かいじゅうはどこにでもいて、そこにはいない

春泥

こんにちわ かいじゅうです

 プレイルームの壁に貼られた画用紙。そこには、あまりじょうずとはいえない絵が、黒いクレヨンでもりもりと描かれていた。よく見れば手足のようなものが生えている、らしい。

 イラストに添えられた文字は、カラフルな色で、こうある。


「こんにちわ かいじゅうです」


「わ」の字が反転して鏡文字になっているが、これは仕方がない。「わ」はなかなか難易度が高いのだ。


「こ、ん、に、ち、わ、か、い、じ、ゆ、う、で、す」


 ひらがなを覚えたばかりのたっくんは、一文字、一文字、声に出して読んだ。


「こんにちは、かいじゅうです、だって」


 貼り紙は、他にもあった。それにも、なんだかよくわからないむくむくとしたイラストと、文字。


「かいじゅうわ きみお たべ ません」


 これも声に出して読んでみて、たっくんはくすくす笑った。鋭い歯を思わせるギザギザがとび出した口みたいなものがあるのに、かいじゅうは友好的なようだ。


 たっくんは、それからほどなくして体調が急変、まだ六歳だった。お婆ちゃんが買ってくれた水色のランドセルをずっと病室に飾っていたけど、それを背負って小学校に行くという夢は、ついに叶わなかった。


 ここはたっくんみたいな重い病気、いわゆる難病と呼ばれる治療がとても難しい病気の子が入院する小児病棟。こどもたちの入院期間は、それほど長くならないことが多い。そう、たっくんみたいに。


 院内のプレイルームや廊下、大きな機械が置かれた治療室の壁なんかに、あまりじょうずではない絵と文字が書かれた貼り紙がぺたぺたはってある。

 不思議なことに、どれもとても低い位置に貼られた紙は、大人たちには見えないし、どこからともなく吹く風にかさこそとと鳴る音も聴こえないようだ。


「かいじゅうわ きみより すこしだけ ちいさい」


「かいじゅうわ よる びょういんの ろうかお あるく」


「きみが かいじゅうに おどろくより かいじゅうのほうが きみに おどろく」


「かいじゅうわ きみが ベッドで なくとき ちかくにいる」


「かいじゅうわ ひとみしり」


「かいじゅうわ どうしたら きみが よろこぶか しりたい」


「かいじゅうわ びょうきお なおすことは できない」



「ごめん」



「きみわ なにが すき?」


「どこに いきたい?」


「かいじゅうわ きみのそばで いっしょに なく」


「いたいや くるしい かいじゅうわ わからないけど なく」


「なみだわ あたたかい しおからい つめたい ちょっと おいしい」


「こわい それも ちょっと わからない」


「さみしいわ ちょっと わかる」


「さよなら またね」




「こんにちわ かいじゅうです」




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