【ご当地怪談】岡山の桃クレ太郎

竹神チエ

第1話 桃くれー、くれー。

「おいしーっ!」


 マナカは大好物の白桃にご満悦だ。


 夏のこの季節。黄みがかった白い皮が特徴の白桃が、マナカの家にも頂き物でやってくる。


 今回もおかあさんが、ビニール袋いっぱいに白桃を、職場でもらってきてくれたのだ。


「わたし桃大好き。毎日食べたい!」


 甘く果汁たっぷりの白桃は、缶詰やゼリーとは全然ちがう。旬の今しか味わえない美味しさだ。


 特に今回ゲットした白桃はアタリだった。硬くてカリコリしているハズレもあるけれど、この桃は傷みも少なく、小学生のマナカでも、手で軽く揉めば、ツルっとキレイに皮をむくことが出来る。


 おかあさんが桃を切り分けている隣で、マナカは流しに立ち、丸ごと白桃にかぶりついていた。種だけ残して、ぺろりと食べてしまう。もう一個、と手を伸ばしたところで、おかあさんに叱られてしまった。


「そんなに何個も食べたらお腹が痛くなるから。また晩ごはんのあとでね」

「うぅ、はーい……」


 残念だけど、白桃はまだまだたくさんある。


「これはおにいちゃんにね」


 おかあさんが、ガラスの器をマナカに渡した。カットされた白桃に、華奢な銀色のフォークが刺さっている。


「部屋で勉強してるから。持って行ってあげて」


 マナカはちょっと面倒くさいな、と思ったが、「はーい」と受け取り、二階にあるおにいちゃんの部屋に向かった。


 マナカの兄コウヘイは今年中学生になり、夏休みの宿題も多くなったとヒイヒイ嘆いている。さらにコウヘイは運動部の部活動にも入っていたので、毎日何かと忙しそうだ。それでも、マナカの工作の宿題を手伝ってくれたし、明日は一緒に映画を観に行こうと約束してくれた。だからマナカはおにいちゃんが大好きなのだ。


 そう、大好きなのだ、……けど。


「一個くらいわかんないよね」


 部屋の前まで来ていたマナカは、フォークに刺さっていた白桃をこっそり食べてしまった。それから何食わぬ顔をしてドアを開けた。


「おにいちゃーん、桃持ってきたよー」



 ◇



 白桃はたくさんあった。


 でも、おやつにデザートに、と食べているうちに、あっという間に残り少なくなった。腐りやすい果物だ。せっせと食べてしまわないといけないから、大事に取っておくなんて出来ない。


「今年の桃は、もう終わりかなあ」

「さあねぇ。またもらえたらいいんだけど」


 おかあさんは笑いながらのんびりいう。買うという選択肢はない。白桃は高価なフルーツなのだ。


 そうして、いよいよ残り二個になると、おにいちゃんとマナカの分ね、とおかあさん。マナカは名残惜しそうに自分の分を大切に食べた。


「あーあ、次は来年なんてイヤ。また誰かくれないかなー」


 おかあさんとそんな会話をしたのが、お昼ごはんの時だった。


 今は夕方。おにいちゃんはまだ部活から帰っていない。今日は確か練習試合で遅くなるんだったかな?


 マナカは冷蔵庫を開け、最後の白桃を触る。毛羽立ったような皮の触感。実は、つるっと向きやすそうな柔らかさがある。くんくんすると甘い香りがした。


 おかあさんはパートに出かけた。おとうさんもまだ仕事だ。この家にいるのはマナカひとりだった。


 それでもマナカはキョロキョロと周りを見た。ゴーという扇風機の音と、つけているテレビからアニメの声がしているだけ。耳を澄ませてみたが、おにいちゃんが帰ってくる気配もない。


 ……マナカだって悪いな、と思った。


 でもあやまったら、あの優しいおにいちゃんだもん、許してくれるはずだ。


 マナカは勝手口から外に出ると、ヒマワリが咲いている花壇のそばまで行った。そこにしゃがみ、大事に抱えてきたものを見る。白桃。もわっとした暑さも気にならなかった。いやどちらかというと、吹く風がひんやりしている。


 マナカはサンダルの足に蚊が止まっているのも気にせずに、白桃の皮をつるりとむき、白い果実にかぶりついた。じわっと果汁が滴る。ばくばくと食べる。いつ、おにいちゃんが帰ってくるかわからない。見つかったらダメだと思った。


 マナカは夢中で食べた。歯に種が当たる。と、その時だ。


「桃くれー、桃くれー」


 どきっ。


「桃くれー、おいらにもくれー」


 甲高い声。おにいちゃんが裏声でふざけてるんだろうか?

 マナカはゆっくり振り返った。そこに立っていたのは……。


 ◇


「マナカー?」


 部活から帰ったコウヘイは、妹の姿がないので裏庭まで探しに出ていた。


 今日部活で、コーチから「白桃のおすそ分け」があったのだ。部員にひとり一個ずつだったのだが、コウヘイは白桃が大好きな妹のためにその場で食べず、大事に持ち帰っていた。


「おかしいな。遊びに出かけたのかな?」


 書き置きはなかったし、何よりテレビも扇風機もつけっぱなしだった。トイレを見たがいなかったので、庭にいると思ったのだが……と、コウヘイはヒマワリの花壇で足を止める。


「あれ、何でこんなとこに?」


 コウヘイはしゃがみ、まじまじとソレを見た。


「何やってるの、コウヘイ?」


 振り返ると、パートから戻った母がコウヘイを見ていた。手に大きなビニール袋を持っている。


「あのね、見て。今日もまた桃をいただいたの。マナカが泣いて喜ぶわ」


 戦利品だ、とニヤっとする母親に、コウヘイは笑ったが。


「でもマナカいないよ?」

「そうなの? どこ行ったのよ、もう暗くなるのに!」


 顔を見合わせ、首をひねる二人。コウヘイは花壇を指差した。


「あそこに桃の皮と種が落ちてたんだよね。マナカ、外で食べたのかな?」

「ええっ、最後の一個はおにいちゃんのだっていったのに。あの子ったら、怒られると思って隠れてるのかしら」


 顔をしかめるおかあさん。コウヘイはもう一度花壇を振り返りながら、「じゃあマナカには罰で、今年はもう白桃禁止だね」と冗談をいって笑った。



 マナカの家の冷蔵庫には、たくさんの白桃がある。

 とってもとっても美味しい、果汁たっぷりの白桃が、誰かが食べてくれるのを待っている。


◇◇◇



 ……桃くれー、桃くれー。


 桃くれないなら、お前のこと、食うぞ……。




【終】

 




 


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