手書きの何がいいかと言えば(柴田元幸)

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 手書きの何がいいかと言えば、まず眼が疲れないこと。そして姿勢の自由が利くことですね。パソコンは画面と適正な距離、姿勢を保たないと作業がしづらいんですよね。その不自由さがうっとうしい。

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『文芸翻訳家、柴田元幸さんに聞く海外文学翻訳の今と未来』


 引用の最後にある「不自由」というのも大事なところだ。単に姿勢が動かせなくて不自由だということだけではない。わたしは、パソコンでキーボードを使って書くと発想自体が不自由になってしまう気がしている。


 キーボードだと、頭の中で考えたことがすぐに文字になってしまうので、頭だけで書くことになりがちだ。でも手書きだと、書くのがゆっくりだから、考えたことを書き終わる前に別のことを考えてしまう。そのため、書こうとしたことが少しずつずれたり、揺らいだりする。それで、書く前は考えてもいなかったことが書けてしまうことが多いように思う。つまりアイデアが出やすいのだ。書こうとしたことと実際に書くこととのあいだのずれと揺らぎの部分は、頭ではなく、身体のそのつどの反応で生み出されたものだ。比喩的に言うなら、言葉とダンスしながら書いているようなものかもしれない。そこに自由があるのだと思う。


 柴田さんは「手書きの方が速い」とも言っている。それはもちろん文字を書く速さのことではなく、トータルで見たときの仕事の速さのことだろう。手書きは楽だから、休憩をあまり挟まなくても作業をつづけることができる。また、さっき述べたように手書きの方がアイデアが浮かびやすいので、書いていて行き詰まることが少ない。文章を書くというのは単に文字を入力するというだけではなく、もっといろんな側面を持っている。そのため、入力時間はかかるとしても、トータルで見ると手書きの方が速くなるのだろう。


 あと、大事なことだけど、手書きの方が楽しい。鼻歌を歌うような、遊びの感覚がある。書くことはなんといっても、まずは遊びなのだ。

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なんかもうダメになったときのためのいい言葉全集 残機弐号 @odmy

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