、真剣に選んでいた巴が「あ、これ良いかも」とある服を手に取る。
「その服……、何だか変わってるね」
巴が手に取った服、それは白いTシャツに目玉焼きだけがプリントされた、癖のある服だった。
「こういうの、好きなの?」と雅。
「ううん。特に好きではないけど、何だか私の感性に響くなぁって」
「なるほどね。ーーところで、値段は……」
雅が、巴が持っている服についている値札を見て、「えー⁉」と声をあげる。
「ちょちょ……、声がでかい」
「ごめんごめん」
巴に注意され、雅が軽くペコペコと頭を下げる。
「いくらしたの?」
「……一万」
「いぃちぃまぁん⁉」
今度は巴が声をあげると、雅が口の前でシーと音を立てる。
「ごめんごめん。――どっしようかなぁ」
「買ってあげるよ」
「え、良いの?」
「欲しいんでしょ?」
「え、あ、まあ」
生返事を巴が目線を彷徨わせながら言うと、雅が彼女の持っていた服を手に取り、中央のレジに向かう。
レジ回りもなかなか商品が多く、目の休めるところがあまりなかった。
「お会計はーーです」
女性スタッフが慇懃に言うと、雅が二つ折りの財布から福沢諭吉が描かれたお札を一枚取り出し、青いトレイに入れる。そして、小さなポケットから小銭をいくつか取り出してそれも青いトレイに入れる。
それらを女性スタッフが回収し、レジの引き出しを開けてそこからお釣りを手に取る。そして、同時にプリントされてきたレシートを切り取ってから、それらを雅の手元に置く。
会計を済ました二人は荷物を持って、廊下を少し歩いた先にある木造のベンチに座る。ベンチの隣には観葉植物が置かれており、「自然を感じられる~」と巴がよく分からない言葉を発し、雅が苦笑いしていた。
「どこ行く~?」
巴がフロアマップを見ながら言う。
「水族館?」と雅。
「水族館かぁ~。じゃっ、そこに行こ」
二人はショッピングモールの奥へと歩き、そこからエスカレーターで四階へと上がった。
夕方になるかならないぐらいの時、二人は駅前にいた。
「また明日~」
巴が駅とは逆方向に歩きだそうとすると、「あのさ」と雅が話し出す。
「ん?」
「……やっぱ何でも無い」
雅が少し恥ずかしげに言うと、巴は「なら良いけど」と少しだけ首を傾げた。
「じゃあ、また明日」
「うん。また明日」
二人が駅で別れ、互いに手を振る。
その二人の姿を、夕日が優しく差していた。
2019年8月13日
「やっぱ図書室って涼し~」
うちの学校にある図書室の横に併設されている学習室で、巴と雅が向かい合って座っていた。
なぜ図書室にいるかと言えば、図書委員でもある雅が仕事だったからという。図書委員は夏休み中、一回は仕事が回る為、昨夜、彼がそのことについて何気ない会話の中に混ぜた。すると、巴が『暇だから行くよ!』と前向きな返事をし、今日雅が図書室で仕事を熟していると、彼女が来た次第だった。
「ほら、勉強しなよ」
雅が木製のテーブルに転がったシャーペンを巴の近くに置く。
「えぇ~……、課題面倒臭いし」
「やらないと、夏休みが終わっちゃうよ」
「大丈夫だよ~。そう簡単に夏休みは終わらないし」
「……そんなことを言っていると終わるぞ」
呑気に欠伸をする巴を横目に、雅は「ちょっと仕事してくる」と言い残し、学習室の透明な扉を開けて、図書室の方へ向かって行った。
図書室は名門校という看板を背負っているからか、なかなかの蔵書の数だった。そもそも図書室はあんまり広くなく、どちらかというと狭く感じるのだが、奥まで続く本棚のせいで圧迫感を受け実際より狭く感じていた。
「あ、ちょっとこっち来て」
男性の司書に手招きされ、手前にある机より更に奥のカウンターに向かう。
「これ、元の場所に戻して欲しいんだけど」
司書――本谷という、少し顔がふっくらとした男性がカウンターに本を置きながら言う。
「分かりました」
そう言い、雅がその本を受け取ると、「持とうか?」といきなり隣から声が掛けられる。
その隣を見ると、そこには学習室にいた巴だった。口の端を上げて笑っていた。
「え? 大丈夫だけど」
「そう? 何か手伝おうかなぁって」
本の片付けをする雅についてきながら巴が言う。
やがて全ての本を元の位置に戻すと、巴が「なにこれ」とある棚から本を取り出す。
「……? それ、『星の王子さま』じゃん」
巴が手に取った本――サン=テグジュペリの『星の王子さま』を見て雅は言う。
「星の王子さま?」と巴が首を傾げる。
「え? 知らないの?」
「タイトルぐらいは知ってるんだけど、内容はまだ……」
「そうなんだ……」
「どんな内容なの?」
「うーん……。ファンタジーもので、児童文学の小説って感じだから、内容としてはや優しい感じ」
「そうなんだ」
そう言い、巴は元の位置に本を戻した。
スッ、という音が静寂な図書室に響かせた。
「うわー、もう分かんない」
巴が机に突っ伏す。
あの後、司書の本谷から『何も仕事がないから自由にしてて良いよ』と言われ、二人で学習室に戻っていた。
そして、雅は巴に夏休みの課題を教えていたのだが……。巴は、入学当初は頭がよかったものの、一学期後半になれば急に学力がダウンし、期末試験では赤点ギリギリの点数を取るまでに落ちこぼれていた。
(……まあ、原因は僕と巴の恋だと思うんだけどね)
入学当初からずっと頭が良いことを維持してきた雅がそう思いながら、腕を枕にする巴を見る。
「分かんない状態だと、いつまでも分からない状態になるよ」
雅が(巴にとって)少しきつく言うと、巴がぷくーっと頬を膨らませる。
「良いなぁ、雅くんは。頭が良いから課題なんてすぐに終わらせられる」
巴が羨ましげに雅を見つめる。
「そんなことはないよ。僕だって、苦戦した課題があるんだから」
「どんなの?」
「うーんっと……、確か、数学……だったけな」
「今やってるもの?」
巴が机に広げてあるテキストを目線で指す。乱雑な字によって書かれた数式が並んであった。
「そうそう」
「そんなー。出来そうな頭してんのにー」
悔しく聞こえる声を巴が出すと、雅がふふと笑う。
「最初僕も問題を見て分からなかったよ。こことか、ほら」
そう言いながら、彼は三角関数の問題を指す。sinやらcosやらと書かれていた。
「三角関数かぁ……。ここ、みんな解けなさそうだもんなぁ」
「最初はね。ただ、慣れてくると大体は分かってくるよ」
「そう?」
「うん」
「……ええい‼」
巴が課題を宙に飛ばす。勢いのあまり、雅に課題が直撃する。
「何すんのさ……」
雅が困惑しながら言う。
「なんか、雅のそんな話を聞いてたらムシャクシャしちゃって」
「……君なんか変わってるな」
「何か言った?」
口の端を上げる巴に、雅は「いいえ」と首を横に振る。
「ま、とりあえずこの課題を終わらせないと」
そう言って、彼女は彼に教わりながらシャーペンを進めた。
「……あ、そうだ」
帰り際、図書室を出ようとした時に雅が思い出したように言う。
「どうかしたの?」
「数日経った後にさ、この地域で花火大会が行われるみたいなんだけど、行く?」
「行くよ」
「じゃあ、帰ったら連絡をするよ」
「おっけ~」
二人は図書室の中を差し込む夕日を背中に、図書室を出た。
2019年8月17日
一
「わっせわっせわっせ……」
巴は浴衣姿で人混みの中、走る。
八月十七日。この日は地域で行われる花火大会であり、巴にとって、雅にとって三回目のデートをする日。
この一年で大きく開かれるイベント、ということあって、人出が多く巴が歩いている橋の上も人がごった返していた。
「わっせわっせわっせ……」
巴は耳の横にできた触角を揺らしながら、下駄を鳴らして走る。
カツンカツン。
その音がアスファルトに響かせると、目的の人――雅がいた。
彼もまた、淡い青で彩られた市松模様の着物を着ていた。
巴は彼に近づくと、雅は「来たね」と一言言う。
「うん。待った?」
「ううん。全然。――着物、可愛いね」
雅は巴の、淡い赤で彩られた、扇柄の着物を見て言う。
「そっちこそ、決まってるじゃん」と巴は茶化して言うと、雅はふふと口の端を上げて笑う。
「行こっか」
そう言うと、雅は巴の襟を掴む。
「どうしたの?」
彼女が少し首を傾げると、雅が少し恥ずかしがってこう口にした。
「……あのさ、人混みが混雑しているからさ、逸(はぐ)れないように手繋ごう?」
「……ああ、うん」そう言い、巴は雅の手を握る。「良いよ」
「ありがと」
雅は一旦深呼吸をした後、二人で人混みの中アスファルトを歩いた。
出店が並ぶ橋を歩いていると、巴が話し出す。
「ねぇね」
「ん?」
「なんかさ、買わないの?」
「あー、うん。買おっかな。何にする?」
雅が道の横にズラッと並ぶ出店を一瞥した後、巴を見る。
「うーん。定番のあれにしようかな」
「定番?」
「うん。あれ」
そう言い、巴は綿菓子を売っている出店を指す。
「なるほどねぇ。花火大会と言えば、やっぱそうだよね」
そう言いつつ、二人は綿菓子の出店に向かう。
数分掛けて並ぶと、「いらっしゃい!」という威勢の良い店主の声が聞こえた。
「綿飴二つで」
雅が指で二を作って言うと、腕まくりをしたおっさんが「はいよぉ!」と元気の良さそうな声を出す。
「……綿飴、好きなんだよね」
巴が木の棒に綿が纏わり付いてくるその工程を見ながら、目を輝かす。
「ん? そうなの?」と雅。
「うん」
「どんなところが?」
「うーん。フワフワしているところ、かな」
巴が首を傾げながら答えると、「ふーん」と雅が相槌を打つ。
「雅くんは?」と巴が上目遣いに雅を見る。
「うーん。僕は好きか嫌いかって言ったら、好きな方かなぁ。甘いもの好きだし、綿飴独特の食感が好き。あと、作る工程とかもね」
「作る工程?」
「うん。棒に綿がくっつくのを見るとさ、何だか運命的だなぁって」
「……ロマンチストだね」
二人で他愛のない会話をしていると、「お待たせ!」と店主が二人に綿飴を渡してくる。
綿飴二人分に見合った金額を店主に支払い、その出店から離れていく。
人混みの中、暫く歩きながら綿飴を食べる。
「……美味しいね」
巴がパクッと女子らしいような素振りを見せる。
「うん。美味しいね」
「あのさ」
「ん」
「そっちの綿飴って、どんな味?」
「……え?」
どちらも同じ味を頼んだことを巴が忘れているのか、雅は少し困惑する。
「おんなじだと思うんだけど……」
「ううん。それでも、そっちのも食べたい」
「……しょうがないなぁ」
雅は自分の綿飴を少しちぎり、それを巴の口に運ぶ。
「……美味し」と巴は頬を緩ませる。
「私のも食べる?」
「……遠慮無く」
そう言い、雅は巴の綿菓子から少しだけちぎってそれを口の中に入れる。
「確かに、美味しいね。巴の味がする」
「なにそれ」
「そのまんまだよ」
二人でふふと微笑み合っていると、空高く花火が打ち上がる。
花柄だった。
「綺麗だね」
巴が空を見上げて言うと、雅は「どこか、その辺で座ろっか」と言う。
巴はそれに同意し、橋を渡り切った先にある近くのベンチに座る。
「……おっと」
巴が小さく躓くと、雅が彼女を支える。
「危ない」
「……ありがと」
「どういたしまして」
彼が巴から少し身体を離し、二人で横に並んで座る。
暫し、無言が続く。
もぐもぐ。
もぐ。
もぐ。
もぐもぐ。
もぐもぐもぐ。
ドカーン。
シュー、ドカーン。
二人の間に響く、花火の破裂音。
そして、綿飴の咀嚼音。
「綺麗だね」
巴が独り言のように呟くと、雅が頷く。
「……そうだ」
そう言い、彼は巴の手を握って顔をじっと見る。
「どうかしたの?」
そう言うが、彼は何も答えず、ただ巴のことを見ていた。
その目というのは、何かを心の内で決めたような、そんな真っ直ぐな視線だった。
その視線に、巴はただ何も言わずじっと見る。
ドカーン。
花火の破裂音が二人の鼓膜に届く時――。
雅は顔を近づけ、巴の唇に自分の唇を合わす。
少しの間、雅はその体勢を維持する。
花火の光が二人の横顔を照らしている中、雅は顔を離す。
「……え?」
巴が少し驚いた声で言う。
「……気持ち悪い、かな? 急に唇を合わせたりして」
巴が何も言わずにただ雅のことを見ていると、「……だよね、気持ち悪いよね」と彼は少し目線を外す。
「ううん。別に気持ち悪くないよ。……逆に、そういうの良いと思う」
巴が雅の手をギュッと握る。
「だからさ、もう一度しよ?」
そう言い、巴は雅の顔に近づけて口づけをする。
雅も、巴の勢いに合わせて口づけをする。
花火の破裂音。
ドカーン。
彩る花火の光、それが二人の横顔を優しく照らした。
――しかし、ある〝機械仕掛けの太陽〟が二人の恋を壊すことなど……、この時はまだ知る由も無かった。
2020年4月16日
『これからホームルームを始める』
新しい担任――名前は角田連というらしいーーが画面に話しかける。
来たる新年度。
本来は新しいクラス、新しい担任、新しいクラスメートと一緒に〝対面〟で出会うはずだが、巴はタブレット端末の画面とにらみ合っていた。
原因は新型コロナウイルス。
つまり、〝機械仕掛けの太陽〟だ。
事を遡ること、二〇二〇年一月六日。中国の武漢において原因不明の肺炎が確認され、厚労省が注意喚起したことから始まる。巴はまだこの頃学校に〝普通〟に登校していたが、WHOが同月十四日新型コロナウイルスを確認し、その翌日には初めて国内で武漢に渡航した中国籍の男性が新型コロナウイルスに感染していたという事などにより、巴も含め、日本国内の人々でマスクを着用する姿が多く見受けられるようになった。
そして、同月三十日にはWHOが「国際的な緊急事態」を宣言し、そこから新型コロナウイルスという、〝機械仕掛けの太陽〟に怯える人達が劇的に増えていった。
二月に入れば、乗客の感染が確認されたクルーズ船『ダイヤモンド・プリンセス号』が横浜港に入港し、最終的に七一二人の感染と一三人の死亡が確認された出来事。そして、巴たち高校生も含め世間の人々を騒がせたのが、当時の総理であった安倍総理が全国すべての小中高校に臨時休校要請の考えを公表したことだった。このことにより、家庭に子どもを持つすべての親は三月について考えなければならないということに陥ってしまった。
無論、それは巴もそうだった。
幸いにも巴は高校生であり、昼食のことについては自分でやれたので、巴の親――麻由美と一郎はそこまで休むことにはならなかったが、一郎は会社で一律のテレワーク出勤となり、家に居ることが多くなった。
そして、三月には二つのニュースが世間をより震撼させた。
一つは、東京五輪・パラリンピックの一年延期。
もう一つは、新型コロナウイルスによる肺炎により、志村けんさんが亡くなったことだった。
志村けんという誰もが知るコメディアンが亡くなった影響により、新型コロナウイルスの恐怖が世間に再認識された出来事でもあった。無論、巴たちにも影響があり、マスクの着用の徹底、そして手洗いうがいや消毒の徹底がされた。
そして、伝家の宝刀でもあった緊急事態宣言が四月七日に発令されたことから、巴の人生上見たことがない、感じたことがないぐらいの閑静な風景が日本中に拡がった。
『まずは出席確認だな』
そう言い、角田が画面を操作しているのを巴がボーッと見ていると、画面上部にある通知が表示される。
「……また感染者」
巴が溜息交じりに言うと、誰かが『ん?』と発言をする。
『どうかしたのか?』と担任。画面が切り替わった。
『ああ、何でも無いです』
『なら良いが……。みんな、手洗いとうがい、そして消毒も忘れずにな』
巴にとって何回聞いたであろう、コロナ禍という災いが始まってから聞く言葉を担任が発す。
「……あの」
『どうした? 巴』
巴が口から微かに声が漏れ、それが担任に伝わり首を傾げ始める。
「オンライン授業って……、いつまで続くんですか?」
なぜかその質問を巴は口にしていた。誰もがそう思っていることだが、誰も言わない。そう、このコロナ禍は終わりが見えなかったから。だけど、巴だけは違った。
彼女はこの日に至るまで皆と同じように絶望をした。いつになったら皆に会えるのだろう、と。このまま会えないんじゃないか、と。それはコロナによって全国一斉休校によって気持ちが沈み、巴の気持ちには絶望という虫が蝕んだ。このまま亡くなれば、人生が楽になれば良いんじゃないか、そう思った日々が巴の人生に切り刻んだ。
しかし、彼女の幼少期によく見て、よく慕っていたあるコメディアンが亡くなった情報や、危険ながらマスコミが密着取材をした医療従事者の姿が彼女の心に火を灯し、少しでも前を向いて歩こう、そう思って今も巴は前を向いていた……はずだった。
(多分……、このコロナ禍もすぐに終わるでしょ……)
巴も思っていた、世間が思っていたこととは裏腹に、数日前に緊急事態宣言が発令され彼女自身、世間も再び絶望の海に沈みかけていた。
『……分からん』
角田が発す言葉は、巴にとって想定していた通りだった。
「そうですか……」
『ごめんな。こんな状況で新年度が始まって』
角田がクラスに言い聞かせるように言う。
「……大丈夫です」
そう言い、巴はそっと口を閉ざす。まるで、絶望して口を閉ざすかのように。
『なら良いが。――よし、これで朝のホームルームは以上とする。それでは各自、オンライン授業に取り組めるよう準備してくれ』
そう命令するような口調で担任が言うと、次々とビデオ会議から退出する人が増える。その流れに沿うかのように、巴もまた画面左上にある退出という文字をタップしてビデオ会議から退出した。
(はぁ……。彼氏とも最近会っていないし、クラスメートとも会っていないし……。これからどうなるんだろ)
心の内で溜息交じりに思いながら、オンライン授業の準備をしていく。
一時限目は数学だ。
机の棚から数学の教科書とノートを取り出し、端末の前に置き、学校用鞄からペンケースを取り出してノートの横に置く。
ふとした瞬間、巴の目線が学校用鞄になる。
「……一年しか使ってないなぁ」
部屋に溶け込むような独り言を呟くと、巴は一年しか経っていない学校用鞄を手に持つ。今は教科書など入っていないので重くはないが、重かった頃――つまり高一の頃を脳裏にふと浮かべる。
「……あの頃のみんな、元気なのかな」
何の考えも無しに天井を見上げていると、携帯のアラーム音が鳴る。
「あ、時間だ」
巴は端末を操作し、コロナ禍で急遽作成されたと言われる学校内のサイトを開き、そこから高校二年、二年四組、木曜日の順でサイトを開いていく。全校生徒がこのサイトを利用しているからか、なかなか開けないことに苛々しつつも、何とかして木曜の時間割が記載されたページに辿り着く。
そしてそこから、一限の数学Ⅱというところに入っていく。すると、本当に学校の教師が作ったのかと否めない程、文字がキラキラとしていて見にくくなっていた。
(何このページ……。どうにかして……)
半分呆れながらも、彼女は事前に用意されていたリンクをタップする。すると、次のウィンドウに移って動画が再生された。今日やる内容は三次式の展開という。
「いつ使うんだろ……」
そんな愚痴をこぼしながら巴は背筋を伸ばして授業を受ける。
(一方的な授業だけど、感染しないよりはマシだよね。きっと)
そう安心しながら巴は授業を受けた。
一限の終わりを告げる携帯のアラームが鳴ると、巴は背もたれに寄りかかって伸びをする。背筋の骨がポキポキと鳴った。
「誰からだろ」
彼女がそう言いながら携帯を見ると、舞子から新着のメッセージが届いていた。
『ねね、ちょっと教えて欲しいところがあるんだけど』
『どこどこ?』と、巴は素早いフリック入力をして送る。すぐに既読がつき、三秒後ぐらいに返信がきた。
『数学のことなんだけどね』と、写真と共に送られてきた。
綺麗な文字で綴られたノートの問題を巴は見た後、またフリック入力をして返信を送った。
『ああ、その問題ね。私のクラス、そこやってあるから見せようか?』
『良いの? 良かったぁ』
巴は幾分かノートを捲り、該当するページを携帯で撮り、それを舞子に送る。
『ありがと~‼ 今度奢るね』
巴は微笑みながら了解の意味合いを込めたスタンプを送り、携帯を閉じた。すると、携帯のアラームがまた鳴り、今度は二限の開始を表した。
巴は机の前に座り、端末を操作する。一つ前のページに戻り、二限と書かれた項目に世界史と書かれたところをタップする。そして、今度も授業動画なのか、リンクが貼られていた。
(数学のページとは違って、こっちの方が見やすいなぁ)
そんなことを思いながら、巴はリンク先をタップして授業動画を再生する。古代メソポタミアの話ということだった。
巴の学校は三コースがあり、それぞれ進学、特別進学、国際の三つで、その中の進学が、巴が通うコースだった。その三コースとも同じ動画が流れます、という動画内の身長が低く眼鏡を掛けた可愛らしい男の先生がそう話すと、巴は「あぁ、そうなんだ」という気持ちになりながら、引き続き授業に集中した。
黒板の書く音が若干耳障りだったが、それでもノートに必死に書き起こす。
そして動画が終わったのか、画面が暗くなり、同時におすすめの動画が表示される。
「……あれ、まだ授業時間に空きがある」
側に置いていた携帯の時刻を一瞥した後、視線を端末に戻す。
「どうしよ……。時間、まだ少しだけあるから、暇つぶしに何か見ようかな」
そう呟きながら、指が端末に近づいていった。しかし、天使が巴の脳内に照らし出し、指が端末に触れるか触れないかの寸前で止まる。
「……あっぶな」
すぅという溜息をしつつ、動画サイトを閉じて一限の終わりと同じような動作をする。次の授業は国語だった。
国語はビデオ会議を使った授業らしく、休み時間中に下のリンクから入って下さい、という説明書きと共にリンクが貼られていた。
(……まだ時間になってないけど、別に入っても良いよね)
大した悪気も感じなく、巴はビデオ会議のリンクをタップする。すると、現在のブラウザーから離れ、専用のアプリが起動し、少し読み込みがかかってパスワードの入力欄が表示される。
(ああ、そうだった。パスワードがいるんだった)
巴はさっきのブラウザーに戻りながら、あるニュースを頭の中に思い浮かべた。
そのニュースとは、ある企業がビデオ会議システムを利用してリモート会議をしていたところ、何者かが突如乱入し資料が赤く落書きされ、更には卑猥な文字や差別用語が書かれ、挙げ句の果てにはアダルト動画を流せという文章が緊急地震速報の音声と共に現れる、そう言った情報が今朝のメディアで報じられていた。
「あれが私たちの授業でやられたら、騒ぎどころじゃないよ」
少し怒りの感情を込めた独り言を呟きながら、パスワードを入れる。すると、待機画面に切り替わる。少し待つと、許可されたのか黒板が画面に表示される。
「『出席確認のみカメラオン。それ以外はカメラオフ』……」
画質が粗く読みにくくなってる黒板の文字を辛うじて読み取り、「ふーん」程度で頭の中に入れておく。国語の教科書とノートを机の棚から取り出し、端末の前に置く。
すると、側にある携帯のアラームが鳴り出す。
(あ、やっと二限が終わった……。こういうこと、たまにあるから勘弁して欲しいなぁ……)
そう思いながら、携帯を手に取ってSNSでリサーチをしていると、画面上部に通知が表示された。舞子からだった。
多分教えて欲しいとかそんな感じのメッセージなんだろうな、そう思ってメッセージアプリを開く。だけど、それは巴が思っていたメッセージではなかった。
『ごめん。言い忘れたことがあったんだけど……、コロナ罹った』
その短く簡潔にまとめられた文が、巴の目線を歪ませた。
『大丈夫?』と巴はフリック入力をして送る。
『うん。私の場合、持病も無いから軽症で済んでる』
『そうなんだ。でもさ、気をつけてよ? だって、急に症状が悪化することもあるらしいし』
『うん。分かってる。じゃあ、授業頑張ってね』
巴は頑張る! という意味合いを込めたスタンプを送り、机の隅に置いて三限が始まるのを待つ。
数分が経つと、『これから授業を始めるので、全員カメラをオンにしてくださーい』という女性教師の声が反響する。同時に、皆がカメラを次々とオンにしていき、その流れに沿って巴もカメラをオンにする。
(みんな……。個性的な顔だな……)
皆がそれぞれに思っていそうなことを巴もそのように思っていると、『確認が取れたのでカメラオフにしていいです。ああ、あと、授業中はマイクオフにしてね』とやさしめな口調を先生が発すると、続々と皆の顔が見えなくなっていく。また、同じような流れに沿って、巴もカメラをオフにした。
『それじゃあ、授業を始めたいと思います。教科書……』
その途中、映像が止まる。音声が流れ続けているのに、映像が止まったままという不思議な現象に陥った。
だけど先生はそれに気づく素振りも見せず、淡々と授業を進めていく。この不具合を報告しようと思う人がいないのか、それとも遠慮がちになって言いづらくなっているのか、どちらとも読み取れる状況によって先生の授業は更に加速していき、ついには黒板を書く音まで聞こえてきてしまった。
「……誰も言わないの?」
巴は困った様子で画面を見続けていると、誰かが『先生』と呼ぶ。
『授業中は静かに……』
『映像が途切れてます』
先生の言葉を遮って女ような男の高い声が通る。すると、『ちょっと待ってね』とだけ言い残し、ドアを開ける音がした。
一、二分後経つと廊下を走る音が微かに聞こえると、映像が復活する。すると、そこに映し出されたのはさっきの教師と、補助の役割を果たしていると思われる肌が少し黒い男の教師がいた。
『ごめんねー。さっきどこまで進んだんだっけ?』
と女性が言うと、ある生徒がさっきの内容を話した。
『ああ、そこねー。じゃあ、先に黒板の方に書くからそれを書き写してー』
単調に女性が言うと、黒板にチョークがカンカンという無機質な音が端末から響く。
それを、巴はノートに書き写した。側に置いた携帯からある通知音を聞きながら。
携帯のアラーム音が五限の終わりを表すと、巴は背もたれに寄りかかりながらアラームを止める。
「あ、そうだ。帰りのホームルームがあるから参加しなくちゃ」
巴は独り言を呟きながら、端末を操作してビデオ会議に入る。
「……まだ時間があるから携帯でも見てよ」
巴は側に置いてある携帯を手に取ると、ある通知が来ていることに気がつく。
(……彼氏からだ)
雅からの新着メッセージをタップして、メッセージアプリに画面が切り替わる。そのメッセージにはこう書かれていた。
『今日の夕方、駅前に来れる?』
(何があったんだろ……。とりあえず、行ってみるか)
『来れるけど、どうかしたの?』
少し時間が経ち、返信が来る。
『うん。ちょっとね』
『そうなんだ。そう言えば』
『ん?』
『舞子、感染したらしい』
『え?』
『ほんとほんと。今日の昼頃に本人から連絡があって、コロナに罹ったんだって』
『症状はどうなの? 大丈夫なの?』
『本人は軽症で済んでいるみたいだから大丈夫みたい』
『そうなんだ。でもさ』
『ん?』
『舞子ってどこから拾ってきたのかな』
巴は少し考えて返信を送る。
『確か、舞子のお父さんって普段から外にいることが多い職業らしいし、この時期も結構外にいることが多いみたい』
『ということは、家で仕事が出来ない職業ってこと?』
『そうみたい』そう送った後、担任の始める声が画面から聞こえ『じゃあまた後で』と送って携帯を側に置いた。
『……のホームルームを始めるので、まだ参加出来ていない人がいたらできる限り呼びかけてくれー』
「……と言っても今の段階で呼びかけることが出来るの、ほぼ限られた人でしかないけどね」
ミュートの利点を上手く活用して巴が呟くと、『よーし、帰りのホームルームを始めるぞ』と担任が言い出す。
『それじゃあ、早速出席を確認していく』
そう言い、担任が画面をタップしている様子を何となく巴は見る。少しの間待っていると、出席確認が終わったのか担任が近づけていた顔を離す。
『連絡も特にすることはないので、もう退出して良いぞ』
そう言った瞬間、ビデオ会議から退出する人数が増える。巴もビデオ会議から退出をし、長時間使った端末を充電する。長時間のオンライン授業から拘束が解けた巴は、白いタンスを開けてそこから軽めの服を取り出し、着る。
(こんなもんで良いかな)
上は春物らしいクレリックシャツ、下はプレーリースカート、そして髪型はポニーテールという格好で巴はドアを開ける。
「どこに行くの?」と麻由美。
「うん。ちょっとね」
「気をつけなさいよ。どこで感染するか分からないんだから」
そう言い、麻由美はマスク姿の巴に言う。
「うん。気をつける」と言いながら、巴はドアを開けて外界に出た。
いつ振りか分からない外界。気づけばもう四月となっている月日で、本来なら真新しい制服を着た児童・生徒、そして真新しいスーツを着込んだ新社会人がワイワイとしている頃合い。しかし、騒ぐことのできないコロナ禍では、そう言う風景が一切見当たらず、巴の自宅前、そして駅前は閑散としていた。
巴はその光景を見て、あるニュースを思い返していた。
そのニュースとは、症状が出る数日前からウイルスを拡散させるという、世間を震撼させる研究をあるメディアが報じたことにより、また、東京都の小池都知事や厚労省の呼びかけによって、普段人口密度が高い東京でも異常な静けさが誇っているとして一時期話題になった、というものだった。
巴は〝機械仕掛けの太陽〟によって閑散とした駅前を歩きながら、雅の姿を探す。普段の、コロナ禍が始まる前の駅前は観光客やサラリーマンなどで人が沢山いた。そのためか、周辺の商業施設にもよく人が出入りしていたものだった。
しかし、コロナ禍という突然の出来事に駅前の雰囲気は変わってしまった。
これまでの活気溢れた駅前はどこか消え、残ったのはただ建物としての役割を果たしている駅、そして商業施設だった。その施設も、新型コロナウイルスの拡大防止のためという理由で臨時休業を余儀なくされていた。
「あ、いた」
巴が目的の人物を見つけ、走って駆け寄る。
だが、彼に気づかれるか気づかれないぐらいのあと一歩のところで、彼女は止まる。
(雅って……、こんな姿だったんだっけ……)
コロナ禍前に出会った雅とは違い、どこか窶(やつ)れて、髪も目が隠れる程伸びきっていた。マスクのせいもあってか、柵に寄りかかる雅は不審者に見え別人に変わっていた。
「雅くん……?」
巴がどこか物思いに耽っている雅を呼びかけると、目だけ雅は動かす。
「……雅くん、だよね?」
恐る恐る巴が近づきながら言うと、彼は「うん」と頷く。
「ごめん。こんな姿で」と雅。
「ううん。大丈夫。――ところでさ、なんでこんなところに呼び出したの?」
巴が疑問を示すと、雅は少し時間をおいてから話し出した。
「……僕の家族が、全員コロナに罹った」
「……え?」
思わぬ発言に巴は驚きの声を出す。
「驚くのも無理はないよな。僕の家族、僕を除いて今年の三月に旅行に行ったんだ。最初は僕も反対したんだけど、家族が言うことを聞いてくれなくて……。せっかく予約したんだから仕方ないだとか、コロナなんか風邪だなんて言い張って……。僕の近所に陰謀論者みたいな人が住んでいるんだけどさ、その人に感化されちゃったのかなって思いながら、家族が旅行に出かけるのを見送っちゃった」
「……え、そ、そんなの、ダメに決まってるじゃん」
「そう。ダメに決まってる。それなのに。それなのに、僕の家族ときたら……、勝手にコロナは風邪だとか言って平気で旅行に行って、それで感染して帰ってくるんだよ……? どうにかしてるだろ」
雅が苛立ちながら髪を掻き乱す。
「うん。雅が言っていること、正しいよ。そんな家族、どうにかしてるよ」
「……そうだな、どうにかしてる。だけど」
そう言うと、雅は巴を敵意に満ちた目線で見る。
「それでも家族なんだよ! 僕を大切に育ててくれた。陰謀論者に吹き込まれて頭がおかしくなっても、それでも家族なんだよ!」
涙を流しながら叫ぶ雅を見て、巴は何も答えずただ唇を噛み締める。
「……なあ」
「ん?」
巴が首を傾げた瞬間、雅は巴を吸い込むように身体を抱く。柔らかな感触が雅に伝わる。
「……え」
戸惑いの声か怒りの声か分からない、そんな声を巴は出す。雅は巴の耳にこう囁いた。
「ごめん。本当にごめん。僕だってこんなことをしたくない。僕以外の家族が感染して、僕ももしかしたら感染しているかもしれないのに」
「……感染」
巴はその言葉を聞き返す。
雅は一度巴を身体から離し、マスクを通じて口づけをする。
その瞬間、何かが二人の間を冷たいものが通る。
巴は雅の行動に対し、酷く腹が立ち、拳をつくる。
「……ごめん」
雅が顔を離すと、巴が「……信じられない」と小さく呟く。
「え」と雅がマスク姿でも分かるように、口をあんぐりと空ける。
「ごめん」
雅は咄嗟に謝ったが、巴は雅の頬を叩く。
「信じられない‼ このご時世のこと、ちゃんと理解しているんだよね⁉」
巴は雅に怒号を浴びせる。
「……理解してるよ」
「なんて?」
蚊の鳴くような声で雅が言うと、巴は聞き返す。
「だから、分かっているからマスクしてんだろ‼」
誰もいない駅前で彼の怒声が反響すると、巴の手首を掴んで近くの柱にぶつける。
「そもそも、俺がこんな風になったのは全部あのウイルスのせいなんだ‼ 家族もあんな風になったのも、そのせいで僕がこんな醜い姿になったのも‼」
雅は巴の手首を押しつける度に力を強めると、彼女は「う、うぅぅぅ……」と抵抗しながらひ弱な声を出す。
少し経って雅の力が弱まると、巴が「知らないわよ……」と微かに声を出す。
「あ?」
そう言った瞬間、巴は雅の身体を蹴り飛ばし、アスファルトの地面に叩き付ける。
「知らないわよそんなこと‼ なんでそんなことを私にぶつけるわけ⁉ なんでみんなが密かに頑張っているのに、どうしてそんなことが言えるわけ⁉」
怒りで一気に顔を紅潮させた巴は一旦息を吸い、再び話し続ける。
「大体、なんで私をこんなところに呼び出すの? なんで? なんで? まだコロナ禍は始まったばっかりなんだよ? ねぇ、どうして?」
涙声も含まれた怒声で巴が言うと、ヨレヨレながら雅が立ち上がる。顔がまだ紅潮していた。
「知らねぇよ‼ 僕だってまだコロナ禍が始まったばっかりなのに、どうして会いたくなったのか分かんねえし、どう答えたら良いのか分かんねえよ……。コロナに罹った家族がいて、僕も罹っているかもしれないのに、どうして……」
途中で咳き込む雅に、巴は少しビクッとさせる。もしかしたら、もう症状が出ているかもしれない、そう思って。
「大丈夫……?」
巴が心配そうに彼を見つめる。
「……だ、大丈夫。僕、実は喘息の持病があるんだけど」
「え? 何それ、初耳なんだけど」
「ごめんな。言えなくて。たかが喘息だから他人に迷惑は掛けないと思って、ずっと言ってなかったんだ」
「……それ、早く言えば良いじゃん」
「ごめん」
「それにさ、持病を持つ人は死亡リスクが高いって言われているからさ、早めに病院に行きなよ」
受診を勧める巴に対し、「良いよ」と雅が断る。
「なんで?」
「……だって、もう手遅れだから。見て分かるだろ? 僕のこの姿」
言われた通り、巴は彼の見窄らしい姿を見る。髪は目が隠れるほど伸びきり、顎髭が伸び、そして窶れた姿。
(確かに手遅れだと思う。だけど……)
「だけど。だけど、まだ手遅れじゃないよ。きっと、きっと病院に行って貰えれば治せるよ」
「あんな状態でか?」
「うっ」
巴は想定していた反論なのに上手く言葉を思いつかず、ただ唇を噛み締める。
〝あんな状態〟とは、医療が逼迫していたこと。コロナ禍が始まって以来、ニュースでは引っ切りなしにコロナの話題、緊迫する医療現場が盛んに報じられたことであった。
「醜くなってしまった、哀れな僕なんてもう社会なんか必要とされねぇよ……」
絶望に満ちた台詞を言うと、巴は「こんのっ!」と頬を叩く。
「……」
「もう……、知らないっ‼」
巴は踵を返して駅前から去る。その姿を、悲しく雅は見ていた。
咳き込みながら。手に付いた血を見ながら。
そして。
悲しみの目で大股で去る巴を見て。
彼は顔を伏せてむせび泣いた。
2020年5月7日
一
もう五月。
あのウイルスが世間を轟かせてから、二ヶ月が経った。
〝機械仕掛けの太陽〟は収まるどころか、増え続け五月三日にはとうとう国内の感染者がクルーズ船を除いて一万五千人を超えた。そのせいか、五月六日となっていた緊急事態宣言が五月三十一日までに延長された。
そんな中、隣国韓国ではナイトクラブで集団感染が発生するなど、今や人類はウイルスとの全面戦争に陥っていた。
――はぁ……。GWなのに、なんでこんなに気持ちが沈んでいるんだろ。
本来のGWは楽しく友人と旅行に行けたのに、コロナ禍の今はどこにも行けず、ただベッドで寝転んでいた。
しかも、あの出来事以来、私は一歩も外出していない。
それは良いことのように思えるでしょ? だって、外出しちゃいけないんだもん。親からもそうだし、学校からもそうだし、政府からもそうだし。
この一年、一体どうなるんだろう。このまま人類が絶滅しちゃうのかな。ウイルスによって。
将来に絶望する私に、ある通知音が頭の中を覚まさせる。
「誰だろ……」
そう思って、机に置いていた携帯を手に取って通知を確認する。少し薄暗かったので、数日ぶりにカーテンを開けて日の光を部屋の中に入れる。
「あんたかよ……」
通知の正体は彼氏からだった。『ごめん』と一言だけ綴られたメッセージが送られていた。
私は大きく舌打ちをしてその通知を見ずに消し、携帯を机に伏せる。
あの出来事から彼氏から毎日のように『ごめん』と送られてくる。決まった時間に。その度に私は無視をしているが、彼氏も諦めずに送り続けている。
――早く送るのを止めれば良いのに。自暴自棄野郎。
心の中で彼氏に対する悪態をつくと、ある考えが思い浮かぶ。
――別れるか。
私はベッドから起き上がり、机から携帯を取ってまたベッドに寝転ぶ。そして、メッセージアプリを開いて、彼氏とのやりとりをタップする。
「懐かし」
独り言が静かで闇に沈んだ部屋の中に溶け込むと、ピロンと音が鳴る。
彼氏からだった。
『ごめん』
私が既読をつけたからだろう。今までとは異なり、その後の文章も加わっていた。
『ごめん。あの時は本当にごめん。僕がどうにかしてた。家族のことも、自分のことも、ウイルスのことも、全部巴にぶつけるの良くなかったよな。悪い。全部、僕のせい』
不思議なことに、その文章には一度もときめかず、ただボーッと羅列した文章を見るだけに留まっていた。
――もう、あの頃の気持ちは私に無いんだ。きっと。
『別れよう。こんなので、関係が長く続くとは思えない』
文を読み返さず、送信する。すると、彼氏から数秒経って返信が来た。
『そうだね。僕もそう思ってたし、こんなので関係が長く続くとは思えない』
そして、次に送られてきた文章もこう綴られていた。
『それに……、僕、やっぱり感染してたんだ』
――自暴自棄になった挙げ句、コロナに感染、ねぇ。哀れなものだ。
なぜか鼻で笑ってしまうと、続けて送られてきた文章を読む。
『もう、僕、長くはもたないと思うんだ。喘息の持病もあるし、今は軽症で済んでるけどそのうち重症化して病院に運ばれて、そのうち死ぬ。どうせ僕なんか、こういう人生なんだ』
人生を棒に振った台詞を彼氏が展開させると、私はこう文章を綴った。
『あっそう』
自分でも驚く程の軽さだった。もう、彼氏に興味なんて無いんだなって。
返信を送った後、暫くしてから彼氏から返信が来たけど、私のこの心情を察したのかスタンプだけだった。少し寂しい気持ちもあったが、自分のこの気持ちを考えればあまり気にすることも無かった。
携帯を枕元に伏せ、そのまま枕に顔を沈める。
――はぁ……。私の恋愛ってどうなっちゃったんだろ……。
あのウイルスのせいで、こうなった。
あのウイルスが無ければ、こんなことにはならなかった。
あのウイルスが無ければ、すべて上手くいくはずだった。
それなのに。
それなのに。
それなのに。
どうして。
こんなことに。
「クッソ‼」
ベッドに叩き付けながら、枕に向かって叫ぶ。自分の叫び声が虚しく部屋に沈んだ。
もう、こんな人生嫌だ。
嫌すぎる。
こんな嫌な恋愛を経験し、
こんな嫌な人生を全うするなら。
死んじゃった方が良い。
あの彼氏と同じような思考になるけど、それでも良い。
もう、あいつは関係ない。
私は鉛のように重くなった身体を細い腕で持ち上げ、机にフラフラと向かう。そして、引き出しから小さなハサミを取り出す。
ゴクン。
唾を飲み込む音がやけに自分の鼓膜に大きく響いた。
――ふぅ……。
深呼吸をして、震え出す自分の腕を何とかして鎮めさせ、ハサミを持つ。
――すぅ。
ゴクリ。
「もう、終わりにしよう」
ハサミを自分の手首に向けた瞬間、下から騒がしい音が聞こえる。
「……誰」
私はドアに身体をすり寄せ、聞こえる足音に耳を澄ます。
すると、ドスンと大きな音が私の部屋にまで響く。
「……何が、あったの?」
私は恐る恐るドアを開くと、そこにいたのはお母さんだった。
「お母さん‼」
私はハサミをその場に放り投げ、倒れたお母さんに屈み込んで背中を摩る。だけど、「うぅ……」と言うだけであまり反応が良くなかった。
「どどどど、どうしよ……。……あ、そうだ! 救急車!」
私は自室に入って枕元に置いてあった携帯を取り、一一九番をする。何度かコール音が鳴ると、『はいこちら通信指令室です。何がありましたか?』という女性の声が聞こえた。
「お母さんが、お母さんが倒れました!」
『落ち着いて下さい。何があったか、教えてくれますでしょうか』
冷静な女性の声に、私は少し気持ちが冷静になる。
「部屋にいたんですけど、私の部屋の前でドシンという大きい音が鳴って。それでドアを開けてみたらお母さんが倒れていて」
『分かりました。では、あなたのお名前と住所を教えて下さい』
そう言われ、私は自分の名前と自宅の住所を告げた。
『分かりました。それでは、母親に何かあったらそちらに到着した救急隊員に報告をお願いします』
冷静な女性の声に私は「はい」と答えて電話を切った。
暫くしてお母さんの状況を見ていると、咳き込む姿が目に写る。
――……咳。
咳き込む母の姿を見て、私は咄嗟に一階のリビングに入り箱に入っていたマスクから一枚取り出し、再びお母さんの元に駆け寄る。その時の私の様子を見たのか、お父さんがマスクをして私の隣に来る。
「母さん、大丈夫なのか?」とお父さん。
私は首を横に振って、「分かんない。咳き込んでいるし、いきなり倒れたから救急車呼んだ」
「そうか……。コロナじゃなければ良いけどな……」
心配そうにお母さんを見つめるお父さんは、「ちょっと、一階に戻って準備してくる」と言い残し階段を下りる。
――今も咳が……。
苦しそうに咳をするお母さんを目に、私はあることを脳裏に浮かばせていた。
――あの人、大丈夫なのかな。
先程別れたあの彼氏の存在を脳裏に浮かべる。喘息の持病を持っていたって言っていたけど、重症化しないんだろうか……。
そんなことを余所に思っていたら、再びお母さんが咳き込む。苦しそうにしている姿を見て、思わず胸が痛む。すると、口元から離した手には血が付着していた。
「ひっ」
喉から小さな悲鳴が出る。
――これ、コロナじゃない……? お母さんは別の疾患に罹ってる……?
一瞬そう思いかけた瞬間、外からサイレンの音が聞こえた。
――来た‼
心の中で喜びつつも、冷静になって救急隊員が来るのを待つ。階段を駆け上る音を耳にすると、「通報者ですか」と水色のガーゼを着たヘルメットの男性が言う。
「はい」
私はその男の目をしっかりと見て言う。
「お母さんの状況はどうですか」
「変わらず、咳き込みが辛そうです。それに」一度喉が閉じかけたが、唾液を飲んでもう一度言葉に出す。
「それに、咳をするときに血が出てました」
そう言った瞬間、男性の目が大きく見開く。
「……喀血」
「え?」
私は喀血という聞き慣れない言葉を聞くが、「説明は後です。今はお母さんを病院に運ぶことを最優先にします」と男性は言って、二人がかりで狭い廊下、狭い階段を苦しそうなお母さんを運ぶ。
玄関に辿り着き、お母さんがストレッチャーに乗せられる。
「救急車にどなたか、お乗りになって欲しいのですが」
さっきとは別の救急隊員が私とお父さんに話しかける。お父さんは外に出る準備がされてあったのか、軽く身支度が済まされていた。
「それでは、私が」とお父さん。
「えなんで」
そう言うと、お父さんが私の目に語りかける。
「巴。気持ちなら十分に分かる。血まで吐いて苦しんでいるお母さんの姿を見て、ずっと隣で見守っていたいのは分かる。けど、ここはお父さんに任せろ。絶対、お母さんと一緒に戻ってみせるから」
そう言い、お父さんは救急隊員と共に家から出る。
――……あぁ。
玄関のドアが閉まる音が、私の鼓膜を虚しく響かせた。
夕方になると、玄関のドアが開く音がした。
私は階段を下りると、そこにはお父さん一人だけ帰っているのが見えた。
恐る恐る玄関に向かう。
「……お母さんは?」
「入院だそうだ。数ヶ月間入院しないとダメらしい」
お父さんが力なくそう言うと、「……なんで」と私が呟いていた。必死に喉から出る言葉を出ようとしても、それを出さずにはいられなかった。
「なんで、なんで、私がこんな悲しい人生を送らないといけないのよ‼ なんで、なんで私ばっかり……。私、何も悪いことしてないのに……」
いつの間にか顔を俯かせていた。
「……ごめんな。何も力になってなれなくて」
「……え?」
涙で掠れた声が出る。
「俺だって、麻由美の力になりたかったよ。今まで散々な迷惑を掛けた。そのことは勿論、巴だって分かっていると思う。だけど、それでも麻由美は俺をケアし続けた。あいつは俺のことを信頼してくれたんだ」
「そうなんだ……」
確かに言われてみれば、お母さんがお父さんを励ましているところを影から見たことがある気がする……。夜中にトイレに行っている時、リビングでよくお母さんがお父さんを励ましていたような……。その時はただ疲れてお母さんが励ましている感じだったかなって思っていたけど、まさか落ち込んでいたなんて……。
あるときにふと見た光景が脳裏に浮かぶ。
「だから、何があっても、俺は麻由美がいるから立ち上がることが出来たんだ。そして、巴もいるから、俺がいる」
そう言い、私の肩を叩いて「それじゃ、着替えてくるから」と言い残して家の奥へ消えた。
そっか。
お父さんはお母さんがいるから、ここにいるんだ。
そして、私がいる。
お父さんとお母さんがいなければ、私はいない。
唇を噛み締めていると、ある人がふと脳裏に浮かぶ。
「――あの人」
今頃、大丈夫なのかな。
症状、悪化してないかな。
ドクン。
ドクン。
あの人への不安の気持ちが駆られ、心臓が波打つ。
――すぅ。
動かないと。謝らないと。
自分に言い聞かせるように心の内で言い、階段を上がって自室に入る。
そして、床に無造作に置かれていた携帯を拾い上げ、そこから元彼氏である雅へメッセージを送る。
『ごめん。私の方こそ、謝らないといけなかった。ごめんね、あんな酷い対応をして』
少し時間を置き、机の前に座る。
鼓膜に時計の針の音が響く。
重く沈んだ部屋の中に、月光が優しく差し込む。
だけど、あの人から返信が来なかった。
いくら経っても。
どんなに遅れて返信をするようじゃない人なのに。
どうして?
どうして?
沢山の疑問が洪水となって襲いかかる。
どうして?
なんで?
そう頭の中を掻き乱していたら、ある通知音が耳の奥にまで届く。
「雅⁉」
一人で声を上げたが、来たのは雅ではなく、舞子からだった。
舞子はコロナに感染して家から出られないはず。
胸がドクンと脈打つ。
まさか。
恐る恐るメッセージを見る。
そこに書かれていたのは、舞子自身のことではなく。
雅に関してだった。
『雅、聞いているかも知れないけど、重症化して今ICUに入っているみたい』
携帯が私の手からスルリと抜け落ちた。
「――すぅ、はぁ、すぅ、はぁ……」
月光がすっかり暗くなってしまった街中を照らす中、私はマスク姿で走っていた。コロナ禍が始まる前は当然マスクなんてしてないから、マスクを付けて走るなんてしたことがない。だからか、息がすぐに絶えてバテてしまう。
「――はぁ、はぁ、はぁ……」
雅が入院していると舞子から言われた病院まで、走ってあと三分ほどなのに道に転がってしまう。
「――こんなので……、はぁ、はぁ、私、良いのかな……」
息の辛さが顔で感じる。
辛い。
辛い。
マスクしながら走るなんて、辛い。
でも。
こんな現実、嫌だ。
嫌だ。
謝りたいんだ。私は。
あんな惨めな対応をしてしまったお詫びを、私はしたいんだ。
アスファルトに手を付きながら、立つ。
「――すぅ、はぁ、すぅ、はぁ……。よし、行ける」
少し赤く染まった頬を軽く叩き、再び走る。
目の前に、目的の病院がある。
大きく、『聖隷病院』と書かれた文字。
もう少しだ。
もう少し。
もう少しで辿り着く。
夜道は誰も走らない。当然だ、もう遅いんだから。
だけど、私は走る。あの人の為に。
冷たい風が私の頬を切った。
病院の入り口を通り抜け、右手にある受付に入る。
雅が入院した聖隷病院は、私たちが住む西東京市でナンバーツーを誇る病院。病床数も勿論多く、時折この病院に来るとき、ここに住んでいる人ではなさそうだなと感じた人達を見掛けることがある。詳しいことは知らないけど、恐らくそのぐらい大きい、ということだと思う。
マスクの中で懸命に息を吸いながら言葉を発す。
「星野……、雅が、入院している部屋はどこですか……」
「すみません。今感染防止対策の一環として、原則お見舞いすることは出来ないんです」
受付の女性が慇懃に言う。
「……なんで」
「ですから、感染防止対策の一環として原則お見舞いすることは出来ないと……」
「なんで出来ないのよ‼ なんで、なんで……、私、どうしても謝りたいことがあるのに……」
その場に崩れ落ちた私は、受付の女性に「大丈夫ですか」と声を掛けられる。
「……大丈夫です」
涙で掠れた声を発すると、「……お気持ちは分かります」と受付の女性が言う。
「……え?」
涙で赤く染まった目で彼女を見る。
「分かります。その気持ち。大切な人に会いたいって言う気持ち」
「だったら……! 早くっ……」
涙で頬を濡らしながら私は声を振り絞る。だけど、彼女は首を横に振る。
「それは無理です。私だって、本当はお見舞いに来て頂いた方々を迎え入れたいです。だけど、日常をいきなり壊すウイルスが到来し、見知らぬ人が勝手に人の庭を荒らすような行為を大勢の人にその被害が及んでいる以上、食い止めないといけない。いや、食い止めなければ終わらない。これは、戦争でもあるんです。人類と、ウイルスとの」
「……戦争。人類と、ウイルスと」
微かにその言葉を聞き返すと、彼女が私の肩をポンと置く。体温が心地良く感じた。
「この戦争が終われば、きっとお見舞いが出来るはずです。きっと。だから、今はその時を待って、我慢強く頑張りましょう」
受付の女性が両手で拳をつくり、頷く。その時の表情が、輝いていた。
それを見て、私はなぜか頷いてしまっていた。
なんでだろ。
なんか、泣きたい。
泣きたい気分。
泣いて良いのかな。ここで。
「――うぅ……」
ダメだ。
止まらない。
止めようと思っても、止まらない。
どうすれば、止められる?
この涙。
止まらない。
「うぅうぅぅっぁうぁあぁぁあうぅぁぁぁうぁぁうあぁぁあ……‼ うぅうぅぅっぁうぁあぁぁあうぅぁぁぁうぁぁうあぁぁあ……‼」
私の涙が、月光が差し込む病院の中に溶け込んだ、そんな気がした。
雅へのお見舞いを諦め、涙でグシャグシャとなった顔のまま外へ出る。
寒かった。
初夏なのに。
風が頬を切った時、ある車に乗る運転手が私を見ていた。
見覚えのある姿。
シワが額に刻まれ、所々にシミが混在している。
「――お父さん?」
私は目の前に止まっているプリウスに近づき、開いていた助手席の窓から顔を出す。
「なんでいるの?」
「あぁ、だって、巴が急にどっか出かけるから」
そうだった……。私、何も言わずに出かけちゃったんだった。
「そ、それはごめんなさい」
「良いよ。さっきの巴の姿を見て、何だかこっちまで感動しちゃったよ」
「え?」
恥ずかしさが一気に込み上げてくる。
「あんな巴の姿、見たことが無かったなぁ……。まるで、大切な人を想って泣いているみたいだった」
「ちょっと‼」
ガハハと豪快に笑うお父さんに、私は顔を赤くする。
「まあまあ。とりあえず、車に早く乗って」
「あ、うん」
言われるがままに助手席に座り、シートベルトをする。
「……お母さん、元気でいると良いな」
「ん?」
いきなり運転席の窓を見て呟くお父さんに、首を傾げる。
「なんかあったの?」
「……いや、何でも無い」
そう言い、お父さんはエンジンを切って、プリウスをアスファルトの上で走り始めた。
2020年6月13日
一
「じゃあ、行ってくる」
制服を着込んだ私は玄関ドアを開ける。
「気をつけて行ってくるのよ」
昨日退院したお母さんが言う。緊急搬送された数日、色々と検査されたが、特に異常は見受けられなかったものの、およそ一ヶ月の間入院をしていた。そして、一昨日特に異常は認められなかった為、退院することになった。
私はそんなお母さんを笑顔で応え、ドアを閉める。
日の光が温かい……。
いつ振りだろう。こんな気持ちになれるの。
GWを明けてから二日後のことだった。
その日のホームルームで担任の口から明かされた話として、六月中に学校が再開されるという話だった。まだその時は詳細が明かされなかったものの、やっと学校に行けるんだ、という期待が胸いっぱいに広がった。
だけど、その一方でも不安の気持ちはある。
そう。あのウイルスがまた拡大しないか心配だから。
学校が再開されるという話を聞いてから時間が経ち、緊急事態宣言が解除され、平凡な世の中へ戻ろうとした時に感染者が微増してきた、という情報がメディアで報じられてきたから。
「学校、再開されるかな」
その時はこう思ったが、今こうして、マスク姿だけど、外に出て温かい日光を身体に浴びているとウイルスのことなんて忘れたい、そんな清々しい気持ちになれた。
二ヶ月ぶりに歩く高校までの道のりはあまり変わっていなかった。というか、二ヶ月も歩いていない時点で変わっているところなんて気づけない。高一というまだ初々しい時に歩いたものだから、あれ? ここってなんだっけ? と思えるような疑問に思う場所もあった。コロナで閉業します。というような張り紙をしたお店もあったり、暫くの間お休みします、というような張り紙をしてあるお店もあったりした。そして、新ニュルンベルク裁判だとか、コロナは茶番だとか、そんな張り紙をしていた住居、ノーマスク姿の人が道端に存在していた。
馬鹿らしいなぁって思いながら私は学校へ向かったけど。
今日のこの日、分散登校ではあるものの、クラスの半数が教室に来るという。私のクラスは三十人弱なので、その半数の十五六人が午前と午後に来る予定になっている。
久しぶりの登校。
クラスの半分ではあるものの、久しぶりに会えるのが楽しみ。
私は午後の部で参加することになったんだけど、それでも楽しみ。また新たな友達が出来るのか、そう思うとワクワクする。高一のあれ以来、かな。
期待で胸を膨らませ、アスファルトを蹴りながら学校へ歩いた。
相変わらず壮大な校舎を見上げた後、中へと入って上履きへと履き替える。階段を使って自分の教室がある四階に上がる。
マスクをしているから、体力が落ちたからか、その理由で階段を上がっただけで息が続かなくなる。
「――はぁ、はぁ、はぁ、いつもだったらこんなんで息が上がらないのに」
膝をついて息を整えていると、後ろから声が掛けられる。
「なーにやってんだ」
聞き覚えのある声。私は後ろに振り返って見ると、そこには雅がいた。
「雅―‼」
私は彼に抱きつき、今がコロナ禍ということを忘れベタベタと触っていた。
「どうしたどうした?」
雅が困惑そうな声、というよりは喜ぶ声を出して私の背中を摩る。
「ううん。治ったんだね」
涙ぐみながら言うと、彼は「うん」と頷く。
「なかなか大変だったよ。一度重症化して、その後三途の川が見えたんだもん」
少し身体を離してから彼がそう言うと、目には涙が一筋光っていた。
「……少し成長した?」
雅が私の身体を見て言う。
「そうかな。私、オンライン授業の時はあんまり外に出てなかったから、横にも成長しているかも」
「確かに。言われてみれば、あそこがでかくなってるかも」
雅が笑いながら、私のある部分をジェスチャーで表す。
「イラッ」
「いった」
私は雅の胸を軽く叩く。本当は頭を叩きたかったものの、雅の方が断然私より身長が高いのでできなかった。
その後、私たちは笑い合った。
「ふふ」
「ん?」
「なんだか、こんなことをするなんて久しぶりだなって」
「そうだな。早くあのウイルスが収まると良いけど」
「うん」
「……そうだ」
「うん?」
雅があることを思いついたのか、私に向かってマスクで隠されているあそこを指差す。
「キス?」
「うん、まあ」
「マスク越しに?」
「そう」
なるほどね、と想いながら、私は雅の手を握って先手必勝でマスク越しに唇を合わす。
「仕返し、だからね?」
そして、私と雅は無言のまま唇をマスク越しに交わした。
こんな人生、ずっと続けば良いなって心の底から思った。
二
そう、心の底から。
でも。
現実はそう上手くいかない。
自分の理想通りにはいかない。
そう感じたのは、六月のある日だった。
その日の天気は、雨。
まるで、私の気持ちを素直に表しているようだった。
悲しい。
ただ、それだけ。
あの日以来、雅とは永遠と会えなくなってしまった。
永遠に。
闇に包まれる部屋の中、私は目を開ける。
もう、今は何日だろう。
舞子からあの連絡を受けてから、もう何日が過ぎようとしているんだろう。
五月二十六日。
首都圏と北海道で発令されていた緊急事態宣言が解除された翌日のこと、私は舞子から二つの連絡を受けた。
一つは、舞子自身が回復したこと。
もう一つは、雅が死んだこと。
信じられなかったけど。
勿論、分かってた。
雅自身も分かっていたことだし、こうなることは自分でも分かってた。
それなのに。
それなのに。
どうしたら、こんな鉄のように重く沈んだ気持ちになるんだろう。
まだ、謝っていないのに。
まだ、ちゃんとした彼とは数ヶ月しかお付き合いしたことがないのに。
まだ、三回しかデートをしたことがないのに。
どうして?
どうして?
どうして、彼は死んだの?
ねぇ、なんで?
なんで?
なんで‼
「なんでこうなるの‼」
ヒステリックに叫ぶ。その叫び声が、重く沈んだ部屋の中に溶ける。
頭を掻き乱す。
あのウイルスのせいで。
あのウイルスのせいで。
あのウイルスのせいで。
あのウイルスのせいで。
私の人生は、無茶苦茶。
もう生きる資格なんて、もうない。
お母さんも、数日前に亡くなったと病院から告げられたし。
まだ、四十半ばなのに。
まだ、若いのに。
まだ、私の晴れ姿を見ていないのに。
色んな未練があるのに。
どうしたら、こんな地獄みたいな人生になるの?
誰のせいなの?
「ねぇ、誰か教えてよ‼」
精一杯部屋の中で叫ぶ。
「嫌だ……、もう、嫌だ……」
すると、目の前に見知らぬ女性が現れる。
その女性は、絶望の淵に立たされたようなそんな顔をしていた。
顔は涙でグシャグシャとなり。
髪は乱れ。
そして、哀れな表情。
「……はは。私、知らぬ間にこんな表情になってたのか」
乾いた笑いを顔に浮かべ、自分の顔を触るように姿鏡を触る。
「……血」
いつの間にか掌に付いていた赤い液体を見る。
「……怪我してたんだ、私。いつなんだろ」
掠れた声でそう言いながら、虚ろな目で机をまさぐっていると、カッターナイフを見つける。血が付いていた。
「……」
何も考え無しにカッターナイフを手に取り、刃を出す。
「……」
「……」
「……」
「……すぅ」
刃をゆっくりと、出血していた部分に近づける。
バンッ。
「おい何してる‼」
部屋に入ってきたお父さんが私に声を上げて言う。表情が怒っていた。
後ずさりをして、カッターナイフをお父さんに向ける。
「……おい、今、自分がしていること、分かってんのか?」
首を横に振る。分かってる。けど、こんなこと、したくない。
「なあ、言ってみてくれよ。巴は何に不満があるんだ」
心の内で溜まっていたものが、口からすべて出ようとする。それを必死に止めようとする。こんなの、言ったってどうにもならない。お父さんに何も言ったって何も変わらない。
「なあ、話してくれって。そうしたら、相談に乗ってあげ……」
「良いわよ‼」
自分でもびっくりするような怒声だった。
「こんなの、嫌だよ。なんで私だけがこんな辛い思いをしなくちゃいけないのよ‼」
「なぁ、何があったか教えてく……」
「言ってもどうせ分かんない‼」
寄り添おうとするお父さんの手を叩く。その時だろうか、カッターナイフの刃が当たって手に傷が残る。
「……ごめん」
お父さんの手に残った傷跡を見ながら、謝る。
「ちょっと……、頭、冷やしてくる」
そう言い、お父さんの言葉を無視して私は部屋を出た。
雨だった。
寒い。春なのに。
家から出て行った私は途方を暮れて近所の公園にいた。
コロナ禍が始まる前は近所の子どもで雨でも賑わっていたのに、コロナ禍が始まった今や誰もいない。静か。
何もかもが、変わってしまった。
〝普通〟が〝普通じゃない〟。
これじゃあ、うちの学校の校則にある通りに過ごせないよ……。
雨で濡れているせいか、涙が頬を伝うのが分からない。
まるで、今日の天気が私の気持ちを表すかのように。
「うぅうぅぅっぁうぁあぁぁあうぅぁぁぁうぁぁうあぁぁあ……‼」
誰もいない公園で、一人泣く。
雨が容赦なく私の身体を叩き付ける中、どこからか声がした。
「……この声」
ボソリと呟き、涙を流した目で彷徨わせる。
すると、公園の入り口に立っていたのは、傘を差していたお父さんだった。手には絆創膏がしてあった。
「……は、は、お、お」
涙で掠れて上手く声が出さずにしていると、お父さんがこちらに近づいて隣に座る。
「風邪、引くぞ」
そう言い、私に傘を渡してくる。それを受け取って、濡れた身体を容赦なく降り続ける雨から守る。
「……今更何よ」
不貞腐れた表情で言うと、お父さんは曇り空を見上げてこう話した。
「ごめんな。一方的に。何も分かってくれなくて」
何も反応を示せずに顔を俯かせていると、気にすることなくお父さんが話し続ける。
「巴が部屋から出て行った後、携帯がまだロックされていないのを見てしまったんだ。スリープ、掛けてなかっただろ。俺は申し訳なさも含め、巴の身に何があったのか調べたんだ。そうしたら、出てきたんだ。彼氏さん、亡くなったんだってな」
彼氏、という言葉がお父さんの口から発せられる。辛い。ただただ、辛い。
「……巴には、というより、母さんにも話していないことなんだが、俺も巴と同じくらいの時に彼女を病気で亡くしたことがあるんだよ」
「……え?」
意外な事実に私は顔を上げる。
「ああ。治せない病気だったんだ。確か、膵臓の病気だとか……、そう言ってたな。あの時が懐かしい」
「聞いたの……? その病気のこと」
私が言うと、お父さんは「いいや」と首を横に振った。
「俺が風邪のときに病院に行ったとき、たまたまあるノートを拾ったんだ。見たことがないノートだからついペラッと捲って内容を見たとき、彼女にバレたんだ。その病気のこと、誰にも話してない事実で、俺しかその事実は知らなかった」
「そうだったんだ……」
どこかで聞いたことがある話の内容を、私はお父さんに焦点を当てながら聞く。
「実際に亡くなった時、凄く悲しんだよ。色んなことでぶつかって、色んなことで楽しんで。それだからこそ、凄く悲しんだんだ」
あの時のことを思い出したのか、今にも泣きそうな表情でお父さんが声を震わせて言う。
「……」
「だから、巴が経験したことの気持ちならすっごく分かる。大切な人を失った、そのポカンと空いた気持ちなら理解できる」
マスク姿でどんな表情をしているか分からないが、私にくれる目線が優しかった。
「……ありがとう」
「良いよ。今度辛いことがあったら、言ってくれよな」
そう言われ、なぜか私はお父さんに抱きついた。そして、そのまま涙腺が緩み、自然と涙がわいてくる。
「……うぅうぅぅっぁうぁあぁぁあうぅぁぁぁうぁぁうあぁぁあ……」
泣いているとき、私の背中に温かいものが伝わる。
私の涙声が、閑静な住宅街に響いた。
「よし、帰るとするか」
お父さんが立ち上がって言う。
「一つだけ、聞いて良い?」
「なんだ?」
「さっきの話、ある映画の話だよね」
私が言うと、お父さんが「そうだ」と頷く。
「やっぱり! なんかどっかで聞いたことがある話だと思ったんだよねぇ」
「バレてたか」
お父さんが頭の後ろに手をやって「テヘペロ」と舌を出す。少しだけムカッときた。
「……信じて少しだけ損した」
私が大股で公園を去ると、お父さんが追いついて隣どうしで歩く。
二人で話す気持ちが、清々しかった。
家に帰り、シャワーを浴びた。
その後髪を乾かした後、自室に入ってベッドに寝転んだ。
「……あれ? 血」
布団に十円玉ぐらいの大きさをした血が染みこんでいた。いつのものだろうか、既に乾いていた。
「……私、やっぱりどうかしてたんだ」
枕元にあった携帯を手に取り、メッセージアプリを立ち上げる。そして、指が勝手に雅との会話をタップして画面に表示させていた。
「……懐かし」
画面をスクロールしながら会話を読んでいく。長々と会話をしているのが多く、中には夜中の三時まで会話をしているものまであった。その会話は、大体は電話であり、なかなかの長電話だったんだな、と思い出を噛み締めていた。
「……あら」
中には話題が飛んで次の話題に移った会話もあり、もし続いていたらどうだったんだろう、そう思ったこともあった。
でも。
彼はもう。
戻ってこない。
会えない。
会いたくても、会えない。
けど、もう吹っ切るしかない。
彼はもう、此の世にはいないんだ。
いないのに、勝手に絶望したら彼が悲しむ。
勝手に絶望して、勝手に死のうと思うと。
彼が悲しむ。
私が生きていれば、彼はきっと。
幸せになる。
あの世でも。
絶対。
明るいヒーリングライトが、私の心を照らした。
2020年9月20日
一
あのウイルスが世界中に拡まってから数ヶ月。激動の一年が終わろうとしていた。
六月と七月は平常登校とオンライン授業を組み合わせた、世間だとハイブリッド授業という手法で一学期が終わる。そして、肝心の夏休みはどうなったかと言えば、少し日数が減らされ、八月下旬から学校が始まるという異例な事態となった。
まだジリジリと太陽の光が容赦なく照りつける中、私も含め、うちの学校の生徒は汗をダラダラと流しながら学校に通った。中にはマスクを外し登校している生徒もいたため、近所の、いわゆるマスク警察がその人達を厳しく取り締まっていた。
そんな中、九月が到来する。
最近で言えば、長期政権であった安倍政権が持病の悪化の為に退陣、当時の官房長官であった菅義偉が安倍元総理の後を引き継ぎ、菅内閣として安倍路線を引き継いだ。
私はあまりニュースを見ない方だけど、菅総理が就任直後から携帯料金の引き下げなど、まさに自身が言っていた通り〝国民のために働く内閣〟なんだなって政治に関心のない私でもそう思った。
下旬になれば気温は少しずつ下がり始めていた。
「これが冬になれば一気に寒くなるのか~」
極度の冷え性でもある私は手を摩りながら登校していた。
アスファルトの道を歩いていると、マスク姿ではあるものの、最近まで誰もいなかった道に人が歩いていると、少しだけ心がホッとする。まあ、それは誰にとっても同じ、なのかな。
学校に到着し、下駄箱で上履きに履き替えていると、ある手紙が足下に落ちてきた。
「なんだこれ?」
その手紙を拾い中身を見てみると、そこに書かれていたのは恋文だった。自分はあなたのことが好き。好きだから放課後、下に書かれている場所に来て欲しい、と。
「ラブレターかぁ……」
そもそも私はラブレター自体を貰った経験がなく、これが初めての経験で何だか古臭く思えた。
――ラブレターって、何だか昭和のイメージ。
そう思いながら階段で四階にまで上がり、廊下を歩いて教室に入る。
白く綺麗な教室。邪魔なものはあまり置かれていない、無機質な教室。そんな教室をキュッキュッと床を鳴らして歩いていると、ある友達が後ろから驚かす。
「……あれ? 驚かないの?」
二年の時に友達になった女子――河和茉奈夏が言う。
「驚かないでしょ、普通。だって、教室のドアに潜んでいたんでしょ」
「ギクッ」
彼女が効果音を付けて驚いていると、私はさっさと自分の座席に歩く。窓際の最前席。そこが、私の席。
「ねね」
「ん?」
鞄を机の横に掛けていると、茉奈夏が話しかけてくる。
「亡くなったあの男子生徒のこと、知ってる?」
声を潜めて言うと、「うん、まあ」と私が言う。
「あの人、どういう経緯で感染したかも?」
「うん、まあ」
「知ってるんだ。でもなんで?」
「……誰にも言わない?」
私がこっそりと言うと、彼女は頷く。
「高一の頃、付き合ってた」
「へぇ⁉」
思わず声を上げて驚く茉奈夏に、私は唇に人差し指を添える。
「ごめんごめん。でも、付き合ってたんだ」
「うん。でも、あんまり出かけたりはしなかったんだけどね」
「そうなんだ。……あっ、あれやった? あの、カップル恒例の」
「え? カップル恒例のって?」
「キスだよ、キス。ほら、よく恋愛小説でよくあるじゃん」
「ああ~、よくあるよね」
「あったの?」
興味津々に彼女が聞くので、私はこっそりと頷いた。
「まじ? すご~い。私も一度で良いからしてみたいなぁ」
(どんな会話になってるんだろ、これ)
内心ツッコみながら、茉奈夏の何かと楽しんでいる様子を笑顔で見守った。
ある生徒の愛の告白を丁重に断った、放課後。
私は茉奈夏と一緒に駅前にあるカフェに来ていた。私たちが来ている駅前のカフェ、『リ・コンドルシュ』は元々『リ』という文字はついていなかったが、コロナ禍が始まって一度店を閉じてまた最近になって開けている、ということから『リ』がついているということだった。
店の外観はよくある洋風なカフェ、内装はチェーン店のような装いだった。スタバやスターバックスを彷彿させるような内装。それが、私たちも含まれるけど、今の若者に受けているとかなんとか。
窓際のテーブル席に向かい合って座る。私は普通のコーヒー、茉奈夏はカフェラテを頼む。カフェスタッフが店の奥へと消えるのを見計らって、私たちは会話を交わし始める。
最初は学校で起きる何気ない会話をして過ごしていたけど、次第にコロナ禍に関する話題へと変化していった。
「コロナ、いつ終息するんだろうね」
茉奈夏が運ばれてきたカフェラテを一口飲み、マスクを掛けてから言う。
「うん。普通、蔓延したウイルスって変異していく度に弱体していく一方だけど、今流行っているコロナウイルス、あまり変異しないよね。どうなってんだろ」
私がコーヒーを飲み、マスクをかけてから言う。
「あれじゃない? そもそもコロナは無かったとか」
「そんな陰謀論者みたいな発言は言わなくて良いの」
「テヘッ」
茉奈夏がおどけて言うと、「まあ本当に無かったら無かったで、一体何だったんだって言う話なんだけどさ」と目線を窓に向けて話し続ける。
「うん。もし本当に無かったとしたら、経験したことがないぐらい大騒ぎになってたかもね。でも」
「でも?」と彼女が首を傾げる。
「でも、今はマスクをしている。それってつまり、まだウイルスが蔓延しているからじゃない、かな?」
「確かに。うーん、でも、ウイルスは死滅しているのにマスクが未だ呼びかけられていた、としていたらどうなるんだろ」
「何だか陰謀論者みたいなことを言うよね、茉奈夏って」
「いやぁ~、何だかこういうことを話していると陰謀論者っぽく言いたくなるよね」
――同情を誘ってくる言い方だけど……、変人なの?
内心困惑をしていると、「巴ならどうする?」と聞かれる。
私は腕を組み唸る。
「うーん。私だったら、こう答えるかな」と言い、コホンと喉を鳴らして口を開ける。
「今こうして外に出られるのって、自らがマスクをして身の安全を確保していることだけじゃなくて、医療従事者の方々の頑張りもあるからだと思う。そのおかげか、日本は先進国の中でも被害が最小限にまで食い止められているでしょ? それが、ウイルスがいないだの、政府による茶番だの、そんなの言われても妄想癖が強い人だと思うんだよね。私にとって。だから、この数ヶ月間犠牲者が世界中より少ないのは、医療従事者の方々が最前線でウイルス、しかも未知とのウイルスと戦ってくれたおかげだと思う」
長く言葉を発し、乾いた口腔内をコーヒーで水分を満たす。
「……何だか、良い言葉だね」
微かにだけど茉奈夏が目に涙を浮かべる。
「え、なに泣いてんの?」と少し困惑して言うと、彼女が「うん」と頷く。
「だってさ……。巴の言う通り、この数ヶ月間あたしたちが合法的な引きこもりをしている中、一生懸命、致死率が分からなくて、まだ謎が多いウイルスに医療従事者の方々が頑張っているのか、と思っていたら急に涙腺が緩んじゃって」
「……涙腺緩っ」
唇の端を少し上げて苦笑いをしていると、「あそうだ」と彼女が隣に置いていた鞄をまさぐる。
「何か思い出したのかな……」
聞こえないように小声で呟くと、「はい、これ」と私に茉奈夏がある封筒を渡してくる。そこには私の名前が記されてあった。
「私の名前……? 誰からだろう」
「舞子って言う人から受け取ったんだけど、それ、巴の彼氏からだって」
「えっ」
思わず目を見開く。まさか、彼氏が私宛に遺言を遺すなんて。
「……どうしたの?」
茉奈夏が顔を覗くように言う。私は顔を振って「ううん」と誤魔化す。
涙腺が緩んできた。
やばいやばい。
今にも震えそうな手で封筒を開け、入っていた手紙を読み始める。
『拝啓、巴さんへ。
この手紙を読んでいるということは、もう僕は死んでいるということです。新型コロナで亡くなったのか、それとも喘息の発作で亡くなったか、それはこれを書いている時点で分かりません。けど、恐らくコロナで亡くなっていると僕は思います。
さて、本題に入りたいと思います。
僕が君に宛てて書いている理由はただ一つです。
それは、あなたに感謝しているからです。
え? なんで感謝しているのって?
不思議だよね。だけど、僕にとって不思議じゃない。
だって、君自身、意識していないことだから。
感謝をしたのは四月頃になります。
あの時の僕は、どうにかしてた。一言で言ってしまえば。
僕、下に一歳差の弟がいるんだけど、その人がまあワガママで。それで、三月にどうしても家族と旅行に行きたいだの騒いで結局旅行することになったんだけどね。そうしたら、コロナと被って。最初は母親も父親も揃って止めようとしたんだけど、弟が近所にいる陰謀論者みたいなやつに吹き込まれて、ワガママを押し切ったみたい。それで、あの場でも言った通り、僕だけ家に取り残されて旅行に行って。どうしようもない弟だったよ。ない根拠を並べて、まるで妄想癖のある人のように新型コロナウイルスについて語り初めて。どうしようもなかったよ。
それで、僕は家族をマスク姿で出迎えたよ。もしかしたらコロナに感染しているかもって。それに、持病のある人って重症化するリスクが高いんだっけ? だから、僕は余計に警戒した。もし感染したら死ぬつもりぐらいの。
両親は僕の考えに理解してくれたんだけど、陰謀論者に考えを吹き込まれた弟はなかなか理解して貰えなくて。両親はマスクをして貰えたんだけど、弟が何もしてくれなくて、結局僕も含めて一家全員感染してしまった。
こうなった以上、弟の責任だよね。うん。
星野家の汚点だよ。いや、人類の汚点、なのかな。そんな気がする。
それで、僕の感染がまだ確認されていないとき、精神を病んでしまった。こんな弟がいるせいで家族が滅茶苦茶にされたんだって。誰も会いたくなかった。本当に。
だけど、なぜか君に会いたくなった。
なんでかは知らない。
本当に。
なぜ急に君に会いたくなったのか、よく分からない。
だけど、これだけは言える。
僕は、君のことが好きだ。
好きだから、会いたい。
よく言うよね。もうすぐ自分が死ぬ時にもう一度会いたい人がいる場合、それは家族や友人、恋人などの大切な人になるんだって。
実感したよ。
僕は君のことが好きだから、会いたい。
だからあの時、メッセージを送ったんだ。
それで実際に君と会ったのは良いんだけど、その時の君は僕に驚いてた。
そうだよね。僕、変わりすぎたよね。
窶れて。
髪がボサボサで。
マスクで隠れているから分かんないと思うけど、髭もボーボーだった。
一瞬だけ落ち込んじゃった。ごめん。
その後も謝らないといけないよね。
突然暴力を振ったり、抱きついたり、キスしたりして、ごめん。
典型的なダメ男の例だよね。これ。
あの時の君が言ってくれた言葉、本当に僕の心に響いた。
大切な何かを失いかけていた気がする。
最期に君に向けてお別れの言葉を伝えたいと思います。
巴へ。短い間だったけどありがとう。
初めて出会ったのは確か、入学式の頃だったかな? あの頃はちゃんと面と面を交わしていなかったから会ったかどうかは分からないけど、僕としては会ったことにしてます。あの時、僕は君に一目惚れをしました。一瞬だったんだけど、あの時輝いていた君に僕は一目惚れをしました。
だけど、その時一つ欠点がありました。
それは、君と僕とは互いにクラスが同じだけど、席が離れていたという点。(気持ち悪いと思わないで)離れて見た君、本当に可愛いなぁって、見てました。勝手に。
それで、帰り際に連絡先でも交換しようかなって思ったんだけど、中学の頃から同じ友達に誘われて部活を見ることになって、何やかんやあって君と会うのが夏になっちゃった。
夏頃の君は最初見た頃より美しかった。何だか、大人の魅力が少し加味されていたような。化粧のせいかな? そのせいか、可愛く、少し大人っぽかった。
そして、あの時の告白は緊張したよ。人生で初めての経験だから。
だから、あの時君が僕の告白を受けて入れてくれて、本当に胸がホッとした。そして、これが〝恋〟なんだって、同時に思ったりもした。
ショッピングモールで一緒に行ったり。
学校の図書室で一緒に本を読んだり。
花火大会の時に恋愛小説でよくありがちなことをやったり。
僕にとって、大切な思い出。
僕にとって、君は大切な人。
本当にありがとう。
星野雅より
いつ振りだろう。
涙腺がこんなにも、緩くなってしまったのは。
此の世に未練を残し去ってしまった彼氏。
いや、正確にはもう彼氏と呼べない。
元彼だ。
だけど。
だけど。
だけど。
彼は、私のことを信頼してた。最期まで。
なのに、私は最後の最期まで信頼していなかった。
自分勝手で、中心的。
これじゃあ、自己中心的じゃん。
雅くんが悲しむ。
脳裏に彼の笑顔が霞む。
そして、目から頬を伝って涙が零れる。
「……ねぇ、涙」
茉奈夏のその声を聞いて現実に呼び戻される。
「あ、うん。……ごめん」
「……良いよ。ほら、ハンカチ」
そう言われ、私は彼女からハンカチを受け取って涙を拭く。
「……ちょっと、お手洗い行ってくる」
彼女がそう言うと、鞄から予備のハンカチを持って店の奥へと消える。
――うぅ……。
どうしよう。泣いてしまう。
マスクが濡れちゃう。
けど、止まんない。
止められない。
どうして?
どうして、涙が止まらないの?
なんで?
どうして?
ううううぅぅ……。
マスクで覆っているはずなのに、口が塞がらない。
そして、そこから呻き声が出てしまう。
うぅうぅぅっぁうぁあぁぁあうぅぁぁぁうぁぁうあぁぁあ……。
……そうだ。
水を飲もう。
マスクを外し、涙で震えた手で透明な液体が入ったプラスチックの容器を持つ。
しっかりと。
しっかり。
両手でホールドし、口に運ぼうとする。
だけど、震えてなかなか飲み込めない。
うぅうぅぅっぁうぁあぁぁあうぅぁぁぁうぁぁうあぁぁあ……。
水が零れる。
そして、私は上半身だけが崩れ、テーブルに落ちる。
うぅうぅぅっぁうぁあぁぁあうぅぁぁぁうぁぁうあぁぁあ……‼ うぅうぅぅっぁうぁあぁぁあうぅぁぁぁうぁぁうあぁぁあ……‼ うぅうぅぅっぁうぁあぁぁあうぅぁぁぁうぁぁうあぁぁあ……‼
一気に涙腺が崩壊した気がした。
こんなに泣いたのは初めてのような気がした。
ダメだ。我慢したらもっと出る気がする。
うっうっうっ……。
うっうっうっ……。
うっうっうっ……。
そう小さな隙間から漏れ出す声を出していると、誰かが私の背中をポン、と触る。
温かい。
ただ、温かい。
だけど、それ以上。
言葉では上手く言い表せないほど。
そんな感じがした。
涙でグシャグシャになった顔を後ろに向ける。
そこには、友人の茉奈夏がいた。
「もう……、一人で抱え込まなくて良いんだよ」
彼女のその言葉が、私の心に優しく溶け込む。
そして、涙腺が緩み。
緩み。
緩んで。
緩みまくって。
視界が透明な液体でぼやけ。
ついには。
目から涙をいっぱい、零した。
うぅうぅぅっぁうぁあぁぁあうぅぁぁぁうぁぁうあぁぁあ……‼
私の泣き声が、カフェで漂う優しい〝何か〟に溶け込んだ。
エピローグ
20〇〇年 春
「よっこらっせ」
巴はとあるアパートの一室に入り、絨毯に座った。
二〇〇〇年、巴は大学生になっていた。彼女は〇〇大学へと無事に入学し、一人暮らしをこの春から始めていた。
手狭で、昭和に建てられたアパートであることから、少し外観が古臭いと彼女は感じていた。
二〇〇〇年ではコロナ禍が終わり、人々もマスクを取り始めていた。そのためか、結婚式や、入学式、卒業式など、門出を祝う催しではマスクというものが消えていた。
しかし、それは日本だけだった。
海外ではオメガ株が更に変異し、新たなコロナウイルスとして世界中で猛威を振っていた。そして、ついには人類同士の争い、つまり戦争が始まり至るところで鉛玉が飛んでいた。
日本政府はオメガ株が変異した直後から、海外との渡航を一切禁じ、貿易も限られた国としかできないという、いわゆる〝鎖国体制〟がとられていた。
そんな海外で大変なことで起こっている中、日本国内では、巴は部屋でブツブツと呟いていた。
「うーん、これからどうしよっかなぁ」と天井を見上げて言う。
「やっぱ、大学生はバイトかなぁ」
「ああ、でもこの近くにバイトしてたっけ」
巴は白く塗装されたテーブルの上に置いてある、バイト募集の紙に手を触れる。
「……やってるなぁ。でも、人類がもうすぐ絶滅しそうなのにコンビニバイトって……」
バイト募集! という大きくプリントされたコンビニのチラシを放り投げ、巴は「あそうだ」とベッドの脇に置いてある鞄をまさぐり出す。
「うーん、どしよ」
巴が鼻と口の間に皺を寄せると、透明なテーブルに置いてある四六判の本に目が留まる。
それを手に取り、本のタイトルを口にした。
「『機械仕掛けの太陽』……」
『機械仕掛けの太陽』とは、現役の医師である知念実希人氏が新型コロナウイルスを巡り、様々な医療現場のリアルを赤裸々に綴った小説だった。
(……そうだ)
そして、そこからノートパソコンを取り出し、立ち上げる。
ブォン。
「……びっくりした」
パスワードを入れ、青い花が壁紙のデスクトップ画面が表示される。人差し指でマウスパッドを操作し、ワープロソフトを立ち上げる。
レイアウトタブから文字列の方向をクリック。
そこから、文字列の方向を横向きから縦向きに変える。
「……よし、今日から私は小説を書くとするか」
手をポキポキと鳴らす。気持ちよさそうだった。
慣れた手つきでキーボードを使い、書き出しの一文を打ち始めた。
日光が、彼女の横顔を指した。まるで、彼女の強い想いが指すかのように。
消えてしまった私の恋。 青冬夏 @lgm_manalar_writer
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