第35話 まさに泥仕合
なんとか受け身を取れたが、気が取られている間に、がっと喉元を手で掴まれる。首の皮膚に食込む鋭い爪先。目を開ければ、そこには乱れ髪に血眼になった茜の姿。彼女の白無垢も酷く開け、汚れていた。
「あっ、がね、ざま」
「すまんなぁ、お祖父様の言う事に逆らえんのや」
痛みと苦しさに藻掻く私に、茜様は悲しそうに眉を顰める。そして、夕雅様の方へと顔を向けた。
「角なし、この女殺されたくなかったら、今すぐに婚姻の儀式を……がっ!」
それが一瞬の隙を産んだ。私の蹴りが彼女の腹に決まる。少し緩んだ手元を容赦なく外そうと、今度は掴んでいた手首を掴み、もう片方の手を茜の顎下へと突き出した。しかし、彼女もただじゃ折れない。馬乗りの彼女は、顔に放たれた手を除けて今度は私の額に頭突きをする。
ガクンッといい音が響き渡る。私仕方ないと、茜の着物の襟元を掴み、引っ張る反動でぐるんと私が今度馬乗りになった。
「何すんねん!」
「私、一応、武装魔女なので、掟として売られた
武装魔女の中でもほぼ最弱とは言え、長い間戦闘訓練を受けてきた私。魔法が使えない分、体術にはかなり力を注いできた。
相手が怯んだ隙に、開いた肩へ一発拳を入れた。関節と中心核を潰せ、というのが武装魔女の教えである。しかし、相手の茜も負けじと私の前髪を掴み、ガクガクと揺さぶった。
「茜、やめなさい! テュベルーズ殿も落ち着いて」
我に返った夕雅様が慌てて仲裁に入るが、茜様が驚いたのか動きを一瞬止めた。その隙を突いて、私は彼女を地面に沈め、関節技を決めた。
「離せ! あんたが白無垢の嫌がらせで折れへんから! こんなことに! なんでノリノリで白無垢作り始めるんや! おかしいやろ!」
解こうと暴れる茜様であるが、流石に関節技を解くのは難しいようだ。
「服を作るのが楽しかったのですもの! 嫌がらせだとは思いませんでしたわ!」
「こんのカマトトが! 雨神様が認める前にこの婚姻を潰さんと、お祖父様にうちの結婚が! うちの結婚がぁあ!」
遂に、茜様がボロボロと泣き始めた。どうやら、彼女にも何かしらの事情があるのだろう。
彼女の髪に辛うじて残る黄色いとんぼ玉。それは、彼女があの時に選んだ色だ。
黄色いとんぼ玉が、彼女の言葉で誰を指しているのかわかる。
でも、彼女は一つ知らないことがあるようだ。
「茜さん、もう私達、婚姻してますわ」
「は?」
「だから、もう夫婦ですわ」
ぽかんとした顔の彼女。次第に意味を理解したのか、さあっと顔が青褪めていく。止めようとしてたものが既に終わっていたなんて、予想外だったのだろう。
彼女は、力任せに私の拘束を解き、ゆっくりと立ち上がった。ふいを突かれ地面に転がった私は、衝撃で動きが遅れ、ただ彼女を見上げることしかできない。
次の瞬間、今度は夕雅様の方へと走っていった。夕雅様に殴りかかろうとした彼女に、私は一瞬にして血がのぼる。
傷つけさせない。
取り押さえようとすぐに踏み込む。しかし、彼女の攻撃は間一髪の所で、夕雅様には届かなかった。
「離せ!」
「いやや、姪っ子の暴走を止めるのも役目やからな」
「いやあ、女同士の泥仕合。なんとも、素晴らしい泥々さでごぜぇましたわ!」
そこには、先程までは居なかった二人。
茜の首根っこを掴んでいる草臥れた表情の早暁親方と、けらけらと笑う鶯さんだった。
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