第19話 披露宴

 パトラス恩爵への爵位授与式、ならびに結婚披露宴の朝。

 

 ジオは、黙々と私の髪を編んでいた。

「面倒をかけてごめんなさいね、あなたの支度は間に合うの?」

「ん、ひうあへ」

 えっ? と鏡越しに見上げると、口にくわえていた最後のピンを私の髪に押し込んで、一歩下がり満足そうにうなずく。

 丁寧に編み込まれた左半分と、肩から前に垂らされてゆるく編まれた部分が非対称で、とてもいいと思う。

 ツタを編むのとそんなに変わらん、とジオは言うけど、そんなものだろうか。

 

「俺は着るだけ・・・・。ところで化粧は自分でできるんだろうな」

「お化粧は大丈夫よ」

「大丈夫な化粧をするんだろうな?」

「……そう言われると自信が無いわ、完成したら確認してちょうだい」


 夫の合格が出たので、早い時間からふたりでこそこそと登城し、あてがわれた控室に飛び込む。

「ばあや……!」

「お嬢様……お元気そうで」

 再会の抱擁もそこそこに、ばあやがジオの前で腰を折る。


「この度は、お声がけ下さってありがとうございました」

「1日限りの着付け師として、たのみますよ」

 彼がイファルドの実家に直接出向いて、1日だけばあやの手を借りる約束をとりつけてくれたのだ。


御髪おぐしはどこで?」

 紺色のドレスを着付けながらばあやが尋ねる。

「夫が……ジオが、してくれたの。似合っているかしら?」

「ええ、とってもお似合いですよ。それに、お顔が穏やかになられました」

 お姉さんたちが選んでくれたアクセサリーをつけ、ジオが選んでくれた絹を、マダムがオマケしてくれた腰布でゆるく巻いた。


 部屋に入ってきたジオが、バランスを調整してくれて、完成した私を見て、少し目を細める。

「お嬢様……本当にお綺麗です」

 ばあやが肩を震わせた。

「パトラス様、この老いぼれにお嬢様の晴れ姿を見せて下さって、感謝しても、しきれません」


「きっとまた手を借ります、俺にドレスの着付けはできませんから。脱がす方は得意なんですけどね」

「ジオっ!」

 ばあやの前でなんてことを!

「お嬢様、寝る前の下着の紐は、ゆるく結んでおくものですよ」

 ばあやまでなんてことを!


 用意が整いました、と城のメイドが呼びにきてから、ようやくジオは椅子の背にかけっぱなしだった上着を羽織った。

「さぁて、ブチかましてやろうかね」

 物騒なつぶやきさえなければ、今、私の夫はこの国で一番素敵だ。



 先に会場に入ったジオを、ついたての裏から見つめる。

 恩爵位の授与式は、つまり貴族への紹介だ、既にエミリアに暮らしていて、ある程度顔も知られているジオはいまさら感が強い。

 

「続いて、パトラスくんの大事な大事な細君 さいくんを、お披露目してもらおう」

 おどけた陛下の声に、ジオがつかつかと歩いてくる。

「そう言われると照れますけど」

 髪をかきあげた彼は、全然そう思っていない顔で手をさしのべた。

「愛しの細君、お手をどうぞ」


 国王陛下主催の結婚披露宴には、国中の魔導士が集っていることだろう。

 あんなに簡単な試験で、無様に失敗を繰り返したイファルドの娘。

 魔導士になれなかった、役立たずのヴェルラクシェ。

 私のどこに披露できるものがあるかと、無能の足がすくむ。

 

 私の震える指先を、ジオの手が強く引いた。

「いくぞ」とまるで買い物にでも出かけるように簡単に彼は言う。

 他の誰でもなく、この人の声だけを信じて、一歩を踏み出した。

 

 会場のどよめきを聞かないように、シャラ、シャラと、首飾りが涼しい音をたてるのに耳を澄ます。

 自分の歩いた後ろを、羽衣のように絹が追いかけてくる。

 前を見て、手をひいてくれるジオだけを見つめて、陛下の待つ会場中央にたどりついた。


「ということで、ヴェルラクシェ・パトラスです。皆様、もう俺の嫁ですので、そのポカンとあけた口をしめてください」

 ジオの言葉に、本当に会場の何人もがあわてて口を閉じた。

「オオオ、ヴェルラクシェちゃん、かわいいのぅ。なんかこう、垢ぬけたのぅ」

 どれもっと近くで見せなさいと、陛下が仰ったので、あわてて前まで進み出る。


 あれはどなたのドレス? まさか恩爵が新しく仕立てたの? あんな髪型見た事ないわ、素敵。

 ヴェルラクシェ様って、あんなに綺麗だったか?

 囁きが耳にとびこんでくるたびに、信じられない気持ちであたりを見回す。


「言ったろ? 一番イイ女に仕上げてやるって。ほれ、オーッホッホって勝ち誇るなら今だぞ」

「しないわよ」

 夫が小声でからかってくる。その視線の先で、ルー家のメルカミーア様が、何故かキーっとハンカチをかみしめていた。

「しないけど……ありがとう。今、私、優越感に浸っているかも」

 

 ひな壇から、長身の女性が降りてきた。

 今日も主役を引き立てるように、装飾の少ない深い緑色のドレスをお召しになっている。

「パトラス夫人、これ、私のドレスよね?」

「はい、ヒュプノティア様のご威光を、この身にお借りしております」

 形式ばった挨拶でお辞儀しようとした私の肩が、ガッと掴まれる。


「あの地味な装いが、こんなに華やかになるなんて……これは絹ね、背中に回してあるだけで……それに髪型が合わせてあるのがいいのかしら」

 素敵よ、素敵よと、目をランランと光らせた姫が、私の体の周りを回る。 

 そして、その一言が出るタイミングを、虎視眈々とジオが狙っているのが分かった。


「ねぇ、このアクセサリーは、一体どこでお求めになったの?」


 ヒュプノティア様の問いに、ジオが深く微笑む。

「そちらの絹も、アクセサリーも行商屋台で買い求めたものです」


「嫌だ、じゃあニセモノじゃない?」

 ハッキリ届いた声は、メルカミーア様のとりまきの令嬢からだ。

「いいえ、近くで見ても、非常に丁寧な細工よ。パトラス夫人にとても似合っているわ、なんて美しいの」

 うっとりした姫の声は「本物よ」と言ってくれたのと同じだ。

 メルカミーア様が再び、ぐぬぬ顔になっている。


「夫が選んでくれました」

 まぁ、羨ましいと言ってくれたヒュプノティア様に、すかさずジオが恭しく頭を下げる。

「異国の品には少しばかり目が利きます、殿下には総絹で仕立てた衣裳がきっとお似合いに……なぁラクシェ、あの店がいいかな?」

 打ち合わせ通りの流れに、棒読みにならないように、しとやかな声を出す。

「殿下はお忙しいのよ。城外まではお越しいただけないわ……きっと」

 あざとくヒュプノティア様を見上げると、彼女はとんでもないと慌てて言い募る。

 

「あら、私、モフモンヌの車に乗るのが結構好きよ。本当に? 本当に旦那様が私にも見立ててくださる?」

 すっかり乗り気の姫の前で、大げさにジオが片手で顔を覆う。

「そうだった! の進言のせいで、あんな不便で面倒な仕組みになってしまって、何とお詫びを申し上げたらいいか……」


「陛下! 皆のグラスも乾いてしまいました、そろそろ歓談になさった方がよろしいかと。せっかくの料理も冷めます」

 さえぎったのは、ルー家筆頭、アキュレイ様。

「ホホ、アキュレイくんは、はらぺこかね? まぁ、もう少しだけ待ちなさい」

 今、いいとこなんだから、とにこやかな陛下の顔も少し怖かった。

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