劇団トロンプルイユのオーディション

青時雨

劇団トロンプルイユのオーディション

私は今、劇団トロンプルイユの入団試験を受けるため、他の入団希望者と共に馬車に乗っている。

入団希望者は青年が二人、私を含めて女性が二人。

馬を走らせている男に「俺トランペットっていうんだ」「あなたは劇団の人?」「どんなオーディションか知ってる?」などと口の減らない入団希望者である一人の青年──トランペットが尋ねるが、男は何も答えなかった。


さぁ、どんなオーディションでも受けて立つわ。


私は気合いを入れながら、街に比べて空気のいい森の空気を肺いっぱいに吸い込んだ。朝早いせいか山の空気は冷たかったけれど、おかげで気合いが入った。



馬が足を止め寡黙な男が「着いたぞ」と呟くように知らせた時、私たちは山の中腹まで来ていた。木々の間から見える景色はきっと美しい街並みなのだろうけれど、神秘的でいて少しだけ恐怖を感じる森の中に佇む屋敷に釘付けになり背後を振り返れば見える街並みには気が付かなかった。

屋敷の扉を女の入団希望者が開けると、中ではパーティーのような催しが行われていた。



「あら、来たのね。あなたたち、劇団の入団希望者でしょう?」



何というわけではないが、この空間自体に違和感を感じた。理由はないが、なんとなく気持ちが悪い。



「ええ。あの、オーディション会場はどちらでしょうか」



馬車に乗っている間ずっと読書をしていた眼鏡の男が尋ねた。するとドレスを着た女性は可愛らしく微笑んだ。



「わからないわ。ここでパーティーを楽しんでいる私たちは来賓なの」


「オーディションがある日も公演があるんですね!。もし落ちてもフルート、その公演だけは思い出に見て帰りたいわ」



落ちるだなんて可能性を考えている時点で、貴女はオーディションに落ちるでしょうね。


胸中でそんなことを零しながら、私は周囲を見渡す。



「劇団の最高責任者、この劇団を立ち上げた天才は今お留守なの。さっき手紙を届けると言って出ていったわ、自由な人よね」


「そう…ですか」



この時間に入団希望者を集めたのはその天才のはずだ。やっぱり何かがおかしい。

私は少し怖くなって、隣にいた眼鏡をかけた入団希望者に話しかける。



「ねえ、何だか妙じゃない?」


「何がだい?」


「…わからないならいいわ」



さっきから視線を感じる。

パーティーを楽しんでいる来賓たちが、未来の劇団員になるかもいれない私たちを興味から見ているお気楽な視線ではない。

何かを見定めるような鋭い視線だ。

違っていたら大恥をかくが、それでもいい。私はこの劇団に絶対に入団したいのよッ!



「さあさ皆さん、今日はお集まりいただきありがとうございます!」



私以外の入団希望者が驚いたように振り返る。



「どうしたんだよ、急に大声で」


「ッ…まさか貴女がこの劇団の?」



胸の前で祈るように手を合わせたフルートが目を輝かせた。

そう、それでいい。



「そうだよ、私がその天才!。留守にしていたけれどたった今、劇団ここへ戻ったよ!」


「劇団の天才は男だと思っていたけれど…先入観というのはよくないね!。初めまして、俺はトランペットっていうんだ、よろしく!」



ペラペラと自分の生い立ちから話始める彼を咳払いで黙らせた眼鏡の入団希望者は、「ファルセットです」と名のると突然その場で踊り出した。



「どうです、僕のダンスは。この劇団でも通用するでしょう?」


「通用するかもしれないね?。けどこの劇団に入団出来る子は、私の気に入った子だけ。さぁ!オーディションの始まりだ。みんな私が気に入ってしまうような素敵な演技をしてみせて?」



私をこの劇団の天才だと思い込んだ三人の入団希望者、トランペット、ファルセット、フルートは、同じ入団希望者でしかない私の前で必死に色んな役を演じた。

その間、私はこの劇団の「天才」を演じながら「来賓」の様子を窺った。

やはり、



「さあさ、君たち。このまま演じ続けたら倒れてしまうよ?」



オーディションが終わったとした彼らは我先にと私の元に駆け寄ってきた。



「僕はッ僕は受かりましたかッ」


「楽しかったぁ〜。もし落ちてもまた来年受けにくるよ」


「私は…受かりましたでしょうか?」



必死の形相で受かったか否かを尋ねてくるファルセット。オーディションの結果より、役を演じることをめいいっぱい楽しんだことに満足したらしいトランペット。

不安げに私の顔を伺う自信のなさそうなフルート。

あなたたちが受かったかどうかなんて、私にはわからないわ。



「オーディションはこれで終わりだ」



振り返ると、馬車で私たちをここへ連れてきてくれた男が扉の前に佇んでいた。



「トランペット、ファルセット、フルート、みな不合格だ。さあ馬車に乗れ」


「そ、そんなッ。僕の何がいけなかったんでしょうかッ」



半ば縋り付くように私に訴えるファルセット。ごめんね、私にはわからない。

私はなんとなくオーディションの仕掛けに気が付きながらも、一応彼らの手前最後まで「天才」を演じる。



「じゃあね、天才さん!また来年挑戦するよ」



どこまでもポジティブなトランペットのメンタルに感心していると、諦観の滲んだ瞳で彼の後に続くフルートが肩を落としながら振り返った。



「ええっと、ファルセットさん。馬車がまっているので…」



彼女の消え入りそうな声を無視して、ファルセットはまだ「父様になんと説明したらいいのか…」などとぶつぶつ独り言を言っていた。

入団試験者三人が馬車に乗り込むと、彼らに少し待っているように言った男は屋敷の扉を閉めた。

彼が二回ほど手を叩くと、ドレスやタキシードを来ていた「来賓」たちの様子が一転した。

ドレス姿で床に座り込む者、タキシード姿なのに筋トレを始めるもの。懐から丸まった台本を取り出す者。



「貴方がここの劇団の天才?」


「ん?、そうだよ」



寡黙な印象だった男は、陽気に話し出す。



「来賓もここの劇団員の方だったんですね」


「そうそう。だってオーディションには審査員が必要だろう?」



まあ、そうなのだけれど。

まさかあんな形で行われるとは。気づいていなかったら、ただ来賓がパーティーを楽しむ演技を見せられて終わるところだった。



「屋敷に入った時は妙だなくらいにしか思わなかったんです。でも視線が妙だなって」


「あまりジロジロ見るなって台本にも書いておいたのに。まあ新人になるかもしれない子だから、気になって見ちゃうよね」


「貴方はどこから見ていたんですか?」


「天才だからね。この屋敷の中で起こっていることは、僕の脳内で起こっていること」



意味は全くわからないが、まあ見ていたのだろう。



「オーディション、私は合格しましたか?」


「うん、当然だよ。僕の意地悪なオーディション形式にも気がていたし、まさか天才ぼくを演じるなんて怖いもの知らずっていうか、大胆だよね」


「それが狙いでもあったんで」


「気に入った。今日から君は劇団の一員だ。よろしくね」



握手を交わすと、「来賓」を演じていた先輩たちが拍手を送ってくれた。







〇○〇○〇○〇







一度幕が下りて、再び上がる。

カーテンコールだ。

来賓役の団員が横一列に並び、隣の団員と手を繋いでお辞儀をした。

彼らが少し後ろにさがると、とびきりキュートな笑顔を観客に向ける「フルート」役の役者と、名前の着く役に抜擢された「ファルセット」役の新人役者が下手から出てきた。

大きな拍手がお辞儀をする彼らに贈られた。

二人が少し後ろにさがると、女性人気が絶えない「トランペット」役の役者が手を振りながらチャーミングな笑顔で上手から登場する。これまでよりも大きな拍手があがり、黄色い歓声があがる。

そして最後に、上手から今回の主役───「」役の役者の手をとり「天才」役の役者が上手から現れる。

耳が痛くなるほどの拍手で、劇場が熱気で満たされる。

主役の二人が二度ほどお辞儀をすると、まだ劇の世界に浸っていたい観客の気持ちを察してか、幕がゆったりと降りていった。




下 閉幕 上

手〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜手

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劇団トロンプルイユのオーディション 青時雨 @greentea1

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