第18話 異国の品

「アタシたちの誰かから選ぶならまだしも、エミリアまで高跳びして結婚するなんて、信じられない!」

 宝飾品を扱う店の前までたどりついたものの、買い物ができる空気はゼロだ。


「次にキミに会える日を数えて僕は頑張れるんだ、じゃなかったの?」

「どうしても忘れられない肌は、私だけじゃなかったの?」

「それを言うなら、アタシの舌づ……」

 今度は自分で耳を塞いだ。たぶん限りなく生々しい単語が飛び交っている。 


「悪かった、悪かったって。嫁の前で暴露すんなよ。泣かすぞ?」

 いやーん、なかせてー。と声をそろえる3人娘に、ジオの女性遍歴を一気見したような気分になる。


「そんでー、おヨメちゃんは、どこの何チャン?」

 肩にしなりと腕が乗せられると、甘くて良い香りがした。

「ヴェルラクシェ・パトラスと申します。エミリアで生まれ育ちました」

 名字持ち!? と、彼女は私からあわてて腕をよける。

「貴族の令嬢で、魔法使いなんだぜ。ちょっとツンとすましてるところがいいだろ?」


「なによぅ、そんなの勝ち目が無いじゃない! ジオってば趣味変わったよね、カタギのオンナは抱かない主義かと思ってたのに」

「なんせ今や、ジオ・パトラス様だ。貴族様の婚礼にふさわしい品を持って参れぃ!」

 かんじわるぅーい、離縁されちゃえと、顔をしかめながらも、女性たちは次々と宝飾品を並べる。


「おいコラ、平気な顔してニセモノを並べるんじゃねぇよ」

「アハハ、バレたぁ? ビカビカだからいいじゃない」

 彼女たちは、言うだけ言ったらカラリとしている。

 割り切った付き合い、とかいうやつだったのだろうか。


「首がほっそくて肌がまっしろでしょ、存在感のあるひとつ石じゃない?」

「ペタンコなんだから、もっと胸元にジャラッと感いるでしょ」

「やめなさいよ、涙ぐんでるじゃない。ほーら、お嬢チャン、お耳はこれにしましょうねー」

 ボタンをはずされて腕まくりされて、髪を後ろでくるくるされて。

 さんざんいじくりまわされた私は、鏡の前でやっと息をついた。


「綺麗……」

 鎖骨にかかるネックレスはシャラシャラと揺れる、中央の宝石は炎のような赤だ。

 耳飾りも、ブレスレットも、揃いのデザインではないのにひとそろえのように見える。

 つけるのが重いだけだと思っていた宝石を、生まれてはじめて、美しいと思った。

「なーに自分の顔に見惚みとれてるのよっ!」

 バシッと背中を叩かれたので、慌てて否定する。

「そ、そんなんじゃ……」

 

「おい、これ安すぎんか? ヒトケタ間違ってんじゃねぇの?」

 領収書をヒラヒラさせているジオに、お姉さんの一人が答える。

「間違ってると思うなら、マル2個足して払ってよ、貴族様」

「それはさすがにボッタクリだろうが」


「結婚祝いでまけてあげたんだから、最後にチューして」

 ハイ、と腕を開いた女の子たちを前に、ジオが私の顔を見る。

 これをダメだと言うのは、さすがに野暮だと私でも分かった。

 どうぞ、見てませんからと一歩下がって横を向く。

   

 サンキュ。元気で。あんまし飲みすぎんなよ。

 ひとりずつをハグして、頬に口づけながら、ジオが囁く。

 嫉妬心も沸かないほど、サッパリとした優しいキスだった。

「ほっぺかー。ま、ヨメの前だし許してやろう」

 覗き見た請求書は、エミリアの宝飾店の半額以下で、私はもう一度お姉さんたちに深く頭をさげた。


 

「あーたね、結婚するならするってどうして……」

「いやこれ、一色の方が良くないか? その上の棚の黄色とって」

「これは単色じゃないわよ、あーたが言ってるのは、こういうやつでしょ」

 宝飾店の次は、何故か生地屋に連れてこられた。


 呼びかけ方が独特なマダムとジオが、ひっきりなしに私の肩に布をかけては取る。

「お嬢さん、持っているのはどんな服なの?」

 まぶた全体を真紫まむらさきに塗ったマダムは、まばたきのたびに風が起きそうな長いまつ毛をしている。

「閉じた傘みてぇなドレス、色は紺色」

 すかさずジオが説明する。


「あーた、言い方ってものがあるでしょ!」

 そうです、マダム、もっと言ってやってください。

「そうね、でもシンプルなドレスに絹を合わせるのはいい考えよ、レンロットの社交界でも流行っているの」

「き、絹!」

 ぎょっとして肩にかけられた布を見つめると、オホホと彼女は笑った。


「あーた知ってるかしら、絹のドレスが高価なのはね、お針子の縫い賃が高いからなの。反物自体はそんなになのよ」

 ごらんなさい、と見せてくれた値札は、決して安くは無いが、エミリアで絹地を買うと考えると破格だ。

 「畳んだ傘ドレス」が、不人気で安かったことを考えると、絹と合わせても最新型のドレスを購入するのと変わらない。


「お、これいいんじゃないか?」

「まっ、あーたが選んだにしては、悪くないわね」

 薄い黄色は、光の加減で金色にも見える、ところどころに小さなビーズが縫い付けられていて動くとキラキラした。

「決まりだな、包んでくれ」

 マダムが裏へひっこんだのを見計らって、すっかり固まってしまった肩を回した。


「こんなに贅沢をさせてもらって申し訳ないわ。ありがとう」

 見上げると、皮肉っぽい顔で彼が見下ろす。

「おまえがしおらしいと、調子狂うな」

 どうしてこの男は、素直に人の感謝を受け入れないのだろう。

「……服屋で一瞬でドレスを決めた人と、同一人物だとは思えないわ」

  

 いや、あれはな、とジオは腰をかがめた。

「初めて見た時、おまえの二つ結びと、どピンクのドレスに絶望したが、今日服屋に行って確信した。国全体のセンスが狂ってる。あの傘ドレスがなんにもついてないだけ一番マシだった」


 ドレスは全て王家の女性たちのご意向でデザインされている。

 不敬極まりない発言だけど、心配の方が先にたった。

「そ、そんなにひどいの?」

「控え目に言って、エミリアのセンスはクソだ」

 全然控える気を感じられない。


 だけど、今日見たアクセサリーや、美しい配色の布。

 そして売り子のお姉さんたちの洗練された衣装を思うと、自国の野暮ったさは否定できない。

「当日は最高にイイ女に仕上げてやるからな」

 自信満々にウインクされると、当日が楽しみになってくるような気がした。


 

「まぁ、めんどくさいったらありゃしないから、まず食品の業者は減ったわね」

 戻りの車の時間を逃したので、4時間後の最終便を待つ間、マダムとおしゃべりに興じていた。

「面倒だというのは、エミリア国内で店を開けないことですか?」

「それはもちろんよ、やっぱり夜は宿のベッドで寝たいわ。ここにも宿泊場所はあるけど、ちょっと狭いのよねぇ」


 それよりね、とマダムのまつげが伏せられる。

「ここに入る前に5日間抑留よくりゅうされるの、アレがいちばん厄介よ」

 抑留……? 強い言葉に息を呑むと、ジオが隣で肩をすくめた。


「経過観察と言ってくれ。場所はどこでやってる?」

「二つ沼のあたりね、あそこでも夜は冷えるのよ。あーた貴族になったなら、もう少し宿舎をあっためてちょうだいって伝えて」


「待って、ジオ。何の……話なの? あなた、国に行商人が入れなくなっていたこと、知っていたの?」 

 私の問いに、マダムが驚いた顔をした。ジオは敷物の上で、こちらに向き直る。

「俺としては、魔導爵家のおまえまでこの話を知らなかったことにビックリだ。道理でみんなノンキな顔で暮らしてるわけだよ」

 浅く息を吸って、ジオは続けた。

 

「今、エミリアの外の国では、疫病が蔓延まんえんしている。それを国内に持ち込ませないために、こんなめんどくさいことをしてるんだ」

 エミリアへの行商人を一か所の宿舎に集めて、5日間発熱などの症状が無いか観察する。

 その後に、国外に設置した市で商売をさせる。

 これも万が一感染者が出た時に、行商人と接触したエミリアの民を素早く隔離するためらしい。

 あの車にいつ誰が乗ったのかは、同乗している風の魔導士が名簿にまとめているのだそうだ。


「知らなかったわ……」

 いつかの買い物途中に、彼がずいぶん熱心に病院や薬、墓の心配までしていたことを思い出す。

 こんな国家の一大事が、何故知らされていないの?

 

「陛下が言ってたろ? これが、滞ってる・・・・ってことだ」 

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