第21話 幸福な嫁入り
「ヴェルラクシェ、こっちだよ」
イファルド家の面々を探していた私の肩を、長兄が優しくたたいた。
「お兄さま……!」
会場の絶妙に目立たない位置に立っていた父が、手を挙げて迎えてくれる。
「あぁ、かわいいヴェルラクシェ。久しぶりだね。会いたかったよ」
「お父様、ご無沙汰しておりました」
私が父と再会の抱擁をしている間に、4人の兄たちが、口々に元気だったか、綺麗だよと声をかけてくれて涙腺がゆるむ。
「お母さまは……?」
「すまない、一緒に支度はしたんだが、急に仕事が入ってしまってね」
娘の披露宴より、民のための仕事を迷い無く選んだことだろう。
母らしくて誇らしかった。
「パトラス様、娘をこんなに立派に
お父様がジオに向かって一礼すると、彼も一歩前へ出る。
「何でも似合う妻で助かりましたよ。それに
それもありがとう、と父は握手を求める。
強く手をにぎりあった後で、ジオは「あとは家族水入らずで」とヒラリと手を振って場を離れてしまった。
「お父様、お兄様、今日は来て下さってありがとうございます。私のような魔導士のなりそこないにはもったいない夫ですが、このご縁を大切に歩んでまいります」
本来家を出る時の挨拶を、やっとここでできた。
「おまえはまだそんな事を言っているのか」と次兄から呆れたような声が投げられる。
父は、小さい頃の私を叱る時と同じ調子で「ヴェルラクシェ」と呼んだ。
「……いいかい? 今日はそんなことは何一つ関係ない。おまえは夫に愛されて、こんなに綺麗に咲いた一輪の花だ。それを全力で誇りなさい」
卑屈になってはダメだよと、父の瞳はどこまでも優しい。
「僕たちの耳にも、便利屋パトラスの功績が届いているよ。魔導士じゃなくて、魔法使いなんだって? すごいじゃないか」
「でも、火の家の立場が……それは、やはり」
私のせいですね、という言葉は飲み込む。
今日の
「違うよ。僕らが今までいろいろ甘かった。それだけだよ」
でもそれは、これから取り戻すから大丈夫と、お兄様は力強く微笑んだ。
「これからは、火の魔導爵家と魔導士と、便利屋パトラスの魔法使いとして、共にエミリアの発展に尽くそう」
4人のお兄様の手が、順番に私の手の上に重なって、最後にそれをお父様の手が上下から挟む。
「ヴェルラクシェと一緒に働ける日がくるのを、俺たちみんな、待ってたよ」
浮かんできた涙を払って、私は「はい」と背筋を伸ばした。
その後は父のエスコートで、各家をあいさつ回りする。
意外なことに、便利屋に対して好意的な声が多かった。
「モフモンヌの小屋、気になってはいたんだが、手が回らなくてな。助かった」
風の魔導士に言われて、また何かあれば、と会釈する。
皆、この国のために一生懸命、働いている。
手が回らなくてはがゆい思いをしているのは、業務にあたる魔導士たちだって同じだ。
私の魔法は天気次第で、他の魔導士たちのように、安定供給ができない。
その分、国中を歩き、困りごとに耳を傾け、魔導士の手からこぼれた仕事をすくいあげよう。
ジオと、一緒に。
遅れてきた客が扉の前に姿を現した時、会場内の視線が自然と吸い寄せられた。
そこに立つだけで辺りを照らすような、気高い姿で、母は優雅に魔導士の礼をとる。
陛下に今日の会のお礼を申し上げた後、王室の面々を回り、魔導爵家へとそつなく挨拶して歩く。
そして、恩爵家を年長者から順にたずねて、最後に私の前に来た。
シンプルなドレスの上から、ふわりとまとった絹。肩から垂らしてゆるく編んだ髪。
イファルド家の娘ならば、絶対に許されない支度に、母の厳しい視線が注がれる。
「パトラス様のお見立てかしら?」
久々に聞く威圧感のある声に、萎えそうになる背筋を励ました。
「はい、ふたりで支度いたしました」
目を逸らさず胸を張る。彼の妻として恥ずかしいことなんか、なにひとつ無い。
「そう。とても……似合っているわ」
目尻が細められて、ほんの一瞬、母がほほ笑んだ。
「パトラス様はどちらに?」
あまりに久しぶりに見た母の微笑に、あっというまに浮足立って、声が上ずる。
「あ、あの、風に当たりに外に……」
「どこぞのご令嬢ですか、不甲斐ない」
そこは容赦ない一言で切り捨てられた。確かに、ちょっと酔ってしまったので風にあたって参りますわって、ご令嬢のセリフね。
「来たばかりですが、仕事が残っているので、私はこれで失礼いたします。パトラス様に
言うだけ言って、来たときと同じように悠々と退出する母に、ひそひそ声が聞こえる。
「実の娘にあの態度。やはり、家を追放したという噂は本当なのね」
「仕事仕事って、娘の披露宴の時にまでこれみよがしに。親子の溝は深いねぇ」
外野には分かるまい、もしかしたら、兄たちにもお父様にも分からないかもしれない。
お母さまは、ジオ・パトラスと、その妻となった私を認めてくれた。
今、確かに、認めてくれたのだ。
ジオはバルコニーで、優雅に酒の入ったグラスを傾けていた。
「お母さまが、あなたによろしくですって」
裏がありそうで怖いなと言う彼に、気になるならまだ追いかけられるわよと伝えると、プルプルと首を横に振る。
「こちらこそどうぞよろしくと伝えておいてくれ。あの人は苦手だ」
ワルツの演奏が始まったので、チラリと傍らを見上げると、ジオは舌を出した。
「俺にダンスが踊れるとでも?」
私だって学園で習ったきりだけど、折角だからパートナーと踊ってみたい。
「あら、何でもできそうな器用な旦那様に見えるのだけど」
一応言ってみるが、安い挑発に乗る気はないらしい、フンと鼻で笑われただけだった。
「踊りは見るのが専門」
「……それって、いかがわしい踊りでしょう」
バレたか、と悪びれることもない夫の隣に並んで、城の夜風を額に受ける。
再びこんな清々しい気持ちで登城する日が来るなんて、最後の試験に落第した時には想像もしなかった。
彼の肩に頭をもたせかけると、腰に回された腕が抱き寄せてくれる。
「私と一緒にいてくれて、ありがとう」
情熱的なワルツにほだされて、素直な言葉がこぼれた。
「どういたしまして、こちらこそありがとう、ハニー」
「もう、そういうのはいいから」
一応ふてくされて見せるけど、ジオのこういう照れ隠しが密かに好きだったりする。
どこの魔導爵家に嫁いでも、こんな返事をしてくれる夫には巡り合えなかったに違いない。
「なぁ、ラクシェ、俺と……結婚するか?」
唐突な問いに、思わず彼の顔をまじまじと見る。
「もうとっくにあなたの妻だわ」と言いかけて、黒い瞳に微かな不安が揺れていることに気付いた。
親の言いなりに、ただ嫁いだあの日から、まだわずか3カ月。
ジオ・パトラスの全てを知ったとは到底言えない。
でも彼が、どんな声で笑い、何に怒り、何を許してくれたかは、知るだけの時間があったと思う。
そのうえで、今でも自分に嫁いでくるかと、夫は私に尋ねているのだ。
いつも自身満々で皮肉屋の彼が、じっと返事を待っていると思うと、愛しさで胸が熱くなった。
「ジオ……好きよ。あなたの妻になれて、私、幸せだわ」
「そりゃあ良かった! うん、最高だな。まぁ、俺だって……」
オーバーリアクションでごまかそうとしたジオは、眉を上げたり下げたり百面相をして、胸の中の何かと戦っている。
自分で振ってきたくせに、いい歳をして往生際が悪い。
結局最後には、ちょっと情けない顔で、私の肩からかけられたシルクの端をつまんだ。
「俺だって、嫁に来てくれたのがおまえで、よかった」
胸に飛び込んで、額をぐりぐり押し付けると、ジオが「ぐぇー」と言いながらギュッと背中を抱いてくれる。
こんなに満たされた想いは、生まれてはじめてだ。
「ふふ」
「何笑ってんだよ」
「幸せだから、笑ってるの」
ほんとかな、と言った彼の声もまた、優しく笑っているみたいだった。
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1章 詐欺師に嫁ぐ(了)
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お天気次第の魔法使い、詐欺師の嫁になる 竹部 月子 @tukiko-t
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