第7話 魔海ラジオのお時間です!
◆ ◆ ◆
魔界にも季節はあり、海の中でもそれは感じられます。
海蜂が特に好んで住む珊瑚、プア・コーラルが紅葉よろしく真っ赤に色変わりしていく今は秋の真っ只中。
海の底は地上よりも気温が低めなので、朝夕はちょっと寒いくらいですね。
「ナイアさまー! おはようございます!」
お部屋の窓からドームの向こうに広がる珊瑚礁を眺めていたら、リイリイの元気な声が響いてきました。
「はい。おはようございます、リイリイ。昨夜はよく眠れましたか?」
「ばっちりでありますよ! すっかり涼しくなって、かなーり過ごしやすい季節になってきたでありますからねえ。さあさあ、お茶しつつ魔海ラジオ朝の部の打ち合わせをいたしましょう!」
トンカチのような形の頭の上にティーセットを乗せて入ってきたリイリイは、テーブルの上に器用にそれらを移してお茶の支度を始めてくれました。
この蜜のような甘い香り。今日は東海域産のお茶ですね。
嫁ぐ前は海の底のお茶ってどんなものなのか想像もしていませんでしたが、地上の茶の木と似た海草が存在すると知ってびっくりしたものです。
育つ海域ごとにお茶にした時の風味が全然違って、東海域のそれはまるでダージリンティーや東方美人茶のような甘い香り。
現代日本ではマスカテルフレーバーと呼ばれていたような気がしますね。
「いい香り。リイリイはお茶を淹れるのが本当にお上手ですね」
「いやぁ〜それほどでも! いつもナイアさまが美味しそうに飲んでくださるので、より腕を上げたくてコツコツ練習したりもしましたがそれほどでも!」
そう言いつつ、嬉しそうにビチビチしている尾鰭さんは正直ですね……と思わずほっこり。
前世でもハーブティーやフレーバーティーなんかの香りが強いお茶が好きだった私ですが、魔海に来てからはすっかりこの東海域のお茶にハマってしまいました。
しかし反対側の西海域のお茶もアールグレイによく似た柑橘系のいい香りで、こちらも甲乙つけ難いのですよねぇ……。
……そういえば。
「アオさまはどんなお茶がお好きでしょうか……」
「えっ?」
つい思ったことを口に出していたと、リイリイの反応で初めて気付きました。
な、なんだか恥ずかしいですね!
「え、あ、いえ! 私はほら、こうしてリイリイが淹れてくれるお茶が好きですけど! アオさまはどうなのかなと思いまして……」
妙に慌ててしまい、早口になってしまいました。
——あの地震の夜以降。
アオさまとお話しする時間は以前より多くなりましたが、やはりお忙しい方ですのでそう長くは一緒にいられません。
お花をくださったり怖かったところに駆けつけてくださったり、アオさまからはたくさん嬉しいことをして頂いているのに。私からは何ができているのでしょうか……と思うと、少し胸がギュッとしてしまって。
気付けば今みたいに、何かとアオさまと絡めて考えてしまうことも多く……あっなんかより恥ずかしくなってまいりました!
リイリイはといえばそんな私を不思議がることもなく……というかむしろ、「ほう?」とでも言わんばかりのにんまりしたお顔。
な、何なのでしょうその表情……?
「ほう。ほう。ほぉーん……悪くない展開でありますよぉこれは……。こりゃいつまでも思春期ボーイしてる場合じゃないですよぉ……」
ニマニマしながら何やら独り言をこぼしているリイリイ。よく聞こえませんが……思春期がどうかしたのでしょうか?
「り、リイリイ? あの……」
「あっいえ、失礼しましたであります! なんでもないです! ささ、お茶をどうぞ!」
声をかけた途端ばっちり決まった敬礼を返されました。う、うーん……。
誤魔化された気がしなくもないのですが、まあまずはお茶をいただくとしまして……うん、美味しい。
「つまりナイアさまは今、アオさまのことばっかり考えちゃうでありますね?」
「っっ、げほ!」
突然ぶっ込まれては咳き込むのも仕方ありませんよね⁈
危うくお茶をひっくり返すところだった私の背中をさすってくれつつ、リイリイはひとり頷きながら続けます。
「いやいや、最近この手の質問ナイアさまから増えたなーとは思っていたでありますよ。ラジオに旅行に関するお便りが届いたら『アオさまは旅はお好きか』、リクエスト曲一覧を眺めては『アオさまはどんな曲がお好きか』、あと……」
「ま、待ってくださいリイリイ、私そんなにアオさまのことばっかり訊いていましたか⁈」
「はいであります」
「即答……!」
恥ずかしいどころの話じゃありません!
火を吹きそうな熱い顔を両手で押さえ、テーブルに突っ伏すしかありませんでした。
「無自覚だったでありますか……」
「……無自覚でしたね……」
リイリイが生暖かく優しいお目々をしているだろうことは、見ずとも肌で感じます……。
何をしていてもその人のことばかり考えてしまって胸がギュッとなるなんて、こんなの……こんなのまるで……、……
あ。
「……【魔海在住匿名希望】さん!」
「ひょえあぁッ⁈」
ピン! と頭にアンテナが立った勢いで私が立ち上がったのと、リイリイがお腹の中をひっくり返すような声を上げたのは同時でした。
「え?」
「ヒェッ、いいいいいいえ何でも! な、何でありますか? 何故いま突然その常連さんのお名前を……ッ?」
「いえ、今の私の状況! よく似ているなと思ったのです、【魔海在住匿名希望】さんに!」
「おっ……ぁ?」
何とも不思議なリイリイの反応は少々気になるところなのですが、それよりも!
これは発見ですよ!
「今の私なら、より【魔海在住匿名希望】さんのお悩みに真摯に向き合ってお答えできる気がします! これは魔海ラジオの
「…………あ、ハイ。はい?」
「アオさまが大切に守る魔海の皆さまの暮らしやお悩みに耳を傾け、お話しすること。……そう、これがまずアオさまのために私にできることでしたね!」
納得したら、なんだかモリモリやる気が湧いてまいりました。こうしてはいられません!
「さあリイリイ! 魔海ラジオ朝の部の打ち合わせを始めましょう!」
「…………」
「リイリイ?」
「……こいつぁー二人揃って手がかかりますよぉ……お祖父様……」
今度はリイリイのほうが鰭で頭を抱えてしまいました。どうかしたのでしょうか……?
ま、まさかこの急なやる気アクセルがちょっとブラック企業ぽかったですかね?
ちょっと不安になりましたが、すぐに何かスイッチを切り替えた様子のリイリイが素早く顔を上げて書類を広げてくれたのでホッとしました。
打ち合わせはサクサク進み、急いでスタジオたるテラスへと移動します。
ふと、石造りの長い廊下の向こうに配下の方々に囲まれるアオさまのお姿が見えました。本日は暫くぶりのエレ海山への視察と伺っておりましたから、もうすぐ出発なのでしょう。
アオさまも同じタイミングでこちらに気付いてくださったようで。目が合って、鼓動がちょっぴり早くなってしまいます。
いえ、それはさておき。
「いってらっしゃいませ、アオさま!」
この距離ならスキルなしでも声が届くから。
元気な声を精一杯張り上げて、アオさまに手を振りました。
目をまんまるにして何やらアワアワした様子のアオさま。そのお口がすぐに「いってきます」と動いたのは、もちろん見えていますし聞こえていますよ。
これから始まる朝の部を聴いていただけるほど、穏やかな道中となりますように。
一礼と共に踵を返し、テラスへ一直線。
扉を開けて、大きく息を吸って、【
——さあ、パワーアップした鳴竜妃ナイアの魔海ラジオをお楽しみください!
「皆さま、おはようございます。魔海ラジオのお時間です!」
了
前世で好きだったラジオの真似事を始めたら、鳴竜妃と呼ばれるようになりました。 陣野ケイ @undersheep
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