第6話 安心を届けたい私と、安心をくださるあなた

「どうにかしたいと思っていたら、ナイアがラジオ放送というものをやりたいと……。最初は何のことか全然分からなかったけど、説明を聞くうちに……これは僕にとってもチャンスじゃないかって……」


 ナイアが言うには、ラジオとやらには視聴者リスナーからの手紙を読み上げるコーナーがあるらしい。

 それは匿名で送れるのだと知った時、これならもしかしてとアオは思ったのだ。


「いいアイディアだと思うでありますよ、実際! アオさまはナイアさまとお手紙を通じて話すことができて、ナイアさまも初めての常連リスナーさんに喜んでいらっしゃいましたし」


 腕組み、いや鰭組みをしてうんうんと頷くリイリイ。

 更にはラジオを通じて、【魔海在住匿名希望】ってもしや竜王さまでは? という疑惑が魔海の民全体にうっすら広がったのも良かった。

 言葉少なで何を考えているのか全く分からなかった君主が、匿名の手紙を通じて妻にアプローチなど可愛いことをしている可能性があるとひっそり噂されているのをリイリイは知っている。

 それ自体はいい傾向だとも思うが、しかし。


「でも、いつまでも匿名に頼るのはちょっとアレでありますよアオさま」

「そ……れは、分かっている……!」


 間髪入れずに返ってきた力の入った返答に、リイリイだけでなくイウピカもオッと出っ張った目を丸くした。

 ナイアのラジオ放送が響く鰭状の耳をそっと大事そうに手でおさえ、アオは顔を上げる。


「皆に耳を傾け、皆に語りかけるナイアに憧れたからこそ……彼女のことをもっと知りたいし、知って欲しいし、彼女のしたいことを支えたいと思った。最初は匿名でもよかったけれど……」


 魔海ラジオ深夜の部はもう終盤。

 次のお便りが今日は最後だと心から名残惜しそうにナイアが告げる。

 彼女が言葉に込めた気持ちが声音からすんなりと伝わってくるのは、聖女時代の【さざなみの声】を聴いたあの時からずっとそうだった。


「今はちゃんと——ぼくとして、ナイアと話したいと思う」


 そして鳴竜妃として活躍している彼女を、すぐ側で支えたい。

 誓うように呟いて付け加え、アオは自分自身に向けて頷いた。

 微笑ましそうに口の端を釣り上げたリイリイにすかさず「なら改めてちゃんとお花をプレゼントしましょうね! 明日にでも!」と提案され、途端にへにゃんと照れ顔を晒してしまったが。


「えっ……そ、そんなすぐ? 連続してとか、迷惑……むしろしつこいって気持ち悪がられるんじゃ……」

「おやおやァ〜? 連続してお便り送ってる【魔海在住匿名希望】さまが何か言ってらっしゃるでありますねェ〜? そもそもアオさまはナイアさまをそんなこと考えるお方だとお思いで⁈」

「リイリイ! だからその、手心をだな!」

「い、いいんだイウピカ! ……う、うん。そうだな、明日も花を手に入れて……それから……」


 そんなふうに、三名がわちゃわちゃと賑わっていて。

 魔界ラジオ深夜の部、最後のリクエスト曲が終わり「本日もありがとうございました!」とナイアが締めに入ろうとした刹那。


 ずん、と重い地響きがして——気持ちの悪い揺れが数秒にわたって魔海中を襲った。


「ぁえっ⁈」


 間の抜けたリイリイの叫びと同時に、魔界ラジオ放送中だったナイアが短く悲鳴を上げたのがアオの耳にも届く。


「……ナイア!」


 何かを考えるよりも早く、アオは窓を開けて飛び出していた。




 ◆ ◆ ◆




「っ……たった今、地震が発生した模様です。 皆様、ご無事ですか⁈」


 驚いて悲鳴をあげてしまったので咄嗟にスキルを切りましたが、揺れがおさまったので再び【さざなみの声】を発動しました。

 今のは海底地震というものですね。体感としては震度四か五くらい……だったでしょうか。

 まだ震源地が不明なためこれ以上揺れたところがあったのかどうかも分かりませんが、真夜中の地震など皆さま不安でいらっしゃることでしょう。


 前世で地震に遭った時のことを思い出しますね。

 こんな時こそラジオの本領発揮です!


「お家が壊れたり怪我をした方など、被害に遭われた方はいらっしゃいませんか? どうか慌てないでくださいね! 大丈夫ですよ!」


 まずは皆さまに安心していただかなくては。

 各海域の震度。被害に遭われた方々や壊れたものの有無の調査。地震の原因。近ごろ活発なエレ海山の火山活動への影響。

 このあとアオさまと話さなくてはならないことを頭の中に巡らせながら言葉を紡ぎます。


「被害状況や地震の原因など、詳しいことが分かり次第すぐに魔海ラジオにてお伝えいたします。だから——」


 安心してくださいと言おうとして、またカタカタとテーブルが揺れ出したのに気が付きました。

 先ほどよりも弱いようですが、短い間隔で再びの地震。先ほどは押さえていて無事だったテーブルの上の花瓶が今度はぐらりと大きく揺れて、私は慌てて手を伸ばします。


(アオさまにいただいた大切なお花が!)


「ナイア!」


 ……伸ばした手を、ブワッと虹色の泡が追い越して。

 傾いた花瓶が泡に支えられて元の位置に戻り。

 慌てたせいでバランスを崩して転びかけた私自身も、泡に囲まれて無事でした。


 今のお声と、この泡は……!


「アオさま⁈」

「……よ、かった……無事……」


 竜王としての巨大で頑強なお姿と反比例する小さな声。

 魚と恐竜を掛け合わせたようなお姿のアオさまはぐるりとテラスの周りを旋回し、漂っていた虹色の泡を吸収するようにしながらあっという間に人型に近い普段のお姿に戻られました。

 いつもはお人形のように綺麗に整った静かなお顔が今は少し眉が下がって、肩で息をされていて……これはもしかして、心配して急いで駆けつけてくださった……?


 そう思った途端、突然足と指先が震え出したのが分かりました。


「あ、あら……?」


 どうしてしまったのでしょう、これ。

 突然の自分の身体の変化に驚いてキョドキョドしてしまう私に、アオさまが駆け寄ってこられました。


「だ、大丈夫……? どこか、怪我とか」

「あっ、いえ、怪我……はしていない、のですけど……ごめんなさい、何でか震えが……?」

「何でかって……」


 あれ? と自分の手を目の前に翳して首を捻る私。

 アオさまが何とも言えないお顔をしてらっしゃるのはどうしてでしょう。

 そのお顔を見返したら、そっと包み込むように手を握ってくださいました。


「怖かったからだろう。君だって地震に見舞われたんだから」

「えっ」

「……無事で良かったよ」


 握った手に額を寄せて、長く長く息を吐き出すアオさま。


 ——怖かった。

 アオさまが言葉にしてくださった感情が、今になってやっと私の頭に浸透してきました。

 そうだ、私……。私も、怖くて不安だったのですね。


 ラジオで皆さまを安心させなきゃと変に気を張ってしまいましたが、空元気でしかありませんでした。

 アオさまが駆け付けてくださって、今……心から「安心」を実感しています。

 本当に魔海ラジオでお届けするべきは空元気ではなく、皆さまの心に寄り添う安心感ですね!


「アオさま。すぐに駆け付けてくださって……ありがとうございます」

「ッ、い、いや」


 ぺこりと頭を下げたら、アオさまが妙に上擦った声を上げて素早く手を離されてしまいました。

 手を握っていただいている時の安心感が半端ではなかったので、実はちょっと名残惜しいなと思ってしまいましたが……それはそれとして!


「私がこうして安心させていただいたように、魔海の皆さまにも安心をお届けしましょう! すぐに各海域の被害調査、場合によっては避難所開設や支援計画の開始を! 私もお手伝いいたします!」

「う、うん」

「諸々決まりましたら、すぐ魔海ラジオにて情報提供を開始いたしますね! さあ! 頑張りましょう、アオさま!」


 突然もりもりと元気が湧いてきた私は、アオさまの手を引いてお城の中へと駆け出します。


 【漣の声】のスキルを切り忘れていたことにその時になって初めて気が付いて、ちょっと恥ずかしくなりましたが……。

 いえ、皆さまに聞かれて困るようなことはお話ししていませんよね私? そうですよね?

 強大な魔力をお持ちのアオさまと至近距離でやり取りしておりましたので、もしかしてアオさまのお声も私のスキルに乗ってしまったりして……いませんよね……?

 ちょっと不安は残りますが、とにもかくにもまずはお仕事!



 ——幸いにも、この時の地震は大きな被害なく済んだのですが。

 これ以降、「おめでとう!」「ありがとう!」「推せる!」というお便りが多く届くようになったのは……なぜなのでしょうね……?

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