第19話本部突撃⑨
空の半分以上は夜の影に覆われ初めていた。
千切れかけた皮一枚で繋がる左手を手首に押さえつけながら南東の壁の門前にジョシュアードは彷徨い、たどり着いた。
「ジョシュアード、生きてたのか!」
自身の所属する部隊の隊長が駆け寄り肩を支える。ジョシュアードはそれに甘え半ば体重を預けるようにもたれかかった。手首を切断されかけたのだ、体力的に限界が近いだろう。
隊長の仲間はそんなジョシュアードを見て問う。
「レディグルは、どうしたんだ?!」
ジョシュアードは、すこし誇張して答えた。
「殺られた…17歳くらいの子供に、一瞬で」
17歳くらいの子供というのはデイビッドの事だろう。仲間達はそれを聞くと顔を怒りで歪めた。それは今にも血眼になってデイビッドのことを探して殺そうな勢いだった。
隊長は悲しみに顔を染め上げながらも、ジョシュアード達に言った。
「…レディグルのことは大変申し訳ない、俺が別の隊の援護を任せたばかりに…前線が崩壊した、俺たちも撤退しないとまずいぞ!」
そういうと仲間達が門を開ける。そこへ一つの足音がやってきた。ジョシュアード一行はその足音の方へ視線を移すと、そこには男が立っていて、その男は顔にマスクをつけた手にフランベルジュを握っていた。ただそのに立っているというのにかなりの殺意を感じとるジョシュアード一行は男に剣を向けて構える、隊長を除いて。マスクの男はジョシュアードを見ると言う。
「見つ、けた。ジョシュ、アード、と言う、の、ですね、彼。」
マスクの男は剣を左肩に乗せるように構える。
ジョシュアードはその男を見ると叫んだ。
「その男は気をつけろ、俺の左手首をやった奴だ!」
ジョシュアードの言葉に一同は驚く。
「そいつに構うな、もう逃げるぞ!」
隊長がそう言った。一同は開いた門に向けて走り出す。その様子を見たマスクの男は、辺りを見回すと、帝国兵の死体があった。それに握られている槍に手を伸しマスクの男は手に取った槍を舐め回すように見ると、右手で逆手に持ち、肩の上に小さく掲げる。そしてそれをジョシュアード一行の1人、ジョシュアードの横を走る王国兵に投げつける。
投げつけられた槍は王国兵のうなじに突き刺さりそのまま貫通した。
「ラドラ、ラドラがやられた!」
"ラドラ"と、ジョシュアードに名を呼ばれた王国兵は前にばたりと倒れる。喉に突き刺さった槍は地面に刺さり、ラドラの頭と体はその槍に沿ってゆっくりと下がっていった。
マスクの男は近づき、ラドラの体を踏みつけ、槍を引き抜くとまた再び逆手に持ち、小さく掲げるように構えた。
「狙い、がずれ、ました、ジョシュ、アード、くん、次は外し、ません、よ。」
今度はジョシュアードに向けて投げつける。
狙いは一直線、ジョシュアードのうなじに向けて迫る、すると横にいた男が動く。
「逃げろジョシュアード!___」
ジョシュアードを隊長が突き飛ばした。
槍は隊長の肋骨のみぞおちに深く突き刺さる。ジョシュアードは横に倒れるも、即座に起き上がり隊長を見る。隊長は血を吐き、倒れながらも隊長はジョシュアードに向けて息絶え絶えに言う。
「早く…逃げるんだ…ジョシュ、アード…」
「…、すいません隊長!」
そう言い、ジョシュアードは涙をこぼしながらも立ち上がり走り始め、仲間達を追った。
この日初めてジョシュアードは泣いた。
自分を初めて褒めてくれた人を、ご飯も与えられず、ただ自分を粗末に扱い、殴る蹴るだけの親よりも自分を大切にしてくれた隊長を、自分を弟のように可愛がってくれたレディグルを亡くした。ジョシュアードは泣きながら走る__
___途端ジョシュアードは泣くのをやめた。
「まぁ、いいか。」
奪われて、自分の大切なものが減ったのであればまた出せば良い。仇討ちなんて奪い返す面倒なマネはせず、新しい大切な物を探せばいい。
ジョシュアードはそう考えた。
~~~
王国兵たちはロズウェルに向けて敗走中だった。もう夜の帷が完全に降り始めた頃、マイクは自分を馬に乗せた王国兵に感謝する。
「ブロウズ、すまない。」
ブロウズと呼ばれた王国兵はいった。
「いいさマイク、本部を叩かれれば策には無力だからな。それより何があったんだよ、本部は!」
マイクは顔を顰めて、まるで嫌な事を思い出すように短く話した。
「ギフターの体がクソデカい"アメリナ"って名乗った金髪の女に本部をメチャクチャにされた!」
ブロウズはそれを聞くとマイクにさらに問う。
「あの爆炎はそのアメリナってアマのギフトなのか?」
マイクはそれにさらに答えた。
「いやただの爆炎だけじゃない、触れると爆発する剣を持ってやがった!」
ブロウズはそれを聞くと苦笑いして、馬の手綱を「ぴしゃり」と跳ねさせ、馬はさらに加速する。ブロウズはマイクを見ると言う。
「完全に退却したらメネ様に報告だ、よく生き残れたなマイク!」
~~~
勝鬨が本部内のテントにこだましていた。
「なんで誰も追撃なりしねぇんだ?。」
ヨーストは驚いた。東壁の開いた穴を覗くと多数の王国軍が南東に向けて走っていた。
するとそこへハイミルナンが近寄り、ヨーストに嬉々として話しかける。
「私たち勝ったの、王国のクソ共は逃げてるのよ!逃げる奴らを追う意味なんてないの!」
ハイミルナンの口から"クソ"と言う言葉が出てきたことに驚きつつも、「まぁそうかそうだよな」と納得していた。もし追う意味があるのなら、自分たちはテリウス砦の時に死んでいたし目的は達成した以上もう追う意味はなかった。
「デイビッドに教えてこなきゃ!」
ハイミルナンはそう言いテント群の方へ歩いて行った。
「俺もデイビッドの事心配だから行くわ。」
ヨーストはそれにつき従って歩いていった。
~~~
この日、帝国軍は数的な不利に、多大な損害を出しながらも王国軍に勝利した。
この戦で、2匹の化け物が現れる。
ただ人に褒められたい愛されたい、与えられたい、奪いたいと願う大きな化け物。
ただ取り返したい、守りたい、奪いたいと願う小さな化け物。よく似る2匹の化け物は、この戦の中で何を見出し、何を奪うのか。
それはまだわからない。
探し戦 黒縁めがね @1010111
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