第36話 青空へアイを込めて
「伯父上、離しぃ! 角なしが、あの阿呆両親の二の舞いを! これじゃ、うちの結婚も! 台無しや! 許さん! 許さん!!」
「おい、錯乱し過ぎや。茜、大丈夫や、親父には、きぃ〜っちり、ちゃぁんと、色々話しさせてもろたわ。だから、お前の縁談も大丈夫や。棚橋も心配しとるから戻れ」
「なわけないやろ! お祖父様はあんな、うちを脅したのに!」
「落ち着け落ち着け、大丈夫や。夕の坊も反省して、嫁さんと仲良くしてるわ。お前はまず謝れ」
暴れ倒す茜を堂々と制御する早暁親方。そのおかげが、段々と落ち着いてきた茜は次第にずぅんと落ち込み始めた。やり取りを察するに、茜様の結婚を人質にされたせいで、今回の凶行を実行したのだろう。
気まずそうな彼女は、重い足取りで私のもとに戻ると、申し訳無さそうに頭を下げる。
「かんにんえ」
短いが、彼女ができる謝罪の最上級なのだろう。
まあでも、大事な情報を言うタイミングを逃し、取っ組み合いしていた私も悪い気もする。
「大丈夫です。それよりも、お互い汚れてしまいましたね」
「……ほんま、アンタは話すと力抜けるわ」
私達が着ている白無垢は土埃で血で、見るも無惨な姿に。化粧も髪も悲惨なことになっているだろう。喉の傷は、武装魔女の薬草で半年もあれば消えると思うけれど。
いつか集落に持ち帰る土産話が、一つ出来てしまった気持ちだ。茜様は呑気な私の雰囲気に頭を抱えつつ、少し笑う。
精霊たちもやっと和やかな雰囲気になったのに気づいたのか、きゃいきゃいとまた歓声と、ちりめん紙吹雪を撒き始める。
「すごい! 戦いだった!」
「嫁御様が鬼と互角なんて! 心強い!」
「鬼姫様のあの髪の掴み方豪快だった!」
「夕雅様、外野だったね〜」
楽しげに話す精霊たちに囲まれ、私は夕雅様から伸ばされた手を使い立ち上がる。近くによってきた女性のからくりに、白無垢を整えて貰う。土汚れも限りなく払ったが、後ろ髪は触れてみると散切りになっており、美しく結ぶことは難しいだろう。スケッチブックがあれば、付け毛とか包帯とかをその場しのぎで出せたのに。
もう髪の毛は短く白くなってしまい、すっかり枯渇していた。
そう思っていると、数十の精霊たちが私の近くにやってきた。
なんと道端の花で美しい花冠を結い上げてくれたようで、持ってきてくれたのだ。
「嫁御様におくりもの〜!」と楽しそうに私の頭に乗せる。姿見はないが、それが似合ってるといいなと思いつつ、夕雅様へと顔を向ける。
「似合ってますか?」
「はい、とても」
夕雅様に確認すると、彼は頬と耳を朱く染めながら頷いた。
さて、仕切り直し。
私は夕雅さまに案内されるようにして、お爺さんが引いてきただろう乳母車の中を覗く。
そこには、どこか夕雅さまの雰囲気を持った、片羽根の精霊がいた。上品かつ洗礼された服、紋付袴を着ているが、随分と弱っているように見えた。
「夕雅、そちらが緑壁国の方か」
「はい。私の半身であるテュベルーズでございます。こちらは、私のお父上であり、
「緑壁国第3王女、テュベルーズでございます。この度、夕雅様の半身になりました」
「そうか、良い人だ。我が親友からもお墨付きをもらっている。夕雅のことを頼んだぞ」
茜様も、一緒に来ただろう朧車や、早暁親方、精霊たちに囲まれた私達。彼らに頭を下げたあと、階段へと向き直る。
そして、もう一度石段へと一歩一歩と登り始めた。
視線を上げれば、もうすぐそこに雨神神宮。
「すごい、短いですね」
「早く来いと言ってるようですね」
露骨なほどに短い距離に苦笑いしながら、階段を登りきり、以前やったように手を洗う。
そして、またあの時の作法に則って手を合わせた。
心のなかで、こう伝える。
ーー夕雅様の半身になりますテュベルーズと申します。長い間お世話になります。
挨拶を終えて、空を見上げれば、雨雲が一面覆い始める。
ポツリポツリ、雨は勢いを少しずつ増していくが、まるで母が子を撫でるかのような優しい雨。目に入っても痛くないのが、何とも不思議だ。
その雨は、白無垢についていた土埃や血、痛みを、綺麗に洗い流していく。
「テュベルーズ殿、髪が」
夕雅様に声をかけられて、もしやと後頭部に手を回すと、先程まで短かった髪が元の長さほどまで伸びている。ただ、色はまだ着色していないため白色のままだ。
普通ならば一月以上は伸びるのにかかる長さが一瞬だ。これが、神様の力かなんて呑気に思ってしまう。
「伸びましたね」
「ええ、伸びましたね」
雨に濡れた私達はクスクスと笑い合う。以前よりも遥かに私達は結婚したんだなあと、実感が湧いてきた。
「夕雅様、これからもよろしくお願いいたします」
「私こそ、テュベルーズ殿、これからもよろしくお願いいたします」
頭を下げて一礼する私達。お互い同じタイミングで顔を上げると、雨雲はゆっくりと空へと溶けて、太陽の光が降り注いだ。
「そろそろですね」
「何がです?」
「空を見ていてください」
言われた通り、顔を上げると晴天の空に無数の色が集まり始める。それは次第に空に一つの川を作り始めた。
『小鳥』だ。あの千羽の『小鳥』が、空を飛んでいる。私が配色した美しいグラデーションとなって、川から円、円から鳥へと次々と陣形を変えていく。
「はい、テュベルーズ殿」
名前を呼ばれて振り向くと、夕雅様の手にはあの白銀の『小鳥』。彼の手には、私の瞳色の『小鳥』がいる。私はそれを受け取る。
「ありがとうございます」
陣形が変わる『小鳥』たち。最後は「祝」という文字を空に書いた。
「今です。投げますよ」
「投げる?」
「はい、そうです! では、せーのっ!」
「わあっ!」
急に投げると言われて、慌てる私の横で小鳥を下投げする夕雅様。少しズレたが私も同じように下投げすると、二匹の『小鳥』は宙で羽ばたき始め、祝へと向かっていく。
そして、『小鳥』たちは空の彼方へと消えていった。
終
奥方さまは魔女 〜年下旦那さまと過ごす島国スローライフ〜 木曜日御前 @narehatedeath888
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます