第20話 暴露会

「詫びる必要などないわ。パトラス様が疫病を知らせてくれたから、早急に対処が進んで、今もエミリアに病は入り込んでいないのだもの」

 ヒュプノティア様から飛び出した「疫病」という言葉に、会場内が一度シンと静まる。

「疫病……とは?」

 まっさきに口を開いたのは、シィ家の中でも医療を担うハリアー様だった。


 ふむ、と陛下は前に出られる。

「隣国レンロットに高熱が出る病が広がっておってな、聞けば大陸全土に蔓延する疫病らしい」

「……聞いて……おりませぬが」

 唖然としているハリアー様の横で、娘のアリシュテル様も絶句している。

「そうか、各家に伝わっているものと思っていたんじゃがのぅ」

 陛下は低い声で会場を見渡す。

 驚いた顔をしているのは、火と風の魔導士ばかりだった。 


「パトラスくんが最初にワシに教えてくれたのは、大寒波の風雪でエミリアが閉ざされ、行商人が荷を運べなくなるだろうという予言じゃ」

「陛下、今はそのような昔の話、良いではありませんか」

 わかりやすくルー家のアキュレイ様が口をはさむ。

「いやいや、あの時にパトラスくんが『塩と柑橘を積めるだけ積んで帰れ』と言ってくれたから間に合ったが、いつもの冬の備蓄程度では、民へ行きわたらなくなるところだったじゃろ?」


「な……あの時配分した塩は、アキュレイ家の備蓄から出したものだと……!」

 後ろで小さく控えていたファム家から、ついに父が進み出てアキュレイ様に詰め寄る。

「柑橘の値を上げたのも、レンロットで不作だったからだと仰ったではないですか!」


「フゥン、覚えが無いな」

 アゴのあたりに手をやって、アキュレイ様はお父様を睨むように見つめる。

「その話、このアキュレイが確かにそう言いましたかな? イファルドの名にかけて、このき日のお嬢さんに誓って、確かですかな?」

「な……」

 逆につめよられた父は、鋭く息を吸い、檀上の私を見上げて、弱く長く吐き出した。

「陛下のお話の途中で、失礼いたしました」

 父は私に向けて柔らかく微笑んだ後で、下がっていった。


「よいよい、これは今日の本題ではないからの。パトラスくんも、折角の披露宴に水を差すような話をして、悪かったのぅ」

「いいえ、陛下。この場で再び功績を褒められて、嬉しくないわけがありません」

 向き合う二人は、打ち合わせ無しの本番一発勝負だとは思えないほど、同時に悪い笑みを交わす。


 エミリアの体制にほころびが生じているのだろうと、ジオは言った。

 王の勅命はイファルド家が預かり、魔導爵3家で分担して対応してきた。

 だけど魔導爵家のパワーバランスが崩れたことで、おそらくその役割が水のアキュレイ様にとって代わられたのだろう。


 ルー家は情報をせき止め、手柄を自分のものにし、不満をイファルド家へ向けさせようとしていた。

 この機に筆頭魔導爵家へ、のし上がろうと野心を燃やしているのだ。


 今日の目標はただひとつ。

 火と風の家に、アキュレイ様が意図的に隠していた事柄を晒し、ジオの功績は正真正銘、王の認めるところであると知らしめることだ。


 この一歩が、いつかエミリアの危機を救う鍵になると、夫は言った。


 その瞳には、やっぱり本当に未来が見えているように思えてならない。

 予言者パトラスの名に嫁いだ時から、自分の運命も大きく変わりはじめたのだと、そんな予感がしていた。

 

 

「あの大寒波を無事に超えることができたのは、魔導爵家の並々ならぬ努力の成果じゃ。だがその影に、パトラス恩爵の功績があったことも、忘れんでおくれ」

 火と風の魔導士たちが、ジオに向けて、一斉に杖を捧げて魔導士の礼をとる。

 少し遅れて、苦々しく水の家もそれにならった。


「さらにこの先エミリアに迫る疫病の脅威を、パトラスくんはいち早く察知し、進言してくれておる。行商人の取り扱いについても、彼の計画を元に早期に対策をとった。不便はあろうが、必要な措置であり、ワシのめいじゃ」


 陛下はそう言って、静かにアキュレイ様の前まで進む。

「エミリアの流通は、アキュレイくんに一任しておる。必要な場所へ必要な品と情報を、滞りなく・・・・届けてやっておくれ」

 陛下のにこやかな圧力に、アキュレイ様はかしこまって頭を下げた。

「親愛なる陛下、このアキュレイ家にどうぞおまかせくださいませ」

 そして、その厚いツラの皮で、背後に控えるエミリアの魔導士を鷹揚おうように振り返る。


「魔導士諸君、聞いてほしい。先程から『疫病疫病』と、不穏な言葉が諸氏の心に影を落としているだろう」

 ジオの瞳が、薄くなりつつあるアキュレイ様の頭頂を冷たく見下ろす。


「確かにレンロットの10万の民は次々と感染し、熱に倒れた。しかし、安心してほしい。皆すでに回復しておるのだよ」

「死者は出なかったのですか」

 風のハリアー様の問いに、ニヤァとアキュレイ様の顔が歪む。


「10万人がかかったうちの、十数人が残念ながら。老人は高熱に弱いですしな」 

 あきらかに会場内にホッとした空気が流れたことに、ジオと陛下が顔をしかめた。


 そう、この疫病は致死性が低く、一度かかれば二度はかからないらしい。

 城塞国家レンロットでも、すでに通り過ぎようとしている厄災なのだ。

 だけど少しだけ気がかりなことがあるから、油断は禁物とジオは言った。

 私は、彼の言葉を信じる。


「強い言葉に心が揺れる隙を、詐欺師は舌なめずりしてうかがっているものです。おっと、もちろんこれはたとえ話ですがな。お耳汚し失礼いたしました」

 明らかにジオに向けた一言を捨て台詞にして、アキュレイ様は後方へ下がっていった。 

 夫が肩をすくめて笑ってみせたので、陛下もやれやれと首を振る。

 

 最後に魔導士たちに温かい声で呼びかけた。 

「アキュレイくんの言う通り、疫病を過度に恐れる必要は無い。できる対策を講じながら、民の暮らしも円滑に回すため、これからもそなたらの力を、ワシに貸しておくれ」

 今度は全ての魔導士が、同時に陛下に杖を捧げた。


 

 宴席が始まって、王家の席に連れて行かれるなり、ヒュプノティア様が陛下を全力で叱った。

「今日の主役は花嫁でしょう! どうして寒波だ疫病だなんて話を始めるの!」

「パパだって、そんなつもりじゃなかったんじゃよ、でもほら、パトラスくんがいい感じでアシストしてくれたもんだから」

「そうです、俺が陛下を巻き込んだんですよ」


 陛下とジオの返答に、さらに姫の眉がつりあがる。

「じゃあ2人とも反省なさい! こんなに綺麗な花嫁をどれだけ放っておいたと思ってるの!」 

 ヒャー、ゴメンナサイと謝らされた陛下に、こちらこそ恐縮して頭を下げる。


 今日はオリンヒルド様のお姿が見えない。

 ホッとしたような、殿下にジオの隣に立った私をちゃんと見てもらいたかったような、複雑な気持ちで王家の席から離れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る