エピローグ
近江観光ホテルからの男女の飛び降りに、近所の野次馬が集まっていた。周囲にはバリケードテープが巻かれ、その中で捜査員と鑑識が調べていた。彼らの中に佐川もいた。顔なじみの上林の遺体を見て彼は唇をかみしめた。
(一体、なぜだ?)
上林が捜査していた転落死事故の様に、彼もまたその妻とともにホテルから転落死してしまうとは・・・。
(集団ヒステリー? 彼にも伝染したのか・・・)
だが佐川はそう思えなかった。彼もまた何か得体の知れない力で一連の転落死がもたらされていると思うようになっていた。
◇
佐川は湖上署の捜査課に戻った。そこには事件の調書を見ている荒木警部がいた。彼もまたこの一連の出来事に興味を持っていた。
「佐川。捜査はどうなったんだ?」
「大山啓子の保険金殺人は被疑者死亡。4人の転落死は事故死扱い。今度の上林夫妻の転落死も事故死扱いになるようです。」
「そうか。しかし転落死の方は謎が多いみたいだな。」
「はい。調べれば調べるほど謎が深まりまして・・・。」
「私も調書を読んでみた。確かにそうだ。一つ言えるのは、大山啓子の保険金殺人の関係者、大山大吾、海野渉、東堂正信そして川口香織。その4人は死んだ啓子にとって許せない人たちだろう。恨みを抱かれていたのは確かだ。啓子の怨霊に呪われたのかもしれない。」
「まさか、警部は呪い殺されたとでも・・・」
佐川の言葉に荒木警部はニヤリと笑った。
「そう言っても信じるものは多くないだろう。でもそう考えれば辻褄が合う。」
「それはそうでしょうが・・・それではあまりに荒唐無稽で・・・。」
そう言った佐川も怨霊の仕業ではないかと心の中で思っていた。だがそれでも疑問は残った。
「しかし上林夫妻の場合は? 彼らは啓子の事件と関係ありませんし、啓子の恨みを買うこともないと思いますが。」
「そこだ。今度のホテルからの転落死が初めてというわけじゃない。似た事件は存在する。我々はただそれを単なる事故と片付けているだけかもしれない。」
荒木警部はそう言って捜査課を出て行った。残された佐川はしばらく考えて、資料室に向かった。ここで上林と美香が何かの事件と関わり合いになっていないかを調べるつもりだった。
(もし私の仮説が正しいなら、彼ら2人は誰かから恨まれていたはず。)
するとそれは見つかった。2年前の事故だった。上林と美香、そしてその当時、上林の妻であった裕子の3人が転覆したボートから投げ出されたのだ。美香は上林に助けらえたが、裕子はそのまま溺れて亡くなった。湖岸からの目撃証言があった。そのボートが転覆したのは、裕子が2人のいるそのボートに乗り移って暴れたためだった。
そのいきさつはどうあれ、裕子が溺れたのは事故と判断された。それですべて解決したはずだった。だが佐川にはそこに裕子の深い怨念があるような気がしてならないのだ。2人を決して許さないと・・・。それが今回の事件における啓子の怨念が、裕子の怨念をも呼び起こして彼らにも振りかかったように思えるのだ。
「そうなるとこれからも・・・」
琵琶湖を覆う怨念は、そこで亡くなった人から恨みを買った人たちに振りかかるだろう。それがホテルからの転落かどうかは別として・・・。
佐川はため息をついて資料室を後にした。彼が棚にしまった上林裕子の事故のファイルはカタカタと鳴っていた。だがその音は徐々に大きくなっていた。他の棚のファイルのいくつかもカタカタと鳴り出していたのだ。その音はだれもいない資料室に響き渡っていた。
ノイズ ーラジオが奏でる死の音ー 湖上警察外伝 広之新 @hironosin
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