第2話 終末のベランダ、煙草の味
あなたは世界の終わりに何をするでしょうか。何を願うでしょうか。
僕なら、君なら、彼なら、彼女なら、あるいは私たちなら。
何故そんなことを訊くかって。どうやらこの世界は巨大な隕石によってあと少しで終わるらしいです。
あと少し。あと少しとはどれくらいでしょうか。
カップラーメンができるくらい?
それとも、日曜日の夕方に思う月曜日くらい?
私にとっては時間の感覚なんて、とても曖昧で希薄なもので、まるで終わらない夏休みのようなものです。
何故なら私は不老不死なので。それも死ぬことが許されないほどの。
長い間生きてきて、とても多くの人を見送ってきました。とても、とても多くの。
その中で、大事な人はもう作らないと心に決めたはずでした。その理由は2つあります。1つは私より先に死んでしまうから。
しかし、今私の隣にはここ1000年間で最も大切と言える人がいます。
時刻は夜明け前。世界の片隅、
最期なんだから少しは隕石より私を見て欲しいものです。
「煙草、苦手なんだから中入ってなよ。少し見たら行くから」
「嫌だ。1秒でも長く一緒に居たいし」
私が首を横に張って否定すると、彼は「そっか」と言いながら、左側にいる私の小指に自分の小指を軽く絡ませる。
「煙草、ちょうだい。」
「……はい。」
私が彼に煙草を催促すると、彼は少し考えたあとに箱から一本取り出して、私の口に咥えさせ、火をつけるために懐からライターを取り出して着火を試みました。
「あれ、ごめん。ライター切れたみたいだ。」
「大丈夫。ここから貰えばいいから。」
私は言いながら、煙草を咥えたまま彼に顔を近づけて、既に着火されている彼の煙草の先端に私の煙草の先端を付けました。
「吸って。」私が言うと、彼は不服そうに煙草を吸い、先端が仄かに赤くなり、私もそれに合わせて煙草を吹かしました。
「けほけほっ……」
「慣れないのに一気に吸うから。」
「不味っ……」
「そりゃ美味しくないよ」
想像通りのリアクションだったのか、彼は煙草に
「ねえ」
彼が今にも消えてしまいそうな夏の蜃気楼の様な声で私を呼びました。
「うん?」
私が首を傾げながら彼の次の言葉を待っていると、彼は徐に話し始めました。
「隕石で世界が終わっても、やっぱり死ねなそうか?」
「うん、多分死なないよ。」
「そっか……」
私がそう返すと彼はどこか安堵した様な、でも寂しそうな笑顔を浮かべて私の眼を見据えると、繋いでいた小指を
私は大人しく撫でられていましたが、内心は不服でした。何故なら、私が生きることに安堵しつつも、これから死ぬ自分を顧みない彼をズルいと思ったからです。
「ねえ。」
「ん……!?」
私に呼ばれて、彼は私の方を振り向いたので、それを逃すことなく腕を彼の後ろ側に絡ませて、口付けを交わしました。身長差を補う様に背伸びをしながら。
「ふふ、煙草の味だ。」
「えっ……な……?!」
私が口付けをすると彼は分かりやすく
私が大事な人を長い間作らなかった理由、その2つ目に
"恋する人に口付けをするとその人も不老不死になる"
というものがあるからです。好きな人とキスもできなく、不老不死という重責を負わせてしまう。
極め付けはそのデメリットです。
"ただし、被不老不死者は自らを不老不死にした相手のことを含めたその他の記憶が無くなる"
不老不死に余りあるほどのデメリットです。不老不死になったんだから記憶もゼロからやり直せとでも言うんでしょうか。
もちろんこのことを彼は知りません。そのことを知る由もない彼は未だに突然のキスに困惑していたので、私は
「ほら。もうすぐ夜が明けるよ」
次の瞬間、世界が朝を告げる様に明るくなり始めましたが、これは太陽ではありません。隕石の光でした。
この時の私は罪悪感に蝕まれていました。彼を私と同じ檻に閉じ込めてしまった。彼に嘘をついて、死ぬよりも恐ろしい呪いをかけてしまった。
ごめんね。でも、それでも、私はあなたに生きて欲しかった。
「ねえ」彼が私を呼びました。
「なあに?」
「僕は君が好きだよ。」
「うん。」
「君は……君はどう?」
「私も。」
また、いつか。
2人で一緒に手を繋げるように。
終末の夜が明けたあと、あなたに出会えますように。
掌編のゴミ箱 夜凪惰 らく @Abel-eiberu
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