報告11 狂戦士③
ウィン・イカリオスと出会えたのは、その剣闘興行の5日後だった。墓場へと続く、細くじめじめとした路地を上り、おれのねぐらに現れた剣闘士は、いつものように軽口を叩きながら、部屋で一番上等のソファにその体を預けた。大きくて長いため息。顔色が悪く見えるのは、午後の光が部屋に差し込まないからばかりではなかった。
「マンティコアの毒気に当てられたからな。それにずいぶん血も流れた」
不死身の肉体を持つこの男が、特別興行で巻き起こした熱狂については耳にしていた。あの日、湧き上がった地響きのような歓声はここまで届いたし、それ以降、街の人に会ってウィン・イカリオスのイカれた戦いぶりについて論評を聞かされない日はなかったからだ。悪名にしろ、名声にしろ、“狂戦士”の評判はさらに高まったことは間違いない。おれが闘技場に提出したウィンの奴隷的な剣闘士契約の解除を求める申請は却下された。彼はこれからも見世物として戦い続けなければならない。
「やめろと言われてもやめない」
それは雇い主が始めたことだからだと彼は言う。自分勝手に始めておいて当の本人の知らないところでやめさせるなんてことがあってたまるかと腹を立てていた。申請を上げたのがおれだということは知っていたが、ひとこともおれを責める言葉はなかった。
「何人も死んだし、何人も殺してきた。すべてあの人の与えてくれる夢に乗っかるためだった。殺したやつ、殺されたやつに対する責任がある。おれとあの人との連帯責任だ」
だからやめないのだという。不潔で埃っぽく、猥雑で貧しかった居留地の、それでも抜けるように高く青かった空を探すように、ウィンは黒ずんだ部屋の壁からひび割れたガラス窓へと視線をさまよわせた。同じように家族を殺され、家を壊された子どもたちと追いはじめたこの夢を自分だけが諦めることはできない。これになんらかの形で決着をつけるまで、戦い続けるしか方法をしらない。
「勇者になるのさ」
誓いは美しくもなければ高尚でもない。情熱的ではあっても薄汚れていて打算的だ。しかし、体を乗り出し、力を貸してくれと肩を掴む“狂戦士”ウィン・イカリオスの視線をおれは外すことができなかった。見込まれてしまったからには共に狂うしかない。冒険者であるからには、おれだって何かのために、誰かのためにこの命を使いたいから。おれたちの旅は続く。
(狂戦士 終わり)
冒険者が綴る異世界報告書 藤光 @gigan_280614
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