午前〇時
名駅の象徴である金時計の下には私達以外誰もいなかった。
ここで待ち合わせをしていた幾人ものシンデレラ達の魔法は、もう解けてしまったのだろう。
バンテリンドームから大須、そして名駅へと。私達は家から離れる方へと向かってきた。数分後に出る終電に今さら慌てて乗り込むつもりはないし、そうなると今から行くところなんて一つなわけだけど。
「金時計を見ると、名古屋に帰ってきたんだなって感じがするんだよね」
私達はあえてこの場所で立ち止まる。このロケーションを二人占めするのもちょっとした贅沢だ。東京駅や新宿駅ならこの時間では味わえないはず。
「新幹線なら銀時計と先にエンカウントしない?」
「いや、銀時計の時点ではまだただいま感がない。コンコースを金時計に向かって歩いていくうちに徐々に高まっていくわけ」
なるほど、わからない。
「じゃぁ、次はここで待ち合わせにする? 人多いけど」
仁詩が東京から来るならわざわざ母校の前に来てもらうよりも、私が出向いた方が合理的ではあった。
それはそれで仁詩をもう名古屋の人間じゃないと認めた気がするけれど。
「うーん……もうしばらくは高校の前にしよう」
「えっ」
「今さら変えるのもね」
あの場所で待ち合わせることについては仁詩の方がなぜか強いこだわりを持っている。
「やっぱりあの頃ってさ、楽しかったから」
「それは私も、だよ……」
だってそうでしょう。好きな人とずっと一緒に居られたのだから。
きっと、いや、こればかりは疑うつもりはない。仁詩だってそうなのだ。
「東京で彼女を作ってたくせにこんなこと言うのは不誠実だけどさ、結局、好きかそうじゃないか、だけだと思うんだよね」
「いや、でも……」
「好き同士でもどうにもならないことがあるのもわかるよ。お互いに人生を歩いていけないと思ったのなら、それで別れたって、別々の人と結婚することになったって、それはそれでいいと思う」
やれるだけのことをやったのかと言いたいのか。
高校卒業のときの私の覚悟は本当にそこまでのものだったと言いたいのか。
「頭で考えたことだけで全て片付けられるなら……教科書読んでるだけでいいじゃん、“七華”先生」
あぁもう、どうしてこの人は。さっきまでずっと豊橋先生って呼んでたくせに。
「やっぱりこの話、大須観音にいるうちにしておくべきだったかも」
いや、金時計でもいいか。誓わせる対象として。
「今は彼女と別れたばかりで寂しいだけ。名古屋では私を口説いて、東京ではまた気になった子が現れてその子にアプローチする。……そうならないと、断言できる?」
この際もう言ってしまおう。自分の退路も断つために。
「野球は何股したってかまわない。でも、女の子は本当に私だけを選んでくれる?」
「正式にまたお付き合いさせてください。七華ちゃん」
賢くて、そして狡い人だ。本心なんて結局のところわからない。
でもきっと、自分でない誰かの気持ちをわかろうとする方が、おこがましいことなのだろう。それで悲劇のヒロインを演じるくらいなら、お互いの欲望をぶつけ合った方がよほど健全だ。
今夜の私は、きっと眠れない。
「一晩寝てから考える。だから、あなたなりに証明してくれる?」
あなたの気持ちなんて私にわかりっこない。
眠れぬ中京 九紫かえで @k_kaede
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